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LEXUS LFA。この車は正しくスーパーカーでありLEXUSにとって永遠のフラッグシップハイパフォーマンスカーです。このLFAがなければ今のLEXUSは存在していなかったかもしれません。それほど後世に影響を及ぼしたLEXUSの頂点に位置する車がLFAです。 「LF-A」から「LFA」へ 2005年のモーターショーにてLEXUSの今後を示唆するスタディモデルとして公開されました。あくまでもこの時点ではコンセプトの提示程度に留まっていましたが、スーパーカーやハイパフォーマンスカーへの夢を見させてくれる衝撃的なモデルであったことは間違いありません。この時点の情報は5L以下のエンジンで500PS以上、最高時速320km/h以上ということだけが公開されていました。後にV10エンジンであることとフロントにエンジンを搭載しリアアクスル上のトランスアクスル構成を採用することが公開され徐々に詳細スペックが明らかになっていき「LF-A」が夢ではなく現実に近づいてきました。2007年のモーターショーではLEXUSのスポーツシリーズ「F」を正式発表。 「LF-A」についても自然吸気V10エンジンであること、ボディにはCFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastic:炭素繊維強化プラスチック)が使われることが公表されました。2008年のモーターショーではオープンモデルのロードスターを発表。追加情報はパドルシフト式のオートメーテッドシーケンシャルギアボックス(ASG)が搭載されることが明らかにされました。2005年から少しずつ小出しに情報を公開してきた「LF-A」はついに2009年のモーターショーにて市販車モデル「LFA」を公開。0-100km/h加速は3.7秒、最高時速325km/hと日本車の市販車でも驚異的な数字を記録した「LFA」は世界500台限定販売になりました。そのうち50台は運動性能を大幅に引き上げた「ニュルブルクリンクパッケージ」として販売。日本への割り当ては200台程度になり、価格は日本円で3,750万円と日本車の中で最も高価なプライスが掲げられたにもかかわらず予約は殺到し500台はあっという間に完売してしまいました。 LFAの凄さとは一体なんなのか LFAの凄さとは一体なんなのか。生産と販売が終了した今もなおLEXUSのホームページにはLFAのページが残り、世界中のモーターファンやジャーナリストの間でも高い評価を受け魅了し続ける秘密とはなんなのでしょうか。また、イギリスのモータージャーナリストでありテレビ番組「Top Gear」の辛口司会者としても知られているジェレミー・クラークソンですら絶賛するLFAは他のスーパーカーと何が違うのか詳しく見ていきましょう。 〈ボディ〉 LFAは当初アルミニウムを使用したボディで開発がスタートしました。車の基本性能を向上させるためにはボディの軽量化は必須事項です。アルミニウムは金属の中でも軽い金属ですがより軽量化することを望んだLFAチーフエンジニア棚橋晴彦は先進マテリアルであるCFRP:carbon fiber reinforced plastic 炭素繊維強化プラスチックに切り替えることを決断。金属よりも軽く高い強度を持つことで知られるCFRPの採用により、アルミニウムボディよりも100kgの軽量化。さらにLEXUSではCFRP構造を完全自社開発、独自の編み機を使い軽量高剛性CFRPボディを作ることに成功、CFRPと金属を結合するための接合技術も開発。LFAはボディだけでも新たな試みが多くみられる特別な車であることがわかります。LFAボディ生成で得た技術はLFAに留まらず現在販売されているLEXUS車へ応用されています。 〈エンジン〉 自然吸気V10気筒4.8LエンジンはLFAのためだけに開発された特別なエンジン。型式1LR-GUEエンジンはヤマハとの共同開発により実現したレスポンスが素晴らしく良いエンジンです。エンジン内部の摩擦をモータースポーツなどで得た技術を使い低下させています。最高出力は552PS/8,700rpm最大トルクは480Nm/7,000rpmと非常に高回転型となっています。レッドゾーンである9,000rpmまでわずか0.6秒でエンジンの突きの良さが持ち味。このエンジンのレスポンスにアナログメーターでは適切な回転数表示ができないためデジタルメーターが採用されたという逸話があります。V10エンジンであるのにもかかわらず、エンジン単体の重量は既存のV6エンジンほどの重量でV8エンジンほどの大きさしかないコンパクトで軽量なエンジンに仕上がっています。 もうひとつこのエンジンの魅力は「天使の咆哮」と呼ばれるサウンドが特徴です。F1マシンのような甲高いカラッと乾いた高音のサウンドは世の中に存在するエンジンの中でも最高峰のサウンド。チーフエンジニアの棚橋晴彦は「LEXUS LFAは、思わず鳥肌が立つような比類ないパワーと排気音が味わえるクルマです」と言うように開発者ですら自信をもって進めるほどの完成度の高さと最高のサウンドを聞かせてくれるエンジンです。 〈トランスミッション、ブレーキ、サスペンション〉 LFAに採用されている6速ASG(オートメーテッドシーケンシャルギアボックス)の変速スピードは1秒未満。最速0.2秒、ニュルブルクリンクパッケージに関しては最速0.15秒でギアチェンジが完了する驚きの速さ。変速によるショックは多少ありますがLFAのスポーティーな走りを実現する欠かせないアイテムです。ブレーキはどんな状況でも安定した制動力を提供してくれる四輪カーボンセラミック製ディスクブレーキ、前輪は6ピストン対向アルミモノブロックキャリパー、後輪は4ピストン対向アルミモノブロックキャリパーを採用しています。サスペンションはコンパクトな設計でありながらストローク量が多いリモートリザーバーモノチューブ式ショックアブソーバーを用いた独立懸架サスペンションで路面を絶えず追従することが可能。 〈LFA工房〉 LFAは他のLEXUSとは違いほぼ職人の手作業により組み立てられます。心臓部であるV10エンジンでさえ職人1人で最後まで組み立てます。組み終わると担当した職人の名前が刻印されたプレートが張られ、シリアルナンバープレートが貼り付けられます。生産台数は1ヶ月で多くて20台程度。1日1台作ることが難しいほどこだわり抜いて丁寧に作られています。ソフトレザー、アルカンターラを多用したインテリアはLEXUSクオリティそのもの。上品で上質な室内の中にカーボンまたはサテンメタルのアクセントが加わりスポーティーな印象を与えています。メーターは液晶モニターに金属リングをはめ込んだ独自の表示方式。金属リングが左右へ移動しメニューの表示やモード切り替えができる見た目も動きも立体感あるメーターになっています。現在のLEXUSラインナップでもFスポーツを選択すると液晶メーターに金属リングをはめ込んだ動きのあるメーターとなりFスポーツのアイコンのひとつにもなっています。実はこのメーター表示はLFAが最初だったのです。 頂点に君臨し続けるLFAの人気は続く LEXUSがリリースしてきた車種の中でも特別な存在であるLFA。「LFA」を頂点に「F」(IS FをはじめとしたGS FやRC F)「Fスポーツ」の順にLEXUSのスポーツピラミッドが構成されています。このピラミッドは崩れることがなく、ピラミッドにしたがって今後のLEXUSのスポーツ部門は進化していくことでしょう。LEXUSが掲げる「F」の意味はサーキットである富士スピードウェイが由来。LEXUSスポーツの開発原点でもある富士スピードウェイの頭文字をとった「F」シリーズはLFAのDNAをこれからも受け継ぎ続けることでしょう。スーパーカーの歴史、日本車の歴史、LEXUSの歴史の中でも揺るぎない特別な地位を確立したLEXUS LFA。今後もレース活動などを通じて確実に進歩していくLEXUSの発展が楽しみです。
