スバルアルシオーネはスバルが1985年から1991年まで製造販売していた2ドア4シータークーペです。全長4,450mm全幅1,690mm全高1,295mm(6気筒モデルは1,335mm)のミディアムサイズクーペとしてデビューしました。デビュー当初は水平対向1.8Lターボエンジンを搭載した四輪駆動のVRターボと前輪駆動のVSターボの2グレードを展開。1987年のマイナーチェンジにて水平対向6気筒2.7L自然吸気エンジン搭載のVXを追加しています。アルシオーネのキャッチコピーは「4WDアヴァンキャルド」「オトナアヴァンキャルド」でした。この言葉が示すように2ドアクーペに四輪駆動を組み合わせたモデルは当時アルシオーネしかなかったのです。この組み合わせだけでも当時のライバルとは一線を画したスペシャリティモデルでした。アルシオーネが特異な存在であったのはこれだけではありません。 斬新で新鮮味のあるデザインも魅力のひとつ 今見ても斬新で新鮮味のあるデザインも魅力のひとつ。スバル車唯一のリトラクタブルヘッドライト、ウェッジシェイプのフォルム、直線的で空気抵抗を考えられたエクステリアが特徴です。ドアノブ部分の出っ張りをなくしたデザインにも挑戦しているほど作り込まれています。驚きなのはインテリアです。ジャンボジェット機のコックピットのようにドライバーオリエンテッドな室内空間、水平を基調に直線を使って描かれる造形は特別感があります。立体的でテレビゲームのような表示をするメーターと6時15分の位置に配されているステアリングスポーク、スイッチ類を集約したコントロール・ウィングは個性的でスバルらしさをアピールしたデザインといえます。前置きが少し長くなってしまいましたがスバルアルシオーネがなぜ名車と言えるのかということを紐解いていきましょう。 影響を与えた技術の塊だった 名車と呼ばれるクルマは世の中にたくさんあります。誰もが認める名車もあればファンが認める名車などさまざまな定義があります。筆者がスバルアルシオーネを名車だと認める理由は後の自動車業界に大きな影響を及ぼしたと言えるからです。 〈エクステリア・インテリアデザイン〉 まずはデザインです。有名なカーデザイナージウジアーロを彷彿とさせる面で構成されるウェッジシェイプのエクステリアはスバル社内の日本人デザイナーによるものです。直線的で低くなっているボンネットフード、台形型のシルエットを生み出すルーフライン、フラットなトランクフードはダックテールになっています。ヘッドライトはスバル車最初で最後のリトラクタブルヘッドライトを採用、テールライトは一文字に伸びておりライトの厚みは薄くボディサイドまで回り込んでいます。テールライトからフロントタイヤハウス・フロントバンパーまで続くキャラクターラインが力強さと近未来感漂う雰囲気を放っています。インテリアに目を移すとフラットで傾斜のついたダッシュボード、センターコンソールには戦闘機を思わせるガングリップタイプのシフトノブ、整列したオーディオとスイッチ類、真円形ステアリングのスポークは異形の6時15分、ステアリングの奥には左右に張り出しスイッチが並べられたコントロール・ウィングが配置されています。デジタルメーターには自分のマシンが直線レーンを走っているような表示がされ、タコメーターとターボメーターは奥から手前にゲージが進んでくる独自の方式。まるでゲームのモニターのようなレイアウトです。かつての中島飛行機から富士重工業へ変わりスバルになった歴史を感じさせるドライバーオリエンテッドなコックピットはドライバーではなくパイロットと呼べるほどの世界観を持っています。 〈テクノロジー〉 技術面でもアルシオーネは独自の世界観を持っていました。独特なデザインは空気抵抗の少なさに貢献しており日本車で初めてcd値=0.29を達成しています。アルシオーネがデビューした頃のスペシャリティクーペはFFもしくはFRを採用しているモデルが多かったのに対しアルシオーネは四輪駆動モデルもラインナップ。1985年のデビューでは水平対向4気筒1.8Lターボエンジンを搭載していましたが高級路線へ進路を進めるために2気筒をプラスした水平対向6気筒2.7L自然吸気エンジンを1987年に追加。四輪駆動搭載モデルにはセルフレベリング機能付きエアサスペンションE-PSを装着。さらに先進技術として路面摩擦係数が低い前後輪を基準としてブレーキ制御を行う精度の高いABSシステムを搭載、前後輪にトルク配分を行うトラクションコントロールACT-4、電動パワーステアリングCYBRIDを採用しています。ACT-4とCYBRIDを統合制御することにより車両の異常な動きを未然に防ぎ事故を抑制する安全技術アクティブ・セーフティを他社に先駆けて導入していました。水平対向エンジン、安全技術、四輪駆動システムの3つは現在もスバルのクルマ作りに活かされている技術ですね。アルシオーネをきっかけにスバルという自動車メーカーが世界に知られるようになり先進的な安全技術の提案は自動車業界に影響を与えたといっても過言ではないでしょう。 今でも色褪せない名車に乗りたい! 斬新なデザインと革新的な技術を搭載したアルシオーネはプラザ合意など経済的影響により販売台数が伸びず1985年から1991年の6年間1世代限りで終了してしまいましたが自動車業界に影響を与えた名車です。その名車はまだ現存しているのでしょうか。中古車情報を見てみるとなんと1台見つかりました。ただし、2019年1月時点での情報なのでいつなくなるかはわかりません。ちなみにこの1台は1987年式で走行距離は約138,000kmで本体価格は298万円です。新車販売時アルシオーネは1.8LターボエンジンのVSとVR、2.7LエンジンのVXの3グレードを展開していました。この3グレードの中でオススメは当時としては最新であったテクノロジーを搭載している2.7L水平対向6気筒エンジン搭載のVX。日本の技術力や中島飛行機から続くスバルらしさが光るVXがオススメです。 現在のスバルの礎 水平対向エンジン、統合安全技術、AWD(四輪駆動システム)を取り入れたスペシャリティクーペのアルシオーネ。ライバルとの差別化、統合制御によるアクティブ・セーフティをいち早く導入したアルシオーネはスバルの歴史を変えただけでなく自動車業界に影響を与えたモデルです。現在販売されているスバル車を見てみると水平対向エンジン、アイサイトをはじめとする予防安全を含む統合安全システム、シンメトリカルAWDを搭載したモデルを展開しています。現在スバルの中核を担っている技術の原型と言えるモデルがアルシオーネなのです。現在のスバルがあるのもアルシオーネがあったからこそ存在しているといえるのではないでしょうか。
みなさん、こんにちは!今回はトヨタがかつて生産していたゆとりのあるサイズのクーぺ、セプタークーぺを紹介します。「セプタークーぺ?聞きなれない名前だな…」と思われた方もいるかもしれません。それもそのはず、日本で販売されていた期間はたったの4年間。販売も不調に終わり、2019年8月現在は国内の中古車市場で1台も出回っていない超希少車となっているのです。 当ウェブサイトは「スポーツカーラボ」と名乗っていますが、セプタークーペはスポーツカーというよりも、ゆったりと運転を楽しむパーソナルクーペ、といったほうが正しいクルマです。この記事では、日本で何台が現役なのかも不明な希少車「トヨタ・セプタークーぺ」について、じっくり紹介していきたいと思います。 元となったモデルはカムリ 出典:ウィキメディア セプターを紹介するためには、元となったモデル、「カムリ」を紹介しないわけにはいきません。トヨタ・カムリといえば、現在でも10代目モデルが生産・販売され続けている、歴史の長いクルマです。現行型である10代目モデルは、日本での人気は今ひとつなものの、主戦場であるアメリカでは非常に好調な売れ行きを見せています。 カムリは、アメリカの歴史あるストックカーレース「NASCARカップ・シリーズ」に2007年から参戦。2015年にはドライバーズタイトル、2016年に米国車以外としては初のマニュファクチャラーズタイトルを獲得しています。また2017年には、ついにドライバーズタイトル、マニュファクチャラーズタイトルの両方を獲得するなど、「NASCARカップ・シリーズ」に欠かせない存在として成長。日本では考えられないほど、アメリカでの「カムリ」の名前は全国的に浸透しています。 そんなアメリカとのつながりが深いカムリですが、歴史をさかのぼると、1980年代からすでにカムリとアメリカの関係は始まっていました。カムリがアメリカで販売されたのは、3代目モデルが現役だった1983年からで、初年度に52,651台を販売。1988年からは、トヨタ・モーター・マニュファクチャリング・ケンタッキーがケンタッキー州ジョージタウンにて現地生産するなど、トヨタの世界戦略車の先駆けとなったモデルでもあります。 ちなみに、カムリは2016年にアメリカで38万8618台が売れており、これは毎日1000台以上売れている計算になります。また2013年には、アメリカにおけるカムリの累計販売台数が1000万台を突破。日本ではあまり見かけないものの、アメリカの人気は今も絶大です。 セプタークーペが販売されたのは、1992年から1996年のこと。当時アメリカで販売されていた北米版カムリをベースに、日本に逆輸入される形で導入されました。日本でもカムリは販売されていましたが、こちらは5ナンバーサイズでした。3ナンバーサイズのゆったりした北米版カムリは、日本導入時にセプターと改名。日本仕様に改良されて販売されました。 ボディバリエーションは3種類 出典:ウィキメディア セプターは、セダン、クーペ、ステーションワゴンの3種類がラインナップされていました。セダンは日本で生産、クーペとステーションワゴンは、トヨタ・モーター・マニュファクチャリング・ケンタッキーで生産された個体を輸入して販売していました。 ステーションワゴンに関しては、FF駆動のステーションワゴンとしては珍しい、折りたたみ式の3列目シートを備えた7人乗りモデルとして注目を集め、比較的手頃な値段だったため堅調な販売を記録。販売終了まで一定の人気を獲得しました。細かなことですが、リアウインドウワイパーがフロント同様2本装備されていたため、後方の視界にすぐれていることもメリットのひとつでした。 一方、セダンはカローラをそのまま大きくしたようなデザインで、スタイリッシュなハードトップが人気を博していた日本では受け入れられませんでした。同じトヨタ内でも、看板セダンのひとつであるマークⅡ三兄弟がフルモデルチェンジをしたばかりというタイミングに重なり、セダンの販売にマイナスの影響を与えてしまったのです。 さらに残念な結果に終わってしまったのがセプタークーペ。当時は後輪駆動のスペシャルティクーペが幅を利かせていて、本格的な走りを志向していたり、高級感溢れる内外装を売りにしていたりと、非常に華やかなモデルが市場を占めていました。 その中で登場したセプタークーペは、内装のクオリティや搭載されているメカニズムの質自体は良かったものの、セダンをただ2ドアにしたような地味で特別感に欠ける外観や、FFという駆動方式など、日本のクーペ市場では「訴えかけるものがないクルマ」として認識されてしまいました。結果として、セダンよりもさらに売れ行きは低迷してしまいます。 セダンと共通のボディで実用性は抜群 セプタークーペは、スタイリッシュなわけでもなく、スポーティでもなく、高級感にあふれているわけでもない、実直なクルマです。アメリカでは、こうした質実剛健なパーソナルクーペの需要があったのかもしれませんが、日本では全く受け入れられませんでした。 セプタークーペのボディサイズは、全長4,780mm、全幅1,770mm、ホイールベース2,620mmはセダンと同一、全高1,405mmはセダンより5mmだけ低いという、セダンとほとんど同じサイズです。セプタークーペの利点はここにあります。つまり、2ドアながら後席足元は非常に広々としていて、トランクの容量がとても大きい。なぜなら、セダンとボディはほぼ共通だからです! 一方で、これだけ大きい後席を有しながら2ドアとしたことで、ドアがとても大きく、重量もかなりのものになりました。狭い場所でのドアの開け閉めには、かなり神経質になる必要があるとか…。 トランクと座席の広さのおかげで、実用性は抜群。車高も低くなく、後方の視界も良好なので、運転がしやすい。内装のデザインもそっけないものの、クオリティが低いというわけではない。見かけだけの高級感やスペック上での走りの性能には囚われない審美眼を持つ「玄人」向けのモデル、とも言えるのかもしれませんが、日本ではその玄人たちの目にも触れられずに終わってしまったのでしょう。 グレード体系はシンプル 搭載されていたエンジンは2種類。140psを発生する2.2リッターの直列4気筒と、200psを発生する3リッターのV型6気筒の2種類で、どちらも自然吸気エンジンでした。トランスミッションは、4速オートマチックのみ。グレード体系は、ベースグレードの「2.2」「3.0」と、高級仕様の「2.2G」「3.0G」の4種類をラインナップしていました。 チルト&スライド電動式ムーンルーフが全車に標準装備されていた点は、地味なセプタークーペの中でもキラリと光るポイントかもしれません。「3.0G」は最上級グレードらしく、装備は充実。レザーシート、ABS、トラクションコントロール、運転席エアバッグ、ワイヤレスキー、TEMS(電子制御サスペンション)など、上級車譲りの装備が奢られていました。 たった4年間という短い販売期間でしたが、一度だけ1994年にマイナーチェンジが行われています。フロントマスクを小変更したほか、リアコンビネーションランプを左右独立化。また、小型のリアスポイラーを全車標準装備とし、新色としてツートーンカラーである「パールトーニング」が設定されました。 現在では滅多なことでは見かけない超希少車に… 燃費性能は、比較的大排気量のエンジンと大きく重い車体であまり優れているとは言えず、2.2リッターエンジンモデルが9.6km/L、3リッターエンジンモデルが8.4km/Lと、リッター10kmにも届きませんでした。こうした点も、一般ユーザーから敬遠された理由のひとつかもしれません。 こうしてトヨタ・セプタークーペは、日本の中古車市場ではまず見かけることのない希少車となってしまいました。何も突出したところがない点が、逆に独特な存在となってしまったセプタークーペ。中古車販売サイトや店頭で見かけた場合は、ぜひ一度気にかけてみてくださいね!
