「車売却ってそもそもどんな流れなのか」「車の相続について相談したい」など車売却をご検討の際に出てくる悩みに無料でお答えいたします!
【相談例】
● 車売却のそもそもの流れが分からない
● どういった売り方が最適か相談したい
● 相続で車を売りたいけど売り方が分からない
● 二重査定や減額について知りたい
など
バブル景気に湧いていた1980年代後半に、「シーマ現象」という社会現象まで引き起こした高級車があります。 255馬力ものパワーを発生する、新開発のV型6気筒DOHCターボエンジンに、先進のエアサスペンションを装備し、最上位グレードは500万円超にもなった、日産 Y31シーマをご紹介します。 バブルという時代を反映して生まれた、初代シーマY31型 日産 Y31シーマは、既に販売されていたトヨタの高級車、クラウンの3ナンバーモデルに対抗するために開発されたピラーレスハードトップ車です。 当時クラウンを始め他社の3ナンバー車は、5ナンバー車の派生という位置付けだった中、Y31シーマは3ナンバー車専用車種として開発されました。この点がクラウンとの差別化にもつながり、ベースグレードでも300万円超という価格にも関わらず、販売初年度で36,400台の販売するほど大ヒット。「シーマ現象」という言葉まで生まれたのです。 バブルの象徴シーマ現象 Y31シーマ発売当時の日本は、いわゆるバブル景気の絶頂期を迎えようとしていたタイミング。高級志向が加速して、とにかく高価で高級ものを買うことが正義といった風潮がありましたした。 最上位グレードが500万円超にもなったシーマは、とにかく高いものを買いたいという当時のニーズに見事にマッチ。高級3ナンバー車としては、異例の大ヒットとなったことで、シーマ現象という言葉が生まれたのです。 伊藤かずえさんも乗っている Y31シーマシーマ発売当時から、今も女優として大活躍している伊藤かずえさんも、有名なシーマオーナーです。 当時から30年以上乗っている伊藤さんの所有しているモデルは、もちろん最上位のタイプIIリミテッドで、255馬力のVG30DETエンジンを搭載。日産自らが伊藤さんのシーマのレストアを行うことを発表し、大きな話題になりました。 国内最強の255馬力を発生する新開発エンジン Y31シーマに搭載されたエンジンは、NAとターボの吸気方式の異なる2種類の3リットルエンジン。どちらのエンジンも国産初のV型6気筒エンジンとなったVG型エンジンをDOHCモデルに進化させ、NAエンジンのVG30DEは、スポーツカーとして人気の高かったZ31フェアレディZにも搭載されていました。 さらに、新開発となったターボ仕様のVG30DETは、255馬力ものパワーを発揮しています。 上位グレードに搭載の255馬力ターボエンジン 上位モデルのタイプII-sとタイプIIリミテッドに搭載された新開発のVG30DETは、255馬力を発生し、当時、国産最強エンジンとも言われました。そんな最強エンジンのハイパワーを受け止めるには、Y31シーマのシャシーはやや役不足。アクセルを踏み込むリアが大きく沈み込み、ウィリーをしそうになるほどの爆発的な加速を見せます。 この尻下がり加速姿勢は、エンジンがシャシー性能を上回っていたことに加え、バイクのスイングアームのように後輪を前側から引っ張る形のセミトレーリングアームというサスペンション構造を採用していたことも大きな要因でした。押し出し感と威厳のある顔つきのY31シーマが、時にはお尻を擦りながら猛然と加速していく姿は、みんながパワフルだったバブル期を象徴する景色だったとも言えるでしょう。 エアサスについて 高級車として開発されたY31シーマは、足回りもエアサスペンションを装備するという豪華仕様。通常のバネを使用したモデルもありますが、やはりY31シーマを語るのであれば“エアサスモデル”は外せません。 先進の技術で高度なコントロールが可能だった Y31シーマのエアサスは、4つのモードを選択すると、走行状態や路面状況に応じて、車高、バネレート、減衰力をそれぞれ自動で制御する電子制御式。例えば、スポーティモード選択時に高速走行を行うと、車高が低くなり、減衰力がミディアムに制御され、走行安定性を確保します。 泣きどころは壊れやすさと高額な修理費用 ユーザーの好みにセッティングできるエアサスですが、最大の弱点は、お約束とも言われるほど故障が多かったこと。数年経つと発生する故障で、特に多かったのはエア漏れです。 エア漏れの原因は、エアチャンバー(空気バネ)本体の破損やパイピングの継ぎ目などさまざま、最悪の場合、数十万円以上の費用がかかることもあります。また、例え過去に修理したことがあったとしても、数年すると再び故障する可能性も低くありません。そこで、純正のエアサスを取り払い、社外品の車高調整式サスペンションに交換するユーザーも多くいます。 まとめ Y31初代シーマは、高額でも飛ぶように物が売れたという“バブル”の時代背景を追い風に、ボディ、エンジン、足回りと惜しげもなく資金を投入して開発されました。当時の国産車ではまだ限られていた、3ナンバー車の大きな車体、豪華な内装、そして高級車とは思えないパワーと加速性能、文字通り日産の技術を結集。当時の国産車の中で、最高峰に君臨するマシンであったことは間違いありません。 当時新開発だったVG30DETは、同じくV6エンジンで現在も製造されている、VQ型エンジンの礎となり、3ナンバー専用車種としてヒットしたことは、Y31シーマの翌年に発売されたトヨタ セルシオの登場にも大きな影響を与えたと言われています。 あまりにも爆発的に売れ、時代を象徴する存在にまでなってしまったY31初代シーマは、“バブルの徒花(あだばな)”と言われてしまうことも少なくありせん。しかし、効率重視の現代からすれば無駄と言われてもおかしくないほどの開発費を投じたことは、決して無駄ではなかったのです。 [ライター/増田真吾]
