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AMG・G55ロングのオーナーの皆さま、こんにちは!旧車王です。現在乗っているG55ロングの売却を検討されていませんか?今回はそんな皆さまにとっておきの情報をお伝えいたします! 旧車王ならAMG・G55ロングをどこよりも高く買い取れます! 旧車王では、どこよりも高くG55ロングを買い取る自信があります!「本当に高く売れるの?」「どうしてそんなに自信があるの?」と疑問をお持ちの方にこそ、この記事を最後までお読みいただきたいです。実際の買取価格から高く買い取れる理由まで紹介します! AMG・G55ロングの買取価格 まずは、G55ロングの買取価格を紹介します。 ・G55ロング:350~630万円以上 G55ロングは1998年から発売されていましたが、全ての年式が上記の金額で買い取れるわけではありません。その年式については、後ほど詳しく解説します。 高く買い取れるAMG・G55ロングの特徴 続いて、高く売れるAMG・G55の特徴について解説します。 2008年~2012年に国内で販売されたAMG・G55 2008年〜2012年にかけて販売されたG55は、性能やデザインの新旧のバランスが非常に高いレベルで取れています。例えば、M113型V型8気筒スーパーチャージャーエンジンにはあえてシングルカムを採用しているほか、インストパネルにも発売当時の雰囲気が残っています。初期モデルの意匠に新たな技術が組み合わさっている点が多くのファンに支持されているのです。ベースのW463型は30年近く製造・販売されていたため、2008年〜2012年という期間はとても短く感じるかもしれませんが、こうした特徴をもつ車両はこの4年間に絞られます。 オリジナルコンディション オリジナルコンディションのG55ロングは高価買取が可能です。G55ロングは、AMGによって手が加えられており、ベースのW463型とは見た目やエンジンが異なります。AMGのモデルは非常に完成度が高いため、オリジナルコンディションは高価買取を叶える重要な要素です。 記録簿あり 整備記録簿とは、過去の点検整備の情報が載っている記録簿です。消耗部品の交換時期などを確認でき、日頃からメンテナンスしていることの証明書とも言えます。G55ロングの馬力は、初期のモデルでも353ps/53.5kg・m、最終モデルではなんと507ps/71.4kg・mです。高出力であるため、エンジンのコンディションが買取時の評価に大きく影響します。もちろん、整備記録簿はエンジンのコンディションを証明するものではありませんが、次のオーナーがクルマを購入する際の安心材料になることは間違いないでしょう。もしくは、エンジンのコンディションが良かった場合の裏付けにもなります。以上のような理由から、整備記録簿ありのAMG・G55は高額査定されやすいのです。 旧車王がAMG・G55ロングを高く買い取れる理由 G55ロングを高く買い取れる理由はさまざまですが、ここからは「旧車王ならでは!」と言える理由を紹介します。 AMG・G55ロングを待っているお客様がたくさんいます! G55ロングは先述の通り根強い人気を誇ります。そのため、中古車市場に出回るのを今か今かと待ちわびるお客様がたくさんいらっしゃいます。そして、常に在庫不足の状態です。 旧車王の運営元であるカレント自動車では、そのようなお客様方にいち早くG55ロングをお届けできる輸入車専門の販売店「ガレージカレント」を運営しています。開業20年以上と長い歴史で積み重ねたノウハウ・知識をもとに、お客様のもとへお届けします。 専門知識豊富な鑑定士がうかがいます! 旧車王にはさまざなクルマに詳しい鑑定士(査定士)が数多く在籍しています。もちろん、AMGやG55ロングに関してもプロフェッショナルです!豊富な専門知識と丁寧な“鑑定”であなたのG55ロングを適正に評価いたします。ぜひ私達にお任せください! AMGの長年培われたノウハウと実績 AMGはメルセデスベンツの一部として認識されていますが、もともとは独立したチューニングメーカーでした。そのため、特に古いモデルを扱う際には、専門知識が求められます。旧車王には、豊富な実績に裏付けられた圧倒的な買取ノウハウがあるため、G55ロングを他社よりも高く買い取ることができるのです。 AMG・G55ロングの買取価格が他社に負けていたら教えてください! ここまで、G55ロングの買取について紹介してきました。 先述の通り、G55ロングを待っているお客様がたくさんいらっしゃいます。また、ガレージカレントで販売する車両に関しては、運営元が同じカレント自動車のため中間マージンがかかりません。G55ロングの売却先にお悩みの方、旧車王にお任せいただけませんか?何度もお伝えしていますが、他社よりも高く買い取る自信があります!もし査定額が他社に負けていたらぜひ教えてください!
■1.戦前から出ている創刊91年!!!「自動車年鑑」って何? ▲最古の自動車年鑑。1931年の創刊で戦時中を除き90年以上発行され続けてきた 自動車年鑑という一般向けの自動車関連定期刊行物としては、日本最古(1931年創刊)の書物があるのをご存じだろうか? 創刊から90年以上という、とてつもなく長い歴史を持っている。 ▲2022年11月30日に刊行された自動車年鑑2022~2023(日刊自動車新聞社,日本自動車会議所共編) 筆者は日刊自動車新聞社出版局に在籍していた90年代前半の数年間、編集に携わっていた時期があった。 また、2022年11月には最新号となる自動車年鑑2022~2023が刊行されている。 ニューモデル、自動車産業日誌、日本の自動車産業、諸外国の自動車産業をはじめ、各種の統計やデータなど自動車業界のすべてが844ページの中に詰まっているといっていいだろう。 そこで気になったのが、果たして創刊号はどんな内容だったのか?今も残っているのか?ということだ。 調べてみたところ、日本自動車図書館(日本自動車工業会が運営)に、なんと創刊号からすべてそろっているという。 一般利用者向けには閉館しているなか、特別に開けてもらい、創刊号ほか、昭和時代の自動車年鑑を何冊か見せてもらうことができた。 ▲歴史を刻む自動車年鑑(日本自動車工業会・自動車図書館収蔵) 創刊号の表紙広告は「ダンロップタイヤ」である。 ダンロップタイヤは1888年、イギリスで創業した企業で1905年から自動車用タイヤを生産している。 ▲自動車年鑑創刊号(1931年12月23日創刊) そして、1932年自動車年鑑が創刊した翌年に国産初のタイヤメーカー「ブリヂストン」が誕生している。 当時の社名は「ブリッヂストン」。 創業者石橋氏の「石」「橋」を英語にした社名であることは有名だが、創業時は英語の発音に近い「ブリッヂ」だった。 ▲「純国産」「超舶来」の文字が誇らしい。当時は「タイヤ」ではなく「タイヤ―」と表記していた。 そして1932年は「ダットサン」が誕生した年でもある。 前年に戸畑鋳物の傘下となった「ダット自動車製造」が排気量495ccの小型乗用車生産1号車を完成。 「ダットソン」と名付けられたが、その後「ダットサン」と車名を変えている。 理由は「ソン」は「損」のイメージなので、「サン」(sun英語で太陽)に変更した。 ちなみに、DATSUNのDATとは、創業メンバーである田、青山、竹内氏の頭文字を合わせたものだ。 翌1933年から戸畑鋳物(株)自動車部を設立し、本格的な自動車生産に向けて動き出している。 日産自動車(株)に社名変更したのは1934年である。 日本産業の100%出資となり、社名も日産自動車株式会社と変更された。 ▲当時、まだごく少数だった国産車。ダットソン号以降、本格的な国産車生産がはじまる ▲当時、ディーラーを整備して販売をしていたのは米国車が中心だった ■2.当時、『東京府』には2万台強の自動車が保有されていた ▲昭和6年の東京には約2万台のクルマが保有されていた。意外と多い? 90年前の日本にはどんなクルマが、どれくらい保有されていたのだろうか? 自動車年鑑には日本国内東京府内に存在する自動車の台数が馬力別ブランド別に紹介されている。 馬力の低さにもびっくり。 最低10馬力から最高でも32馬力だ。 資料によると乗用車+貨物車で21,948台のクルマが東京で保有されている。 大蔵省による調査で昭和6年8月末現在の数字だ。 馬力は警視庁課税馬力(当時、「警視庁馬力」という測定方法があった)に基づいている。 