「スポーツカーってどんな車ですか?」この答えは人それぞれで違うことでしょう。速い車、コーナリングに優れた車、最高速がとてつもなく高い車、スタートダッシュが得意な車、ギネス記録を持っている車、サーキットのラップタイムを記録している車など一言でスポーツカーといってもさまざまなカテゴリーのスポーツカーがあります。しかし、どんなスポーツカーであっても言える共通点は「憧れ」ということではないでしょうか。 憧れ、愛され、育てられる存在であるトヨタ86 「いつか乗ってみたい」「一度でいいから運転してみたい」「いつか手に入れたい」そんな憧れを抱く車がスポーツカーのひとつの定義とも言えるのではないでしょうか。トヨタ86は開発時点から、かつてのAE86のような誰もが楽しめる、みんなに愛され育てていく車として開発がスタートしました。86はトヨタにとって久しぶりのスポーツカーであり、デビュー以降多くのファンに支えられ現在も販売が継続しているコンパクトFRスポーツカーです。 トヨタ86の苦悩 「若者の車離れ」といわれる現代ですが、筆者は若者が車離れしているとは考えていません。先程述べた通り「あの車に乗りたい」という「憧れ」を抱く車が無いことによって若者が車に興味を示さなくなっていると考えています。トヨタ社内でも2000年代からスポーツカー構想はあったものの採算がとれないということから企画は却下され続けてきました。かつてトヨタが世に送り出してきたスポーツカー「トヨタスポーツ800」「AE86」「トヨタ2000GT」「セリカ」「スープラ」「MR2」「MR-S」などにはいつか乗りたいという若い頃の憧れがあったはず。このような夢をもう一度ということでスタートしたのが86の開発です。 スバルとの業務提携もありトヨタスポーツ800にみられる水平対向エンジンFRレイアウトに開発者の多田哲也は可能性を感じておりスバルとトヨタのタッグで作ることができる理想のパッケージであり想い描く低重心のスポーツカーが水平対向とFRの組み合わせで実現できることを確信し86プロジェクトが始動。時にはスバル側と意見の衝突もありましたが技術の共有、プロトタイプ(試作車)のテストなど議論だけでなく実際に車を作り乗って走らせてお互いに感触を確かめ良いものを作り上げていきました。世界でも類が少ない水平対向とFRの組み合わせによるメリットを具現化するため「慣性モーメントを感じさせない動き」「路面を捉えて離さないような接地感」「フラットな乗り味と姿勢」の3つが目標となりました。これらを高次元で実現するために市街地から高速道路、日本のサーキットのみならず世界のサーキットで走り込みを行い、世界一過酷なサーキットといわれるニュルブルクリンクでのテストも行ったほどです。 ニュルブルクリンクは多くの自動車メーカーが指標にするほど過酷な道が続く車にとっても厳しい環境のサーキット。そこで鍛えられれば最高のスポーツカーを作ることができるわけです。ですが86は走っていて楽しい車が目標であったため、ストレートで速くなくてもコーナーに侵入する度に楽しさや歓びを感じられる気持ちのよい車を目指していました。気持ちよさを現実にするためにひたすら走り込みを行い開発されたのが86なのです。 セダンやハッチバックでも十分 ただ気持ちの良い走りを実現するためだけであればスポーティーなセッティングがされたセダンやハッチバックでも十分に感じられます。86は気持ち良さに加えダイレクト感のある走りを手に入れるためエンジン、トランスミッションなどの機械面でも徹底的に手を加えダイレクト感のある走りを身につけることができました。エンジンはスバルの水平対向エンジンをベースにボアストロークの見直しを行い、1Lあたり100PSを達成するために日々改良が行われました。スバル側からは反対されたものトヨタの直噴技術「D-4」わ組み合わせることにより目標を達成することができました。 水平対向エンジンの持ち味であるドロドロ感とは違い86に搭載されているエンジンは高回転までスムーズに回る特性を手に入れ水平対向エンジンの新たな可能性を見いだすこともできました。86のトランスミッションは6速ATと6速MTが用意されています。6速ATではトルクコンバーター式ですがロックアップ機構があり右足の操作に対し素直に反応を示してくれます。6速MTではペダルの感覚はもちろんのことですが、シフトフィールにかなりのこだわりがあります。MTスポーツカーにとってギアのシフトフィールは重要な要素。サクッとギアが入り、ギアチェンジしたときに手に伝わってくる感覚もこだわり抜いて作り上げています。エンジン、トランスミッション、ボディ剛性、サスペンション、世界を舞台に走り込みを行い開発された86は手足の操作に対して素直に反応を示してくれるピュアで楽しい車になりました。 2018年販売開始のGR sportはお買い得 2009年にコンセプトが発表され、トヨタのスポーツカーが復活すると話題になり、3年後の2012年のデビュー。デビュー当時からコンパクトFRの復活、スポーツカーの復活に対し歓迎と注目を集めました。86はデビューから注文が殺到し多くの86オーナーを作り出しました。結果論になってしまいますがトヨタのスポーツカーを待ち望んでいたファンが存在し、スポーツカーファン好きからも注目される存在になりトヨタのスポーツカーといえば86というポジションを築き上げることに成功。86/BRZクラブも存在し86オーナーやBRZオーナーがそれぞれの愛車を持ち込み情報交換する場所も誕生しました。トヨタが送り出した86は新たなスポーツカーを作るだけにとどまらず車好きのコミュニケーションツールとしても成功をおさめています。2016年にマイナーチェンジが行われ、バンパーなどデザイン変更やエンジンのブラッシュアップ、走行性能の向上がされました。2018年GR sport販売開始。トヨタのスポーツ部門として展開しているGR。ボディ剛性強化、サスペンション強化、エアロパーツ、専用ブレーキなどよりスポーティーな方向へ変化させるアフターパーツやコンプリートカーをリリースしています。GRの文法であるエンジンには手を加えないという鉄則は守りつつ走りのポテンシャルを引き上げることに成功しています。ノーマルからすると割高感がありますが、自分自身でエアロパーツ、ブレーキシステム、サスペンションシステム、ボディ剛性強化パーツなどを組み込むとGR sportを買うよりも高くついてしまう計算になるため、GR sportはお買い得ということができます。 レーシングドライバーもノーマルとGRを比較すると断然GRの方がポテンシャルが高く、この価格でこの走りが手に入るのは破格だと言っているほどコストパフォーマンスに優れたモデルに仕上がっています。デビューから5年以上経過しマイナーチェンジも施された86。トヨタのモデルチェンジサイクルからするとあと数年でフルモデルチェンジの時期となりますが熟成が極まってきた現在ですら新たなバージョンの追加をし絶えず進化を続けています。それほどトヨタラインナップの中でも大切に扱われているということがいえるでしょう。一部フルモデルチェンジの噂もありますが、もしフルモデルチェンジをしたとしてもトヨタのスポーツカーを絶やさないようにしてもらいたいですね。
平素より、旧車王ヒストリアをご覧いただき、誠にありがとうございます。 この度、旧車王ヒストリアは「旧車王マガジン」へと名称を変更し、旧車と名車が蘇るメディアとしてリニューアルいたしました。 旧車王マガジン(旧:旧車王ヒストリア)を運営する「旧車王」は、新車から10年以上が経過した旧車、ネオクラシックカーに特化した買取専門のWEBサイトです。 2000年の創業以来、一貫して旧車にこだわり事業を展開してまいりました。 旧車を知り、旧車を愛する私たちだからこそ、旧車の価値をさらに高めることが使命であると考えています。 私たちは、どこにも負けない知識と実績、次世代に旧車文化をつむぐ責任、そして本気でクルマを愛する姿勢を持って、確かな情報をご提供し続けます。 旧車王マガジンのコンセプトは、日本一の「知識」「技術」「感動」です。それぞれのカテゴリのテーマに沿った情報で、日本一の旧車専門メディアを目指してまいります。 ①日本一の知識 「旧車の魅力と知識」のカテゴリでは、車種や歴史について、どこよりもマニアックな情報を更新いたします。 ②日本一の技術 「旧車の売買と鑑定市場」「旧車の再生と維持」のカテゴリでは、再生や鑑定の技術について惜しみなく情報をご提供します。 ③日本一の感動 「旧車のイベント」「旧車の愛好家たち」のカテゴリでは、旧車を愛する人々の熱意や没頭する姿をお届けします。 旧車への愛に溢れる方だけでなく、これから旧車への愛を育んでいく方にとっても読みやすい、そんなマガジンを目指し、進化を続けてまいります。 どうぞ、これからの「旧車王マガジン」にご期待ください。