みなさん、こんにちは!今回は1990年代初めから半ばに生産されていた大型2ドアクーペ、マツダ・ユーノスコスモを紹介します。時はバブル景気真っ最中、その時代でしか販売することができなかったと言われるクルマのひとつですが、エンジニアの情熱をそのまま形にしたようなメカニズムやパッケージングは、今でも異彩を放っています。 ただ単純に「バブルの産物」「燃費最悪のデートカー」と片付けるだけではあまりにももったいない、マツダ・ユーノスコスモの色褪せない魅力に今、改めて迫っていきたいと思います。 自動車用としては絶滅してしまったロータリーエンジン マツダは、レシプロエンジンとは全く異なった原理の内燃機関「ロータリーエンジン」を自動車用として長く販売・量産し続けた唯一のメーカーです。小型・軽量で、かつ同じ排気量で比較すると高出力、さらに搭載位置や搭載方向の制約が少なく、かつ回転が滑らかで振動が少ないなど、多くのメリットを備えたロータリーエンジンは、「夢の内燃機関」としてかつて多くの注目を集めました。 しかし一方で、自動車用ロータリーエンジンをマツダしか生産していない、というのは理由があります。かなり熱を持つので冷却系にコストがかかる、組み立て精度の高さが求められるのでほぼ手組みになり大量生産に向かない、低速トルクが薄く街乗りに向かない、燃費が悪い、などの数々のデメリットにより、他メーカーの多くは量産を断念。 特に、環境性能についての要求が高まっている現在は、燃費の悪いロータリーエンジンは生き残れず、2012年のマツダRX-8の生産中止以降、ロータリーエンジン搭載車を新車で買うことはできなくなってしましました。ちなみに、模型用エンジンや航空機用エンジンとしては、今でも他メーカーで細々と生産が続けられています。 マツダは、ハイブリッド車用のエンジンとしてロータリーエンジンの開発を現在も進めているようですが、他のエンジンの開発・改良にリソースを割かれてしまっていて、ロータリーエンジンが再び市場に登場するのはまだまだ先になりそうです。再登場したとしても、メインの動力源はモーターになる可能性の方が高いですが… マツダ製ロータリーエンジンの歴史は、1967年に登場した名車、マツダ・コスモスポーツまでさかのぼります。 ロータリースポーツの系譜、「コスモ」 マツダ・コスモスポーツは、小型・軽量のロータリーエンジンを搭載することを念頭に開発されたコンパクトな2ドアクーペで、乗車定員も2名と割り切った設計となっていました。最高出力は初期型は110ps、後期型は128psとそれほど高出力ではありませんでしたが、メカニズム的には世界初の量産型2ローター・ロータリーエンジンとなっており、前期型で940kgと軽量なボディを軽々と引っ張りました。 特に「異次元」と評されたのは、独特の回転フィーリングです。当時の国産車の多くが4000回転ほどで頭打ちになってしまうところを、コスモスポーツでは7000回転のレッドゾーンまで軽々と、しかも静かに吹け上がり、多くのスポーツカーファンの度肝を抜きました。 コスモスポーツの「小型・軽量なスポーツカー」としてのコンセプトはサバンナRX-7に受け継がれていきますが、一方でロータリーエンジンを心臓に据えたスペシャルティカーが新たな系譜として誕生します。1975年に登場した2ドアファストバッククーぺ・「コスモAP」と、1977年に登場した2ドアノッチバッククーぺ・「コスモL」です。 乗車定員は5人となっていて、また内装や装備品も格段に豪華になるなど、コスモスポーツとは明確に異なるコンセプトで設計。グランツーリスモ的性格を持たせた理由としては、主にアメリカ市場の要望が大きかったことによります。 当時の自動車排出ガス規制で、多くの国産車が軒並みエンジン出力を落とす中、コスモAPの高出力なエンジンは市場で異彩を放っていました。その結果、発売後半年で2万台を販売する大成功作となるのです。 「ユーノス」ブランドのフラッグシップモデル 1981年から1990年までは、リトラクタブルヘッドライトが特徴の「コスモ」が生産されました。薄いラジエターグリルと低いボンネットによるシャープなデザインで、空気抵抗係数(Cd値)は0.32と当時世界トップクラスの数値を記録。 1982年には、世界初のターボ付きロータリーエンジン搭載車を発売。その高性能は、後続の国産車に大きな影響を与え、国産車のスペック競争を加速させる一因となりました。 そして1990年4月。「マツダ・ユーノスコスモ」がデビューします。当時、マツダはいくつかのブランドを展開しており(マツダ、ユーノス、アンフィニ、オートザム、オートラマ)、その中でも高級ライン「ユーノス」におけるフラッグシップモデルとして、「ユーノスコスモ」を開発。数多くの新機軸を取り入れたこの新しい2ドアFRクーペは、市場に大きな衝撃を与えました。 唯一無二の3ローター・ターボ まず、最初に注目すべきなのは、唯一無二の「ターボ過給付き3ローター・ロータリーエンジン(20B-REW型)」を搭載しているということ。エンジンの出力は設計値で333psに達していましたが、その前年に定められていた国内自主規制枠280psに引っかかるため、わざわざ50psほどデチューンをして搭載されていました。最大トルク値も41.0kgf・mと非常に強力で、決して軽くはないボディを豪快に加速させるのには十分でした。 ちなみに、マツダでスタンダードとなっていた2ローターエンジン(13B-REW型)もラインナップされており、こちらは230psを発生。同じ2ローターのRX-7ものちに280psに到達するのはご存知の通りです。 20B搭載型のマフラーは迫力の4本出しで、回転数によって排気経路が変化する可変排気機能が搭載されており、マフラーの開口部もエンジン回転数によって変化する、非常に凝ったシステムが採用されていました。 ユーノスコスモは、全車4速ATのみの設定で、これは「当時のマツダに3ローターのパワーに耐えられるMTがなかった」という理由のほか、「クルマの性格上不必要と判断された」とも言われています。 ユーノスコスモは全長約4.8m、全幅1.8mの大型クーペで、後席はあるものの狭く、実質2人乗りでした。現在の曲線を多用したマツダ車とは異なり、直線基調の美しく、シンプルで伸びやかなスタイリングは、現代の目から見てもとても魅力的です。特に、ロータリーエンジン専用車ならではの薄いボンネットは、ユーノスコスモの最大の美点ではないでしょうか。 内装に関しても非常に豪華で、GPSカーナビを世界で初めて標準装備し、さらにフルオートエアコンの装備をナビのタッチパネルで行うという、当時としては画期的な操作方法を実現。のちの多くの高級車に影響を与えました。 シートは仔牛10数頭分の本革が使用され、しかもその本革はオーストリアのシュミットフェルトバッハ社から取り寄せられたものでした。また、ウッドパネルもイタリアのシンプレス工房製で、当時の最高級クーペとしてコスト度外視の贅を尽くした作りとなっています。 ロータリー時代の残滓 最上級グレードの価格は530万円。決して安いクルマではなく、また燃費が6.1km/L(20B搭載車)と悪かったこともあり、1996年に販売を終えるまでに生産された台数は約9,000台にとどまっています。 このように、ユーノスコスモは販売面で成功したとは言い難いのですが、3ローター・ターボのロータリーエンジンを味わえる唯一の存在として、今でも一部に熱狂的なファンが存在しているのも事実。中古車市場でも、安いものは100万円を切りますが、程度の良い20B搭載車となれば200万を超えていることも珍しくありません。 1991年、ロータリーエンジンを搭載したマツダ・787Bが、ル・マン24時間レースを日本車として初めて勝利。その同年代を生きたクーペとして、ユーノスコスモは今も異彩を放ち続けています。
みなさん、こんにちは!マツダがロータリーエンジンを生産終了してからずいぶん時間が経ちましたが、ロータリーエンジンに対する評価は下がるどころか、むしろ高まっていると言えるかもしれません。 少し前のデータで恐縮なのですが、2013年、ル・マン24時間レースが90回目を数えた年に、各年代を代表するマシンをネット投票や有識者の意見から選出する催しが行われました。そこで「1990年代を代表するマシン」に選ばれたのが、プジョー・905とマツダ・787Bでした。マツダ・787Bは1991年、メルセデス・ベンツ・C11やジャガー・XJR-12と熾烈な争いを繰り広げたのち、ロータリーエンジン搭載車として唯一の総合優勝を果たしたクルマとして、今も多くのファンの記憶に深く刻まれています。 国内の中古車市場でも、国産の1980年代、1990年代の名車の値上がりがとどまることを知らず、今回ご紹介するサバンナRX-7も例外ではありません。ロータリーエンジン独特のフィーリングは、今も多くの人々を虜にし続けているのです。今回の記事では、サバンナRX-7が持つ唯一無二の魅力に、今改めて迫っていきます! 時はオイルショック ロータリーエンジンは、通常のレシプロエンジンに比べ、同じ出力であればより小型・軽量に仕上がり、騒音・振動が少ない、搭載方法や搭載位置の自由度が高いという利点があります。しかし一方で、低回転時のトルクが薄く低速時のドライバビリティが低い(つまり、街乗り運転に向かない)、燃費が悪い、製造が難しく大量生産に向かない、といった欠点もありました。シトロエンやNSUといったメーカーが生産モデルを発売しているものの、1970年代以降も自動車用ロータリーエンジンの生産を続けたのは、大手自動車メーカーではマツダだけだったのです。 マツダはロータリーエンジンを量産・継続して販売することを決意し、小型・軽量という特徴を生かして国産車初のロータリーエンジン搭載車「コスモ・スポーツ」を1967年に発表。レシプロエンジンでは到底実現不可能な、ボンネットの低さを生かしたスタイリングや、7,000rpmまで軽やかに、そして静かに吹け上がるロータリーエンジンは、当時の国産車の中ではまさに異次元の存在でした。 ところが、日本のみならず、世界のスポーツカー業界を揺るがす出来事が1970年代に起こります。1973年の第一次オイルショックと1978年の第二次オイルショック、そしてアメリカのマスキー法を受けて実施された排ガス規制です。 ガソリンを自由に使うことができず、また排ガス規制によって多くのクルマのエンジン出力は軒並みダウン。スポーツカー、スペシャリティーカー不遇の時代が始まったかのように思われました。そんな時代背景の中、1978年彗星のようにデビューしたのが、初代サバンナRX-7でした。 初代モデルの登場の衝撃 初代サバンナRX-7は、「サバンナ(輸出名RX-3)」の後継モデルとして登場しましたが、コンセプトは「コスモ・スポーツ」を引き継いだ、小型・軽量の3ドア・ファストバッククーペでした。低いボンネットにリトラクタブルヘッドライトを装備し、当初は自然吸気の水冷2ローターから130psを発生。1トンをわずかに超える車重のおかげで、パワーウェイトレシオは7.6~7.8kg/psに収まり、0〜400m加速も15.8秒と、排ガス規制の前の水準に引き戻すほどの性能を備えていました。 エンジンの搭載位置は、前輪の車軸とコクピットの間に置いた、いわゆるフロント・ミッドシップ・レイアウトでした。そのおかげで、前後の重量配分は2名乗車時で50.7対49.3と、スポーツカーとしては理想的なバランスを獲得。軽快で、鋭いハンドリングの実現に一役買っていました。 現在のマツダの特徴でもある「年ごとの細かな改良」は、初代サバンナRX-7の時代から行われていました。1979年にはエンジンを改良し、燃費性能を向上。1980年には車体の軽量化と、バンパーの形状変更により空気抵抗係数(Cd値)を0.36から0.34に低減、結果としてさらに燃費が向上しています。 1982年には、のちにマツダ・ロータリーエンジンのスタンダードとなるターボモデルが登場。165psの出力は、ライバル車と比べて取り立てて大出力というわけではなかったものの、わずか1,020kgの車重により、パワーウェイトレシオは6.18kg/psと非常に優秀な数値を記録。