トヨタを代表するスポーツカーであるスープラは、2019年に新型GRスープラが復活し大きな話題となりました。ところが先代に当たるA80型スープラの人気は衰えることはなく、状態によっては1000万円を超える車両も存在するほど高い人気を誇っています。A80型スープラがそこまで人気となっている秘密と、その魅力について見ていきましょう。 90年代のトヨタフラッグシップスポーツ! スープラとしては4代目(日本では2代目)に当たるA80型スープラは、NA(自然吸気)仕様のSZとツインターボエンジンを搭載するRZをラインナップ。排気量は3.0リッターのみで、NA使用は225馬力、ツインターボ仕様は自主規制いっぱいの最高出力280馬力、最大トルク46.0kgf・m(1997年のマイナーチェンジ後)を発生します。 先代のA70型に比べ、全長は100mm、ホイールベースは45mm短縮。丸みのあるマッシブな見た目とは裏腹に、コーナリングマシンとしての側面を持ちます。 トランスミッションは、国産車初のゲトラグ製の6速マニュアルミッションを搭載。その走りは世界一過酷と言われるドイツ ニュルブルクリンクで鍛え上げられ、ハイパワーFRでありながら高いコントロール性を誇ります。また、モリゾウことトヨタ自動車社長の豊田章男氏が、マスタードライバーになるための訓練としてA80型スープラでニュルブルクリンクを走るなど、現在もトヨタの訓練用車両として活躍しています。 極上のマニュアルモデルは1000万円超! A80型スープラの中古車相場はかなり高騰。もっとも新しいモデルでも2002年製であるため、流通している台数が少ないこともありますが、一般的な中古車と比較すると、かなりのプレミア価格となっています。 原稿執筆時点の2020年10月の中古車情報を確認すると、もっとも安い車両は、1995年式 走行距離約8万km SZ ATモデルで約280万円。年式のわりに走行距離が少なめではありますが、もっとも人気のないNAのATモデルであるため割高感があります。 一方、価格応相談を除きもっとも高いモデルは、1994年式 走行距離1万km RZ 6MTモデルで、その価格はなんと1000万円オーバー。同モデルの新車価格は約440万円であるため、やはりかなり相場が高騰しているということがわかります。 あえての右ハンドルがアメリカで人気 スカイラインGT-Rをはじめとして、1990年代から2000年代前半に発売された日本製スポーツカーの中古車相場が軒並み高騰しています。その原因の一つが、アメリカの25年ルール。これは、もともとアメリカで右ハンドルの車を売ることができなかったところ、製造から25年が経過すると販売と登録が解禁される制度で、アメリカのバイヤーは25年の解禁を待って、日本の中古車を買い付けているのです。 A80型スープラは、まさにこの25年ルールに当てはまっています。さらに言えば、映画ワイルドスピードのヒットにより、“右ハンドルの日本車”が好まれるため、もともと左ハンドルの北米モデルがあるにもかかわらず、日本で販売されていたA80型スープラの中古車価格が高騰しているのです。 雰囲気を味わうだけならNAのATモデルがおすすめ これ以上価格が上がる前に、なんとかA80型スープラを購入したいと考えている方も多いと思いますが、余程強いこだわりがない限り、NAのATモデルをおすすめします。もちろん、A80型スープラと言えばツインターボの6速!といいたいところではありますが、やはり中古車としては高すぎると言わざるを得ません。 また、いくら高性能なFRスポーツとは言え、年式と走行距離からくる“ヤレ”は避けることができず、本来の走りを取り戻すためには相応のメンテナンス費用を覚悟する必要があるでしょう。 NAでは物足りないのでは?と思うかもしれませんが、最新のエンジンに比べ複雑な制御が介入していない分、直6大排気量NAの滑らかでトルクフルな感触をダイレクトに楽しむことができます。 リセールバリューは高値安定 A80型スープラが2002年に販売を終えてから、およそ17年後に5代目スープラ(DB型)が復活。BMWとの共同開発で誕生し、BMW Z4の兄弟車としても大きな話題となりました。そんな現行型スープラは、当然のことながらA80型スープラよりも高い走行性能と最新の安全装置を備えていますが、なんでも新しければ良いと言い切れないのが“車”という文化の面白いところ。 最新型が発売されてもA80型スープラの人気は衰えることはなく、余程保管状態が良くない、または修復歴車でもない限り、買取相場が落ちることはないでしょう。 ただし、A80型スープラならどんな店舗でも高く買ってくれるかと言えばそうではありません。そのため、今回の記事でご紹介したようなA80型スープラの価値をしっかり理解している買取店に相談することが大切です。 [ライター/増田真吾]