【乗用車】・10馬力:フィアット 203台・11馬力:モリス 139台・12馬力:フィアット、モリス 126台・14馬力:アームストロング、アサノ 96台・15馬力:ホイペット多数を占む 893台・17馬力:エセックス 291台・18馬力:スター、アースキン 892台・19馬力:ムーン、オークランド、オールヅモビル 214台・20馬力:ウイリスナイト 240台・21馬力:殆ど舊(旧)シボレー 1602台・22馬力:T型フォード 294台・23馬力:ビウイク、クライスラー、グラハムベージ 783台・24馬力:殆ど新フォード 3702台・25馬力:クライスラー、ダッジブラザース、ナッシュ 559台・26馬力:殆ど新シボレー 3126台・27馬力:ポンテアク、ダッジブラザース、スチュードベーカー 432台・28馬力:ムーン、ナッシュ、ハップモビル・29馬力:ビウイク、クライスラー、ハドスン、ナッシュ・31馬力:クライスラー 101台・32馬力:パッカード 110台・調査もれ 363台〇合計:14,717台 【貨物車】・21馬力:全部舊(旧)シボレー 721台・22馬力:全部T型フォード 2272台・24馬力:全部新フォード 2299台・25馬力:ジーエムシー、フェデラル、レパブリック 311台・26馬力:全部新シボレー 646台・27馬力:ダッジブラザース、フェデラル、ガーフォード 374台・28馬力:マツク 120台・29馬力:パッカード 71台・調査もれ 417台〇合計:7,231台 こうしてみると、フォードやシボレーの台数がとても多いと感じるが、これらは当時、日本国内で製造(KDノックダウン生産)されていたからである。 1925年に日本フォード、1927年に日本GMがそれぞれ設立されたことにはじまる。 日本で製造といっても当時の日本に自動車を製造できる技術はなく、ボディもエンジンも各種部品もすべてアメリカから輸入したものを日本国内で組み立てていた。 GMは大阪鶴町の工場にて組み立て生産をスタートさせており、月産2,000〜2,500台で、アジアの生産拠点としてもアジア諸国へも多数輸出されていた。 一方、日本フォードは横浜市新子安の工場にて1日の稼働時間8時間で約80台のT型フォードをはじめとする乗用車や貨物車を組み立てていた。 いずれも太平洋戦争の始まりとともに操業を終了している。 フォードを生産していた新子安の工場は現在のマツダR&Dになっている。 フォードやGM以外、ダッジ、クライスラーなどの米国車に加え、シトロエンも組み立て生産されていた。 90年前の自動車年鑑1932年版をはじめ、これまで世に出た自動車のカタログや自動車雑誌、各種の自動車に関する資料は「自動車図書館」で見ることができる。※現在はコロナ感染拡大防止の観点から休館中だが資料検索などは可能だ。 ●自動車図書館(現在は休館中)https://www.jama.or.jp/library/car_library/index.html 旧車ファンにとっても聖地のような場所だ。 再開されたらぜひ訪れてみて欲しい。
水冷ポルシェオーナーの皆さま、こんにちは!旧車王です。現在乗っているポルシェの売却をご検討されていませんか?この度はそんな皆さまにとっておきの朗報をお伝えいたします! 旧車王なら水冷ポルシェをどこよりも高く買い取れます! 旧車王では、どこよりも高く水冷ポルシェを買い取る自信があります!「本当に高く売れるの?」「どうしてそんなに自信があるの?」と疑問をお持ちの方にこそ、この記事を最後までお読みいただきたいです。実際の買取価格から高く買い取れる理由まで紹介します! ポルシェ997の買取価格 ここでは、997型の代表的なグレードの買取価格を5つ紹介します。 ・カレラ 6MT(前期):200~600万円以上・カレラ4 6MT(前期):200~600万円以上・カレラ4S 6MT(前期):250~700万円以上・ターボ 6MT(前期):500~1100万円以上・GT3 RS(前期):1500~3000万円以上 このグレードは全て前期です。なぜ前期のグレードを高価買取できるのか、その理由は後ほど説明しますが、ここに旧車王が水冷ポルシェに強い秘密が隠されています。 ポルシェ996の買取価格 続いて996型の代表的なグレードの買取価格をピックアップして紹介します。 ・カレラ 6MT(前期):70~400万円以上・ターボ 6MT(後期):400~900万円以上・GT3(前期):500~1200万円以上・カレラ 6MT(後期):70~400万円以上・カレラ4S 6MT(後期):150~550万円以上・40thアニバーサリー 6MT(後期):200~500万円以上・ターボS 6MT(後期):500~1000万円以上 997型同様に全てMT車です。996型は前期も後期も高価買取できます。20年以上前に登場した初代の水冷ポルシェということを考えれば、驚くべき価格と言えるのではないでしょうか。 高く売れる水冷ポルシェの特徴 ここまで買取価格について紹介してきましたが、ここからは高く売れる水冷ポルシェの特徴について解説していきます。 MT車 MT車は基本的に高く買い取ることができます。水冷ポルシェの初期モデルのほとんどは「マニュアルで乗ってこそ意味がある」と言われていました。 997型は後期から高性能な直噴エンジンとPDK(ポルシェ・ドッペルクップルング)が導入されますが「クルマとしての楽しさ」という点においては賛否両論です。一方で、997型の前期モデルのMT車では、アクセルを踏み込んだときの高揚感やマニュアルとしての「クルマらしい」肌触りを感じられます。旧車王が997型前期を得意としている理由は、実はここにあります。乗っていて楽しいクルマ、クルマとしての魅力を大いに発揮しているクルマは、旧車王が最も得意としているジャンルなのです。 もちろん、旧車王が後期が苦手ということではありません。ただ特にバックオーダーが多いのが997型の前期、そして996型のMT車です。 走行距離6〜7万km以内 水冷ポルシェの場合、走行距離が6〜7万kmまでが、他社より高価買取できるひとつの目安です。もちろん、状態によりけりという部分もありますが、目に見える走行距離は販売する際の大切な要素になりますので、買取価格に影響します。 記録簿あり 水冷ポルシェにとって記録簿は非常に大切です。過去の整備歴が記載してある記録簿は、当然のことながら販売の際の大きなアピールポイントになります。たかが記録簿と思う方もいるかもしれませんが、数万円、場合によっては数十万円も買取金額が変わることがあるため、記録簿は整備の大小にかかわらず大事に保管しておきましょう。 旧車王が水冷ポルシェを高く買い取れる理由 水冷ポルシェを高く買い取れる理由はさまざまですが、ここでは旧車王ならではと言える理由をより詳しく紹介していきます。 水冷ポルシェを待っているお客様がたくさんいます! 近年、水冷ポルシェの人気が高まっています。中古市場に出回るのを今か今かと待ちわびるお客様がたくさんいらっしゃるため、常に在庫不足の状態です。需要が供給を上回る状態が続いていることが、高価買取の実現に繋がっています。 また、旧車王の運営元・カレント自動車では、そういったお客様方にいち早くポルシェをお届けできる輸入車専門の販売店「ガレージカレント」を運営しています。開業20年以上と長い歴史で積み重ねたノウハウ・知識をもとに、お客様のもとへおクルマをお届けします。 専門知識豊富な鑑定士がうかがいます! 旧車王にはさまざなクルマに詳しい鑑定士(査定士)が数多く在籍しています。もちろん水冷ポルシェに関してもプロフェッショナル!豊富な専門知識と丁寧な“鑑定”であなたのポルシェの価格をお出しします。私達にぜひお任せください! 「インタミ問題」をカバーできるスキル・知識 水冷ポルシェの996型と997型の前期と言えば、インタミ問題を気にされる方も多いでしょう。しかし、旧車王には長年培ってきたノウハウがあるため、全くリスクになりません。他社であればこの世代は安く買い取るや、最悪の場合は買い取らないということもあるかもしれませんが、経験値のレベルが全く異なるため高価買取ができるのです。 水冷ポルシェの買取価格が他社に負けていたら教えてください! 今回は水冷ポルシェの買取について紹介しました。 先述の通り、水冷ポルシェを待っているお客様がたくさんいらっしゃいます。また、ガレージカレントで販売する場合、運営元が同じカレント自動車のため中間マージンがかからず、その分をお客様に還元できます。水冷ポルシェの売却先にお悩みの方、旧車王にお任せいただけませんか?何度もお伝えしていますが、他社より高く買取る自信があります!もし査定額が他社に負けていたらぜひ教えてください!
