イベントレポート

イベントサイドストーリー会場の横道を行く「第2回Car Meeting」
イベントレポート 22.07.25

イベントサイドストーリー会場の横道を行く「第2回Car Meeting」

去る7月10日、薄曇りな空の下少しだけ乾いた涼しげな風の吹く富士五湖周辺。 河口湖インターに隣接した駐車場にてCar Meetingが開催された。 タイトルだけ聞くといったいいかなるイベントなのか? そう考える向きも少なくないはず。 この日開催されたのはノンジャンルのカーイベントであり、参加車両の規定はない。 クルマが好きなオーナーが交流を深めるために集まるイベントなのだ! ■「Car Meeting」はノンジャンルのカーイベント 第1回目開催は2020年。前回の開催から期間が開いてしまった理由は想像に難しくないかと思われますが、件のコロナ禍ということもあり中止に。 主催であるnaoさんはクルマ好きが集まり様々なジャンルのクルマを見てクルマ好きの輪を広げて楽しめる場を作れるといいと思い、はじめめた企画という。 過去にも東京は秋葉原の地下駐車場をイベント会場に変貌させた東京ガールズカーコレクションなどの仕掛人であるNaoさん。 かつて地下駐車場にお立ち台ともいえるクルマのためのランウェイを出現させた手腕の持ち主でもある。今回もクルマに縛りは無いがただひとつドレスコードなるものがあった。 「参加者は必ずクルマのイラストを描かれているTシャツを着用」これが参加資格としてイベントの案内には明記されていた。 このイベントの「T1GP」~Tシャツグランプリは1回目の開催時にはじめた企画で、そのときは主催者が一番目を惹くクルマのTシャツを着てきた人の優勝となっていた。 「2020年に開催したときにこれを行ったら参加者の個性がキラキラしていて、自作したり白Tシャツにペンで描いたり、好評でしたので今年も開催しました」ということから今年も継続での開催となったらしい。 もちろん参加者は様々なクルマの描かれたTシャツを着て参戦。 自分のクルマのシルエットやイラストが描かれたTシャツを着てクルマの前に立つ姿は前述のイベントを思い起こさせる。 やはり流れは同じものがあると感じさせた。会場には40台近い国産外車の新旧問わずの車両が参加。 開会宣言がされると、あとは各自が自慢の愛車を見比べあい、時にはエンジンルームを開けて仕上げた車両の苦労を話すなどクルマ談義に華を咲かせていた。 開催時間は概ね主催の挨拶から始まって2時間くらい。決して長い時間とは言えないが、楽しい時間を凝縮して開催しているという。 今後は車両の増え方によってはコミュニケーションを撮る時間を伸ばしていくようにするかもしれないと考えているそうだ。 ■イベントの裏道を歩く タイトルの通りであるならば、こうしたイベントの会場外に止めきれず、それでも見学に来たりしたクルマを散策して歩くというのが本来の趣旨である。 しかしながら今回はすでに参加車両はすべて入りきっているので周辺というわけにはいかない。 ということもあり会場に来たクルマたちをいくつか見ながら回ってみたい。 ■シルビア コンバーチブル(S13型) 会場内で最初に目に留まったのがこのS13シルビアである。 ご覧の通りコンバーチブルモデルのシルビア。 当時からしてタマ数が多いとはいえない車両である。 オーナーはこの1年半くらいの所有だそうだがこれからも大事に乗り続けたいということだ。 ■スカイラインRS(DR30型) 鉄仮面の愛称で知られる6代目となるスカイライン。 オーナーのこだわりはエンジンルーム。 焼結塗装こそやり直しているが、それ以外はすべて手作業で磨き上げたという。 ■スープラ(A80型) 永い眠りから覚めたほぼワンオーナーというスープラ。 19年所有し、うち10年は家の事情から寝ていたという。 3年ほど前から少しづつ復活させエアロ等徐々に仕上げている最中とのことだ。 ■ガゼール(110型) 当時のイメージを損なわないように仕上げている車両。 当日会場にはカタログやBピラーのカバーを持ち込み、シルビアとの仕様の違い(聞くと本当に微細)を解説してくれた。 車内に備わる扇風機はわざわざ時代背景を考えて、クリアーの青をプロペラに使ったものを探したそうだ。 ■未だかつてないコンテストと優勝トロフィー ノンジャンルのイベントではただ集まっただけなのか? そんなことはない。 しっかりとコンテストもあればその優勝者には賞品も授与される。 しかし、選考基準は何なのか?それが参加資格にあったTシャツである。 ここで件のドレスコードが生きてきた。 そう、選考基準は主催のNaoさんの独断と偏見だが、参加者の中で一番よさそうなTシャツを着てきた者が優勝となる。 みごと勝利したのは自らがドライブしてきたクルマと同じRX-7のシャツを着た女性でした。 その優勝トロフィーが画像のモノ。 最大級のペヤングを土台にしたすべてが食品の巨大トロフィー。 その大きさおよそ1メートル。 筆者もこれほどまでに高カロリーなトロフィーは見たことがなかった。 こうした遊び心も同イベントの醍醐味といえるだろう。 ■今後の展開や展望 あっという間に過ぎた2時間だが、お土産までついていた。 今年は協賛企業も2社ついており、洗車や仕上げに役立つグッズが全員に配られた。 すでに次回はいつになるのかという問い合わせもあるそうで、まだ2回目ということもあって決して大きなイベントではないが、今後の展開が楽しみな企画であることは間違いないだろう。 [ライター・撮影/きもだ こよし]        