三菱 ランサーエボリューションは、通称ランエボと呼ばれ、その類まれな高い走行性能により、多くのファンから愛され、モデルの種類がざっくりと分けても10種類もあります。そこで、ランエボの各モデルの紹介とともに、その中でも性能が突き詰められ、ファンの間でも人気が高い「V」~「IX」に焦点を当ててご紹介していきます。 24年間を走り抜けたランエボの歴史 小型軽量なボディに、ハイパワーなターボエンジンに4WDを組み合わせ、今現在も絶大な人気を誇るランエボの歴史は、1992年に限定2500台で発売された初代ランサーエボリューションから始まります。 第一世代と呼ばれるランエボ「I」から「III」では毎年改良が行われ、250PSだった2.0Lインタークーラーターボエンジン「4G63型」は、ランエボIIIでは270馬力までパワーアップされます。 そして、ベースであるランサーのフルモデルチェンジに合わせ誕生したランエボIVで、エンジンの最高出力は当時の自主規制枠いっぱいの280PSを発生。さらに電子制御式の車両運動統制デフ「AYC(アクティブ・ヨー・コントロール)」を初採用し旋回性能とトラクション性能を飛躍的に向上させました。 頭打ちの馬力からさらに性能を伸ばした「V」 ランエボの主戦場であるWRCでは、1997年から「WRカー規定」が導入される中、1998年に発売した「V」以降ではそれまでのWRC規定の「グループA」のまま参戦。よりも改造範囲が拡大された「WRカー規定」の導入により、ブリスターフェンダーを装着してトレッドを拡大したするとともに、タイヤサイズは「IV」の205/50R16 から225/45R17へとサイズアップしました。 「IV」の時点で当時の280馬力の自主規制値に達していましたが、ピストンの軽量化やタービンの改良、大容量インタークーラーの採用により、最大トルクをそれまでより2kgmアップの38.0kgmとし、低回転からの加速性能を底上げ。1998年のWRCでは年間13戦を上げ「マニュファクチャラーズチャンピオン」を獲得します。 ストイックなチューンナップで快挙を達成した「VI」 1999年にはフロントバンパー形状の変更やリアスポイラーの2段化、大型オイルクーラーを装備し、主に空力性能と冷却性能をアップした「VI」が登場します。 バンパー形状変更やオイルクーラーへの走行風を当てるために、ナンバープレート位置は助手席側にオフセット。ランエボのチャームポイントともいえる助手席側にずれたナンバーは、この「VI」から採用されていました。この「VI」において、ラリードライバー「トミ・マキネン」が「III」から数えて4年連続でWRCチャンピオンを飾るという快挙を果たします。 新世代の「VII」はACDの導入で運動能力を強化 フルモデルチェンジを経て、第3世代を迎えたランエボ「VII」は2001年に登場します。 2000年に発売された「ランサーセディア」をベースにしたことで、それまでよりもホイールベースとトレッドを拡大。ボディは軽量化を努めたうえに、剛性は従来の1.5倍と、工夫が凝らされたモデルでした。エンジンの最大出力は280psから変わりませんが、最大トルクは39.0kg・mとさらに力強さを増しています。 そして、「VII」から初搭載された新開発の「ACD(アクティブ・センター・デフ)」はセンサーから路面状況を判断し、ドライビングに合わせた適切なトルク配分を電子制御で行ってくれるという優れもので、それまでのAYCと組み合わせることでさらに高い駆動能力と旋回能力を得ることに成功。ACDには「舗装路(TARMAC)」、「未舗装路(GRAVEL)」、「雪道(SNOW)」と、3つの走行モードが設けられ、、日常走行にも役に立つシステムになっています。さらにランエボでは初のATグレードの「GT-A」が登場するなど、ライトユーザーにも合わせた販売展開を見せていました。 「VIII」で性能はさらに突き詰められ、「8.5」まで登場 2003年には、特徴的な富士山型のグリルにより、顔の雰囲気が変わった「VIII」が登場しました。 4G63エンジンは未だ継続ながらも、ターボチャージャーにさらなるセッティングを施し、最大トルクは40.0kg.mに到達します。そして駆動系には、それまでのAYCの性能を見直した「スーパーAYC」が装備され、旋回性能がアップ。前後に配分される駆動力の限界値を2倍まで増やし、さらに強いトルクをかけられるようになったことで、唐突なアンダーステアは起きにくくなっています。 また、ランエボ「8.5」ともいわれる「ランサーエボリューションVIII MR(ミツビシレーシング)」が2004年に発売。国産量産車では初となるアルミ製のルーフパネルを採用し、4kgの軽量化。ショックアブソーバーはビルシュタイン社との共同開発で操縦性を向上し、最大トルクを40.8kg.mまで引き上げるなど、「VIII」の完成度をさらに高めています。 「MIVEC」でさらに躍進する「IX」 2005年には、最後の4G63エンジン搭載車となった「IX」が登場します。 最大出力は変わらず280PSのままでしたが、ターボチャージャーのコンプレッサーの仕様変更と、連続可変バルブタイミング機構の「MIVEC」の採用により、最大トルクは41.5kgmまで増強。低回転から高回転までパワーを無駄なく、存分に発揮できるようになりました。 「IX」では珍しい試みとして、2500台の限定生産でランエボのステーションワゴンタイプも発売されました。「エボワゴン」は日常での使用を考慮した形でありながらも、ベースの「IX」から性能はほぼ落とさず、車両後部が重くなったことにより、車両バランスはむしろ改善されているという変わり種のモデルです。 最強にして最後のランエボ「X」 そして、2007年には、これまでのランサーからギャランフォルティスにベースを変更した、ランサーエボリューションXが登場します。 新開発の4B11型MIVECインタークーラーターボエンジンを搭載し、前期モデルは280ps、2008年以降の後期モデルは300psを発生。トランスミッションは5MTのほか、AT限定免許でも乗れるツインクラッチの6速SST が組み合わされます。