筆者には愛してやまない3歳の甥っ子と生後7ヶ月の姪っ子がいる。 最近、少し落ち着いたが、誰に似たのか、甥っ子はクルマが大好きだ。 現行車の名前はもちろん、旧車王ヒストリアで扱う年代(彼にとっては、本当の旧車なのだと気づき、感慨深くなってしまった)でも知名度の高い車種はわかるようになってきた。 現行車であるが、ジムニーシエラ、フェアレディZのカタログをプレゼントした。 そしたら、各ページの謳い文句を暗記。 グレードも判別ができるようにまでなっていた! おっと、甥っ子の話は今回の本題ではないので、ここまでにしよう(笑)。 そんな甥っ子、姪っ子とクルマで出かける際の必須アイテムのひとつがチャイルドシートである。 今回は、筆者所有の旧車にチャイルドシートを装着した経験から、読者の方々に少しでも情報共有ができればと思う。 ■同じに見えるチャイルドシート、実は取付方法にも種類が! 筆者が所有する「愛車たち」の生産された年代は、1992年〜2002年式と、10年くらいの幅がある。 それぞれの愛車を見比べると、この10年という期間において、クルマの進歩は目覚ましいものがある。 そのなかのひとつが、安全性能であり、チャイルドシートに関連する機能の進化だ。 チャイルドシートの固定方法については、大きく分けて3種類ある。 まず、現代の主流であるISO-FIXタイプ。 現在販売されているクルマは、ISO-FIXという規格にて簡単に取り付けが可能となっている。 シートの座面と背面の間に固定用のバーがある。 対応したチャイルドシートは、ワンタッチでバーに固定することができる。 確認方法としては、取り付け位置付近にマークが設置されている。 2つ目はALR(自動ロック)付きELR式シートベルトタイプ。 シートベルトを最大限に引き出した後、戻していくと引き出し方向へはロックされる構造となっている。 チャイルドシートを固定する際、緩みを少なく装着することができる。 確認方法としては、上記のようにシートベルトを操作して確認することである。 車両によっては説明が書かれている場合もある。 3つ目はELR式シートベルトタイプ。 従来からある、急ブレーキ時にロックするタイプである。 運転席のシートベルトと同様の構造とイメージしていただければ分かりやすいと思う。 このタイプの場合、チャイルドシートメーカーから、固定用の金具がオプションで用意されている。 固定用金具については、使用するチャイルドシートに合うものの確認を行っていただきたい。 これらクルマ側の仕様に合わせ、取り付け可能なチャイルドシートを選ぶ形となる。 ■同じクルマでも年式で取り付け方法が違う⁉ ここまでは、チャイルドシートの取り付け方について紹介した。 同じ車種でも、取り付け方が異なるパターンもある。 ここからは筆者の体験を交えて、説明したいと思う。 まずは、筆者の愛車であるU14型ブルーバードを例に挙げてみよう。 U14型ブルーバードは96年1月にデビューをしている。 筆者の愛車は98年4月登録の車両である。 前述のALR付きELR式シートベルトが装着されている。 しかし、96年式では、ELR式シートベルトとなる。 同一モデルでも、マイナーチェンジで安全性能がアップデートされているのである。 このような違いは、よほどのマニアでも知らないと思う(笑)。 実は、筆者の親族が96年式のモデルを所有している。 その車両にチャイルドシートを装着しようとした際、ALRの自動ロック機構がないことに気がついた。 もう一例として、T30型エクストレイルを例に挙げる。 筆者が所有しているのは、2002年式モデルである。 購入後に甥っ子が生まれ、改めて車両を確認した。 てっきりISO-FIXが装着されていると思っていたが、確認した際に装着されていないことを知った。 ALR付きELR式シートベルトは装着されているため、ブルーバード同様にチャイルドシートは装着できる。 2002年当時はまだ、ISO-FIXはメーカーオプション(工場装着オプション)の扱いとなっていたのであった。 ちょうど過渡期の時期に登場したモデルでは、このようなケースもある。 過去、クルマに詳しくない友人から、相談を受けたことがある。 「ISO-FIXのチャイルドシートを買ったけど、自分のクルマに付くのかな?」 その結末はそのことについてまとめた。 ■現代主流のISO-FIX、旧車にもあるのか!?確認方法とは? 友人は、2000年代初頭のミニバンに乗っていた。 チャイルドシートを購入する際、車名と年式で調べ、ISO-FIXという単語と装着事例を見たようだ。 購入後、いざ車両に装着する段階で、ISO-FIXが車両に無いことに気が付いたのだった。 これも、ISO-FIXがまだオプション設定のクルマだったため、起きたハプニングであった。 結果としては、チャイルドシートは装着可能なモデルに交換してもらえたそうだ。 過渡期のモデルでは、今回のようなパターンが実際にある。 では、車両に装着されているかの確認方法を説明したいと思う。 多くは後席の座面と背面近辺に「ISO-FIX」を明示する、マークやタグが装着されている。 過渡期世代の明示については異なることもあるため、各車の取扱説明書にてご確認いただきたい。 ■いざ取付け!しかし思わぬ落とし穴も ここまで、旧車にチャイルドシートを取り付けるための説明をまとめてきた。 では、実際に取り付ける段階になるのだが、ここで思わぬ落とし穴が! チャイルドシートを車両に乗せると、意外と大きいことに驚く。 着座姿勢で装着する場合では、大人と同じ一席分で収まる。 しかし、0歳児用のチャイルドシートは、背もたれを寝かせてベッドスタイルにする。 このベッドスタイルが予想外にスペースを取ることを、装着して初めて知ったのだ。 姪っ子用に購入したチャイルドシートは、ベッドスタイルにした際、左右方向に寝かせるスタイルだ。 リアシートに装着したところ、中央席分のスペースも使用するほどのスペースを要したのだ。 5名乗車出来るクルマだが、4名しか乗れなくなってしまったのだ。 前後、左右方向に余裕のある車両なら問題はないだろうが、旧車世代は車内スペースがタイトな場合が多い。 そのことも考慮し、購入を検討する際はぜひ販売店で試着させてもらうことを強くお勧めする。 ■まとめ:必要になる前にクルマの機能とチャイルドシートの種類を理解しておこう クルマの機能とチャイルドシートの種類をよく理解すれば、多くの旧車世代車両にも装着は行える。 但し、くれぐれも誤った装着とならないよう、万全の確認をしていただきたい。 筆者含め、旧車に乗りつつ次世代のクルマ好きを皆さんと一緒に育てていきたいと思うばかりだ。 [ライター・撮影/お杉]