ターボモデルは日本国内のみの販売でしたが、アメリカでも手頃な価格で手に入るスポーツカーとして人気を博しました。 アメリカを代表するレースの一つ、1979年のデイトナ24時間レースでは初参戦でクラス優勝を飾るなど、初代サバンナRX-7はモータースポーツの世界でも目覚ましい活躍を見せました。日産・フェアレディ240Zやポルシェ・911らライバルといくつもの名勝負を演じ、サーキットのみならずラリーでも活躍します。 「スポーツカーとは何か?」を追い求めた2代目モデル アメリカでも成功を収めた初代モデルに続き、より完成度の高い、バランスの取れたスポーツカーを作ろうと考えたマツダの開発チームは、改めて「スポーツカーとは何か?」ということをゼロから徹底的に考え直しました。そこで至った結論が「心地よい緊張感が感じられるクルマ」。低速で運転していても楽しく、それでいて限界が高く設定されていて、ドライバーの感性で操れる領域が多く残されていること。結果的に、サスペンションの全面刷新を図ったプラットフォームを新規開発するなど、多くの新機軸が取り入れられることになりました。 そして1985年10月、サバンナRX-7の2代目モデルが登場します。空気抵抗低減のため、車体の突起はさらに少なくなり、一方で幅広タイヤを収めるためにブリスターフェンダーを備えるなど、どちらかといえば華奢な印象だった初代モデルに比べ、力強さを感じるエクステリアに変貌。全長はさらに短縮され、オーバーハングはハンドリング性能向上のため切り詰められています。 エンジンは空冷インタークーラー付ツインスクロールターボチャージャーを備え、185psを発生。前後の重量配分は50.5対49.5と、初代に続きベストなバランスを堅持。オーバーステア気味の切れ味の鋭いハンドリングは、多くのスポーツカーファンの心を鷲掴みにし、圧倒的な支持を得ました。 1989年のマイナーチェンジでは、最高出力がついに205psに到達。パワー・ウェイト・レシオは5.72kg/psとなり、1991年に登場する3代目RX-7にバトンを渡すまで、2代目RX-7は「ハイパワーカー・キラー」として、より一層名を馳せていくのです。 スパルタンな2座仕様「アンフィニ」と爽快な「カブリオレ」 より本格的なスポーツモデルとなった2代目モデルには、さらに走りにこだわったモデルが追加さされました。1986年に販売された、特別仕様車の「アンフィニ」です。RX-7は小さいながらもリアシートを備え、実用性の高さも人気の一因ではありましたが、アンフィニでは軽量化のためにリアシートを撤去した2シーターとなっていました。 他にも、BBS製鍛造アルミホイール、専用ダンパー、アルミボンネットフードなどを装備。より走りに振った装備で、こだわりの強いスポーツカーファンに熱狂的に受け入れられました。当初300台の限定販売でしたが、好評につき小改良を重ねながら、1991年まで6回の限定販売が行われています。 また、忘れてはならないクルマとして、1987年に販売された「カブリオレ」があります。ロータリーエンジン車販売20周年記念モデルとして登場した「カブリオレ」は、クローズド、タルガトップ、フルオープンを選べる複雑な構造を備えていました。現在では、希少なロータリーエンジン搭載のオープンモデルとして、コレクターズアイテム化しています。このモデルで培われた経験は、のちのマツダ・ロードスターに生かされました。 ロータリーエンジンに明日はないのか? ロータリーエンジンは、航空機用エンジンや模型用エンジンとしては、現在も細々と生き残っているものの、自動車用エンジンとして姿を消してからすでに7年の月日が流れています(2012年のRX-8生産終了時点から)。ハイブリッド車用エンジンとしての開発がマツダで進められているようですが、開発は遅れており、電気自動車などの開発にリソースの多くが割かれているのが現状です。 ハイブリッド車に搭載されるにしろ、メインの動力源はモーターとなるのは確実でしょう。ロータリーエンジン独特の鼓動を楽しめるスポーツカーといえば、RX-7シリーズをおいて他にはありません。とりわけ、プリミティブな魅力を持つサバンナRX-7の人気は、これからも下がることは考えにくいです。事実、国内の中古車市場では値上がり傾向にあります。部品の調達等難しい面はありますが、興味のある方はぜひ「サバンナRX-7」の世界に飛び込んでみてはいかがでしょうか?それでは、また次回の記事でお会いしましょう!
日産シルビアはクルマ好きなら聞いたことがある車種名だと思います。現代では走り好きの人たちが乗るクルマのイメージが強いシルビアですが、実はシルビアは高級パーソナルスペシャリティカーとしてデビューを飾り、デートカーとして知られるようになり、走り好きを虜にさせるなどさまざまな表情を持つ手頃なスポーツクーペです。1965年のデビューから人気の世代もあれば低迷していた世代もあるシルビア。酸いも甘いも噛み分けてきたスポーツカーがシルビアなのです。今回はどの世代のシルビアがどんな側面を持っていたのかを振り返りつつ、今でもシルビアが人気の理由、シルビアの今後についてまとめました。 美しきコンパクトクーペ初代シルビア 初代(CSP311型)シルビアが誕生したのは1965年、前年1964年に開催された第11回東京モーターショーに「ダットサンクーペ1500」として出品されたことがきっかけでデビューしました。全長3,985mm全幅1,510mm全高1,275mm、ダットサンフェアレディをベースにクーペスタイルのボディを被せ、SUツインキャブ、デュアルエギゾースト、圧縮比9.0 R型1600cc OHVエンジンを搭載、日産自動車初採用のフロントディスクブレーキ、4速シンクロトランスミッション、無給油式プロペラシャフト、傾斜スライドシート、シートベルトなど数多くの画期的な新技術が採用されました。これらの新技術は後のフェアレディや日産車に採用されるほど最先端のテクノロジーでした。新しいメカニズムだけではなく先進的なボディデザインも初代(CSP311型)シルビア特徴のひとつ。ボディパネルの継ぎ目を極力少なくし折り目が綺麗な美しいスタイルはクリスプルックと呼ばれボディパネルの丁寧な作り込みによって実現することができました。最新テクノロジーとエレガントなデザインを身にまとっていましたが高級クーペらしくないタフな乗り心地と割高感があったことにより554台を製造し1968年に生産終了となりました。 低迷したセレクタリーカー2代目シルビア 2代目シルビア(S10型)は1975年にリリースされました。初代(CSP311型)の生産終了から7年ほどのブランクを経ての登場となった2代目(S10型)シルビア。2代目からは今でもお馴染みの呼び名「S○○型」の型式になり初代とは全く別のモデルだということが型式からも読み取ることができます。2代目(S10型)シルビアのベースは日産サニー。新しくなった2代目(S10型)シルビアは全長4,135mm全幅1,600mm全高1,300mmと先代からすると若干のボディサイズアップ。コンセプトはスマートに働く女性が乗るセレクタリーカー(セレクタリーの意味は秘書)をモチーフとしていました。ファストバッククーペの流麗なスタイルは今でこそクールで美しいと感じることができますが、販売当時は日本市場でスタイルの受けが良くなく日本国内での販売が低迷。エンジンも2代目(S10型)リリース当初は1.8Lシングルキャブを搭載していましたが排気ガス規制の影響により途中から1.8Lインジェクションへと変更されました。ブランクをあけて登場した2代目「NEW Silvia」は新しくなり期待されて登場したのにも関わらず日本市場では受け入れられず2代目生産開始から4年後1979年に生産が終了となりました。 デートカーと呼ばれた3代目シルビア 1979年に3代目(S110型)へリニューアルされセンターピラーのないハードトップノッチバッククーペスタイルと直線的なデザインが特徴の3代目(S110型)シルビア。日本車として初のドライブコンピュータを搭載し日本車初のフロントシングルアームワイパー全車標準装備。専用設計のカーオーディオ、フェードアウト機能などがついたトータルイルミネーションシステムを装備しムーディーな雰囲気を演出していました。全長4,400mm全幅1,680mm全高1,310mmのコンパクトサイズではありましたが充実した装備と運転のしやすさ、1.8Lエンジン・1.8Lターボエンジン・2.0Lエンジンなど幅広いバリエーションを展開、日産が誇る名車スカイラインと共通したエンジンの搭載によりヒットしました。デートにうってつけの凝った演出をするインテリアとパワフルなエンジン、さらにレースの世界でも活躍したシルビアが3代目(S110型)なのです。この世代から姉妹車のガゼールも誕生しました。デートカーとしてヒットした3代目(S110型)シルビアは1983年までの4年にわたり製造販売されました。 再び低迷した4代目シルビア 1983年フルモデルチェンジが行われ4代目(S12型)シルビアへバトンを渡します。この時代の流行を取り入れたリトラクタブルヘッドライトの採用やウェッジシェイプを取り入れたデザインとなりました。全長4,430mm全幅1,660mm全高1,330mmのサイズは先代の3代目(S110型)とほぼ変わらなかったもののスタイリングの変化がマーケットに受け入れられず販売は低迷。搭載されるエンジンは1.8Lエンジン、2.0Lエンジン、2.0Lターボエンジンをラインナップ。特別仕様車などを展開していきましたが先代の3代目(S110型)ほど人気とはならず1986年に姉妹車として展開していたガゼールが販売終了。この2年後1988年に4代目(S12型)シルビアの生産も終了しました。再び低迷期に陥った4代目(S12型)シルビアは5年間にわたり製造販売され5代目へフルモデルチェンジされることとなりました。 大ヒット作となった5代目シルビア 1988年に登場した5代目(S13型)シルビアは低いボンネットと後輪駆動を採用したコンパクトクーペのパッケージング。角のとれた親しみやすさを感じられる流麗なボディラインはエレガンスストリームラインとも呼ばれキャッチコピーは「ART FORCE SILVIA」。全長4,470mm全幅1,690mm全高1,290mmのサイズに1.8Lエンジン、1.8Lターボエンジン、2.0Lエンジン、2.0Lターボエンジンと多彩なバリエーションを展開。男女問わず若者の間で人気のモデルとなり、この頃スペシャリティカー市場を独占していたホンダプレリュードを追い抜き生産終了までに30万台以上を生産するシルビア史上大ヒットとなった世代です。メカニズム面ではマルチリンク式サスペンションや四輪操舵システム「HICAS」を搭載。グッドデザイン賞や日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞するなどデザイン性・走行性能ともに優れていたモデルであることが受賞歴からも見てとることができます。この5代目(S13型)シルビアはコンパクトエレガントFRスポーツの地位を不動のものにしました。1993年まで製造された5代目(S13型)シルビアはボディサイズを拡大して6代目へフルモデルチェンジします。 サイズを拡大して失敗した6代目シルビア 6代目(S14型)シルビアは5代目(S13型)よりもサイズアップ。全長4,520mm全幅1,730mm全高1,295mmシルビア史上初の3ナンバーサイズとなった6代目(S14型)。バブル期に訪れたクルマのボディサイズ大型化の流行を取り入れたものの扱いやすさと軽快感がウリだったシルビアのイメージから遠ざかる結果となり、柔らかい印象を与える丸みを主張したデザインもシルビアファンからの評判が良いものではありませんでした。マイナーチェンジやフェイスリフトなどを行いましたが人気は回復せず先代の5代目(S13型)シルビアの中古車が高騰するといった現象まで起きてしまいました。再び低迷期を迎えたシルビアは1998年まで5年にわたり生産されフルモデルチェンジされました。 