こんなタイトル付けちゃって、なんかオッサンが説教くさいこというんじゃなかろうか?と、思う若者もいると思うが心配無用! ご想像通り説教くさいこというんだけれど、まあ、ちょっとトシヨリの話は聞いておけとの名言もある(かもしれない)ように、少しのあいだきいてもらえると、いや、読んでもらえると、イイことあるんじゃないかと思うわけです。 まず「旧車」の基準をドコに置くか、ということからはじめてみましょう。 「旧車」ってドコからが「旧車」なのか? 旧車を英語でいえば「Old Timer」って感じ?「Vintage」とか「Classic」ということもありますわね。 日本の「税制」でいえば「新車から13年以上経ったクルマは税金高くなりますよー」の法律があるので、ソレを基準に考えれば、今年を起点にすると「2025-13=2012」すなわち2012年より前のクルマは「旧車」扱い・・・ってなんだか新しすぎじゃないか? 2012年っていったら「元号」でいえば平成24年。旧車というよりも、単なる中古車扱いっぽい気もする。 ということで、私見ながら「旧車」の基準を以下に定めてみました。異論はOK。 「10年ひと昔」とはよくいいますが「100年=1世紀」で考えた場合、25年を四半世紀と呼んでおります。英語でいえば「quarter century」。 まあ、この辺を区切りとして ・2000年(平成12年)以前のクルマ:旧車・オールドタイマー(Old Timer)・1988年(昭和63年)以前のクルマ:旧車・ビンテージ(Vintage Car)・1970年(昭和45年)以前のクルマ:クラッシック(Classic Car) ・・・ということにして、今回は話を進めてみます。 さて「旧車」(Old Timer) & (Vintage Car) どうですか?最近のワカモノのみなさん「旧車」スキですか? 機能や性能面、それに安全面では最近のクルマとは比べることもできないほどアレですが、ソレらを「なかったこと」にしてもなお、デザインや乗り味、あるいは時代が醸し出す「個性」を感じる。 そんな理由で「旧車」に興味がある「旧車」に乗りたい・運転してみたいと、思わせるモノがあるわけですよね。 ・・・というわけで、ようやくここからが本題です。 いつも前置きが長くてすみません。落語家なら「まくらが長い」とかいわれちゃうやつなんですが。 さて、若いみなさんが「旧車」に乗りたい、乗ってみたい、所有したい、と思ったときに「考えてほしいいこと」がいくつかあります。 以下にソレらを記述しますので、もし何かのマチガイ・・・じゃなかった、もし何かのチャンスで「旧車」に乗れるかも!? 手に入れることができるかも!? というときに参考にしてほしいなと思うわけです。 ■その1:安全じゃないかも 最近のクルマは、ほとんどもれなくエアバッグが装着されております。日本では「義務化」されているわけではありませんが、ソレでも新車にはおおむねエアバッグは装着済み。 ところが旧車だと、エアバッグがついていないクルマもママあります。特に低価格帯のクルマだとエアバッグ未装備がフツーと考えてヨロシイかと思います。また、エアバッグに限らず、安全装備面では新しければ新しいほど安全面でのメリットがあるわけで、その辺はきっちり「覚悟」しておくべきかと思うわけです。 クルマ自体の剛性とか衝突時の安全面とかも新しい方が「より安全」であることは、いわなくてもご存知の通り。 ■その2:お金が掛かるかも 旧車に乗っていて頭を悩ます大きな部分が「お金」の問題。どっか壊れた修理しなきゃ、でも旧いクルマじゃパーツが生産中止で手に入らんとか、旧くてあちこちガタが来て、あっち直せばこっちコワれる、みたいに、旧いクルマは旧いなりにあちこちが痛むもんです。ニンゲンだって歳とりゃガタがくる。なので修理とか修繕とかパーツ代とか、とかくお金はかかりがち。 そのためにできれば「かかりつけ医」すなわち「主治医」がいれば安心ですな。自分でメンテできるという人でも、やはりプロの医者=メンテしてくれるショップが必要なのはニンゲンと同じ。そのためにも、いろいろ入り用のお金は覚悟しておくのがベターであります。何より新車から13年以上経ったクルマは、なぜか税金ガガーンと跳ね上がるのです。心せよワカモノ! ■その3:快適じゃないかも 今ならスマートフォン繋いで好きな曲聴いたりできる、そんな機能も旧車では難しいかも。つか、そもそもUSBのソケットもなけりゃ電源コンセントもない!旧車ってそんなもんです。 ラジオやCDプレーヤーが搭載されているので、まあ、そういうレトロな楽しみ方も旧車ならでは、と割り切ってもらいましょう。また、旧車の時代にもよりますが「ルーミーな室内!」というような売り文句で、やたらとガラス面積が広いクルマが一時期流行りました。エアコンがあるから無問題!とはいえ、太陽光がガンガン当たる室内ってのもキツイかも。その分、明るくてハワイアンと、気分を切り変えてハンドル握るのが「吉」です。 ■その4:手間がかかるかも エンジンを掛けるのにキー突っ込んでかちりと回してエンジンスタート・・・なんて行為が昔のクルマ扱いになるとは思わなかったですが、そう、ボタン押して始動!なんてのは最近のクルマ。旧車はキーを回してエンジンかけます。 もちろんドア開けるのもキーが必要。ガチャっと回してドアを開けてください。ビンテージやクラッシックだと窓開けるのもくるくるハンドル回すタイプが主流ですが、旧車レベルならかろうじてパワーウインドウはあるでしょう。 雨降ってもワイパー自動で動きませんよ!トンネル入っても自動でヘッドライト点きませんよ?最近は夜になっても無灯火で走ってるクルマ見掛けるけど、アブナイから気をつけてください。スイッチは自分でON。消すときも積極的にOFF。機械任せにしないのが旧車乗りの矜持であります。 ■その5:彼女or彼氏にフラれるかも クルマに興味のないパートナーは、この際諦めた方がいいかもしれませんね。というくらいの覚悟が必要です旧車のバアイ。 いや、オーバーかもしれませんが、オールドタイマーとかビンテージに興味のない人は、狭いはうるさいわ快適装備もないわ金掛かるわ面倒くさいわで、メリット一切なしのマイナス面ばかり。そんなの喜んで乗ってるアンタ昭和人か!ってツッコまれる羽目になるかも。 クルマのデザインがステキかわいいやつならまだマシかもしれませんが、ステキかわいいけど乗ってみたらオーマイガーッ!ってなりがちなのも旧車の趣。デザインだけで旧車選ぶのは、そんな覚悟は承知の上かと。そういうときのアナタの仕事は、いかにこの旧車がスバラシく、ヨイものであると説き伏せる(?)知識と話術、ソレを押し通せる情熱なのであります。負けるなワカモノたちよ! ■余計なお節介 ここだけの話ですが、旧車乗りの多くは、実は「足車(アシグルマ)」を持っています。すなわち普段使いのクルマ。それはコンパクトカーであったり家族で使うワンボックスカーだったり荷物運べるワゴン車だったり・・・。旧車乗りはナチュラルに「現代のクルマの有り難み」というものを理解しております。だからこその旧車愛とでもいいましょうか(Now and Then)ですな。 とまあ、5つ(+1)くらいのポイントを挙げておきましたが、コレらすべてハードルというか、越えなければならない山というか、一般的に見れば「マイナス面」であるといえましょう。 ところが! ところがですよ。 この旧車王を読んでいる旧車ファンともなれば、先に挙げた5つ(+1)のポイントはすべて「だからイイじゃん!」というポイントになってしまいがちなモノなのです。 安全じゃない?ヨシ!もっと気を使い、周りもよく見て安全運転。 金かかる?ヨシ!もっと働いて稼ぐぜ!というモチベーション。 快適じゃない?乗って運転する。ソレ自体がとても楽しいじゃないか! 楽しさがイチバン!Fun to drive。 手間が掛かる?そういう手間こそが旧車乗りの儀式。乗る前の施行点検と同じ、お祈りに近い行為。 彼女/彼氏にフラれる?いや、なんかゴメン。 ・・・と、いうように、先に挙げた5つ(+1)をマイナスではなく、プラスとして積極的に捉えることができるのであれば、ソレはもう立派な「旧車ファン」だといえます! ・・・というよりも「マニア」に近くなってきたという、喜ばしい事態ではないかと思うわけです。 ようこそ!旧車の世界へ! とってもウエルカム! 我々とともに旧車の沼へ・・・。 東京都 自営業・65歳より。 [画像・旧車王ヒストリア編集部 / ライター・まつばらあつし]