ランエボの速さを決定づけてきたと言っても過言ではない4WDシステムは、これまで熟成してきたあらゆる電子制御デバイスを統合制御するS-AWDを採用。駆動力と制動力を4輪それぞれで高度に制御し、あらゆる路面状況で高い安定性と操作性を誇ります。 そんなランエボXですが、2015年4月に限定1000台で発売された「ランサーエボリューション ファイナルエディション」で生産を終了。ランエボ約24年間の歴史に幕を下ろすことになりました。 「トミー・マキネン」の名を冠したハイチューン公道マシン 4年連続ドライバーズタイトル獲得を祝して、2000年には特別仕様車「ランサーエボリューションVI トミー・マキネンエディション」が発売されます。 チタンアルミ製のハイレスポンスターボチャージャーを採用し、最大トルクの発生回転数を3000rpmから2750rpmまで下げ、低い速度域からの加速性能をアップ。舗装路用の専用サスペンション、新開発の大口径スポーツマフラー、フロントストラットタワーバーを装備して車高はローダウン化など、コンセプトは公道向けとしながらも、ほぼレーシングマシンのようなスパルタンな仕様です。 そして装着されるレカロ製バケットシートには「TOMMI MAKINEN」の名が刺繍されており、特別感を演出。「トミー・マキエディション」は現在でもその人気は途絶えず、ファンからは「ランエボ 6.5」の愛称で親しまれています。 中古車市場でもかなりの人気 世界的にも人気のラリードライバー、トミー・マキネンの名を冠し、ターマックようにチューニングされた「ランサーエボリューションVI トミー・マキネンエディション」は、現在でも人気のモデル。 その証拠に、現在の買取相場情報を見ると100~700万円程度と、状態によってはかなりの高値買取が期待でき、20年以上前の車と考えればかなり高値で推移していることが分かります。また、トミー・マキネンエディションと同じくらい人気があるのが、ランサーベース最後のモデルとなる「IX」です。 買取相場はGSR エボリューションIXが130~350万円、GSR エボリューションIX MR200~500万円と、こちらもかなりの高値で取引されています。 まとめ ランエボは長い歴史の中で多くのエボリューション(進化)を遂げてきました。 第一世代の「I」から「III」はまだ未成熟ではありますが、その分車重が軽く、最大出力も250ps~270psと現在でも十分通用するスペックを持ちます。第二世代の「IV」から「VI」では最大出力が自主規制の280psに達したことにより、トルクの増強をはじめとした最新技術をフル活用。WRCでも大活躍を果たしたもっとも脂の乗った世代です。 第三世代の「VII」から「IX」はボディサイズが多少大きくなったものの、ACDやMIVECの採用、強化グレードの「MR」の登場など、それまでの知識と経験を総動員し、まさしくメーカーチューンドの究極モデル。第四世代の「X」はベース車やエンジンの変更があり、それまでのランエボからは風変りしましたが、最高出力、最大トルクともに大幅アップし、まさに最終モデルにふさわしいスペックです。 三菱 ランサーエボリューション、通称ランエボは初代から戦うための車として生まれ、エンジニアの知恵と努力の結晶のような車です。どの世代のモデルでもユーザーの満足のいく走りを見せてくれるのは間違いありません。 [ライター/増田真吾]
登場から20年以上経った中古車でありながら、新車価格のおよそ5倍の3,000万円以上で取引される国産スポーツカーがあります。それが、WRC3連覇を記念して1998年3月に400台限定で販売されたスバル インプレッサ22B-STiです。 専用設計のエンジンや、ワイド化が特徴で、メーカーが改造車検を取得した「改」の文字が車検証に記載されるのも特別感を演出します。 今回は、インプレッサ22B-STiの凄さを、スバルの本気度と共にお伝えします。 スバルのWRC挑戦の歴史 スバル、そしてインプレッサを語る上で、世界最高峰のWRCでの活躍の話は避けて通れません。まずはWRCにおけるスバル参戦の歴史を簡単に振り返ってみましょう。 乗用車型4WDをWRCに初めて持ち込んだのがスバル 国内メーカーとしてやや参戦は遅かったものの、スバルはWRCに新たな歴史を刻みました。当時FRが常識だったラリーに、スバルは1980年にレオーネ4WDで乗用車型の4WDを初めて持ち込んだのです。 その後スバルがWRCに本格的に参戦したのは、水平対向エンジンと4WDが成熟し始めた、初代レガシィの登場から。しかし、レガシィは、最終年に念願の初優勝を果たしたものの、全体としてはあまり芳しい成績を残すことができませんでした。 WRCで勝つために開発されたインプレッサ 思ったような成績が残せなかったとはいえ、確かな手ごたえを得たスバルは、WRCで勝つことを念頭に置いた新モデルを開発することになります。それが、初代レガシィよりもコンパクトなボディを持ったインプレッサです。市販車をベースにしていたことには変わりありませんが、インプレッサは開発意図通り目覚ましい成績を残します。 参戦2年目となる1994年には、マニュファクチャラーズ2位を獲得。そして、参戦3年目の1995年から1997年にかけ、マニュファクチャラーズタイトルWRC 3連覇を成し遂げます。(1995年はドライバーズタイトルも獲得しダブルチャンピオン) WRブルーと呼ばれ、今ではインプレッサの色として定番となった青色のボディ色は、この時の目覚ましい活躍によって、人々の心に焼き付けられました。 この3連覇と、スバルの40周年を記念して、1997年のWRC参戦モデルの再現を目指して開発されたのが、インプレッサ22B-STiです。 