サイズをダウンさせ人気を取り戻した7代目シルビア 1999年、7代目(S15型)シルビアが世に送り出されました。フルモデルチェンジでは異例のボディサイズダウンを行った7代目(S15型)シルビアのスリーサイズは全長4,445mm全幅1,695mm全高1,285mmと再び5ナンバーサイズへと戻りました。ツリ目でシャープなライトまわりや低いボンネットなどコンパクトエレガントFRスポーツカーとしてシルビアらしさが復活し人気も再び上昇しました。搭載されるエンジンは2.0Lエンジンと2.0Lターボエンジンの2種類でパワフルなパワートレインと扱いやすいサイズによって軽快な乗り味を実現。オーテックバージョンや特別限定車などを展開し2002年まで製造された7代目(S15)シルビアは日産自動車自体の低迷やスポーツカーの販売不振、排ガス規制、日産自動車リバイバルプランの影響などによりわずか3年で生産を終了してしまいました。 どのシルビアがオススメなのか? コンパクトエレガントFRスポーツカーの地位を築いてきたシルビアですが、オススメはシルビアの集大成ともいえる7代目(S15)シルビアです。シルビア全体では現在(2019年3月時点)400台以上の個体が流通しています。オススメの7代目(S15型)シルビアに絞ると250台程度まで絞り込むことができます。せっかくコンパクトエレガントFRスポーツカーであるシルビアに乗るのであればトランスミッションはやはりMTが良いでしょう。さらにドライビングを楽しむのであればボディは重要な要素。よって、修復歴がない個体をオススメします。ここまで条件を絞ってみると個体数は100台程度、中古車両本体価格が約50万円~約330万円。軽快なドライビングを実現するハイパワーな2.0Lターボエンジンを搭載した「スペックR」にすると50台強にまで絞り込むことができます。ここまで絞ると中古車両本体価格が約90万円~約330万円。出回っている個体の中には前オーナーがカスタマイズした車両やノーマルに近い状態の個体までさまざまです。カスタマイズされた車両が良いのかノーマルに近い状態が良いのかは予算と好みに応じて選択すると良いでしょう。 シルビアの今後 成功と失敗を繰り返し、酸いも甘いも噛みしめてきた波乱万丈のモデルがシルビアと言えるでしょう。そんなシルビアが2010年代後半から復活するのではないかとの情報が流れています。現在のところメーカーからの公式発表がされていないためシルビアが復活するとは断言できませんがシルビアを思わせるコンセプトカーをたびたび出品しています。徐々に盛り上がりを見せている日本のスポーツカー。かつて一時代を築いたシルビアらしい軽快で扱いやすいスポーツカーの復活を期待したいですね。
ライトウェイト2シーターオープンスポーツカーを代表しギネス記録までも保持している日本のオープンスポーツカーロードスター。2代目NB型ロードスターのモデル後半に設定されたクローズドタイプがロードスタークーペです。2代目NB型でハードトップルーフタイプの追加により後の3代目NC型ロードスターRHTや4代目ND型ロードスターRFに繋がったといっても過言ではないでしょう。今回はロードスターの新しい世界を開拓したクローズドボディであるロードスタークーペについて詳しく解説していきます。 2代目ロードスター新境地開拓 ロードスタークーペが設定されたのは2代目NB型ロードスターです。2019年時点では後にも先にも完全クローズドボディタイプのロードスターが設定されたのは今回詳しく解説していく2代目ロードスタークーペのみ。ロードスターの実力やクローズドボディが実現した経緯を順に辿りロードスタークーペの魅力に迫りましょう。 〈2代目NB型ロードスター〉 2代目NB型ロードスターは1998年に初代NA型ロードスターから初めてモデルチェンジされ登場しました。初代で切り開いたライトウェイトオープンスポーツカーの軽快なドライブフィールと運転の楽しさを受け継いだ2代目NB型ロードスターは初代モデルNA型と基本コンポーネントを共用していますが若干のボディサイズの変更がされました。デザインは緩やかな曲線で描かれるグラマラスなボディライン、伸びやかで角のとれたボディパネルによりエレガントなイメージが向上。1.6Lと1.8Lの排気量違いの直列4気筒エンジンを縦置きに搭載し後輪を駆動させるFR方式はロードスターの伝統。初代に比べボディの補強が多くされたことにより重量が増加してしまいましたがグラム単位での減量により1000kgを下回ることはできなかったものの大幅な重量増加を避けることに成功。その後、安全性の向上に関するマイナーチェンジや排ガス規制に関するマイナーチェンジを行いながら2代目NB型ロードスターは歴史を繋いでいき、2003年ついにロードスターのクローズドボディタイプのロードスタークーペがリリースされました。 〈ロードスタークローズドボディ実現の裏話〉 2003年2代目NB型ロードスター時代のモデル末期に初めてクローズドボディタイプのロードスターが追加されました。しかし、ロードスターのクローズドボディ化いわゆるクーペ化の計画は初代NA型ロードスターからあったと言われています。その理由はマツダのグループ会社であるM2が初代NA型ロードスターをベースに市販化を視野に入れたクーペ「M2 1008」を試作していました。このプロトタイプM2 1008が市販されることはなかったものの、なだらかに傾斜するルーフライン、Cピラー、サイドウィンドウ形状などが後に市販された2代目NB型ロードスタークーペにそっくりなのです。この事からも初代NA型ロードスター時代からクーペの開発は進められ初代NA型ロードスターをベースとしたプロトタイプM2 1008が2代目NB型で市販されたロードスタークーペに影響を与えたのは確かでしょう。 初代NA型ロードスターで叶えることができなかったロードスタークーペの市販化を実現したのはマツダの100%子会社であるマツダE&T(エンジニアリングアンドテクノロジー)です。マツダE&Tの少量生産モデル開発技術を活用することによりクーペモデルの製造販売の目処が立ちました。こうしてついに念願であったロードスタークローズドボディタイプのロードスタークーペの販売が2003年から開始。ロードスタークーペは完全受注生産方式としグレードの一部は台数限定生産として市販されました。 〈ロードスタークーペの魅力〉 市販化が実現したロードスタークーペは全長3,955mm全幅1,680mm全高1,240mmと全高が5mmアップしただけでその他のサイズはソフトトップのロードスターと変わりません。大きな違いはベルトラインよりも上の上半身部分。ハードトップのクローズドボディになったことでルーフラインが滑らかになりサイドウィンドウが流れるような流麗な形状になりました。プロトタイプM2 1008ではCピラーにあたるクォーターピラーが太めでしたが市販化されたNB型ロードスタークーペのクォーターピラーは細く繊細なルーフラインを描いています。フロントまわりはグレードによりデザインが若干異なりますがリアまわりはオープンタイプのロードスターとほぼ同じ。クローズドボディタイプになっても重量の増加は10kgで留まっているためロードスターの持ち味である軽快なスポーツドライビングは損なわれていません。ロードスタークーペはハンドメイドでモデリングされ製造していたためこれほどにまで美しく流麗なスタイルを生み出すことができました。 当時、国産車で唯一の5ナンバーサイズの2ドア2シータークーペということもあり運転のしやすさや取り回しの良さもロードスタークーペの特徴でもあります。クローズドボディ化にあたり車体構造の見直しが行われボディ剛性強化も施されました。ロードスタークーペのグレードはベースの1.6L直列4気筒エンジンに5速MTを組み合わせた「ロードスタークーペ」、1.8L直列4気筒エンジンに6速MTを組み合わせた「type S」、伝統的なレースカーを思わせるオーセンティックなフロントデザインと1.8L直列4気筒エンジンに6速MTを組み合わせた200台限定の「type A」、落ち着きのあるエレガントなフロントデザインが特徴で1.8L直列4気筒エンジンに4速ATを組み合わせた150台限定の「type E」の4タイプのバリエーションを展開。専用装備が与えられ台数限定の「type A」と「type E」はカーボン製パーツやFRPを使ったオリジナルデザインパーツが装着され、ボディカラーが「ライトニングイエロー」「ベロシティレッド」の2色。 一方、「ロードスタークーペ」と「type S」のフロントデザインはベースモデルであるNB型ロードスターと共通、ボディカラーは「ピュアホワイト」「サンライトシルバーメタリック」「クラシックレッド」の3色。インテリアはベースモデルのNB型ロードスターと基本的に同じですが「type E」に関してはツートーンカラーのインテリアが暖かみのある落ち着いた空間を演出しています。どのモデルでも美しくうっとりするようなクーペフォルムを手に入れることができるためどのグレードでもロードスタークーペの魅力を感じることができます。 ロードスタークーペに乗ることはできるのか?! ロードスタークーペの販売が開始されたのは2003年、2代目NB型ロードスターの生産終了は2005年つまりロードスタークーペはわずか2年間しか生産されなかったということになります。また2004年に発生したマツダの工場火災でロードスターの生産が減少したことが影響しそもそも生産台数が多くありません。よって中古車市場にもなかなか出回ることがないモデルでもあります。現在(2019年3月時点)の中古車情報を見てみるとわずか数台ではありますがロードスタークーペの中古車が流通しています。 一般的な中古車両本体価格は140万円~300万円程度、台数限定モデルが高価格で取引されている傾向が見受けられます。エレガントなフォルムのロードスタークーペのオススメは「ロードスタークーペ type S 6速MT」モデルです。ロードスターの軽快なハンドリングを楽しむことができ、クローズドボディ化による重量増加の影響を考えると1.8L直列4気筒エンジン搭載の方が良いでしょう。6速MTを搭載しているため操る楽しさもか兼ね備えています。同じ1.8L直列4気筒エンジンを搭載し6速MTを組み合わせているグレードは「type A」もありますが台数限定ということで「type S」よりも割高になる可能性もあります。手軽にロードスタークーペの魅力を味わうのであれば「type S」がオススメです。 〈オススメまとめ〉 ・グレード「type S」 ・修復歴無し ロードスタークーペで切り開いたハードトップルーフロードスター史 さまざまな災難に巻き込まれながら2代目NB型ロードスターは生産され、ロードスタークーペも生産されました。ロードスタークーペで切り開いたハードトップタイプのロードスターはロードスタークーペだけで終わることなく3代目NC型ロードスターへ受け継がれました。3代目NC型ロードスターでは電動格納式ハードトップルーフを持ちフルオープンになる「ロードスターRHT」として登場。4代目ND型ロードスターではハードトップルーフを持ちタルガトップになる「ロードスターRF」を誕生させました。ソフトトップのロードスターにはない魅力を持つハードトップのロードスター。ハードトップの殻に包まれているような安心感、雨の音、風の感じ方などはハードトップならではの特徴があります。エレガントなクーペからスタートしたロードスターのハードトップラインナップは3代目NC型ロードスターRHTや4代目ND型ロードスターRFに継承され、ライトウェイトコンパクト2シータースポーツカーの新しい価値観を生み出しました。2代目NB型ロードスタークーペで作られたハードトップの美しい世界観は現在でもハードトップタイプのロードスターに受け継がれています。