6代目ポルシェ911として登場した997は、ファンを唸らせる完成されたデザインと性能からベストモデルとも評されています。「原点回帰」と「進化」をうまく融合した結果、商業的な成功も収めました。911の本質を取り戻したともいわれる997型の魅力を、レースでの活躍とともに徹底解説します。 ポルシェ本来のスタイリングに回帰した997 997型へのフルモデルチェンジでは、先代996型で不評だったポイントを中心にデザインの見直しが図られています。一方性能面でも、マイナーチェンジで新開発エンジンやトランスミッションを投入するなど、997型はポルシェが意欲的に開発したモデルといえるでしょう。マイナーチェンジでの変更点も含めて、997の特徴を改めてみていきましょう。 先代の外観と性能から大きく進化 2004年に登場した997型ポルシェ911は、7年ぶりのフルモデルチェンジを果たして2004年に登場しました。基本骨格やエンジンの一部こそ先代996型と共通ですが、賛否を呼んだ外観デザインは大幅に刷新されています。 ヘッドライトの形状は、不評だった「涙目」形状から丸型に戻されました。また、スモールランプとウインカーも、空冷時代を思い起こさせる別体型に変更。リアコンビネーションランプとリアバンパーの刷新とあわせて、再び“ポルシェらしさ”を取り戻したモデルとして高く評価されました。 マイナーチェンジでさらなる性能アップを果たす 997型は、発売後も意欲的に開発が続けられました。フルモデルチェンジから4年後の2008年6月には、ビッグマイナーチェンジを実施します。特筆すべきはエンジンの改良で、以前のモデルから大幅に出力を向上させました。自然吸気モデルに採用した新開発の直噴(DFI)エンジンによって、カレラが20psアップの345ps、カレラSでは30psも出力を向上させて385psを実現しています。 さらに、トランスミッションには、新開発のPDK(7速デュアルクラッチ)が新たな選択肢として投入されました。スポーツ走行だけでなく日常使用でもスムーズな変速を実現するPDKによって、さらなる操作性と快適性の向上が図られています。 多彩なラインナップを展開 997型では、ベーシックなカレラ/カレラSに加え、タルガ、カブリオレ、4WDモデル、ラグジュアリー路線のターボ/ターボSといった多彩なラインナップが展開されました。さらに、スポーツ性と快適性を両立したGTSに加えて、GT3やGT2という走行性能に特化したモデルも投入されています。 志向やライフスタイルに応じてモデルを選べるようにしたことで、幅広いユーザー層から支持を獲得しました。スポーツモデルという大きな枠組みはあるものの、さまざまな楽しみ方ができる点が997の大きな魅力です。 ポテンシャルの高さをレースで証明 旗艦モデルである911は、レースで結果を残すことが至上命題です。レースで勝てる力強い走りこそ、ポルシェ911最大の魅力だといえます。 幅広いモデル展開が特徴の997は、周囲の期待どおりレースで輝かしい実績を残しました。一方で、評価の高い997には、ひとつだけ大きな欠陥があります。997のレースでの活躍と、有名な「インタミ問題」について紹介します。 2度のル・マン24時間レース制覇 997のレーシングモデル「997 GT3 RSR」は、フルモデルチェンジから2年後の2006年に実戦投入されます。エンジンの最高出力は455psにまで高められ、435 N⋅mという強大なトルクも相まってさまざまなレースで実力を発揮しました。 過酷なレースとして知られるル・マン24時間レースでは、2007年と2010年にGT2クラスを制覇。また、プチ・ル・マンでも、2007年、2013年にクラス優勝を果たします。997のもつ高いポテンシャルと信頼性を、レースの結果で証明しました。 唯一の弱点「インタミ問題」 実力、人気ともに折り紙つきの997ですが、実はひとつだけ構造的な弱点を抱えています。「インタミ問題」という通称までつけられた、インターミディエイトシャフトを保持するベアリングが破損する問題です。 997のエンジンは、クランクシャフトとチェーンを介してつなげられたインターミディエイトシャフトによって、カムシャフトを回転させる機構を採用しています。しかし、インターミディエイトシャフトを保持するベアリングの耐久性に問題があり、数多くの破損が報告されました。ベアリングが破損すると当然インターミディエイトシャフトの回転に影響がでるため、カムシャフトを正確なタイミングで回せなくなります。結果、バルブタイミングが狂ってしまうことで、最悪の場合エンジンブローにもつながりかねません。 ただし、インタミ問題が発生するのは、初期モデルを中心にした前期型です。2008年のマイナーチェンジ以降のモデルでは、インターミディエイトシャフト自体が廃止されたため発生しません。。また、対策パーツがすぐに開発され、ポルシェがキャンペーンで交換を推進したため、現在ではあまり気にしすぎる必要はなさそうです。997を購入予定で気になる方は、販売店にインタミ問題の対応について確認してみましょう。 20万台以上も売り上げた6代目ポルシェ911 インタミ問題という致命的な欠陥があると、一般的に販売数は伸び悩みます。しかし、メーカーの真摯な対応と997のもつ魅力の高さから、実際には商業的にも大成功を収めました。997の販売台数は、2004年から2011年までの間で累計213,004台にものぼります。販売実績だけで車の価値は判断できないものの、モデルとしての完成度の高さを物語っている数字です。 スタイリングの原点回帰、幅広い層にリーチするラインナップの多彩さ、そして何より走行性能の進化とレースでの実績によって、997型ポルシェ911は伝説とも呼ばれる評価を得ました。販売終了からすでに14年(※2025年7月執筆当時)が経過していますが、今もなお高い人気を集める車種というのもうなずけます。
日本自動車販売協会連合会と全国軽自動車協会連合会のデータによると、2024年の日本の新車販売台数は、前年比7.5%減の442万1494台。 一方で、中古車登録・届け出台数は、前年比0.3%増の646万7884台とあります。 新車の販売台数より、中古車の方が多く動いているという感じなのですが、それは経済的な面であったり、まあ、中古車を買う理由はさまざまありましょう。 で、そのなかには「新車では手に入らないムカシのクルマが欲しい!」という人たちが少なからずいる、というのは間違いがないと思います。 ◾️最近のクルマってドウなんすか? ソレって「最近のクルマに魅力を感じない」と思っているヒトたちってこと・・・? え?そうなの? いや、ソレまじすか? でもホラ、現行のクルマ、新車で欲しいヤツあるでしょ?あるんじゃないの? といわれりゃあ、まあ、たしかに欲しいなGR86とかコペンもいいよねえ。 余裕があればジムニーもちょとイイ気がするし・・・。 あれれれれ?それ旧くね? ◾️ソレ、昭和世代だから? もちろんGR86&BRZ、ホンダS660みたいに、なんか「グッ」とくるクルマはときどき出てくるけど、いやこれマジ欲しい!っていうようなクルマ少なくなった・・・という気がしませんか? まあ、なんとなくそんな感じがするのは、ワタクシの周りが昭和世代ばかり、というのも大きな理由のひとつ・・・というような気がするのであります。 いやね、ショーワエイジの我々からすると、そもそもクルマの種類そのものが少なくなってないスか? 種類というかバリエーション・・・という印象が強いんですよレイワの現代。 例えばカローラでいえば、80年代とか90年代には「セダン」「ハッチバック」「クーペ」「ワゴン」「バン」「リフトバック」スポーツモデルの「レビン」「トレノ」そういや「カローラII」兄弟車に「スプリンター」なんてのもあったというか、もうバリエーションモデルだらけ。 覚えきれない派生モデルの嵐!しかもDXとかSE、XEとかGTとかグレードまで多種多様!覚えきれんっっっ! まあ、それだけ昭和時代は豊かだったのかもしれません。 とはいえ、今でも車種はたくさんあるし、派生モデルもそれなりに存在する。 相変わらずのバッジエンジニアリングも、以前ほどではないけれど、今でも続けられているし。 選択肢そのものはソレほど変わりがないかもしれません。 ◾️なのにナンでアナタはわざわざキューシャへ行くの? 今でも、そんなたくさん選択肢があるのに、じゃあなんでアナタは「旧車」に行くの? 新しいクルマは性能はおろか安全性でも利便性でも「旧車」に比べたら、はるかに「イイ」じゃないですか! 昔のクルマって古くて扱いにくくて不便で遅くてうるさくて税金高くて狭くてカーナビないしスマートフォン連動しないし、ヘタすりゃドリンクホルダーすらないじゃないすか! それでもアナタは旧車をみて「イイなあ」とおっしゃるのですか! あっ「旧車王」なんてサイトまであるじゃないか! ナンで!? ・・・ということで、5つの理由で解説いたします。 ●理由その1「最近のクルマのデザインがなんかヤ?