空冷ポルシェオーナーの皆さま、こんにちは!旧車王です。現在乗っているポルシェの売却をご検討されていませんか?この度はそんな皆さまにとっておきの情報をお伝えいたします! 旧車王なら空冷ポルシェをどこよりも高く買い取れます! 旧車王では、どこよりも高く空冷ポルシェを買い取る自信があります!「本当に高く売れるの?」「どうしてそんなに自信があるの?」と疑問をおもちの方にこそ、この記事を最後までお読みいただきたいです。実際の買取価格から高く買い取れる理由まで紹介します! ナローポルシェの買取価格 まずはナローポルシェの代表的なグレードの買取価格を8つ紹介します。 ・911T(1969年)1991cc:300~1,000万円以上・911T(1971~1973年)2195cc:300~1,000万円以上・911Tタルガ(1971~1973年)2195cc:300~1,000万円以上・911S(1971~1973年)2195cc:300~1,500万円以上・911S(1971~1973年)2195cc:300~1,000万円以上・911S(1972~1973年)2341cc:500~2,000万円以上・911Sタルガ(1972~1973年)2341cc:500~2,000万円以上・カレラRS 2.7:2,000~1億円以上 901型とも呼ばれるナローポルシェは、年式的にどうしても状態の良し悪しに左右されてしまいます。しかし、カレラRS 2.7の最高値が1億円を超えるなど、驚くような買取額になる可能性を秘めています。 ポルシェ930の買取価格 次に930型の代表的なグレードの買取価格を5つ紹介します。 ・911SC:250~700万円以上・911カレラ:300~1,200万円以上・911ターボ:500~1,200万円以上・911ターボS:2000~3,000万円以上・911スピードスター:1,000~2,500万円以上 空冷ポルシェと聞いて930型を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。買取相場は高値安定の傾向で、ベースグレードと言っても過言ではないカレラでも1,000万円を超えるケースがあります。 ポルシェ964の買取価格 続いて964型の代表的なグレードの買取価格を5つ紹介します。 ・カレラ2 :500~1,600万円以上・カレラ4 :600~1,100万円以上・カレラRS:1,000~2,500万円以上・ターボ3.3 :1,000~2,000万円以上・ターボ3.6:2,000~4,000万円以上 964型と言えば、発売当時はフルタイム4WDとティプトロニックが人気でしたが、高価買取が可能なのは2WDモデル、もしくはターボモデルです。ティプトロニックに関しては、MT車のほうが高額で買取できます。 ポルシェ993の買取価格 最後に993型の代表的なグレードの買取価格を6つ紹介します。 ・カレラ:500~1,500万円以上・カレラS :600~1,800万円以上・カレラ4:600~1,500万円以上・カレラ4S:1000~2,000万円以上・カレラRS:2000~4,000万円以上・ターボS:2000~4,500万円以上 993型は964型と違って4WDモデルが高く評価されています。特にカレラ4Sが人気で、964型のカレラ4の倍近い買取価格がつくことも少なくありません。また、964型と同じく、高値がつきやすいのはMT車です。 高く買い取れる空冷ポルシェの特徴 ここまで買取価格について紹介してきましたが、ここからは高く売れる空冷ポルシェの特徴について解説します。 機関系に異常がない 空冷ポルシェの買取においては、機関系の状態が大切なポイントです。なかでも「タペット音の発生」は、空冷ポルシェの定番中の定番と言える機関系のトラブルですが、実は最終モデルの993型はタペット調整が自動であるため、そこまでナイーブになる必要はないでしょう。しかし、タペット音が全く出ないわけではなく、もし修理する場合は厄介な分解作業を行わなければなりません。機関系のコンディションを良好に保つためには、世代に関係なく、やはりこまめなメンテナンスが必要と言えるのです。 オリジナルコンディション オリジナルコンディションの空冷ポルシェは高く買い取ることができます。もちろん、カスタマイズされた空冷ポルシェが全く駄目というわけではありませんが、オリジナルコンディションの買取価格を上回る可能性はゼロに等しいと言えます。ホイール、ボディ色、ヘッドライト、ステアリング、シートなどを、オリジナルでなおかつベストコンディションで保つことで、高価買取の可能性が一層高まります。 整備記録簿あり 整備記録簿には、過去の点検整備の情報が記録されています。消耗部品の交換時期などを確認でき、日頃からメンテナンスしていることの証明書とも言えます。次のオーナーが車を購入する際の安心材料にもなるでしょう。そのため、整備記録簿をしっかりと残しているクルマのほうが高い査定額がつきやすいのです。特に空冷ポルシェはこの傾向が強く、数万円から数十万円の差になることも十分に考えられます。 旧車王が空冷ポルシェを高く買い取れる理由 空冷ポルシェを高く買い取れる理由はさまざまですが、ここでは旧車王ならではと言える理由をより詳しく紹介していきます。 空冷ポルシェを待っているお客様がたくさんいます! 空冷ポルシェの人気は衰えを知りません。中古車市場に出回るのを今か今かと待ちわびるお客様がたくさんいらっしゃるため、常に在庫不足の状態です。そして、需要が供給を上回ることで、自ずと買取価格が上がります。 また、旧車王の運営元・カレント自動車では、そういったお客様方にいち早くポルシェをお届けできる輸入車専門の販売店「ガレージカレント」を運営しています。開業20年以上と長い歴史で積み重ねたノウハウ・知識をもとに、お客様のもとへお届けします。 専門知識豊富な鑑定士がうかがいます! 旧車王には空冷ポルシェのスペシャリストが在籍しており、そのノウハウは研修を通じて脈々と受け継がれています。そのため、豊富な専門知識を備えているのはもちろんのこと、丁寧な“鑑定”であらゆる空冷ポルシェの適正価格をお出しできるのです。 過走行車でも高額買取できる場合も 旧車王にとって空冷ポルシェの走行距離は基本的に関係ありません。過走行車は一般的に価値が低いと言われています。しかし、空冷ポルシェに関しては、あくまで状態の良し悪しで価値が決まります。走行距離が長くても、しっかりとメンテナンスが行き届いて状態が良好であれば高額買取が可能です。そして旧車王には、ポルシェの価値を見抜く豊富な知識・鑑定のノウハウをもつ鑑定士が在籍しています。走行距離だけにとらわれず、あなたのポルシェの真の価値を見定めます。 空冷ポルシェの買取価格が他社に負けていたら教えてください! ここまで、空冷ポルシェの買取について紹介してきました。 先述の通り、空冷ポルシェを待っているお客様がたくさんいらっしゃいます。また、ガレージカレントで販売する車両に関しては、運営元が同じカレント自動車のため中間マージンがかかりません。空冷ポルシェの売却先にお悩みの方、旧車王にお任せいただけませんか?何度もお伝えしていますが、他社より高く買取る自信があります!もし査定額が他社に負けていたらぜひ教えてください!