国産自動車第一号は岡山生まれ!「山羽式蒸気自動車」を後世に伝えるレプリカ製作プロジェクト
イベントレポート 22.06.08

国産自動車第一号は岡山生まれ!「山羽式蒸気自動車」を後世に伝えるレプリカ製作プロジェクト

日本最古の国産自動車・山羽(やまば)式蒸気自動車が完成してから、2022年5月7日で118年を迎えた。 山羽式蒸気自動車は、岡山県の電機技師・山羽虎夫によって118年前の1904年(明治37年)に製作された10人乗りの「乗合バス」だ。 地元の資産家だった森房三と楠健太郎の依頼で製作。ふたりは輸入され始めたばかりの自動車を目にして乗合バス事業を思いつき、山羽虎夫に声を掛けた。 輸入されはじめた自動車は、国内ではまだ存在を知らない人のほうが多かった。当時の移動手段は馬車が主流だった。そこで、自分たちの手で自動車をつくってしまおうという背景があった。 完成までは約7カ月を要し、1904年5月7日に試走が行われた。表町から新岡山港近くまでの試走コース約10kmを力走したとされる。 しかし、試走コースを完走したものの、タイヤのトラブルが原因で実用化には至らなかった。 当時は空気の入ったタイヤではなく、ソリッドタイヤ(総ゴムのタイヤ)しかなかった。リムとタイヤをボルト締めした部分が膨張して歪んでしまうことがわかり、対処する術がなかったのである。 ■この偉業を後世に残すプロジェクトが地元・岡山で立ち上がった 去る2022年5月7日、岡山県で「国産車第一号自動車の試運転」を記念したイベントが行われた。 山羽式蒸気自動車のレプリカ完成のお披露目を兼ねた記念走行だ。 岡山商科大学附属高等学校自動車科の皆さんによって製作されたレプリカをトラックの荷台に載せ、伴走のクラシックカーとともに試走ルートをたどるという内容。 今回は、レプリカ製作のストーリーとパレードランを紹介しつつ、国産自動車誕生の歴史に、あらためて思いを馳せてみたい。 ▲岡山城の堀端にたたずむ山羽虎夫像(左:北区丸の内)と山羽電機工場跡を示す案内板(右:北区表町3丁目) ■「山羽式蒸気自動車」レプリカ製作のあらまし このプロジェクトは、地元の放送局RSK山陽放送が、岡山商科大学附属高校自動車科にレプリカの製作を依頼し、同高校の自動車科設置(2018年)と創立110周年の記念事業として実現したもの。 自動車科の蜂谷和久先生は、以前からレプリカを製作したいという思いを抱いていた。  蜂谷先生:「こちらに赴任してきたばかりの頃、地元のクラシックカー愛好会の方々が開催していた『パイオニアラン』というイベントで山羽さんを知り、技術者としての姿に感銘を受けました。そしていつか、この岡山に模型を飾りたい…という思いを抱き続けてきました。この日を迎えられて大変うれしいです」 立ち上がったのは2018年3月だが、コロナ禍によって中断している。3年生の授業や有志によってコツコツと進められ、このたび4年越しのお披露目となった。 製作に参加した3年生は卒業してしまったが、在校生とこの春仲間入りした新入生とともに、蒸気機関などの細部を仕上げ、秋には完成予定だという。 ▲本物の3分の2スケール。フレームは県産のヒノキ材、荷台の床はヒノキの間伐材を使用。荷台の塗装はベンガラ塗料と墨を調合した塗料で仕上げている ■製作に携わった岡山商科大学附属高校自動車科について 製作に携わった岡山商科大学附属高等学校自動車科の皆さんは、未来の自動車スペシャリストになるべく日々学ぶ。 1年から本格的な実習に取り組み、卒業する頃には3級整備士の取得をめざす。部活では「自動車整備研究部」に所属する生徒がほとんどで、ゼロハンカーやソーラーカーを製作してレースにも挑戦している。 自動車整備研究部のメンバーは、(3年)田口智也さん、福本明生さん。(2年)近藤秀星さん、新田匡さん。