(趣味や嗜好の変化)」 ・最近のクルマって、なんか「獅子舞」みたいなのばっかり・しかも色がなんか地味・顔つきがオラオラしててメッキテカテカ・でかいの強調して押しが強いくせに色が地味(色2回目) ●理由その2「最近のクルマって個性(キャラクター性)が希薄?(世の中の変化)」 ・パッとみて「何に使う」クルマなのか判りにくい・なんか四角いのばっかり・選べるカラーバリエーションが地味で少ない(色3回目)・シルバーとグレーと黒と白ばっかりなの?(色4回目) ●理由その3「最近のクルマは便利さと共に失ったものがある(ノスタルジー)」 ・運転しててラクチンで便利なんだけど「面白さ」には欠ける・一台で全部済んじゃう多様性・手間が掛からない分、愛着が沸く時間がほとんどなくなった・手探りでラジオのON/OFFや選曲ができない ●理由その4「クルマの性能や機能より大切なものがある(生活様式の変化)」 ・みんなで便利に使えるとイイよね・誰かとお出かけしたりする経験が大事、クルマはそのための移動手段・でかいクルマに限って乗ってる人が少ない・軽自動車はナンだかたくさん乗ってるイメージ ●理由その5「クルマはステータスでもナンでもない」 ・クルマ持ってると「スゲエ」というより、まあ便利だよね的な(特に都市部)・地方都市ではクルマは必需品なので、使いやすく便利で安上がりなやつがイイよね・つか、持っててアタリマエ・道具として優秀であればOK ■旧い時代を知っているから? いろいろと理由を挙げてゆけばキリがないんですけれど、実は、大きな理由のひとつとして、ユーザーとして、そしてオーナーとしての我々が「昭和時代の大狂乱ともいえるバラエティ豊かなクルマ社会を知っている」からというのがあるのかもしれませんね。 すなわち「あの頃よりは・・・」みたいに、ムカシと比べちゃうんですよ。 まったく年寄りの悪いクセだ。そんなんだから年寄り扱いされちゃうんだ・・・。ってワカってながら、ソレでもいっちゃうんですよね「あのころはよかった」って。 あの頃は「好きなクルマ」が確かにあったし、それぞれにユニークなキャラクターがあった。 本気で欲しいと思えるようなクルマがたくさんあったんですヨ。 同じカローラでもサラリーマンの若いパパの乗るカローラと、20代のやんちゃなワカゾーが乗るカローラはまったく違う。 でも同じカローラ。 マイナーな方がいいならスプリンターって選択肢もアリ。 塗装業のおっさんが乗るサニーバンとサーフィン好きのワカゾーが乗るサニーバンはまったく違う。 同じサニーバンなのに。 少し違うのが欲しけりゃパルサーはいかが?(チェリーでもいいゾ) ◾️今でも充分選択肢があるのに とはいえ、今の、すなわち現行カローラだって「カローラ」「カローラスポーツ」「カローラツーリング」「カローラクロス」「GRカローラ」「カローラアクシオ」「カローラフィールダー」の7種類あるんだからスゲえっすよね。いいクルマなんですよカローラって。いいクルマ。 それでも、7種類もある現行の「カローラ」じゃなくて、ショーワのおっさんたちは(たぶん)中古車がずらりと並んだ店先眺めたり、夜な夜なパソコンの画面に映るちょっと前のクルマを探したりしてるんですよね。 なんだソレ正直「理解不能」ではあります。 が、なんとなく「そうだよなあ」って「ワカる」のは、ワタクシもショーワのおっさんだからなのでしょう。 そう、身体では現行モデルが「イイもの」って解っているのに、脳みそが「イヤ、オマエのホシイのは本当にソレなのか?」っていってんの。 そのとき、アタマのなかでは、なんか知らないマスコットとか、エンブレムがついたキーホルダーがぶら下がってるキーを、ドアの穴に差し込んでガシャッとトアを開けるあの感触。 ボタンを押すんじゃなくて、キーを突っ込んでセルを回すあの感覚。 エンジンがかかると微妙な振動とともにブルブル震える車体とサウンド。 その感触を得てはじめて「クルマ運転してるぞオレ」感を得ることができる、みたいな。 ◾️旧車をこよなく愛する「困った人」たち(ほめ言葉) それは確かに、今よりも「安全じゃない」し「便利でもない」し、実際「お金かかる」し「面倒臭い」し、なんなら「古臭い」し「使いにくい」。でもそんなクルマに「魅かれて」しまう。 そんな人たちが一定数いる。 自動車を単なる道具としてだけでなく、クルマを「文化」として捉えて一緒に生きてゆく。 それは多分ヨーロッパでも、アメリカでも、アジアでも、一定数いるはずです。クルマを持つこと、運転することが目的の人たち。 ウンチク垂れたがるオッサンたちがイキイキとして、楽しげに走るために、走るのが目的で走ってゆく。 ときに故障に悩み、仲間が集まると自分のクルマの調子が悪いことをまるで自慢話のように語りたがる、13年以上経ったクルマの税金高いの何とかならんかねえ、とかいってるアノ人たちのことですよ・・・。 まったく困った人たちですよねえ(笑)。もう。 [画像・トヨタ,日産, マツダ、ライター / まつばらあつし]
切り立ったリアハッチの形状が特徴的な、ホンダ 3代目シビック。ワンダーシビックの愛称で親しまれるこのモデルは、シビックファンのみならず世界中のホットハッチ愛好家にインパクトを与えました。 ワンダーシビックがなぜ革新的モデルといわれるのか、その理由をレースでの輝かしい戦績とともに振り返ってみましょう。 3代目シビックがもたらした新たなホットハッチの形 「ワンダーシビック」と呼ばれる3代目ホンダ・シビックは、当時のハッチバックの概念を覆す存在でした。海外の有名自動車デザイナーでさえ解決できなかったデザイン上の問題を、見事な手法で解決します。 ワンダーシビックのデザインの特徴について、詳しくみていきましょう。 未来を予感させるデザイン 3代目シビックは、1983年に登場しました。先代のイメージを大きく刷新するばかりか、世界の常識をも打ち破った革新的なデザインが話題になりました。2代目シビックの販売台数がふるわなかったことから、大きな変化を求められていたという側面もあったのかも知れません。 ワンダーシビック最大の特徴は、リアハッチの切り立ったコーダトロンカです。ルーフラインを後方ギリギリまで水平に伸ばし、リアゲートを垂直に切り落とすという当時としては大胆な形状をしています。先代以前のシビックも含め、国産車では類を見ない未来的なフォルムでした。 その先進性と完成度の高さは専門家からも認められ、1984年度には自動車として初めてグッドデザイン大賞を受賞。さらに、同年の「'83~'84 日本カー・オブ・ザ・イヤー」にも輝きました。 名デザイナーでさえ避けた問題を打破 ワンダーシビックのデザインへの関心の高まりには、世界的な有名デザイナーでさえ避けた点に挑戦したことも影響しています。当時のハッチバック車は、フォルクスワーゲン社のゴルフを模倣したデザインのものがほとんどでした。イタリアの有名デザイナー、ジョルジェット・ジウジアーロ氏が徹底的に合理性を追求して生み出したフォルムだったため、覆す必要がなかったのです。 しかし、ゴルフのデザインには、唯一といえる欠点がありました。垂直にすると商用車にみえるという理由から、リアハッチに傾斜をつけていた点です。車室後部にリアハッチが倒れ込んでくるため、荷室の容積にどうしても制限が発生してしまいます。 そこで、ホンダ開発陣はリアハッチを垂直に立てつつも、ハッチバックの軽快さを失わないデザインを追求します。後部まで伸びたルーフになだらかな傾斜をつけつつ、リアのサイドウィンドウの下端ラインを後方に向かって微妙に上昇していくデザインとし、シャープな印象を与えるウェッジ効果を発揮しています。さらに、Bピラーを黒く塗りつぶすことで、横からみても愚鈍な商用車にはみえない軽快なデザインを実現しました。 ジウジアーロ氏が懸念したデザイン上の問題点を、新たな発想で見事に解決してみせたのです。ゴルフの呪縛ともいわれるほど定番化していたハッチバックのデザインを、根底から覆す画期的なアプローチでした。 高い走行性能がデザインの正当性を裏打ち いくらデザイン上の問題を解決して軽快に見せても、クルマとしての性能が伴っていなければ高い評価は得られません。ワンダーシビックは、デザイン性と走行性能を両立させるため、細部にまで徹底的にこだわって開発が行われました。 ワンダーシビックの走行性能とレースの活躍を振り返ってみましょう。 軽快な走りを実現したサスペンション ルーフデザインが大きな特徴といわれるワンダーシビックですが、実はボンネットラインを下げたことも外観のスポーティさを高めているポイントです。しかし、ボンネットラインを下げるには、足回りの構造が大きな課題として立ちはだかりました。 