■「SEMAショー」とは? SEMA(Specialty Equipment Market Association、米国自動車用品工業会)が1967年より年に一回開催している自動車アフターマーケットの見本市である。 日本ではカスタムカーイベントのイメージが強いかもしれないが、チューニングパーツだけでなく、タイヤやオフロード用品、板金塗装、補修、カーケア用品など、自動車アフターマーケットに関わるすべての商品がお披露目されている。 出展各社のブースには自社や協力会社の製品を装着したデモカーが展示されており、これもSEMA SHOWの大きな魅力の一つ。 近年は北米での人気に合わせて日本の旧車カスタムカーの出展が急増。こちらではそれらのなかでも特に注目を集めた5台を紹介してみたい。 ■1.40年の眠りから覚めたスズキ ジムニー LJ20 ▲40年の眠りから覚めたジムニーを1年かけてレストア パウダーコート塗料を扱うプリズマティックパウダーズ社のブースに出展された金色に輝くスズキ ジムニーは、1972年に日本で発売された LJ20である。 わずか600kgの車重で登坂能力は27.5度。最小回転半径4.4mの小さなボディもあいまって圧巻のオフロード走破性能で大人気となった。 出展されたLJ20はみた目にも美しい仕上げが施されているが、実はこのジムニー、遠い昔になだれに巻き込まれ、シエラネバダの山奥に40年以上も放置されていたのである。 なお初代ジムニーLJ10は1971年ごろ「ブルート」として約2000台が北米に輸出されたが、その後LJ20の輸出はなく、こちらの個体は並行輸入でアメリカに持ち込まれたと思われる。 山奥に長年放置されたジムニーを引き上げたのはYouTubeチャンネル「Matt's Off Road Recovery」のスタッフだ。 同チャンネルはどんな悪路も走破するために改造されたジープ チェロキーでさまざまなレスキュー活動を展開しており、このLJ20もオーナーであるエドに許可をもらってサルベージに挑んだ。 山奥から引き上げたあとは、川に浸したり、巨大な落石を乗り越えたり難儀を極めながらもなんとか自社のガレージまで運んでくることができたとのこと。 激しく損傷したボディは完璧な姿に修復し、エンジンとトランスミッションはスズキ サイドキック(エスクードの北米仕様)用に換装。 歴史に残る圧巻のレストモッドプロジェクトとなった。 ■2.1000馬力の四輪駆動 RX-7(FD3S) ▲1200馬力発生の4ローターを搭載したAWD仕様のFD ヴァルヴォリンのブースに展示されたRX-7は、ギャレット社が取り揃えている最大容量106mmのターボを搭載し、1200馬力超えまでチューニングされた4ローターを搭載。 さらに駆動方式は全輪駆動という信じられない仕様となっている。 大量の燃料を必要とするため50ガロンの燃料電池を装備していることも注目を集めた。 なお、フルスロットルで走行するとわずかな時間で1.5ガロン以上(約5.7L)の燃料を消費するという。 世界が電動化に向かうなか、今や希少な究極のガス・ガズラーである。 全輪駆動部分には日産スカイラインGT-R用のトランスミッションを採用しており、リアのディファレンシャルはBMW 3シリーズ(E36)用を流用して、この唯一無二のマシンを作り上げたとのこと。 制作期間は6年!とのことなので、オーナーであるロブ・ダーム氏の苦労や思い入れの強さがひしひしと伝わってくる。 ■3.1200馬力のドラッグマシンへと変化したトヨタ4ランナー ▲2JZ-GTE搭載で出力は1200馬力 日本の旧車を中心に、自動車用アフターマーケットパーツのディストリビューターとしてアメリカで急速にその存在感を高めつつある「TURN14」は、今回のSEMA SHOWに多数のカスタムカーを出展している。 そのなかでももっともアグレッシブで、多くの注目を集めていたのが、こちらの1993年型トヨタ 4ランナー(日本名ハイラックスサーフ)である。 一見、車高を落として綺麗にまとめられた普通の4ランナーに見るが、実はフレームをすべてパイプフレームにし、エンジンには3.4リッターまでボアアップした2JZ-GTEを搭載。 出力は1200馬力超えというとんでもないマシンに仕上がっている。 また、注目すべきは今はなき「TAKATA」のフルハーネスベルトを採用していること。 日本ではエアバッグ関連の大規模不祥事などもあって、すっかり「終わった企業」というイメージが強いが、アメリカでは今も根強い人気がある。 レーシーなJDMにTAKATAのフルハーネスを装着することは旧車オーナーにとってステイタスでもあるようだ。 ▲SEMA SHOWのデモカーにもTAKATAのフルハーネスが多数見られた ■4.パガーニ ゾンダのエンジンを積んだ RX-7 マツダ RX-7はその美しいルックスとカスタム用ベースカーとしての魅力にあふれることから日本はもちろん、世界多くのクルマ好きを虜にしてきた。 トーヨータイヤの屋外ブース「トーヨータイヤ トレッドパス」に展示されたRX-7はその外装色から「ピスタチオFD」との愛称がつけられているが、人気の理由はそこにとどまらない。 驚くことに心臓部にはデフォルトのツインターボ 13B-REW エンジンではなく、パフォーマンス ワークショップである Gooichi Motors によって組み込まれたメルセデス・ベンツ製 V12エンジンにシフトされている。 同エンジンはイタリア製スーパーカー「パガーニ ゾンダ」などに搭載されるV12エンジンでノーマルの状態でも、720bhp と 780Nmのパワーを吐き出すハイパワーで知られる。 ホイールはBergmeister fifteen52 アロイ ホイールに、トーヨータイヤのハイパフォーマンスタイヤ「Toyo Proxes RR 345」を装着。 ボンネットが取り払われた状態で展示され、興味津々にエンジンルームをのぞく来場者たちが多く見られた。 ■5.ENEOS ダットサン521ピックアップトラック アメリカで人気のドリフトメディア「DSPORTマガジン」のマネージャーと、その息子によって作られた1台はENEOS USAからの出展となる。 ダットサントラックはアメリカにおいて長く愛されてきたライトトラックだが、こちらは6代目となる1971年型 ダットサン 521 ピックアップをベースに世界中からレストアパーツを集め、5年間かけてレストアされたもの。 50年前の車両から摩耗したガスケットとシールをすべて取り外し、元の L16 1.6Lエンジンと 4速トランスミッションはキープ。 サスペンションは QA1ショックと エナジーサスペンションのウレタンブッシングでアップグレードされている。 エクステリアはPandem製ボディキットをベースにハコスカ フェンダーミラー、Eimer Engineering 製テールゲート パネルとロール バーなどを装備。 シートはバーバリー チェック パターンのカスタム シートに張り替えられ、クイック リリース ハブ付きの NRG ステアリング ホイール、騒音と熱を抑えるためのDEI サウンド コントロール、Lokar シフター ブーツと CNC トリムに交換されている。 [撮影・加藤ヒロト/ライター・自動車生活ジャーナリスト加藤久美子]