WRカー再現を追求した22B-STi インプレッサ 22B-STiは、1997年のWRカー再現モデルとして開発され、1998年3月に発売されました。 公道を走れるようにするため、車検に通る仕様なのは大前提ですが、その制約の中で最大限WRカーを再現しようとした結果、車検証に「改」と記載された改造車検を取得。わざわざ手間のかかる登録作業をしてまで、市販化を実現させたスバルの意気込みを表しています。 手作業で取り付けられた専用開発パーツ 22B-STiのために開発された専用のエンジンは、2.2Lにサイズアップがされており、馬力こそ自主規制いっぱいの280馬力に抑えられているものの、低中速トルクを大幅に改善。また、WRカーを再現するため、外装パーツなど多くの専用品が開発されたのも特徴です。ほとんどの専用パーツは、別工場に運び、ほぼ手作業で取り付けを行うほど、スバルは力を入れて開発、生産を行いました。 価格が高くても大人気 新車価格は500万円と、通常のSTiが約300万円だったことを考えると割高感があります。しかし、限定400台を2日間で完売してしまうほどの人気を博しました。この人気は現在でも続いており、中古車価格は数百万円以上と高止まり。走行距離が少なく状態の良い個体なら、3000万円以上で取引されることも珍しくありません。 通常のWRX-STiとの比較で見えてくる22B-STiの凄さ スバルが22B-STi 開発時に、いかに力を入れていたのかについて、さらに詳しく見ていきましょう。22B-STiは、何がすごかったのか、通常のWRX-STiモデルと、主な部分を比較しながらご紹介します。 「改」マークを取得のワイド化されたボディ 見た目でまず違うのがボディサイズです。全幅は1690mmから80mmもワイド化し1770mmとなっており、インプレッサワールドラリーカー’97と同じルックスのブリスターフェンダーを再現しています。メーカーが特別車を販売しても、元の車検サイズの範囲内でエアロパーツを装着する程度でお茶を濁すことが通常です。しかし、スバルはWRカーの忠実な再現を目指したため、元のサイズに収まらず、新たに公認車検を取得し、車検証にはオリジナルのGC8ではなく、「GC8改」と記載されています。 弱点を補った新開発エンジン エンジンは専用設計のEJ22型、排気量2.2Lエンジンを開発。元のEJ20型から200cc大型化し、インプレッサの弱点であった低中速域のトルクを大幅に向上させました。最高出力こそ、自主規制いっぱいの、280馬力と、EJ20型と同様ながら、最高出力の発生回転数が500回転も下の6,000回転になった点からも、EJ20から大幅に扱いやすいエンジンであることがうかがえます。 ドライブフィールはまさにWRカー ドライブトレインでまず特徴的なのが、ツインプレートクラッチの採用です。ツインプレートクラッチは、シングルプレートと比較して、クラッチの圧着力が高いため、エンジンパワーを逃さず伝達することが可能になります。 一方で、ツインプレートクラッチは、クラッチの踏力がより必要だったり、クラッチミートにコツが必要だったりと、一般車両に搭載するにはデメリットの多く、純正で採用している車両はほとんどありません。22B-STiでは、このデメリットを減らすよう改良を加えているものの、ツインプレートクラッチを採用するスバルの本気度には脱帽です。 また、エンジンのトルクアップに対応して、メインシャフトが強化されていたり、クラッチシステムの軽量化が図られていたりと、エンジンのみならず、トランスミッション周りも専用設計と呼べるほどのリファインが施されています。 まとめ 中古車価格が約3,000万円と、もう少しで新車のフェラーリでも買えそうな金額にも上ることから見ても、スバル インプレッサ22B-STiの人気が今でもことが分かります。 限定400台という希少性も価格高騰の理由ではありますが、ただの特別使用車ではなく、公道を走れるレースカーをメーカーが本気で作ったと言う、特別感満載の22B-STiには、車としてもそれだけの魅力と価値があると言えるでしょう。 [ライター/増田真吾]
時代が変わっても愛車を自分の好みにカスタムするのは、車好きにとって不変的な楽しみです。旧車と呼ばれる車の定番カスタムと言えば、深いリムのホイールと迫力満点のワークスフェンダー。今回はそんな古より伝わるカスタム手法マイナスオフセットによる深リムと、ワークスフェンダーについてご紹介します。 愛車の見た目を大きく左右するオフセットとは? まずホイールを真横からみた断面図を想像してください。ホイールにおけるオフセットとは、ホイール幅(リム幅=JないしJJで表示される)の中心線から取り付け面(ハブ接合部)までの距離を指します。 その中心線よりも取り付け面が内側に入るものがアウトセット(マイナスオフセット)、取り付け面が中心線と同じ場合がゼロセット(オフセット±0)、取り付け面が外側に出るものがインセット(プラスオフセット)と呼ばれています。 まずは純正のホイールサイズを知る ホイールサイズを知りたい場合は、内側の刻印やステッカーなどを見るのが一番。例えばR32GT-Rの純正アルミホイールは「8JJ×16+30 114.3/5H」です。表記順に「リム幅(フランジ形状)ホイールオフセット量(mm表示) P.C.D. /ボルト穴数 」となります。つまり32GT-Rの純正アルミホイールのオフセット量はプラス30mmです。 これら純正標準ホイールのサイズは、足元をカスタマイズする際の基準となる数値であり、この数値に基づいてサイズを計算する必要があります。 