エンジン、ミッションともに横置きのFF車では、サスペンションのスペースに大きな成約が生まれます。一方で、ボンネットラインを下げるという命題があるため、コイルバネの高さを必要とするストラット式サスペンションも使用できません。 そこで、ポルシェ911にも採用されていた、トーションスプリング(ねじりバネ)式のサスペンションを採用して、低いボンネットとスペースの制約問題を解決します。さらにこだわったのはリアサスペンションでした。分類上はトーションビーム式サスペンションの一種ですが、極めてユニークな形状をしています。後部座席の制約も受けるなか、トレーリングリンク式ビーム・サスとも呼ぶべき形状のサスペンションは、後席の居住性と運動性を両立すべく考案されました。 シーズン全戦優勝 ワンダーシビックの性能が優れていたことは、レースの世界でも証明されています。発売から2年後の1985年に、ホンダはワンダーシビック(AT型)で全日本ツーリングカー選手権(JTC)に初参戦しました。 参戦2戦目の鈴鹿サーキットで、並み居る強豪を抑え総合優勝という快挙を成し遂げます。時折雨の降る優れない天候のなか、中嶋悟/中子修組はFFの強みを活かして安定した走りを披露しました。 さらに、「MOTUL 無限 CIVIC」にエントリー名が変わった1987年には、他を寄せ付けない圧倒的な速さを見せつけます。中子修/岡田秀樹組が6戦全勝を達成。ドライバーズとマニュファクチャラーズのダブルタイトルを獲得しました。 最終的に、JTCで通算12勝という輝かしい戦績を残し、1988年シーズン途中でその役目を終えました。 シビックの方向性を決定づけたワンダーシビック ワンダーシビックは、名車と呼ばれるEF型、EG型の原型ともいわれるモデルです。ホンダ・シビックは、1987年から1993年までの全日本ツーリングカー選手権(JTC)において、グループA規定の最小排気量クラス(1987年はクラス1、後にクラス3に改称)で、マニュファクチャラーズタイトルを7連覇という偉業を達成しました。ワンダーシビックは1988年のシーズン途中まで出場しており、偉業達成のきっかけとなったモデルです。 EG型になってやや丸みを帯びたものの、リアハッチが切り立った形状はシビックの伝統として踏襲され続けました。デザイン性と走行性能を両立したホットハッチとして、日本のみならず世界で愛され続けているシビック。ワンダーシビックの開発陣が踏み切った、コーダトロンカがなければ実現していなかったかも知れません。
2025年5月11日に、茨城県常陸大宮市で「第7回旧車(Old Car)祭り IN 美和」というイベントが開催された。 このイベントはこの媒体(旧車王ヒストリア)でも取材しており、読者の方々にも周知のことかもしれない。 ●クセ者ぞろいの参加車輌が魅了する「第7回旧車(Old Car)祭り IN 美和」イベントレポートhttps://www.qsha-oh.com/historia/article/oldcar-festival-7th/ イベントでは主催者が若かったり、大きな志を持って行われている方などもいることだろう。もちろん筆者もそうした方々の話を聞き、時にその思いに感銘を受けたり考えさせられたりもしたものだ。しかしながらこれを親子で始められたということがとても筆者の興味をそそらせた。これから話すのはそんな親子が紡いだイベント開催の物語だ。 ■「旧車(Old Car)祭り IN 美和」をはじめたきっかけ 今回で7回を数えるという「旧車(Old Car)祭り IN 美和」。しかし、主催者は実際に開催できたのは6回なのだと話す。過去に台風で中止になりかけ、前日まで頑張って準備をしていたこともあり、これもカウントしておきたいという想いから7回目としたという。 主催者の野澤氏は事業の関係から自身がイベントに参加することはなかなか難しい。「それなら来てもらったらどうだろう?」と考えて周囲に相談しつつ、「旧車(Old Car)祭り IN 美和」を立ち上げて今に至ったという。 ■思わぬ協力者が現る! 野澤氏がイベントを自ら興そうと動きはじめた矢先、ちょうど時を同じくしてご子息が氏より受け継いだ(ご本人はまだ自分の物だと否定・笑)3代目になるホンダ プレリュードに乗ってドライブやイベントに参加をする日々を送られていた。 そのこともあり、ご子息が「それならば」と、会場で起こるトラブルの元やアクシデントの事例を他のイベントに参加することで調べ、自身で感じたことを実際に対処する手段や実例のデータとして持ち帰る。 その後、野澤氏が開催に向けて手探り状態で行っていたトラブルシューティングに対して、ご子息が自らの体験をフィードバックすることでイベントをより良いものにしようと取り組んできたそうだ。 ご子息にも話しをお聞きした際に「もうある意味、情報収集のためにイベントに参加していた感じでしたね。それをまた持ち帰ってウチのイベントに当てはめるわけです」。そうしたご子息や多くのスタッフの支えにより、現在に至ったそうだ。 「旧車(Old Car)祭り IN 美和」の特色として、地域密着を大事にしており、ケータリングも地元の食を楽しんでもらうことを前提に声をかけていると話す。そうした思いが多くの参加者だけではなく、見学者にも現れているのではないだろうか。 ■心が折れずに済んだのは、ある参加者の一言がきっかけだった 野澤氏も7回の開催のあいだにはさまざまなことがあったと語る。数年前にはコロナもあり、苦渋の決断で中止にしたこともあったそうだ。もちろん開催においては天候にも左右されたこともあった。 今でこそ春先に開催されるイベントとして行われているが、かつては秋口に開催して台風でやむなく断念をしたこともあったそうだ。それだけに天候にはいつも悩まされるという。そんなときは、以前いわれた言葉が頭をよぎるそうだ。 開催するべきか悩んでいたとき、参加者の1人から掛かってきたある電話に背中を押されたのだという。「中止なら中止でも構わないよ。それでも俺は行くからさ。1台だけでもいくからさ」。 野澤氏は開催か延期か決断ときにはいつもこのひと言が頭にあるという。もし中止でも足を運んでくれる人もいる。今回は来てもらえなくても次回は必ず楽しんでもらいたい。その思いが今に至っているのではないだろうか。 ちなみに、昨年は1,000人を越える一般来場者があったそうだ。そのこともあり、今後駐車スペースの確保はますます大事だと考えているという。今年の来場者数はどうだったのか?それはこの前日までの予報を覆す好天を見れば聞くまでもないだろう。 ■やれることはわずかでも、地元に貢献したい 今後の展開はどうなるのか?どうしていきたいのか?の質問に意外にも野澤氏は大きくはならなくてもいいと語る。 いまくらいの台数や規模で続けて行けたらと思っているそうだ。欲がないと思えるかもしれないが、やはり管理の目を行き届かせるには現時点くらいが自身の限界と考えているという。 また、スペースの関係も起因している。少なくとも現時点で会場の移転は考えていないし、この美和地域でやりたいという揺るがない思いがあるからだ。それでもエントリーをしてくれる参加者を増やすことはなくても、見学者にはできる限り対応をしていきたいという。 それは、地元の方だけでなく、近隣はもちろん遠方からもこのイベントと常陸大宮市を知ってもらうきっかけにしたいと考えているからだ。奇しくもご子息にも同じ質問をした際にも同じ答えがかえってきた。 「正直、人口はどんどん減っていると思います。でも町おこしではないですが、昔あったお祭りのように、年に一回常陸大宮市のイベントといえば【旧車(Old Car)祭り IN 美和】だといってもらえるようにしたいですね」。そう笑う親子の笑顔はどちらも同じ笑顔で筆者に答えていた。 地道な努力は実を結び、今や市長や県会議員が開会あいさつに駆けつけるイベントに育つ。 この日の司会にマイクを握ったのはタレントのおふたり、電撃ネットワークの今日元気(きょうもげんき)氏とヨッシャ比留間氏だ。 地元の味を楽しんでもらえるようにと考えて声をかけているというケータリング。参加者に聞いた話では昨年は見学者も買うことが多く、うっかり出遅れた参加者が食べ損ねたといううわさもあるほど盛況だったそうだ。 [ライター・カメラ / きもだこよし]