(1年)藤本晃生さん、髙橋央さん、野頭七登さん、浅越新弥さん、鮫島聡仁さん、中安悠日さん、日髙瑠巳さんの11人だ。 部員の皆さんに好きなクルマやエンジンを尋ねてみると「三菱 ランサーエボリューションⅢの4G63型」、「三菱 ランサーエボリューションⅨの4G63型」、「ランボルギーニ アヴェンタドール」など、好きな車種やエンジンが次々に飛び出していた。 ▲ゼロハンカーを製作する自動車整備研究部の皆さん ■レプリカ製作の過程 レプリカの製作で参考にした資料は、現存する当時の写真1枚のみ。その写真を基に時代考証した当時を蜂谷先生は振り返る。 蜂谷先生:「明治27年に輸入されていたのはアメリカのロコモービルくらいしかないようなので、それを参考にしたと思われます。ロコモービルと山羽式蒸気自動車のシャシー構造は酷似しているからです。 石川県自動車博物館に展示されている実物も、夏休みを利用して生徒たちと見に行きました。シンプルな構造で、本校で取り組んできたソーラーカーやゼロハンカー製作のノウハウを生かせると思いました」 ▲鋼材を使って複製したボイラーを塗装する自動車科の製作チーム[写真提供:岡山商科大学附属高等学校] ■当時の技術を尊重しながら製作された 山羽式蒸気自動車は溶接技術や電動工具を使わず、ほぼ手作りされている。 そんな時代背景を考慮して当時の技術で製作を考えていたが、“現代っ子”には到底無理だとわかり、溶接や電動工具をフル活用することにした。 電動工具がほぼない時代に創意工夫を凝らして、よくこれだけの自動車を完成させたものだと、技術者としてのすごさや執念を肌で感じる時間でもあったという。 木製フレームは釘などをできるだけ使わず「ほぞ」と呼ばれる木組みでつくられている。木工の技術はネットの情報で学び、事前に練習を重ねて臨んだ。 シャシーフレームは、鋼管やバイクの部品を流用して製作されている。リーフスプリングもボートトレーラー用のものを組み合わせるよう、ばねメーカーに加工を依頼した。 ■駆動方式は「FR」とされているが? 山羽式蒸気自動車の駆動方式はFR、デフ付きのチェーン駆動といわれているが、実際に製作してみて蜂谷先生はこう振り返る。 蜂谷先生:「山羽式は『蒸気機関』のためフロントに蒸気ボイラーがあり、動力を生み出すシリンダー(ピストン)は車体下に設置されています。  現在のエンジンとは違い、ボイラーとシリンダーが分離しているため、何をもってエンジンとするか不明です。動力をつくり出すシリンダーをエンジンとするなら、FRよりMRが適切ではないかと思います。山羽式の場合は、解釈のしかたで何とでも言える気がします」 ▲本来はケヤキ材だがレプリカは県産のヒノキ材を使用[写真提供:岡山商科大学附属高等学校] ▲記念走行の当日、伴走車オーナーの皆さんが「面取りも丁寧で、手ざわり抜群!」と驚いていた ▲ボートトレーラーのリーフスプリング(上)と加工後(下)[写真提供:岡山商科大学附属高等学校] ▲鋼管を使って部品を製作[写真提供:岡山商科大学附属高等学校] ▲シャシー構造はアメリカのロコモービルを参考にしたといわれる ▲ソリッドタイヤは弾力がないのが特徴。レプリカでは自転車のチューブを使用 ■「あの日」を追体験、試走ルート記念走行 記念走行は、午前10時半に山羽電機工場跡地(新西大寺町商店街)を出発。 三蟠(さんばん)港跡記念碑前までの試走ルートをパレードラン。1904年の試走日とほぼ同じ時間帯に走行した。 山羽式蒸気自動車のレプリカを荷台に載せ、先頭を走るのは日産 ホーマー。 今春公開された映画「とんび」で登場している個体そのものだ。オーナーの樋口純一さんはイベント以外にも実用車としているそうで、農機具を運ぶこともあると話す。 ▲今も現役!1973年式なのでプリンス自動車が日産と合併後のモデルだ ■新西大寺町商店街の山羽電機工場跡へ 山羽虎夫の工場が建っていた、表町3丁目の「新西大寺町商店街」を自動車科の皆さんに押されて進む山羽式蒸気自動車のレプリカ。 すれ違う通行人が何事かと振り返る。当時、沿道が大勢のギャラリーで埋め尽くされていたと伝わっている。こんなふうに注目を浴びていたのだろう。 ▲試走当日もこのように工場を出発したのだろうか ▲山羽電機工場跡地をめざしてゆっくりと進む山羽式蒸気自動車のレプリカ ▲工場跡地に到着 ■118年前と同じ道を名車たちとともに走る 西大寺町商店街を出発し、京橋から旭川の土手道を走ってゴールとなる三蟠港跡記念碑前までのパレードランが行われた。 レプリカを載せたホーマーを先頭に、昭和を中心とした四輪・二輪の名車たちが伴走した。 ●今回伴走した名車およびオーナー 富士重工 ラビット S301(二輪)(1968年式): 齋藤孝志さん  富士重工 ラビット S301 B2(二輪)(1965年式):松永知行さん 富士重工 ラビット S72(二輪)(1958年式):岡雅宏 さん スズキ キャリィ: 森下泰伸さん スバル 360 SUPER DX(1969年式): 長町征一さん  ホンダ Z(1974年式): 多児直宏さん  マツダ シャンテ(1972年式): 西栄一さん  マツダ ポーター バン(1976年式): 古谷啓通さん  目黒製作所 Z-7(二輪)(1958年式): 岩田龍雲さん 目黒製作所 メグロジュニア S-8(1958年式): 嵯峨涼太さん ▲山羽虎夫の銅像前を通過する[写真提供:岡山商科大学附属高等学校] ▲伴走する四輪の名車たち。(右から)ホンダ Z、マツダ シャンテ、マツダ ポーター バン[写真提供:岡山商科大学附属高等学校] ▲伴走する二輪の名車たち。山羽虎夫は自動車の経験を生かし、のちに自動二輪車をつくりあげている ■118年前の面影を残す、旭川土手沿い  パレードランのハイライトとなるのが、旭川沿い土手にさしかかったころ。 この辺りの風景が、118年前の面影をもっとも感じられるポイントではないだろうか。土手沿いを伸びる道は砂利道で、山羽式蒸気自動車のソリッドタイヤを一層痛めつけたことだろう。 ▲旭川の土手沿いに伸びる道。118年前は砂利道だった ▲三蟠港跡に到着するホンダ Zとスバル 360[写真提供:岡山商科大学附属高等学校] ■三蟠軽便鉄道の歴史と国産自動車第一号の歴史を深める 出発から約20分で、ゴール地点の三蟠港跡記念碑前に到着。近隣に住む方々から熱烈な歓迎を受けた。 ここはかつて、大正から昭和初期にかけて旭川に沿って通っていた「三蟠軽便鉄道」の起点でもある。駅舎でもあった釣具店には、三蟠軽便鉄道を今に伝える資料館が併設されている。 山羽式蒸気自動車の歴史、三蟠軽便鉄道の歴史を深める貴重なひとときとなった。 ▲「五月晴れの下、山羽さんと対話ができた気がします」と蜂谷先生 ▲明治天皇が三蟠港から岡山入りをしたことを記念した「明治天皇上陸記念碑」前で、二輪の名車たちとパチリ ■取材後記  118年前の「あの日」を追体験できた気がした。 プロジェクトに携わった皆さんの「熱い想い」を感じた。技術や道具が乏しい時代に29歳の若さで自動車をつくりあげ、走らせた情熱を受け継いでおられた。 名車が後世に伝えられるように、この偉業も伝えていかなければと、あらためて強く思った。 そしてこの媒体“第一号”の記事が「国産車第一号」の話題ということにシンクロニシティを感じる。ウェブ自動車マガジン「旧車王ヒストリア」を執筆陣のひとりとして、精一杯盛り上げていきたい。 [取材協力]・岡山商科大学附属高等学校・伴走車オーナーの皆様 [ライター・撮影/野鶴美和]          

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