ツライチカスタムを実現するには正確な計算が必要 よく聞く「ツライチ」とは、ホイールの外面がフェンダーとまったく同じであることを指します。タイヤをいっぱいまで出すことで、タイヤとホイールの存在感を増すのと同時に、見た目の踏ん張り感を強調する定番のカスタム手法です。しかし、ビシッと決まったツライチを実現するためには、ホイールのオフセットをきちんと計算する必要があります。 これから取り付けるホイールのオフセットを計算する際には、インチで表記されたホイールのリム幅をmmへ換算して合算。次にその合算した数字を2で割るとリム幅の中心までの長さがわかります。 そしてようやく、取り付け面からホイールの外側、または内側へどれだけ飛び出るのかあるいは入り込むのかを知ることができるのです。 力強い足元を演出する“深リム”とは ツライチのほか、愛車の足元を力強く見せる大きな要素の一つが「深リム」です。深リムとは、ホイールのディスク面から外に位置するアウターリムの奥行きが深いことを指します。つまり、先述したオフセットがマイナスになるほど、インナーリムよりもアウターリムが大きくなり、結果的に“深リム”となるのです。 深リムホイールを選びやすい旧車ならではの特徴 旧車のカスタムではこの深リムが人気ですが、旧車で深リムホイールを装着しやすい理由は2つあります。まず1つ目は、スペース効率を最優先にするため、タイヤをもともと四隅に追いやっている現代の車に比べ、タイヤの取付け位置(ホイールハブの位置)が奥まっていること。そして、もう一つがABSをはじめとした電子機器やマルチリンクなどの複雑な足回り構造を持たないことです。 タイヤの取り付け位置が奥まっていることで、マイナスオフセット気味にしてもタイヤがはみ出し難くなります。また、サスペンションやタイヤハウス内の構造がシンプルなため、ハンドルを切った際にフロントタイヤが足回りやタイヤハウスに干渉しにくく、より幅広いサイズのホイールが選びやすいのです。 ちょい悪がカッコいいワークスフェンダー オフセットの章でも触れたように、車のボディよりもタイヤがはみ出てはいけません。(2017年の改正により“タイヤのはみ出し”は10mmまでOK)そのため、より太いタイヤを履き、走行性能を上げたいスポーツモデルは、オーバーフェンダーを付けることでクリアしてきました。 そんなオーバーフェンダーにはいくつか種類があり、レースに出場していたレーシングカーは、純正よりも迫力のある大型のオーバーフェンダーを装着。ハコスカGT-Rやセリカなど、メーカー系のワークスチームがこぞって装着していたことから「ワークスフェンダー」と呼ばれるようになります。 本来レースでの勝利を目指して開発されたワークスフェンダーを付けることで、より硬派な見た目に仕上げることが可能。また、より太いタイヤを装着し外側に出ることで、安定感のある見た目が手に入ります。ただし、もともとの横幅より20mm(片側10mm)以上広がる場合は、構造変更(構造等変更検査)を受けなければ車検を通すことができません。 現行モデルにも応用できる普遍的な旧車カスタム 旧車カスタムの定番である深リムやワークスフェンダーですが、旧車だけでなく現代の車にも応用できるカスタム手法です。ディスクの形状を工夫することで深いリム幅を実現したホイールや、あえて後付け感を出したボディキットなども市販されています。 今まさに旧車に乗っている方はもちろん、現行モデルに乗っている方も、不変的な魅力を持った深リムやワークスフェンダーを楽しんでみてはいかがでしょうか。 [ライター/増田真吾]
惜しまれつつも、2022年3月に生産終了を発表したホンダのオープンスポーツカー S660。軽自動車でありながら、ピュアスポーツを体現したドライビングは多くのファンを獲得し、生産終了発表後は注文が殺到したことで、瞬く間に受注が終了してしまいました。今回は、ルーツともいえる「Sシリーズ」について触れつつ、S660の誕生から生産終了までを振り返っていきたいと思います。 目指したのは速さよりも運転の楽しさ S660が誕生したのは、ホンダの創立50周年記念の新商品提案コンペにて提案された軽スポーツカー「ゆるすぽ」がきっかけでした。速さよりも運転する楽しさを重視し、誰でも乗れる車というコンセプトのゆるすぽはコンペのグランプリを獲得。当時22歳の若さで開発責任者に抜擢された椋本陵氏は、苦難を乗り越えながらもミッドシップの軽オープンカー、S660を完成させます。 ホンダのミッドシップと言えば、1991年に登場したビートを思い浮かべる方も少なくないでしょう。S660はそんなビートの後継モデルと思われがちですが、それは違います。ビートに搭載されていたE07A型エンジンは、NAでありながら自主規制いっぱいの64psを発生しつつも、最大トルクは6.1kgmと決して高くありません。そのため絶対的な速さよりも、ノンパワステのステアリングを握り、運転そのものを楽しむゴーカートのような性格です。 その点、2015年4月に発売されたS660は、上まで回るハイパワーな高回転ターボエンジンと痛快なハンドリング性能、さらに質感の高い内装が話題を呼び、納車が1年待ちになるほどの大ヒットを記録。しかし、騒音や燃料蒸発ガスなど新しい法規制への対応が困難になり、S660は2022年3月には生産を終了する旨を公表したのです。 最後のModulo Xを発売するも即完売 2021年3月の生産終了発表と同時に、特別仕様車として「S660 Modulo X Version Z」を発売。ドリキンの愛称で親しまれる元レーシングドライバー、土屋圭市氏の監修のもと製作されるModulo Xは、走行性能と空力性能を向上させた人気のコンプリートカー仕様です。 