1990年代は、クルマの世界が大きく変わった年代でした。 たとえば、安全性能や環境性能がまだそれほど厳しくなかった1990年代前半には、シトロエン「2CV」やサーブ「900」といった、20~30年以上も前にデビューしたクルマがまだまだ現役だったと思ったら、1990年代後半には今のミニバンブームにつながる日産「セレナ」や「エルグランド」が登場し、量産車初のハイブリッドカー、トヨタ「プリウス」も生まれています。 エンジニアリングの面でもユーザーニーズの面でも、20世紀から21世紀へと向かう、一大転換期だったのです。 そのため、この10年の間にはメーカーのチャレンジと試行錯誤によって生まれた、さまざまなモデルが登場しました。 とはいえ、そのすべてが成功し、名車と呼ばれるようになったわけではありません。 なかには、あまり日が当たらず、忘れられかけているクルマもあるものです。 前置きが長くなりましたが「1990年代 名車&迷車 烈伝」では、この時代に生まれた少々マイナーな名車&迷車にスポットを当てていきます。 第1回は、1991年に登場した三菱4代目「ランサー」です。 ■1.3~2.0リッター、商用車からエボリューションまで ランサーは、トヨタ「カローラ」や日産「サニー」ホンダ「シビック」など同じ1.3~1.5リッタークラスのコンパクトセダン。 3ドアハッチバックや2ドアクーペも用意された「ミラージュ」の兄弟車です。 4代目ランサーは、先代の5ドアハッチバックスタイルからセダンに変わった世代で、ランエボの愛称で親しまれるエボリューションシリーズが誕生したのもこのころ。 ▲MX SALOON ▲MX LIMITED 1991年デビューといえば、その設計や開発がバブル期の真っ只中。 4代目ランサーも、実に贅沢に設計され、また多彩なバリエーションを誇っていました。 まずは、「そんなにあってどうするの?」と思うほどのエンジンバリエーションを見てみましょう。 ・1.3リッターSOHC・1.5リッターSOHC MVV(リーンバーン)・1.5リッターDOHC(電子キャブレター)・1.5リッターDOHC(インジェクション)・1.6リッターDOHC MIVEC・1.6リッターDOHC MIVEC-MD(気筒休止)・1.6リッターV6 DOHC・1.8リッターターボ・2.0リッターターボ(エボリューション向け)・1.8リッターディーゼルターボ(のちに2.0リッター化) 当時はまだほとんどのグレードでMT/ATが選べた時代。 ▲1.6リッターV6 DOHCエンジンをはじめ、さまざまなバリエーションがあった また4WD仕様もあり、パワートレインのバリエーションだけでも相当なものでしたが、さらに商用仕様、乗用仕様、スポーツモデル、競技向けモデルまで用意されたのですから、ラインナップの数は半端ではなく、これもこのクルマの名車&迷車性を物語っています。 ▲RS この時代のランサー/ミラージュのトピックとして、世界最小の排気量を持つ1.6リッターのV6エンジンがよく語られますが、ホンダのVTECと似た可変バルブタイミング機構を持つ「MIVEC:マイベック」や、それに気筒休止機構をつけた「MIVEC-MD」、リーンバーン(希薄燃焼)を追求した「MVV:Mitsubishi Vertical Vortex」も、このとき生まれた注目すべきパワートレイン。 MVVは、存在感こそ薄かったものの、のちのGDI(ガソリン筒内直噴)エンジンにつながる技術の1つでした。 ■ディアマンテなみの豪華装備 バブル期の設計といえば、作りのよさがよくいわれます。 メカニズム面では、リアサスペンションがマルチリンクの独立懸架で、4速ATには当時、このクルマではまだ珍しかった電子制御式(ファジィシフトと呼ばれた)、4WDにはVCU(ビスカスカップリング)センターデフ式が採用されていました。 一体成型のインストルメントパネルや贅沢にシート生地が貼られたドアトリムのインテリアも、当時の気前のよさを感じさせるもの。 フルオートエアコン車には「ディアマンテ」と同様に、作動状況を表示するカラー液晶のディスプレイがついていました。 ▲ROYALのインパネ 1.8リッターターボを搭載する「GSR」は、MOMO製ステアリングやRECAROシートで装い、ラグジュアリーグレードの「ROYAL」にはパワーシートや空気清浄機、植毛ピラーなどを装備。 ▲ROYALのインテリア グレードによって、まったく異なるキャラクターを持たせていたのも、特徴でした。黒バンパーにビニールシート、パワステ・パワーウィンドウがオプションというグレードがあったのも、おもしろいところです。 ▲GSRのインパネ ▲MVVのインパネ これだけグレードの幅が広いモデルだけあって、価格レンジも90万~240万円台ほどと広く、廉価グレード、普及グレード、ラグジュアリーグレード、スポーツグレードはそれぞれ、形が同じだけで別のクルマと言っても過言ではないかもしれません。 さらに「GSRエボリューション」は270万円以上と、「ギャランVR-4」に迫るプライスタグがつけられていました。 ■気合い十分も販売は・・・ 贅を尽くして開発された4代目ランサー。 しかし、気合い十分で臨めば売れるかというと、そううまくいかないのがクルマの世界というものです。 ここで、1992年の乗用車販売台数ランキングを見てみましょう。 1位:トヨタ カローラ2位:トヨタ マークII3位:トヨタ クラウン4位:ホンダ シビック5位:日産 サニー6位:トヨタ スターレット7位;トヨタ カリーナ8位:トヨタ コロナ9位:日産 マーチ10位:トヨタ スプリンター なんと、ベスト10にも入っていなかったのですね。 当時を知っている人なら、「知ってはいるけれど、あまり見かけないクルマ」という印象を持っているかもしれません。 ▲MR 世界最小のV6エンジンなど話題性はありましたし、WRC(世界ラリー選手権)で活躍したエボリューションはクルマ好きを心酔させる魅力を持っていましたが、カローラクラスのセダンとしては決してメジャーな存在とはなりませんでした。 だからこそ、名車かつ迷車として取り上げたかったのです。 2022年12月現在、中古車情報サイトに載るランサーは、エボリューションを除くと十数台。 ▲GSRエボリューション そのなかで、この4代目はわずか1台しかありません。 それも、GSRのエボ仕様です。 MXサルーンをはじめとしたノーマルモデルは、ほぼ絶滅状態となってしまいました。 まさに1990年代の悲哀に満ちた名車&迷車だったといえるでしょう。 [画像:三菱自動車/ライター:木谷宗義]
今夜はクリスマス・イブ。 BIGLOBEが全国の20代~50代の男女1,000人を対象に、年末年始の過ごし方に関する意識調査を実施したところによると「クリスマスの予定」についての質問に57.8%が「予定はない」と回答したという。 また、「クリスマスをひとりで過ごすことについて」は、全体の74.2%が「あまり気にしない/気にしない」と回答したそうだ。年代が上がるにつれ、上記の回答をする人の割合は多くなるものの、20代に限定しても約6割が気にしていない、とのことだ。 いまでこそ「クリぼっち」は市民権を得たような気がするけれど、当時は数々の恋愛ドラマやクリスマスに関係するヒットソング、そしてトドメのJR東海のクリスマスエクスプレスの影響もあってか「クリスマスは恋人と過ごすのが勝者で、それ以外は敗者」だったように思う。 その証拠に、いまはなき「赤プリ」こと赤坂プリンスホテルでクリスマス・イブを過ごしたいと思ったら、1年前から予約しないと部屋を押さえられないんていわれた時代だ。 ちょうど30年前の今日。 1992年12月24日。 オリコンの1992年12月の月間シングルCDランキングによると、第1位は稲垣潤一の「クリスマスキャロルの頃には」だった。 そして、1988年から5年間続いたJR東海の名作CM「クリスマス・エクスプレス」シリーズ最後の年でもあった。 当時は高校生だった自分にとっては、多感な時期に嫌というほど「クリスマスは恋人と過ごすのが勝者で、それ以外は敗者」という強烈な刷り込みを脳裏に焼き付けられたのだ。 それはまさに呪縛だった。 そんなわけで、自分だってキラキラしたクリスマス・イブの夜の街でデートがしてみたい(笑)と思わない方が無理なハナシだ。 で・・・どうしたかというと、このとき彼女はいなかったので、前日にクラスで比較的仲が良かった女子の家に電話をして、デートに誘ってみることにしたのだ。 爆発的にポケベルや携帯電話が普及するのはここから数年先の話しで、当時気になる相手に連絡をするには直接話すか、手紙か家電するしかなかった。 この時点では「家電」が唯一の選択肢だった。 あまり時間が遅くなるとさすがに迷惑だ。 意を決して「家電」したところ、家族の誰かが出たのだろう。 学校の宿題だか何だかの理由(口実)で電話したことを伝え、本人につないでもらった。 