日産が誇る名車スカイライン。スカイラインの歴史は長く4ドアセダンを中心に2ドアモデルやスポーツモデルを展開してきました。近年スカイラインはスポーツセダンとしてのポジションを確立しスタイリッシュなデザインとインナーマッスルを鍛え上げられたアスリートのような走行性能を併せ持つモデルへと成長しています。スカイラインのスポーティーなキャラクターはそのままにパーソナルなイメージを強くしラグジュアリー性をプラスした2ドア4シータープレミアムクーペがスカイラインクーペです。今回は2000年以降の生まれ変わった日産のスカイラインクーペの魅力に迫っていきます。 スカイラインの伝統を継承したスポーツクーペ スポーツラグジュアリークーペであるスカイラインクーペの誕生には2000年から始まった日産再生プロジェクトが大きく関連しているといえるでしょう。2000年にカルロス・ゴーンが日産に来てから始まった日産リバイバルプラン。このプランは新型車を続々と投入し日産の再生を図るプロジェクト。2000年以前、日産がラインナップしていたスポーツモデルはスカイラインGT-R、フェアレディZが代表的なスポーツモデル。スカイラインGT-Rは2ドアのスカイラインをベースとしたスポーツモデル。フェアレディZは2ドア2+2シーターを持つグランドツーリング要素が強いスポーツモデル。この2車種は日産のイメージリーダーとして君臨していました。スカイライン(R34)セダンは2001年で生産が終了、スカイラインGT-R(R34)は2002年で生産が終了、フェアレディZ(Z32)は2000年で生産が終了しリバイバルプランがスタートしました。V35となったスカイラインはスポーティーファミリーセダンとして2001年から販売が開始されました。 Z33フェアレディZは2ドア2シータースポーツカーとしてサイズをコンパクトにして2002年から販売が開始されました。ここで日産の新たなラインナップとしてラグジュアリースポーツクーペを担うグランドツーリング要素の強いモデルが投入されます。それがスカイラインクーペ。2003年にデビューしたスカイラインクーペは全長4,640mm全幅1,815mm全高1,395mm。セダンよりも全長-35mm全幅+65mm全高-75mmとなりワイドで低いスポーティーなスタイル。クーペらしいプロポーションを実現すべくサイズの変更が行われ、エクステリアはスカイラインシリーズのセダンに似ているもののボディパネル、ライト、バンパー、グリルなどはクーペ専用のデザインが与えられ差別化されています。 張り出したフェンダーと大径タイヤの組み合わせは踏ん張り感と頼もしさを演出。インテリアはブラックを基調としたカラーリングにシンプルな造形が特徴。パーソナルカーらしくシートの形状はサポート性が高くソファのように厚みがあり座り心地の良いシートが備わっています。乗り心地はプレミアムクーペという言葉がふさわしくしっとりとした上質な乗り心地でロングドライブでも疲れ知らずの余裕と落ち着きがあります。トランクルームは深さが浅く容量はさほど大きくないもののリアシートを倒すことでトランクスルーが可能になり必要にして十分なラゲッジスペースは確保しています。落ち着きのある大人な2ドアプレミアムグランドツーリングクーペとして日産のリバイバルプランのひとつとして新たなラインナップに加わったモデルがスカイラインクーペなのです。 フルモデルチェンジで洗練されたスカイラインクーペ 2003年のV35スカイラインクーペの誕生から4年後の2007年、スカイラインクーペはフルモデルチェンジされV36スカイラインクーペへとリニューアルされました。モデルチェンジサイクルとしては比較的早いタイミングでのフルモデルチェンジとなったスカイラインクーペはV35スカイラインクーペよりもグラマラスなスタイルを身に纏い曲線美と曲面を活かした造形へ生まれ変わりました。プレミアム感を強調したインテリアが特徴的で乗員を包み込むようなトリム、アナログ時計が埋め込まれたセンターコンソールなど上質な演出が随所に見られます。スイッチ類などの操作系はシンプルに整列され飽きの来ないデザインとなっており良い意味で日本車らしくない輸入車のような印象すら感じられます。走行フィールはスポーツクーペとしての素質を持ち、スポーティーな味付けの駆動系、グッと引き締めあげられた張りのある足まわり。きついコーナーでもヒラリとかわすスポーツクーペとなりました。ラグジュアリー性やスポーツ性を引き上げた日産の2ドアラグジュアリークーペがV36スカイラインクーペなのです。2016年まで生産されたV36スカイラインクーペはV35スカイラインクーペの倍以上の9年間販売され幕を閉じました。 ラグジュアリースポーツクーペに乗る 日本市場においてスカイラインクーペはV35スカイラインクーペとV36スカイラインクーペが販売されました。2019年2月現在スカイラインクーペは日産のモデルラインナップには存在していません。よってスカイラインクーペを手に入れたいのであれば中古車を狙う他ありません。2003年以降に販売されたスカイラインクーペの中古車は現在(2019年2月時点)250台ほど流通しています。一般的な車両価格は約15万円~約280万円ほどと幅広く、走行距離や年式、グレード、装備などによって価格が異なっている傾向が見受けられます。これほど数がある中でのオススメは2007年以降に販売されたV36スカイラインクーペタイプSPです。 タイプSPはスポーティーな装備とプレミアムな装備が装着されているためスカイラインクーペのラグジュアリースポーツクーペらしさを存分に味わうことのできるグレード。2007年以降スカイラインクーペタイプSPに絞り込むと中古車市場に50台ほどの数が出回っています。本体価格は約60万円~約280万円ほどです。前オーナーがカスタマイズした車両などは価格が高く、低走行車、状態が良い個体は高価格帯に位置しています。ノーマル状態に近い個体は約150万円ほどでリセールされています。スポーティーで高級感のあるパーソナルクーペが約150万円程度で手に入れることができるのは非常に魅力的。快適なグランドツーリングを楽しむためにもATモデルでゆとりあるドライブをする方がスカイラインクーペのキャラクターに合っているでしょう。中古車市場に流通しているスカイラインクーペの中には修復歴がある個体も出回っています。ボディ剛性の観点、スポーティーな走行や安心感ある走行を楽しむためにも修復歴が無い車両を選ぶようにしましょう。 〈オススメまとめ〉 ・2007年以降V36スカイラインクーペ ・グレードはタイプSP ・ATモデル ・修復歴なし 2ドア4シーターの魅力 日本市場において2ドアモデルは売りにくいクルマと言われています。その理由としては、後席へのアクセスのしにくさ、ドアの大きさが大きく狭い駐車場で乗降しにくい、大人数乗ることができない、室内空間が広くないなどといった理由が挙げられます。事実V35スカイラインクーペやV36スカイラインクーペは北米など海外での評判が高く売り上げも海外の方が多いグローバルモデルとして販売されていました(海外ではインフィニティブランドとして展開)。日本市場にはV35スカイラインクーペとV36スカイラインクーペが導入され販売されましたがミニバンやコンパクトカーなどの売り上げが多くスカイラインクーペのようなスペシャリティモデルの売り上げは決して良くはありませんでした。日本では2世代限りで日産モデルラインナップからスカイラインクーペは消えてしまいましたが海外では日産のプレミアムブランド「インフィニティQ60」として3世代目スポーツクーペを2016年に発表しています。 3世代目にあたるインフィニティQ60はダウンサイジングターボの導入やスタイリッシュでスポーティーなデザインが特徴。デザイン性やプレミアム性から日本でも売れるモデルなのではないかと筆者は思いますが2019年2月時点でも日本に導入されていません。いざというときのことを考える日本人のクルマ選びはドア枚数の多いクルマや背の高いクルマを選択することがほとんどです。しかし、日常使いでの乗車平均人数は2人未満という統計結果が出ています。この事からも2ドアモデルでも日常生活にはさほど影響を及ぼすことはないと考えることもできます。所有するクルマは2ドア4シーターモデル、多人数乗車や多くの荷物を積載するシーンではレンタカーやカーシェアを利用するといった使い分けもひとつの手段といえるでしょう。スポーツカーをはじめとした2ドアモデルや2+2シーター、2ドア4シーターモデルは日常使いでは何ら不満はありません。いざというときには大人4人が乗車できるパーソナル2ドア4シーターモデルは思いのほか使い勝手が良く運転が楽しいといった隠れた魅力があります。スカイラインクーペという魅力的な2ドア4シータークーペや憧れのスポーツクーペを改めて見直してみても良いのではないでしょうか。
マツダの代名詞ともいえるロータリーエンジン。2012年の生産終了から2019年現在でもロータリーエンジン搭載車はマツダから販売されていません。今回はロータリーエンジン搭載最後のモデルとなったRX-8について取り上げます。マツダRX-8は2003年から販売が開始され2012年までの9年間にわたり生産販売されたロータリーエンジン搭載車です。新開発のロータリーエンジンを搭載したRX-8は当時マツダの技術を寄せ集めた傑作。事実、RX-8はさまざまな賞を受賞しておりロータリーエンジン単品でもエンジン・オブ・ザ・イヤーを受賞しています。惜しまれつつ2012年に生産を終了した世界唯一のロータリーエンジン搭載車マツダRX-8の魅力を振り返ってみましょう。 伝統と進化 マツダRX-8の販売が開始されたのは2003年。先代RX-7の後継車種としてデビューしました。RX-7はマツダのロータリースポーツカーとして今でも人気が衰えないほど支持されています。後継車種のRX-8はロータリースポーツカーとしての素質を持ちながらファミリーカーとしても使える万能スポーツカーを目指して開発されました。RX-7は2ドア4シータースポーツカーでしたがRX-8は4ドア4シータースポーツカーとしてパッケージングを一新。RX-7の後席は狭く長時間座っていることが難しいシートでしたがRX-8では後席のスペースもゆとりがあり4ドアになったことで乗り降りもラクにできるようになりました。パッケージングの工夫だけではなく心臓部のロータリーエンジンも進化を遂げています。RX-7ではターボチャージャー付きロータリーエンジンを搭載していました。RX-8では新世代ロータリーエンジン「RENESIS」として自然吸気へと変更。軽量・コンパクト・ハイパワーになり燃費も良くなりました。654ccのロータリーを2機繋げ1308ccでありながらハイパワー仕様は250PSを発揮します。RX-7のターボチャージャーロータリーエンジンに近い数値のパワーを発揮しながらエンジンを回す楽しさを追求し環境への配慮をした新世代ロータリーエンジンが「RENESIS」なのです。ボディ剛性はアンダーボディフレームやキャビンの強化により高剛性なボディを実現。このボディフレームの強化は4ドア化にも貢献しています。 RX-8のエクステリアはボンネットフードが低くワイドアンドローのスタイル。外観を一周するとドアノブが片側に1つずつしかありませんが実は4ドア。RX-8のドアはピラーレス観音開きを採用しているためドアノブが片側に1つずつしかないのです。前席のドアを開け本来であればBピラーがある位置の内側に後席用のドアノブがあります。後席のドアを開けるとピラーレスであるため開口部が広くリアシートへのアクセスが良好。インテリアは左右対称のシンプルな造形ですがホールド性の高いシートを4座に採用。スポーツドライビングにも対応した設計になっています。センターコンソールが後席まで貫かれているため後席で左右の移動はできませんがそれぞれのシートが独立しているところはスポーツカーらしく4名それぞれが適正な姿勢で着座することができます。組み合わされるトランスミッションは4速AT、5速MT、6速MTの3種類。2008年にマイナーチェンジが行われ、内外装の小変更と装備が充実した「type RS」を追加。 250PSを誇っていたハイパワー仕様は235PSへ変更されました。15PSものパワーダウンでしたが1300ccエンジンとしてみれば十分にハイパワーです。ロータリーの特性のひとつである軽量でコンパクトなサイズを活かしエンジンをフロントミッドシップにレイアウト。