Version ZはModulo Xの最終バージョンということと、生産終了のアナウンスが入ったこともあり、販売終了間近ながらS660の注文は殺到。その結果、標準モデルとModulo Xを含めた全てのS660のが、生産終了発表からわずか3週間ほどで完売し、2022年3月までの生産予定分が全て埋まってしまいました。 S660にも流れるS(スポーツ)の系譜 高回転エンジンとクイックなハンドリングが魅力のS660ですが、これは1960年代から脈々と受け継がれてきたホンダスポーツのDNAを継承したものです。ここからはホンダが生みだしてきた高回転型オープンカー「Sシリーズ」について紹介していきます。 S500 1963年、ホンダ初の4輪自動車として発売されたS500は、全長3,300mm×全幅1,430mm×全高1,200mmのFRオープンカーとして若者を中心に人気を獲得。ホンダの二輪技術を応用した排気量500ccのDOHC4気筒エンジンは、最高出力44ps を8000回転で発揮し、当時の車にしては異例の高回転型マシンでした。 S600 エンジンの排気量をアップしたS500はS600と名前を変え、1964年に発売されました。見た目の変化はほとんどなく、排気量は500ccから606ccに拡大し、最高出力は8500回転で57psを絞り出します。 パワーアップしたエンジンは最高時速145km/hを叩きだし、当時の同クラスの車では到達できない性能を持っていました。そして、ホンダはこのS600でモータースポーツに進出し、1964年9月のドイツ ニュルブルクリンクの500kmレースでは見事優勝を果たしています。 S800 1966年には、S600のエンジンの排気量をさらに拡大したS800が発売されます。排気量は791cc、最高出力は8000回転で70psまで発揮。710kgという軽量ボディと相まって、最高時速は160km/hに達します。160km/hという最高速は、当時のイギリス車が1300cc以上のエンジンを搭載して実現していた数字であり、ホンダ S800がいかに高性能だったかがうかがい知れます。 S2000 S800生産終了から29年後の1999年、本田技研創立50周年を記念して、S2000は発売されました。車体と2000ccのエンジン排気量も大型化しましたが、ホンダのFRオープンカーとしてS800以来の登場であるため、“S”の名が与えられました。 2.0LのDOHC VTECのF20Cエンジンは、最高出力250 ps を8,300回転で発生し、レブリミットは市販車として驚異的な9,000回転。さらに、1.3トンを下回る軽量で軽快なハンドリング性も持ち合わせ、S2000はまさに究極のSシリーズといえるでしょう。 新車難民の発生により中古車市場が高騰 生産終了発表後、現在新車で購入することができないS660は中古車価格が急騰。上位グレードのアルファ、廉価グレードのベータ、Modulo Xを合わせた市場での平均価格は202万円と、軽自動車の中古車でありながら、新車時と変わらない値付けがされています。 数万km走行した個体でもこのようなプライスがついていることが多く、より低走行な個体となると300万円越すものも珍しくありません。需要が高いほど価格が高騰する中古車市場の特性ゆえ、いかにS660が求め続けられているのかがうかがえます。 まとめ 生産予約分を完売させ、中古車市場では価格が急騰するほどの盛況ぶりを見せるS660。それはS660が多くのユーザーの心を掴んでいたという証であり、ミッドシップでありながらも、歴代のSシリーズで培われてきたライトオープンスポーツの楽しさが受け入れられたという証拠でもあります。 Sシリーズはここで一旦終了してしまいますが、S660の需要が伸び続ける以上、ホンダがS(スポーツ)の名を冠したオープンスポーツを復活させてくれるのを願わずにはいられません。 [ライター/増田真吾]
日本のスポーツカーの認知度を北米の一般層、さらに世界全土にまで広げた車をご存知ですか。国内ではフェアレディZの名前で人気を博した、ダットサン 240Zです。 空前の大ヒットとなった240Zは、ただかっこよいクーペタイプのスポーツカーがたまたまヒットしたのではなく、その裏には確かな車づくりと的確なユーザー戦略がありました。今回は、ダットサン240Zの人気の秘密を紐解いてご紹介します。 ダットサン 240Zの歴史 ダットサン 240Zは、日産がダットサンブランドから発売したクーペタイプのスポーツカーで、フェアレディZの名前で日本でも人気を博していた同型車の、北米向け輸出モデルです。 高級GT車に匹敵する高い性能とスタイリングを持っていながら、価格設定が安価であったため、北米を中心に大ヒット。1969年の販売開始から1978年までの10年間で、販売台数55万台を記録しました。 Zの起源は1960年代まで遡る ダットサン 240Zの元となったモデルは、ダットサン フェアレディです。初めてフェアレディの名前を冠したのは、1960年に発売された「フェアレデー1200」(当時の表記はフェアレディではなくフェアレデー)でした。 フェアレディの名前は、ミュージカル「マイ・フェア・レディ」が由来で、当時の日産社長が、ブロードウェイで同ミュージカルから感銘を受けたことで命名されました。 ラリーでの活躍が240Zの評価をさらに押し上げた ラリーと言えば、今ではスバルや三菱、若しくはトヨタが思い浮かびますが、実は日産は1950年代からラリーに参加しており、当時は、お家芸とも言える活躍をしていました。 240Zもラリーに投入され、期待通りの活躍を見せます。