引っ越した際は車庫証明の住所変更が必要と聞き、手続き方法を調べている方もいるでしょう。そもそも軽自動車は普通自動車とは異なり車庫証明の取得が不要です。 ただし、地域によっては期日までに新しい住所を管轄する警察署で「保管場所届出」をする必要があります。 この記事では、引っ越し時に軽自動車の車庫証明の住所変更が不要な理由や保管場所届出の手続き方法などについて解説します。 軽自動車において引っ越し時に車庫証明の変更手続きは不要 軽自動車は、普通自動車や小型自動車とは管理する行政機関が異なるため、引っ越しをしても車庫証明の住所変更手続きは必要ありません。 普通自動車や小型自動車は「運輸支局」が管理しています。そのため、新しくクルマを購入したときは、車庫がある住所を管轄する警察署で申請をして車庫証明書を入手しないと運輸支局で車検証(自動車検査証)やナンバープレートが交付されません。 引っ越しをして保管場所が変わったときは、新しい住所を管轄する警察署で車庫証明の住所変更手続きが必要です。 一方、軽自動車を管理するのは軽自動車検査協会です。軽自動車を購入したときは、車庫証明書がなくても軽自動車検査協会で車検証やナンバープレートが発行されます。 保管場所が変わった際は、必要に応じて管轄の警察署で保管場所届出の手続きをするのみでよいとされています。 軽自動車における引っ越し時に届出が必要な場合がある 管轄の警察署で保管場所届出の手続きが必要となるのは、以下のような地域に軽自動車の保管場所がある場合です。 ・県庁所在地 ・人口10万人以上の都市 ・東京や大阪などの都心部から30km以内の市区町村 上記に該当していても保管場所届出が不要な場合もあります。引っ越し先の住所が保管場所届出の必要がない「適用除外地域」に該当するかどうかを各都道府県の警察署のWebサイトで確認しましょう。 ここでは、保管場所変更届出をする際の必要書類や手続き先を解説します。 必要書類 警察署へ軽自動車の保管場所を届け出る際の主な必要書類は、以下のとおりです。 ・自動車保管場所届出書 ・保管場所の所在図・配置図 ・保管場所の使用権原を疎明する書類 →自身が所有する土地に保管:保管場所使用権原疎明書(自認書) →貸し駐車場に保管する場合:保管場所使用承諾証明書または駐車場の賃貸借契約書の写し など 所在図・配置図は、保管場所の位置や駐車スペースの寸法などを明記した図面です。保管場所使用承諾証明書は、駐車場の所有者や管理者に記入してもらう必要があります。 書類に不備があると再提出を求められることもあるため、記入漏れや添付書類の不足がないか、よく確認することが大切です。 申請書類を作成する際は、各警察署のWebサイトで公開されている様式や記載例を活用するとよいでしょう。 なお、以前は「保管場所標章交付申請書」の提出が必要でしたが、2025年(令和7年)4月1日から不要となっています。クルマに貼り付ける保管場所標章(ステッカー)も発行されなくなりました。 手続き方法 保管場所届出をする際は、新しい保管場所がある住所を管轄する警察署に必要書類を提出します。引っ越しをする前の住所を管轄する警察署ではない点に注意しましょう。 受付時間は月曜日から金曜日の午前9時〜午後4時までです。土日祝日と年末年始は原則として手続きできません。 受付の開始時間と終了時間は警察署によって異なるため、事前にWebサイトで確認しましょう。 警察署の窓口に必要書類を提出すると不備がなければ控えが渡され、その日のうちに手続きが完了します。 保管場所届出に手数料はかかりません。保管場所標章の廃止により、500〜600円程度の発行手数料もかからなくなりました。 引っ越し時は軽自動車の車検証の住所変更手続きが必要 軽自動車の所有者は、引っ越しで住所が変わった場合、道路運送車両法第12条にもとづき、その日から15日以内に車検証の住所変更手続きをする必要があります。 第十二条:自動車の所有者は、登録されている型式、車台番号、原動機の型式、所有者の氏名若しくは名称若しくは住所又は使用の本拠の位置に変更があつたときは、その事由があつた日から十五日以内に、国土交通大臣の行う変更登録の申請をしなければならない。ただし、次条の規定による移転登録又は第十五条の規定による永久抹消登録の申請をすべき場合は、この限りでない。 また、同法の109条では車検証の住所変更手続きを怠ると「50万円以下の罰金に処される」と定められています。 第百九条:次の各号のいずれかに該当する者は、五十万円以下の罰金に処する。二 第十二条第一項、第十三条第一項又は第十五条第一項の規定による申請をせず、又は虚偽の申請をした者 引用:e-gov 法令検索「道路運送車両法」 さらに、車検証の住所がそのままであると自動車税(種別割)の納税通知書が新しい自宅に届かず、納税を延滞してしまう可能性もあります。 住所が変わったときは必ず期日までに車検証の住所変更手続きを済ませましょう。 以下では、手続きの際に必要な書類や申請先を解説します。 必要書類 軽自動車の車検証の住所変更手続きに必要な書類は、以下のとおりです。 ・自動車検査証(車検証)の原本 ・住民票の写しや印鑑(登録)証明書など使用者の新しい住所を証明する書類 ・自動車検査証記入申請書(軽第1号様式) ・ナンバープレート(管轄が変わる場合のみ) ・希望番号の予約済証(希望ナンバーを希望する場合) ・申請依頼書(使用者ではない人が手続きをする場合) 自動車検査証記入申請書は、軽自動車検査協会の窓口で入手できる他、Webサイトからダウンロードすることも可能です。 住民票の写しは、個人番号(マイナンバー)が記載されていないものを準備しましょう。 引っ越しにより住所を管轄する軽自動車検査協会が変わる場合は、ナンバープレートの変更も必要です。 車検証の住所変更手続きは無料ですが、ナンバープレートを変更する場合は別途手数料がかかります。 手続き方法 軽自動車の車検証の住所変更をする場所は、新しい住所地を管轄する軽自動車検査協会の事務所・支所・分室の窓口です。 申請書に必要事項を記入し、その他の書類とあわせて窓口に提出すると、不備がなければ新しい情報が記載された車検証が交付されます。 住所の管轄が変更になる場合は、古いナンバープレートを返納して新しいナンバープレートを取り付けて封印をしてもらいます。封印は、ナンバープレートを固定するボルトにアルミ製のキャップを取り付けることです。 ▼関連記事車検証の住所変更をする方法は?手続きしなかった場合の罰則も紹介 軽自動車の引っ越し時には保険の住所変更も必要 引っ越しにより住所が変わったときは、自動車保険の住所変更手続きも必要です。 自動車保険には、法律で加入が義務付けられている「自賠責保険」と、加入が個人の判断に任せられている「任意保険」があり、それぞれ手続き方法が異なります。 以下では、自賠責保険と任意保険の住所変更手続きについて詳しく解説します。 自賠責保険 自賠責保険の住所変更手続きをするときは、加入している保険会社の窓口に訪れるか、保険代理店の担当者に連絡をします。 また、スマートフォンやパソコンなどから「One-JIBAI」という損害保険業界共通の専用Webサイトにアクセスして手続きをすることもできます。 住所手続きの際に必要な書類は以下のとおりです。 ・自動車損害賠償責任保険証明書 ・運転免許証や健康保険証など新しい住所が確認できる書類 ・ナンバープレートまたは軽自動車届出済証(住所変更と同時に変更がある場合) One-JIBAIで手続きをする場合、画面の指示にしたがって項目を入力し、必要書類をスキャンするかスマートフォンで撮影してアップロードします。 手続きが完了すると、後日住所が変更された自賠責保険証明書が届きます。届けられた新しい証明書の記載項目に誤りがなければ、古い証明書を破棄しましょう。 任意保険 ほとんどの任意保険は、インターネットから保険会社の契約者専用ページで住所変更手続きができます。 他にも「保険代理店の担当者に連絡する」「保険会社に電話する」「保険会社の窓口に出向く」などの方法で手続きが可能です。 手続きの際には、住民票の写し・運転免許証・マイナンバーカードなど新しい住所がわかる書類を準備しましょう。 地域ごとの事故や盗難、自然災害などのリスクに応じて保険料が設定される保険会社の任意保険は、住所変更によって保険料が変わることがあります。その場合は、住所変更手続きの際にクレジットカードや銀行口座の情報がわかるものが必要です。 手続きの際は、年間の予想走行距離やクルマの使用目的、運転する人の範囲なども申告するため、引っ越しにともないこれらに変更がないか検討しましょう。 また、補償に過不足がないかも検討し、必要に応じて見直しをすることもおすすめします。 軽自動車の引っ越し時には運転免許証の住所変更も必要 道路交通法の第94条では、運転免許証の記載事項に変更があった場合、速やかに届け出ることが義務付けられています。