ハンドリングはクイックかつ軽快そのもので意のままにクルマの向きを変えることができます。物理の法則に従ったレイアウトとパッケージでピュアスポーツドライビングを楽しむことができます。2003年から新世代になったロータリーエンジンを搭載し製造販売されてきたRX-8。2008年にマイナーチェンジ行い、特別仕様車の販売を行うなど着々と歴史を重ねてきましたが2012年ついにロータリーエンジン搭載RX-8の生産終了の時が来てしまいます。 生産終了に追い込まれたRX-8 世界唯一のロータリーエンジンを搭載した最後のモデルRX-8。2012年の生産終了以降後継となる車種は5年以上経過した2019年2月時点でも発表されていません。では、ロータリーエンジン搭載のRX-8がなぜ生産終了となってしまったのでしょうか。それはズバリ燃費の悪さです。燃費が悪いと燃料を多く消費します。つまり燃料を頻繁に入れなくてはなりません。追い討ちをかけるように経済事情の面ではガソリンの高騰により燃料価格は右肩上がり。 ユーザーのお財布に直接影響する燃料価格の高騰は低燃費車の需要を高めていきました。法律の面では年々環境性能の規制が厳しくなっていきました。このようにロータリーエンジンの存続が難しくなる出来事が立て続けに起きたのです。かつて理想のエンジンと呼ばれたロータリーエンジンを世界で唯一市販させ進化させてきたマツダ。ロータリーエンジンはル・マン24時間レースでレシプロエンジン以外で初、日本の自動車メーカーとして初の総合優勝するなど脚光を浴びる時期もありましたが唯一の欠点が燃費の悪さでした。その欠点が時代の変化とともにロータリーエンジン存続の危機にまで追い込んでいったのです。 世界で最後となったロータリーエンジン搭載車RX-8は現時点では中古車でしか手に入れることができません。RX-8の中古車は500台以上出回っています。価格は10万円~300万円ほどで幅広い価格帯。世界最後のロータリーエンジンの魅力を味わうのであれば6速MTモデルがオススメです。ロータリーエンジンのスムーズな回転フィール、きれいな吹け上がりを直接感じられるのは自分でギアを操るMTモデル。MTモデルにも5速と6速がありますがギアの段数が多い6速モデルの方が小気味良さや操る楽しさがあるといえるでしょう。6速MTモデルでも装着されている装備内容や特別仕様など幅広くありますが好みの装備と予算に応じて選択すると良いでしょう。ただし、注意点としては修復歴のある車両は避けましょう。ピラーレス観音開きを採用しているRX-8はフロアまわりの剛性が落ちると本来のポテンシャルを発揮できない可能性があります。 〈オススメまとめ〉 ・6速MTモデル ・修復歴無し ロータリー次なるステージ 2012年以降、ロータリーエンジンは市販されておらず今では幻のエンジンとなりつつあります。時代背景などさまざまな理由から現在販売はしていませんがそこで諦めないのがマツダ。ロータリー生産販売終了から3年後の2015年、第44回東京モーターショーにおいてマツダはコンセプト「RX-VISION」を発表。次世代ロータリーエンジン「SKYACTIV-R」を搭載したモデルを公開しました。近年マツダが進めている「SKYACTIV TECHNOLOGY」と「魂動(こどう)デザイン」を融合したロータリーエンジンFRスポーツカーが「RX-VISION」です。 2015年東京モーターショーにてマツダは「現在は生産を行っていませんがマツダはRE(ロータリーエンジン)の研究・開発を継続しています。」と公言。どんな形であれマツダがロータリーエンジンを諦めていないことにマツダファンやロータリーエンジンファンなど世界中のファンが安心したことは確かです。2019年2月時点ではレンジエクステダー(電気自動車用の発電機の役割)として復活するという予測やロータリースポーツカーとして復活するといった推測が飛び交っています。筆者としてはロータリースポーツカーとしての復活を待ち望んでいます。かつてのRX-7のようなクルマ好きやスポーツカー好きが虜になるワクワクするようなモデルを期待しているファンは多いはず。2015年時点では「今後もマツダは、お客様と深い絆で結ばれたオンリーワンのブランドを目指して挑戦を続けてまいります。」と発言しています。この発言通り挑戦を続けオンリーワンのブランドとしてオンリーワンのモデルを発表してほしいですね。
インプレッサ、フォレスター、レガシィなど4ドアや5ドアモデルが主力のスバル。唯一の2ドアモデルはトヨタとの共同開発により誕生したBRZだけ。純粋にスバルオリジナルの2ドアモデルは現行ラインナップにありませんが、かつてフラッグシップクーペをラインナップしていました。それがアルシオーネSVXです。スバルアルシオーネSVXは1991年に登場したスバルのフラッグシップ2ドア4シータークーペ。6気筒水平対向エンジンを搭載しトルク配分型四輪駆動を採用、トランスミッションは4速ATを組み合わせたグランドツーリングカーです。「遠くへ、美しく」「500 miles a day」のキャッチコピーからもわかるようにロングツーリングを主軸に開発されました。 メインターゲットは北米市場でしたが日本でも販売されました。さまざまな要因から販売台数は伸びず1997年に後継車種が登場することなく生産販売が終了した幻とも言えるグランドツーリングカーがスバルアルシオーネSVXです。今回はスバルアルシオーネSVXの魅力について迫っていきましょう。 タイミングが悪かったグランドツーリングカーアルシオーネSVX 〈時代背景〉 スバルアルシオーネSVXが販売されたのは1991年。アメリカで行われたデトロイトモーターショーでアルシオーネSVX(北米などの海外市場では単にSVXという車名)を発表、後に日本市場でデビューしました。「国際水準の本格グランドツアラー」を目標として開発された2代目アルシオーネSVXは初代アルシオーネよりもサイズをアップ。3ナンバーサイズ化したボディを武器に北米市場をメインターゲットにしたスペシャリティカーとして登場。個性的で特徴があるデザインはあの有名なカーデザイナージウジアーロよってデザインされました。 デザインスケッチの段階では初代と同じようにリトラクタブルヘッドライトがデザインされていましたが空気抵抗の観点から固定式のヘッドライトへ変更されました。ジウジアーロによる美しく流麗なスタイルを手に入れたアルシオーネSVXは魅力的な部分が多くありましたが日本市場で発表されたのはバブル崩壊直後で決して景気が良いとは言えなかった時代だったのです。初代アルシオーネはプラザ合意による経済的な影響を受け、2代目アルシオーネSVXではバブル経済崩壊直後というタイミングの悪いモデルになってしまいました。 〈アルシオーネSVXの魅力的デザイン〉 アルシオーネSVXの魅力といえばやはりデザイン。ジウジアーロが手がけたアルシオーネSVXのデザインは初代の折り目のついたデザインから一新され曲面を使ったデザインへ変更されています。全体的に低く伸びやかで車両の前方から後方にかけて少しずつ上がっていくショルダーライン、薄くボディサイドまで回り込むライト、そして360度ガラス張りのキャビンが最大の特徴です。2019年の今でも斬新と思えるガラスキャビンはスバルの前身である中島飛行機を思わせるデザインでスバルがリクエストしたものです。飛行機のコックピットを覆う円形の蓋のようなキャノピーデザインはAピラーからルーフまでつながり、ルーフからクォーターピラーまでつながっています。 実際には2分割されていますが遠くからの眺めはひとつの弧を描くように見えます。各ピラーはすべて内側に配置され外側はガラス面にすることで360度ガラス張りに見えるのです。ルーフまでつながったガラスを使っているためサイドウィンドウは部分的に開くタイプになっている珍しいレイアウトが採用されています。一方インテリアはドライバーオリエンテッドな空間でセンターコンソールやエアコン吹き出し口は少しドライバー側に向けられておりコックピットという言葉がぴったりな内装。サイドブレーキの形状も飛行機のレバーを思わせる造形です。運転席をはじめ助手席や後席はサポート性を高めつつロングツーリングても疲れにくい形状。上級グレードにはレザーシートが装着されラグジュアリーグランドツーリングカーの素質を備えています。エクステリアとインテリアのデザインだけでもスバルが国際水準を目指していることと新しいグランドツーリングカーの提案をしていることが見てとれます。 〈チャレンジが生み出した安心と愉しさ〉 魅力的なデザインを全長4,625mm全幅1,770mm全高1,300mmにまとめ2ドア4シーターを備えるアルシオーネSVXですがメカニズムも独自の新しいチャレンジをしています。搭載されるエンジンはスバル定番の水平対向エンジン。新開発の3.3L 6気筒自然吸気エンジンは最高出力240PS最大トルク31.5kgmを発生。トランスミッションは4速ATでトルクフルなエンジンとの相性によって快適にロングツーリングを楽しむことができる動力をボンネットに秘めています。駆動方式は前後トルク配分型四輪駆動VTD-AWDシステム。基本設定は前35:後65で後輪駆動寄りのセッティング。FRの要素を残しながら四輪駆動の安定した走行を提供してくれるシステムになっています。 アルシオーネで開発された四輪駆動システムは進化をし続け現在のスバル車に搭載されているAWDシステムのベースになっています。アルシオーネで四輪駆動へのチャレンジがあったからこそ現在スバルは四輪駆動システムを搭載したモデルが存在しているといっても過言ではありません。豊かな動力を自然なフィーリングで生み出しスムーズに回る水平対向6気筒自然吸気エンジン、楽しさと安定を両立させるトルク配分型四輪駆動システムを搭載したことでキャッチコピーにふさわしい1日500マイル(約800km)の走行を実現させることができる能力を身につけることができたアルシオーネSVX。斬新なデザインと最新鋭のシステムによりどんな路面状況でもどんな天候でも安心してロングツーリングを楽しめるフラッグシップクーペへと成長したのです。 スバルアルシオーネSVXに乗りたい 時代背景や経済的な影響により販売台数が思うように伸びなかったアルシオーネSVX。1991年~1997年までおおよそ6年の販売期間で国内販売台数は6,000台未満、後継車種が発表されることなく幕を閉じました。最終型から計算しても2019年現在で20年以上が経過しています。これほど時間が経過していても現在中古車市場には数十台の個体が出回っていることに驚きます。 車両の価格は30万円~600万円程度で状態が良い個体に関しては650万円を越える価格が掲げられています。当時の新車販売価格がおおよそ300万円~400万円だったことを考えると新車価格を越える値段でリセールされていることにも驚きます。数十台出回っている中でもオススメなのは1995年以降の個体。モデル後半で熟成してきた頃でありS4の設定があります。後期のモデルにあたるS4ではトランスミッションが改良されトラブルが減ってきたため後期モデルのS4がオススメです。 時を越えた魅力 スバルがかつてリリースしたフラッグシップクーペアルシオーネSVXは現在でも色褪せない独自のスタイルでスバリストだけでなくスポーツカーファンを魅了し続けています。国内にとどまらず海外にも多くのアルシオーネSVXファンが存在しており20年以上経過した今でも大切に乗り続けられています。360度ガラス張りのグランドツーリングクーペアルシオーネSVXは今後も独自の魅力を放ち続けスバルを代表する名車として語り継がれることでしょう。ぜひアルシオーネSVXに乗っているオーナーは大切に乗り続け後世にスバルのフラッグシップクーペを引き継いでください。