それなりに仲が良かったとはいえ、普段から家電で話すような間柄ではなかったので、相手も驚いたはずだ。 先ほどの用件を伝えつつ、イチかバチか明日(つまりクリスマス・イブだ)、一緒に出掛けようよ、と誘ってみた。 夜遅くならなければokということで、翌日、放課後(久しぶりにこのキーワードを使った気がする)に駅で待ち合わせ、電車に乗り、一緒に渋谷へ向かうことになった。 なんで原宿でなくて渋谷だったのかはよく覚えていない。 原宿より渋谷の方が大人の街(笑)だと思い込んでいたのかもしれない。 郊外に住んでいたので、地元の駅を出発して、渋谷駅に着いたころには日が暮れてきていた。 そのときの渋谷駅周辺はというと・・・いまのハロウィンほどではないが、それでも人で溢れかえっていたように思う。 ムスカ大佐の言葉を借りるとすれば「人がゴ○のようだ」そのものの光景がひろがっていた。 そういえば、夜の渋谷の街を歩くのはこのときが初めてだったかもしれない。 日中の渋谷とは違う大人びた雰囲気にちょっと気圧されてしまった。 しかも今夜はクリスマス・イブ。 どの店も超満員だ。 結局、ただ何となく2人で夜の渋谷の街を歩き、東急ハンズあたりでUターンしてふたたび渋谷駅に戻って超満員の山手線に乗り、私鉄に乗り換え、最寄り駅まで彼女を送り、クリスマス・イブのデートは終わった。 あれってデートだったのか?いまでも分からない。 とはいえ、こうして振り返ってみると、何だかんだでこの30年間のクリスマス・イブでも思い出深い夜となったかもしれない。 件の彼女はその後紆余曲折を経て、クラスメートだった友人と結婚して子どもを授かった。 数年前、彼女に会ったときに当時のことを聞いてみたら、向こうも覚えているとのことだった。 さすがに野暮なので、当時なんでデートしてくれたのかは聞かないでおいた。 自分はこのときのことを友人には話してないけれど、彼女はどうしたんだろう。 そして、今夜の渋谷の街は、あのときのように混んでいるのだろうか? 検索してみたら、渋谷スクランブル交差点のライブカメラの映像を見つけた。 意外と空いているような・・・。 【LIVE】渋谷スクランブル交差点 Shibuya Scramble Crossing Live Camera https://www.youtube.com/watch?v=3kPH7kTphnE それはさておき、皆さまもどうか素敵なクリスマスをお過ごしください。 [画像/Adobe Stock ライター/松村透]
■インドの街並みとモータリゼーション ▲新型車も古くからのキャリーオーバーモデルも連なる市街地。その合間をバスやスクーターと自転車、徒歩の人までが行き交う パンデミック直前の2020年の冬、筆者はインディラ・ガンディー国際空港に降り立った。 外はデリバリーのタクシーでごった返し、南アジア独特のまとわりつくような空気を肌で感じとる。 不思議の国、インド。 その名を聞けばガンジス川にタージマハル。 神秘的な景色と歴史。 そのなかに力強く、目をギラつかせながら逞しく生きている人々の情景をつい思い浮かべてしまう。 ニュースで伺っている通りインド経済は右肩上がりで、やがて中国を抜いて世界で最も人口が多い国になるらしい。 当たり前のように多くの人はスマートフォンを持ち、都市部では電子決済システムの導入も珍しくない。 乗り合いタクシーのオートリキシャは順次EV化へと進んでおり、まだ設置箇所は一部ではあるが充電スポットなんかも街中で見るようになってきた。 インフラや道路が未整備に感じられる箇所も多く存在するものの、道路建設やショッピングモールも増えはじめた。 これでマンパワーがあれば、やがて他の新興国のように街全体が近代的に発展するのも時間の問題だろう…。 そんなことを考えながら、空港から市街地へと向かうトヨタ・エティオスセダンのタクシーから車窓の風景を眺めた。 ▲日本車の進出も大きい。手前がトヨタ・エティオス。奥がトヨタ・イノーバ エティオスは2011年からインドをはじとしたBRICs諸国へとデリバリーが始まったモデルで、2021年まで10年もの間販売されていたロングランモデルだ。 発売されてすぐの頃、ニュース記事に「気温の高い国で販売される同車種は、運転席に乗り込んだ瞬間に顔へと風を浴びられるように、大き目の丸型ルーバーを装備した」という記事を読んだ記憶がある。 当時は「デザインや設計にもさまざまな観点があるものなんだな」と感じていたものだが、蒸し暑いインドの気候のなか、ドライバーがまさに心地よくエアコンの風を浴びているのを見て、一人後部座席でほくそ笑んでしまった。 空港からニューデリーの駅前までは約50分ほどかかる。 ホテルにはギラギラの電飾が飾られ、四方八方からクラクションの音を響かせあう。 あまりにもひっきりなしに鳴らすので、インドのクルマは”クラクション自体”が故障することもあるそうだ。車両と車両の間はギリギリまで詰めてすぐに渋滞になるが、不思議なものでさほど事故を起こしている場面には遭遇しなかった。 ネットで有名な動画に、クルマが往来する車道を平然と渡っていくインド人の映像を見たことがある。 一体そのバランス感覚はどこで培ってくるものなのかはまさにインドの不思議のひとつだ。 実際にインド人に手を繋いでもらいながらたくさんの車が行き交う道を渡ってもらうと、止まったり怯むことなく平然と道を渡り切ってみせてくれるので、とても印象的な体験だった。 話を戻そう。勃興著しいインド市場。人々と経済が豊かになれば、当然のように欲されるのはクルマだ。 10年以上前、インドの大手現地メーカーのタタ社が10万ルピー(当時のレートで30万円以下)で日本の軽自動車よりも小さい「ナノ」という自動車を発売したのは衝撃的なニュースだった。 自動車とスクーターの中間を補うようなモデルだったが、都市部のニューデリーで現地の男性ドライバーにタタ・ナノの話を伺うと「ああ、あの小さいクルマね...悪くないけど、どうせお金を出して買うならセダンのほうが良くない?安全だし」とあっさり答えられてしまった。 日本のクルマ趣味人に聞かれた手前、自国の古いクルマに対して少し恥ずかしがって答えたようにも思われたが、実際ニューデリーの街中でタタ・ナノとすれ違う回数はそう多くなかったと思う ■ニューデリーにおける人気のジャンルとは? インドといっても非常に広い国であり、経済事情や産業によって必要とされるクルマは異なってくる。 インド国内でもいくつかの都市を見て回ったが、首都であるニューデリーではどんなクルマが流行っているのか。 世界の街角に生きているクルマの姿を切り取り続けている筆者目線で伝えていきたい。 街を見渡すとA〜Bセグメントのコンパクトカーの人気は絶大だ。 マルチスズキのアルト800をはじめ、現代・i10シリーズやタタ・TIAGOなどファミリーから若者、ビジネスカーとして使われる個体まであちこちにいる。 ワゴンRなども多数見かけるが、新車価格が日本円で50万円台から用意され、まさにエントリーカーとしての立ち位置を担い続けているアルトおよびその競合車種が一番の人気といって良いだろう。 ここ数年ではコンパクトカー派生のSUV系の人気が、各メーカー猛威をふるっている。 スズキでいうとAセグメントにあたるエスプレッソがそうだ。 車体は3565mmで軽自動車の寸法を僅かに伸ばした程度であるが、隆々としたボディワークはユニークだ。 海外勢だとルノーやヒュンダイからも同様の車種がリリースされ、街中ですれ違う機会が増えている。 特にポップなデザインは若者需要も巧みに掴み取っており、趣向をキャッチするのが上手いと感じる。 次いでセダンの台数もかなりを占めているように感じる。 これはタクシーで使用されるセダンの数が多いことにも由来するが、これからさらに大きく成長していくインド市場のなかで、”ちょっと良いクルマ像”を追い求めて購入するユーザーが多いことを象徴しているかのようだ。 とはいえ、海外のプレミアムカーであるメルセデスやBMWに関しては見かけると“いかにもお金持ち!”といった印象が強い。 街中で多く見かけるのはマルチスズキ・スイフトディザイアやタタ・Tigor、ヒュンダイ・AURAなどA~Bセグのコンパクト3BOXだ。 