そのため、引っ越しをしたときは運転免許証に記載される住所の変更手続きが必要です。 手続きを怠ると「2万円以下の罰金または科料」に処される可能性があります。 また、更新のお知らせハガキが新しい住所に届かず、免許の更新を失念するリスクも高まるため、引っ越しをしたときは運転免許証に記載される住所を速やかに変更しましょう。 以下では、運転免許証の住所変更をする際の必要書類や手続き先を解説します。 必要書類 運転免許証の住所変更手続きに必要な主な書類は、以下のとおりです。 ・運転免許証またはマイナ免許証(どちらも持っている場合は両方) ・住民票の写しや公共料金の領収書、健康保険証など新しい住所が確認できる書類 マイナ免許証は、免許情報が記載されるマイナンバーカードです。2025年(令和7年)3月24日から運用が開始されました。 住所変更手続きの際に、新しい住所が確認できる書類が必要となるのはマイナ免許証を発行しておらず通常の運転免許証を利用している人です。 マイナ免許証を取得し、市区町村役場でマイナンバーカードに登録されている住所を変更している場合、運転免許証の住所変更手続きをする際に新しい住所を確認できる書類を準備する必要はありません。 運転免許証を返納してマイナ免許証のみを保有しており、所定の手続きをするとワンストップサービスにより、住所・氏名・本籍の変更時に警察署等への届出が不要となります。 新しい住所が確認できる書類の種類や条件は、警察署や運転免許センターのWebサイトに記載されています。「住民票の写しはマイナンバーが記載されていないもの」「マイナンバーの通知カードは不可」などの条件が設けられているため、事前に確認しておきましょう。 手続き方法 運転免許証の住所変更手続きは、新しい住所地を管轄する以下の施設で行えます。 ・各警察署 ・運転免許試験場 ・運転免許更新センター 警察署と運転免許更新センターで手続きができるのは、原則として平日の日中です。土日祝日と年末年始は手続きできません。 一方、運転免許試験場は平日に加え日曜日も手続きができる場合があります。 受付時間は「午前8時30分〜午後4時30分」「午前9時〜午後5時」など地域や施設によって異なります。 運転免許証の住所を変更する際は、インターネットで受付場所や受付時間を事前に確認しましょう。なお、手続きをする場所にかかわらず手数料は無料です。 手続きの際は、窓口に備え付けられている「運転免許証記載事項変更届」を記入し、必要書類とあわせて提出します。 提出された書類に不備がなければ、運転免許証の裏面に新しい住所が追記されるため、誤りがないかよく確認しましょう。裏面の記載欄が埋まっている場合は、新しい住所が記載されたシールが貼り付けられます。 まとめ 軽自動車の場合、引っ越しをしても車庫証明に関する手続きは不要ですが、新しい住所を管轄する警察署で保管場所届出が必要となる場合があります。 また、車検証や自動車保険(自賠責保険・任意保険)、運転免許証の住所変更も必要です。 車検証や運転免許証の住所変更を怠ると罰則や科料が科される可能性もあるため、引っ越しをしたときは漏れなく手続きをしましょう。
白いボディに大きな「風林火山」のカッティングロゴ。タケヤリ仕様として話題を集めたFC3Sは、今見ても存在感があります。しかし、風林火山・FC3Sは見た目だけではなく、サーキットでも高い実力を示しました。 販売終了から10年近くが経過しても第一線で戦えることを証明した風林火山・FC3Sの開発秘話を中心に、FC3Sの実力の高さを改めて紹介します。 オーナーに夢を与えた風林火山・FC3S 1990年代初頭に販売が終了したサバンナRX-7 FC3Sですが、2000年代に伝説のチューニングプロジェクトが立ち上がりました。タケヤリ山路氏とRE雨宮が手掛けた、風林火山・FC3Sです。 FC3Sの概要とともに、風林火山・FC3Sの開発秘話を振り返ってみましょう。 サバンナを冠した最後のRX-7 2代目RX-7のマツダ サバンナRX-7 FC3Sは、1985年から1992年まで販売されました。RX-3から引き継いできた、伝統の「サバンナ」という名称が与えられた最後のモデルです。RX系の集大成として、ロータリーエンジンの実力を世界に知らしめました。 FC3Sへのモデルチェンジでもっとも話題になったのは、新開発の13B-T型ロータリーターボエンジンです。前期型で185ps、最終のアンフィニIIIでは215psもの最高出力を発揮。さらに、軽量コンパクトなロータリーエンジンの利点を活かし、わずか1.2tの車重と前後重量バランスのよさからライバル車と肩を並べる存在でした。 5万円の事故車をレストア&フルチューン 風林火山・FC3Sとは、タケヤリ山路こと故・山路慎一選手が筑波最速を目指してRE雨宮と共同で立ち上げたプロジェクトです。また、ベース車輌は5万円で購入した大事故車だったことから、FC3Sオーナーの間で話題になりました。 フレームが曲がるほどのダメージでエンジンもまともに動かない状態でしたが、RE雨宮の協力のもと丁寧に補修箇所の修復が進められます。また、同時に各部の補強やチューニングも施され、最強のFC3Sへと変貌を遂げました。 また、白に塗装されたボディサイドにはFC3Sの直線を活かすようにカッティングステッカーが貼られ、峠を走るストリートカーのような雰囲気を醸し出しています。東京オートサロン2002で、チューニングカー部門のグランプリに輝きました。 RE雨宮だから実現した最強FC3S 風林火山・FC3Sは、RE雨宮のチューニングによって最強と呼べるにふさわしいスペックに仕上げられました。エンジンは13BターボをベースにTD07S-25Gタービンをセットし、最高出力は463psにまで高められています。 足回りは、ダンパーはクァンタムベースのRE雨宮スペック、スプリングはスウィフト製という組み合わせを選択。ロール時の前後キャンバー変化量の違いを抑える、最適なセッティングが施されています。 また、製作にあたっては、事故車という点も多大に考慮されました。事故を修復すると剛性が下がってしまうため、ボディに直接溶接したロールバーが張り巡らされています。 RE雨宮のフルカウルプロを軸にまとめられたエアロパーツは、リアウィングが特徴的です。フロントオーバーハングの長いFC3Sの特性を考えて、できるだけ後方に装着されました。エアロパーツまで含めて、筑波最速を目指して綿密に設計されていることがうかがい知れます。 驚異的な記録を樹立したFC3Sの実力 FC3Sは峠でのイメージはあるものの、あまりモータースポーツでの活躍の印象はありません。しかし、実はレースの世界でも、FC3Sの高い実力が証明されています。 風林火山・FC3Sが筑波サーキットで樹立した記録も含めて、レースでの活躍を振り返ってみましょう。 風林火山・FC3Sが筑波で残した大記録 風林火山・FC3Sは、開発の目的だった筑波サーキットのタイムアタックで58秒890という大記録を叩き出しました。FC3Sの実力とともに、RE雨宮のチューニングとタケヤリ山路選手のドライビングがもたらした結果といえるでしょう。 真実は不明ではありますが、後発のFD3Sや日産 R34型GT-Rなどが筑波サーキットで58秒台という情報は確認できました。FC3Sが1980年代に発売されたことを考えると、風林火山・FC3Sがマークした記録がいかに驚異的だったかがわかります。旧車の枠に収まらない高い実力は、多くのRX-7に夢を与えました。 あの土屋圭市氏がドライブしてモータースポーツでも活躍 一般的に、FC3Sはモータースポーツのイメージが薄いかもしれません。しかし、JSS(ジャパンスーパースポーツセダン)ではタイトルこそ獲得できなかったものの、数々の勝利を挙げ、その実力の高さを証明しました。 特に1991年の最終戦となった富士スピードウェイでの雨のレースにおいて、土屋圭市選手(ドリキン)が見せたドリフト走行は、伝説として今も語り継がれています。 FC3Sによって地位を確立したRX-7 サバンナの集大成とも呼べるFC3Sは、ロータリーエンジンとスポーツカーRX-7の地位を確立しました。ボディデザインこそ直線基調から曲線ベースに変更されましたが、リトラクタブルライトやワイド&ローに構えるスタイリングといった特徴は、後発のFD3Sにも引き継がれています。 また、しっかりとしたチューニングさえ施せば、現代でも十分戦えるマシンであることを風林火山・FC3Sが証明しました。タケヤリ山路氏の情熱とRE雨宮の技術力が不可欠だったことはいうまでもありませんが、ベースの設計から実力が高い車種であることは間違いありません。