マツダ・オートザムAZ-1はマツダの販売店オートザムから販売されていた軽自動車スポーツカーです。1992年にデビューしたAZ-1は軽自動車でありながらミッドシップにエンジンを搭載しガルウイングを採用したスポーツカー。頑丈な構造のシャシーとFRPの外装により軽量化を実現しています。全長3,295mm全幅1,395mm全高1,150mmで1990年から1998年までの軽自動車規格のサイズ。車両重量は720kgと非常に軽量。エンジンはスズキアルトワークスから譲り受けたF6A型660cc直列3気筒ターボエンジンを座席後方ミッドシップに搭載し後輪を駆動させます。最高出力64PS/6,500rpm最大トルク8.7kgm/4,000rpm、トランスミッションは5速MTのみの設定。丈夫なスケルトンモノコックボディフレームを採用しているAZ-1は外板がなくても走行することができるほどの剛性を確保しています。 まさにレーシングカーそのものと言える作り。本格的なスペックとインパクトの強いガルウイングを持つ衝撃的で魅力的な軽自動車スポーツカーでしたが3年後の1995年に生産が終了してしまいました。そんなマツダ・オートザムAZ-1の真の実力について迫っていきます。 本格派スポーツカーAZ-1 わずか3年という短い期間で販売が終了してしまったAZ-1ですがメカニズムは本格的なスポーツカーです。具体的にどこが本格的なのか詳しく見ていきましょう。これを知ればAZ-1がどんなに素晴らしいクルマだったのか知ることができ欲しくなってしまうことでしょう。 〈基本骨格シャシー〉 AZ-1の性能のすべてを受け止めるシャシー。この専用シャシーこそがAZ-1の要と言っても良いでしょう。AZ-1に採用されたシャシー構造はスケルトンモノコックボディフレーム。このボディフレームは骨組み部分のみで剛性を確保するフレームでペリメーター型と言い換えることができます。つまり、ボディパネルに頼ることなく車体のスペースフレームのみで強度を保つことができるということ。よってAZ-1の外装パネルにFRPを使うことができ外板がなくても走行することができるのです。このことからユーザーの手によって着せ替えをする人たちもいたようです。この考え方は2代目になったダイハツコペンのドレス・フォーメーションに通じる考え方ですね。現代の技術ではスケルトンモノコックボディフレームを作ることはコストをかければ容易ですが1990年代にスケルトンモノコックボディフレームを軽自動車に取り入れたマツダの決断力は驚きです。スケルトンモノコックボディフレームはメリットも多くあるフレーム構造ですがデメリットもあります。 骨組み部分のみで強度を確保するスケルトンモノコックボディフレームはサイドシル部分が太く高くなり開口部を広くとることが難しく一般的なヒンジドアでは乗り降りに支障が出てしまいます。この理由からAZ-1ではダンパーを備えたガルウイングが採用しました。単に見た目のインパクトだけでなくボディ骨格の強度を保ちつつ乗り降りするためのスペースをとることができる構造がガルウイングだったということなのです。AZ-1がガルウイングを採用した理由は実はこのような理由。ガルウイングは一見インパクトがありますが乗り降りは思いのほか苦労することもあります。シートに座ってしまうとドアを閉めるストラップに手が届かなかったり、太く座面より高いサイドシルにより大きく足を開かないと乗り降りできなかったりします。しかし、このような不便があっても強度の高いボディフレームを採用しているからこそAZ-1がワンアンドオンリーな存在で支持され続けているのです。強靭なボディフレームとインパクトのあるガルウイングをまとっているAZ-1ですがコストがかかり新車販売価格が割高になってしまったのも事実です。 〈真ん中に搭載される心臓部〉 エンジンは軽自動車規格に合わせた660cc。スポーツカーというカテゴリーで見れば排気量は小さく非力なエンジンと思うかもしれませんがコンパクトで軽量なAZ-1には十分なパワーです。最高出力は64PS/6,500rpm最大トルク8.7kgm/4,000rpm直列3気筒インタークーラーターボエンジンF6A型をミッドシップに搭載。搭載位置が座席の後方であるため前後重量配分が前44:後56となっています。自動車のパーツの中で重量が重く重要な機関であるエンジンを前輪と後輪の間に搭載することができるミッドシップレイアウトは駆動輪のトラクションをしっかりと得ることができハンドリングが素直になる特性があります。AZ-1も例外ではなく後輪にしっかりと荷重がかかり地面を蹴ることができ意のままのハンドリングが特徴。AZ-1に搭載されているF6A型エンジンはスズキ製でアルトワークスやカプチーノに搭載されているエンジンと同じ。 AZ-1用のチューニングなどはされていませんがトルクフルで耐久性が高く信頼性のあるF6A型エンジンは軽自動車自主規制馬力である64馬力と記載されていますが実際には80馬力ほど出ていたのではないかと噂されるほどパワフルなユニットです。軽量で空力性能に優れたボディラインを持つAZ-1は鋭いダッシュと伸びの良い加速を味わうことができるミッドシップスポーツカーなのです。 平成初期を彩った軽自動車スポーツカーカテゴリーはAZ-1・ビート・カプチーノの3車種でしのぎを削っていました。この3車種の頭文字をとってABCトリオと呼ばれそれぞれ個性的な特徴により軽自動車スポーツカーカテゴリーを盛り上げていました。ABCトリオのAを担うAZ-1の特徴はミッドシップレイアウトとガルウイングだけではありません。ABCトリオの中で最も車高が低くクイックなステアリングも忘れてはならないポイントです。レーシングカーのように瞬時に向きを変えるステアリングギア比を持つAZ-1のステアリングはロック・トゥ・ロックが2.2回転。非常にシャープなハンドリング特性が持ち味です。ドライバーの意思通りにクルマが向きを変える楽しさがAZ-1には詰まっており「究極のハンドリングマシン」の異名がつけられました。 唯一の存在を手に入れる 強烈な個性を持ったミッドシップ軽自動車スポーツカーAZ-1は販売期間が短く総生産台数が4362台と非常に少量。どうしても乗ってみたい、手に入れたいのであれば中古車しかありません。現在(2019年1月時点)AZ-1の中古車は20台弱、価格は80万円~250万円と驚きの金額です。もともと出回っている台数が少なく現存する個体数が少ないため希少価値がついています。 AZ-1は基本のノーマルグレード、装備を充実させたタイプL、エアロパーツ付きのマツダスピードバージョンなどのグレード展開をしていましたが、今回オススメするのはノーマルグレードです。ノーマルグレードをオススメする理由はノーマルであっても完成度は非常に高くスポーツドライビングやシャープなハンドリングは十二分に楽しむことができるからです。ただし、スケルトンモノコックボディフレームを採用しているAZ-1の車両選びで気をつけなければならないことは修復歴の有無です。フレームにまでおよぶ修復がされていると本来のポテンシャルが発揮されずボディのねじれが発生し走行が不安定になる可能性が考えられます。よって修復歴のチェックは欠かさずにするようにしてください。 〈オススメと注意点〉 ・ノーマルグレード ・修復歴のチェック(特にフレーム部分) 孤高の軽自動車AZ-1 スポーツカーとしての視点からAZ-1見てみたり分析をしてみたりすると軽自動車としては豪華すぎるスペックが与えられていることがわかります。当時の新車販売価格は1,498,000円~1,598,000円と軽自動車にしては割高な価格、2ドア2シーター、ユーティリティはほぼ皆無などといった要因で少量短命で終了してしまいましたが素晴らしいモデルであることは間違いありません。これほどまでに走りを追求した軽自動車スポーツカーをリリースすることができたのは開発責任者である平井敏彦氏の存在があったからです。 平井敏彦氏はマツダを代表するライトウェイトスポーツカーロードスターの主査を務めた人物。1989年にAZ-1の原型であるコンセプトカーAZ550スポーツの市販化に伴いコンセプトカーにあったリトラクタブルヘッドライトの採用を止め、トランクレス、高いサイドシル、リクライニングしないシートにするなど徹底してスポーツカーへと仕上げていきました。快適性よりもスポーツ性能を重視した結果が市販化されたモデルがAZ-1でありマツダのスポーツマインドを限られたサイズに凝縮したモデルがAZ-1だったのです。平井敏彦氏が開発責任を務めたからこそAZ-1は孤高の存在になり現在でも人気が衰えず当時の新車販売価格を越える価格で取引される名車になりました。
日産スカイラインGT-R、一度は聞いたことがある車種名でしょう。クルマ好き、日産ファン、GT-Rファンなど多くのファンに愛され続けている名車のひとつです。初めてスカイラインにGT-Rの名が冠されたのは1969年に登場した3代目スカイライン。当時はスカイラインの高性能バージョンとして誕生しました。時を経て1989年8代目スカイラインから設定されたスカイラインGT-Rはレースでの使用も視野に入れた高性能ハイパフォーマンススポーツカーとして登場。以降、多くのファンを魅了し憧れる日産を代表する日本を代表するスポーツカーに成長しました。現在でもスカイラインGT-Rは日本のみならず世界中で高い人気を維持している名車です。 スカイラインの高性能版からスポーツカーへ 〈直列6気筒S20型エンジン時代〉 「GT-R」「R」などさまざまな愛称で呼ばれるGT-Rの経歴を振り返っていきましょう。1964年日本グランプリでポルシェ904の前を走るプリンス・スカイラインGT。この光景が「スカG伝説」となりスカイラインGT-R誕生のきっかけとなる出来事。その後スカイラインGTは日本グランプリで活躍し輝かしい成績を残しました。1968年、スカイラインが3代目へフルモデルチェンジされすぐにスポーツバージョン「2000GT」も販売されましたが、スカGを知る人たちからすれば物足りないスペックのマシンでした。多くのファンは高性能ハイパフォーマンスエンジンを搭載したスカイラインを待ち望み1969年ついに「日産スカイライン2000GT-R」が誕生します。 直列6気筒DOHC4バルブエンジン「S20型」は当時としてはハイパワーなエンジンでエンジン単体価格は70万円。「スカイライン2000GT-R」の車両本体価格が150万円でしたのでエンジンだけで車両本体価格の半分を占めていました。スポーツモデル日産スカイライン2000GTが当時86万円であったことを考えると相当高価なクルマであり価値のあるエンジンを搭載していた初代スカイラインGT-R。大人しい3ボックススタイルセダンにハイパフォーマンスなエンジンを搭載したスカイライン2000GT-Rはまさに「羊の皮を被った狼」。1972年にスカイラインがフルモデルチェンジを行い「ケンとメリーのスカイライン」のコマーシャルで有名になった通称「ケンメリ」に世代交代。翌年1973年にスカイライン2000GT-Rをラインナップ、エンジンは先代同様S20型直列6気筒エンジンを搭載していますがボディの大型化により重量が増加しサーキットを走ることなく、わずか4ヶ月総生産台数197台で生産が終了となります。ケンメリGT-R生産終了から16年もの間、スカイラインGT-Rは一時的に歴史が途絶えることになります。 〈直列6気筒RB26DETT時代〉 16年の時を経て1989年8代目スカイラインからスカイラインGT-Rが復活。このスカイラインGT-RがR32型GT-Rと呼ばれるスカイラインGT-Rです。全長4,545mm全幅1,755mm全高1,340mmのサイズでヨーロッパ勢のスポーツモデルに勝てるよう開発されたR32型スカイラインGT-Rはハイテクずくし。四輪マルチリンク式サスペンション、前後輪トルクを0:100から50:50まで自動的に無段階で変化させることができる電子制御トルクスプリット4WD「ATTESA E-TS」、四輪操舵システム「HICAS」などの電子デバイスを世界に先駆けいち早く導入。そして忘れてはならないスカイラインGT-Rを支える心臓「RB26DETT」エンジンによってハイパフォーマンス・ハイテクノロジーマシンになったのです。RB26DETTエンジンは2568cc直列6気筒DOHC4バルブセラミックタービンで過吸するツインターボエンジン。最高出力280PS最大トルク36.0kgmを絞り出しますがあくまでも自主規制によるスペック。