ハッチバックにノッチをつけたスタイリングはまさにインド市場的であり、愛嬌を感じさせるデザインだ。 しかし近年では、ハイグレードにもなるとディスプレイオーディオなど上級な装備の設定があり、内装色やパネル類にもこだわりを感じさせる”イイクルマ感”がしっかりと演出されていてなかなかに侮れない。 車種によってはバイフューエルエンジンも用意され、エコ・パフォーマンスに訴求するモデルも多い。 ここで旧車王ヒストリアの読者の皆さまには残念なお知らせだ。 インドでは排ガス規制である「バーラト・ステージⅥ」が実施され、古いクルマは以前よりいっそう姿を少なくさせつつある。 2020年時点でもマルチ・スズキ製のエスティーム(スズキ・カルタスエスティームのインド版)は見ることができたが、台数を減らしているであろうことは街中ですれ違う台数の少なさからも見受けられる。 インドにおけるタクシーの顔だったヒンドゥスタン・アンバサダーも2011年にタクシーとしての使用が禁止され、街中での遭遇回数はめっきりと少なくなっている。 2014年に販売が終了する頃までいすゞ製のディーゼルエンジンが積まれていたりなど、意外なところで日本メーカーとの繋がりがあるが、ヤングタイマーになる前に個体自体が数を減らしてしまうのかもしれない。 ■インドで出会う古いクルマたち! ・・・と、インドのモータリゼーションは先述の通り環境規制なども相まって意外にも新しいクルマが多いのだが、さまざまなブランドが業務提携などを行い古くから製造を続けてきた「近年まで作り続けられている旧型車」が穴場的な存在だ。 例えばアショック・レイランド製の「ドスト」という小型トラックは2011年から2016年まで製造されている比較的新しい車種だが、日本では1985年に製造が開始されたC22型のバネットをベースとしているものだ。 クルマ好きの読者ならば写真をみれば一目瞭然だが、フロントエンドを新造していながらも、キャブはバネットの面影を色濃く残している。 旧スワラジ・マツダを引き継いだSML・いすゞ社からは1982年リリースのマツダ・パークウェイが長きに渡り製造され続けていた。 日本ではほぼ見かけることがなくなったパークウェイだが、インドではさまざまなボディタイプがあり、少なくとも2020年のデリーショーではパンフレットが配布されている。 バスボディの世界は根が深い...と思わざるを得なかった。 もちろんトラックも多数現存している。 ▲手前から三菱・パジェロスポーツ、旧スワラジ・マツダ(現SML・いすゞ)のトラック、奥にマルチスズキ・ZENが見える マルチスズキからは80年代のスズキ・キャリーをベースとしたオムニバスが2019年まで販売されており、いまだに街中で見かける。 渋滞のなかを救急車仕様のオムニバスが走っていくのを何度も見かけたが、日本の高規格救急車の姿に見慣れている自分としては、あの小さなボディでどんな搬送業務が行われているのかは未知の世界だ。 後継車種に当たる「イーコ」は1998年リリースのエブリィ・プラスを基本としたものだ。 現在でもマルチスズキにて新車としてラインナップされている。 今でも新車で買える日本の90年代車としては徐々に希少な存在になってきた。 現在では中国資本のブランドも数多く参入し、選択肢が増えていくインド市場。 キャッチアップに優れたニューカマーと熟成されたモデルが入り乱れる街中のモータリゼーションの風景は、今後さらに混沌を極めるだろう。 まだ、インドでは庶民的なクルマに”レトロ”や”クラシック”をありがたがるという概念は薄いだろうが、今後は現在の中国や韓国のようにレトロフューチャーの波がいずれやってくるのかもしれない。 逆にその頃、日本のセルボ・モードや初代MRワゴンにインドから熱いラブコールがかかったりしたら面白いのだが…。 これからの未来、インドにどんなクルマ趣味が広がっていくのか、今から期待だ。 ■新刊のお知らせ 筆者は自費出版、いわゆる同人誌というものを制作している。 世界の街角を行くクルマの姿をひたすらに撮り続ける本「世界まちかど自動車シリーズ」も新作のインド編で5作品目だ。 まさに今回の記事の延長線でありながら、さらにディープな内容になる予定である。 興味のある読者の方はぜひ、以下のURLより確認していただきたい。 ●インドじどうしゃ #世界の中心編 著:TUNA・サークルINPINE2022年12月31日発売https://inpine.booth.pm/items/4418054 [ライター・撮影/TUNA]
私はZ32専門店を営んで25年になります。 当初、Z32は新車でも売っていましたし、スタイルからして、いつまでも色褪せない現役のスポーツカーだと思っていました。 しかし、この10年で徐々に旧車感が増し、残念ながら今や立派な旧車になってしまいました。 そもそも、「旧車」というワード、今は普通に使っていますが、比較的最近のもので、定義が曖昧なものだと思っています。 一般的には「古い車=旧車」です。よくいえば、「長く生き抜いてきた車=旧車」です。 一体、いつから旧車といわれるのでしょうか? Z32を例に、乗り続けるオーナー様にリスペクトしながら考えていました。 ■2世代以上「型落ち」になった Z32の生産終了後、22年が経ちます。 その後、Z33⇒Z34⇒新型Zへとモデルチェンジを重ねています。 実質3代前の「型落ち」ですから、流石に「旧車」というくくり(扱い)なってきます。 それでも、その型に拘って乗り続けるってすごいことですよね? ■生産終了後、20年経った 「十年一昔」といいますが、その2倍ともなれば、時代もすっかり変わっています。 クルマも進化して。今や電気自動車の時代ですから、流石に「旧車」となってきます。 それでも、乗り換えせずに乗り続けるってすごいことですよね? ■「最近見なくなった」「懐かしい車」といわれるようになった 「最近めっきり見なくなったなぁ」とか、「懐かしいクルマだなぁ」といわれるようになると、流石に「旧車」となってきます。 化石化扱いされても乗り続けるってすごいことですよね? ■修理が増え、レッカーで搬送されるようになった 長く乗っていると、オルタネーターがダメになったり、エアコンが効かなくなったり、経年劣化が進んできます。 レッカーで搬送される場面が増えてくると、流石に「旧車」となってきます。 それでも直しながら乗り続けるってすごいですよね? ■純正部品がなくなってきた 生産終了から10年はメーカーが純正部品を供給してくれますが、それを過ぎた頃から製廃(製造廃止)が増えてきます。 純正部品がなくなってくると、流石に「旧車」となってきます。 それでも諦めずに乗り続けるってすごいことですよね? ■ボディや下廻りの劣化がひどくなってきた 経年劣化で、ボディの塗装が剥がれてきたり、下廻りが錆びてくれば、流石に「旧車」となってきます。 オールペンしたり、レストアをしてまで乗り続けるってすごいですよね? ■ディーラーさんで修理を嫌がられるようになった 修理は近くのディーラーさんを頼りたいものですが、修理を嫌がられたり断られるようになり、乗り換えを勧められるようになると、流石に「旧車」となってきます。 それでも遠くの専門店を頼って乗り続けるってすごいことですよね? ■結果、旧車になりえるクルマは「名車」となる! 総じて考えてみると、旧車になりえるクルマは、どれも名車となっています。 その車を守るファンと専門店によって残り続け、その時代を懐かしく思い出させてくれます。 これからも「旧車=名車」が増えることを期待しています。 ・ホームページhttp://www.Z32-Zone.com/ ・Facebookhttps://www.facebook.com/pages/Fairlady-Z32-Proshop-Zone/286263454768481 ・Instagramhttps://www.instagram.com/Z32_Zone.omura/ ・YouTubehttps://www.youtube.com/user/ZoneZ32 [ライター・撮影/小村英樹(Zone代表)]