全日本ツーリング選手権のレギュレーションに対応したRB26DETTエンジンはレース用にチューニングを施すと800PSを越えることもありました。組み合わされるトランスミッションは5速MTでハイパワーを最新テクノロジーで安全に楽しめる新生スカイラインGT-RがR32型だったのです。 1994年まで生産され、1995年にモデルチェンジを行いR33型スカイラインGT-Rになりました。全長4,670mm全幅1,780mm全高1,360mm。エンジンはRB26DETTを継承しましたが最大トルクを37.5kgmへパワーアップ。エクステリアやインテリアデザインを変更し若干のボディサイズをアップしています。1998年にR33型スカイラインGT-Rの生産を終了。1999年からR34型スカイラインGT-Rの販売が開始されます。全長4,600mm全幅1,785mm全高1,360mm。このR34型スカイラインGT-Rが「スカイラインGT-R」として最後のGT-Rになります。R33型で評価が良くなかったデザインとボディサイズを見直しスタイリッシュで存在感のあるデザインへ変わりました。引き続きRB26DETTエンジンを受け継ぎ精度を上げ最大トルクを40.0kgmまで向上。年代と世代を重ねる度に熟成とパワーアップをしたエンジン。それに伴いボディ剛性を高め、エアロパーツの装着、各種メカニズムの更新や強化をしていきました。2002年、ついにR34型スカイラインGT-Rの生産が終了。3世代にわたり13年続いたRB26世代スカイラインGT-Rは幕を閉じました。圧倒的なパフォーマンス、ハイパワー、スタビリティ、電子制御を備えた型式RとつくスカイラインGT-Rは名車となり、ポテンシャルが高く、耐久性のあるRB26DETTエンジンは現在でも名器と呼ばれるエンジンになりました。 名車・名器を手に入れる 大きく世代分けすると2000cc「S20」エンジン搭載時代と2568cc「RB26DETT」エンジン搭載時代に分けられます。S20時代は「スカイライン2000GT-R」モノグレード、RB26DETT時代は「スカイラインGT-R」、「スカイラインGT-R スペックV」、「スカイラインGT-R Mスペック」などさまざまなグレードを展開しています。中古車情報を見てみると最も手に入れやすい個体でも200万円程度、最終型(R34型)もしくはS20エンジンを搭載したモデルは1,500万円を越える価格が掲げられています。幅広い価格帯のスカイラインGT-Rの中でも今回オススメするのは「R34型スカイラインGT-R(ノーマル)」です。中古車市場にはノーマルグレードR34スカイラインGT-Rは2019年1月現在で20台弱出回っている状況で本体価格は約500万円~が一般的な相場のようです。 あえて標準モデルをオススメする理由は、素の状態でポテンシャルの高さを知ることがスカイラインGT-Rと長く付き合うことができるコツだと筆者は考えるからです。素の状態を知ることでエンジンの特徴、トランスミッションの特性、ボディ剛性、サスペンションの懐の深さなどスカイラインGT-Rというクルマ本来の実力を知ってから、もっとエンジン性能を上げたい、もっとコーナリング性能を良くしたいなど自分の好みに合うチューニングをしていくとスカイラインGT-Rに愛着が湧き、カスタマイズの楽しみが増え、チューニング効果を知るためにスカイラインGT-Rとドライブに出かけ、スカイラインGT-Rとの対話をしながら自分オリジナルのスカイラインGT-Rを育てることができるからです。歴史的な名車であるスカイラインGT-R、レース用として使うことを視野に入れた名器と呼ばれるRB26DETTエンジン、これらを手に入れられるのは現在中古車市場に出回っている今しかありません。ぜひこの機会にスカイラインGT-Rを検討してみてはいかがでしょうか。 伝説となるスカイラインGT-R 日本のみならず海外からも評価が高く人気が高いスポーツカー日産スカイラインGT-R。間違いなく日本の宝であり自動車史に残るモデルです。日本の技術、日産の技術力を世界に示したスカイラインGT-Rの功績はスカイラインGT-Rが消えたとしても語り継がれることでしょう。スカイラインGT-Rとしての歴史は2002年に幕を閉じましたがスカイラインから独立したGT-Rは2007年からR35型GT-Rとして今も歴史を刻み続けています。
2014年、レクサスが世に送り出したパーソナルラグジュアリー2ドア4シータークーペレクサスRC。このレクサスRC開発の裏にはレクサススポーツ「F」の存在がありました。今回はレクサスRCの頂点に位置するRC Fについて深く掘り下げていきましょう。RC Fの成り立ち、RC F開発秘話、RC Fの実力、RC Fオススメスペックなど紹介します。 特別なRC「Lexus RC F」 レクサススポーツを象徴する称号として、パフォーマンスに優れたスポーツモデルに与えられるエンブレム、それが「F」です。この「F」の由来はレクサスの開発拠点でもある富士スピードウェイの頭文字の「F」です。レクサスのパーソナルラグジュアリースポーツクーペRC FはRCの持つ「エモーショナルな走り」「アバンギャルドなクーペ」という開発コンセプトはそのままにエンジン、足まわり、空力パーツなどは専用装備。「走りを楽しみたい人なら誰でも、運転スキルに関係なく笑顔になれるスポーツカー」を目指して作られています。全長4,705mm全幅1,850mm全高1,390mm車両重量1,790kg(カーボンエクステリアパッケージの場合1,780kg)。 F専用漆黒メッキグリル、フロントバンパー両サイドにはオイルクーラー開口部を設け、エンジンフード上にはエアアウトレット、速度によって制御が行われるアクティブリアウイングがエクステリアで特徴的な部分。室内にはヘッドレスト一体型ハイバックスポーツシート、ドライブモードにより表情が変わる専用メーターを装備しています。後輪駆動車としては世界初の駆動力制御システム「TVD(Torque Vectoring Differential)」を設定。走行状態に関わらず後輪左右の駆動力を電子制御で最適化するシステムをメーカーオプションにて選択することができます。さらに軽量化を目的としたカーボンエクステリアパッケージも設定。ボンネット、ルーフ、リアウイングがカーボン製になり約10kg軽量化することができます。重たいボンネットやルーフを軽量化することで重心高を下げることができるのもメリットのひとつ。このカーボンボンネットとカーボンルーフはレクサススポーツの頂点「LFA」が作られていたLFA工房にて生産されています。 搭載されるエンジンは最高出力、RC Fの実力 レクサスRC Fに搭載されるエンジンは最高出力477PS/7,100rpm 最大トルク54.0kgm/4,500-5,600rpm V型8気筒5.0L自然吸気エンジン。このV8エンジンはかつてレクサスが販売していた初めての「F」モデル「IS F」に搭載されていたエンジンを大幅にリファインしたもの。2007年にデビューしたレクサス初のFがIS F。IS Fをリリースした頃はレクサス開発陣もスポーツモデルをどのように作っていいのかわからず模索しながら作っていましたが、IS Fの生産が終了するまでの6年間、改良を続けることによってどのようにスポーツモデルを作っていけば良いのかというノウハウを手に入れてきたと開発責任者は話しています。ターボなどの過吸に頼らず大排気量自然吸気エンジンを高回転まで回す喜びは今やレクサスFかイタリアの自動車メーカーほどにまで減ってきている絶滅危惧種。 ターボやスーパーチャージャーでは得られない回転フィールや力が涌き出ていく感覚を日本車の新車で手に入れることができる貴重なハイパフォーマンスエンジンがレクサスFに搭載されているエンジンなのです。組み合わされるトランスミッションは8速ATの「8-speed SPDS」。近年、欧州車やスポーツカーに搭載されることの多い2ペダルMTいわゆるデュアルクラッチトランスミッションではなく、通常のオートマチックトランスミッションを搭載しているRC F。しかし、この8速ATは、ほぼ全域でロックアップするだけでなく変速レスポンスも素早いという特徴を持っているため2ペダルMTに遜色のない仕上がりになっています。エンジンやトランスミッションだけでなくこれらのパワーを支えるサスペンションや制動を確実なものにするブレーキも専用にチューニングされたものが与えられています。 RC F開発にあたっては世界中のあらゆるサーキットを走り込み開発されたこともありサーキットでの限界性能を引き上げるだけでなく、パーソナルラグジュアリークーペとして街中でも快適な走行を楽しめるセッティングを施しているのです。乗用車からしたら確かに硬めの足まわりでゴツゴツした感覚もありますが、ボディ剛性やしっかりとホールドするスポーツシートにより不安感なくスポーツドライビングを楽しむことができます。もうひとつRC Fのポイントはサポート性に優れたスポーツシート。このスポーツシートは身体にピタッとフィットする形状になっています。シートの縫製パターンもヒトの骨格や筋肉の流れに沿ったパターンを採用。これにより適正な姿勢を作ることができ身体に負担をかけずにハンドルやアクセルの操作に集中できます。適正な姿勢を保持してくれるスポーツシートは腰痛まで治してくれる効果もあるようです。 RC Fを手にするならこれ! レクサスRC Fはグレード展開が基本的にモノグレードであるため主な違いは外装色や内装色、パッケージオプションが装着の有無によって変わって価格が変わってきます。新車価格は標準のレクサスRC Fは982万4,000円、カーボンエクステリアパッケージは1,059万4,000円となっています(2018年12月現在)。現在新車で販売されているRC Fには予防安全装置「Lexus Safety System+」や運転支援システムが標準装備され安全性の高いハイパフォーマンスパーソナルラグジュアリークーペへと進化しています。2018年はじめには、35台数限定特別仕様車「F 10th Anniversary」を販売。特別装備として、専用ボディカラーのマットマーキュリーグレーマイカ、専用ブルー内装色、専用エアロパーツ、専用ホイール、専用ブレーキキャリパー、専用チタンマフラーなどブルーを基調とした特別な仕様となっています。中古車情報を見てみると、デビュー当時(2014年モデル)のRC Fは500万円~リセールしています。台数限定特別仕様車もごく稀に出回っています。純粋にレクサススポーツの最高峰RC Fを楽しむのであればベースのRC Fで十分に楽しめます。今では貴重な大排気量自然吸気エンジン、スポーツシートが奢られ専用チューニングが施されているRC Fは素の状態でもパフォーマンスに優れ満足度の高いレクサススポーツなのです。 〈オススメまとめ〉 ・オススメは標準グレード「RC F」 ・2018年時点での新車本体価格は9,824,000円 ・中古車「RC F」であれば5,000,000円程度 Fの価値とは レクサスがリリースしているハイパフォーマンススポーツモデル「F」。「RC F」の開発を担当し、かつてリリースしていた「IS F」を提案、「F」ブランドを立ち上げ、スポーツグレードを「Fスポーツ」に統一した人物がレクサスインターナショナル矢口幸彦主査。矢口主査はレクサス「F」について、「僕たちはIS FとかRC Fを作っているのではなく「F」を作っているのです。レクサスとしてエモーショナルを訴求するするということが「F」にとって大きいわけです。幅が広く懐が深く、プロが乗っても、免許取り立ての人が乗っても楽しいモデル。」と話しています。誰が運転しても楽しめる安全なハイパフォーマンススポーツカーがレクサス「F」の価値なのです。乗り手を選ぶ車ではなく万人が楽しいと思えるクルマ、アマチュアからプロまで多くの人に満足してもらえるスポーツモデルがレクサス「F」。このような想いを形にしたモデルがレクサスRC F。今後もレクサススポーツ「F」が進化し誰もが安全に楽しめる刺激的なモデルをリリースしてくれるのを期待したいですね。