1971年の第19回東アフリカサファリラリーで優勝し、翌年の第41回モンテカルロラリーでは3位に入賞をすると、続いて1973年の伝統の第21回サファリラリーでも優勝。 信頼性や耐久性のアピールとともに、特に注目を集めたのはモンテカルロラリーで、FRは雪道で不利と言われながら入賞を果たしたことで、240Zの評価を一気に高めることになります。 ダットサン240Zの人気の理由 長いノーズが特徴的なダットサン 240Zは、当時としては先進的なスタイリングであることが注目されました。しかし、信頼性の高いエンジンと、ワンランク上のスポーツカーに匹敵する動力性能を兼ね備えた点が評価され、絶大な人気を集めたのです。 唯一無二のロングノーズ ダットサン240Zの特徴といえば、なんといってもロングノーズです。横から見ると、運転席はほぼ後輪の上に位置するほどで、デザイン的なインパクトは抜群でした。 このスタイリングは空力特性にも優れ、軽量なモノコックボディと併せてワンランク上のスポーツカーに肉薄する性能を発揮する要因の一つです。 堅牢なエンジンとワンランク上の足回り 搭載された2.4リットル直列6気筒エンジンの通称L型エンジンは、SOHC機構を備える最新式のエンジンであるものの、シンプルな構造で壊れにくく、整備も容易だったことが、北米市場での信頼性の獲得に繋がります。また、2.4リットルというサイズで、十分なトルク性能を発揮していたことも、V8エンジンなどで低中速域の豊かなトルクを好むアメリカのユーザーを十分に満足させました。 足回りに採用された前後共にストラット式の4輪独立懸架サスペンションは、当時の大衆車クラスにとっては高度で贅沢なシロモノ。ワンランク上の高級スポーツカーにも引けを取らない運動性能と、上質な乗り心地を実現していました。 ダットサン240ZとS30の違い 初代Zとして、日本で「フェアレディZ」の名前で親しまれているのは、S30型と呼ばれるモデルです。ダットサン240Zは同モデルではあるものの、北米で販売された240Zは、S30型と根本的な違いがあります。 エンジン排気量を大幅アップ ダットサン240Zは、S30型に搭載された2リットルのエンジンを、2.4リットルに大幅にサイズアップしたエンジンを搭載していました。 北米では、V8エンジンに象徴されるように、低中速域からトルクフルな大型エンジンを好む傾向にあるため、この対策として、大幅に排気量アップをしてトルクを向上させたのです。結果的にこの戦略は当たり、空前のヒットに繋がりました。 相場について ダットサン 240Zの大ヒットは、当時空前の販売台数を記録したことを紹介しましたが、今でもその高い人気は続いています。最終モデルでも40年以上前経っていますが、北米では5万ドル以上(日本円で500万円以上)の値がつくことも珍しくありません。 日本でもエンジン載せ替えモデルなどは、1,000万円近くの値段がつくなど、現在でも高値で取引される人気車種です。 まとめ スタイリングだけではなく、ラリーでの活躍によって信頼を獲得。また、堅牢なエンジンとワンクラス上の足回りを装備し、北米で大ヒットしました。そして、大排気量エンジンが支持されてきた北米のニーズを汲み取り、トルクフルな2.4リットルエンジン仕様で販売したことも55万台という空前の販売台数に繋がりました。 初代の販売から50年以上が経過する現在でも高い人気を誇りますが、年々台数は減少しています。国産スポーツカーの認知度だけでなく、日産の知名度を北米や世界に広げ、ダットサン240Zの功績はとても大きいのです。 [ライター/増田真吾]
1981年に登場したリンカーン タウンカーは、5.0mを超える全長と大排気量のV8エンジンといった“これぞアメ車!”という魅力を持った高級セダンです。 過去には大統領専用車としても使われ、まさに強いアメリカを象徴するリンカーン タウンカーの歴史と、さまざまなカスタムについてご紹介していきます。 当初はコンチネンタルのグレードのひとつだった タウンカーとは、アメリカの自動車メーカー、フォード・モーターのリンカーンブランドより1981年から2011年まで販売されていた大型高級セダン。アメリカ車の中でも特に大きなフルサイズセダンに属し、全長は約5.5m、全幅は約2mとその存在感は圧倒的です。 発売以前はリンカーンの最上級セダン、コンチネンタルの最上位グレードとして、タウンカーの名前が存在していましたが、1981年には独立した名前で発売開始。以後はリンカーンのフラッグシップモデルとして売り上げを伸ばしていきました。 ラダーフレームはリムジン製作にうってつけ タウンカーは業務使用を前提として設計されたため、フレームの耐久性は非常に高く、補修なども容易にできるよう工夫されています。そして、スズキ ジムニーやトヨタ ランドクルーザーなどと同じ、ラダーフレームを採用。耐久性が高く、自由度の高い特性ゆえに、モノコック構造に比べリムジンや霊柩車といった特殊な形状の車体にも改造が容易です。 購買層は主にこういった業務使用や、カスタムを目的としたローライダー、さらにラゲッジが広いことからファミリーカーとして一般家庭でも所有されています。 30年にもわたるタウンカーの歴史 そんな幅広い目的で使われているタウンカーですが、2011年までの販売の中で2度のモデルチェンジが行われています。 初代、2代目、3代目と、それぞれ違った個性をもつ各モデルを紹介していきましょう。 大統領専用車を務めたことのある初代モデル 5.0リッターV型8気筒エンジンを搭載し、それまでのコンチネンタルタウンカーに代わる高級セダンとして、1980年に発売した初代タウンカー。 競合メーカーのキャデラックやクライスラーなどは、1970年代の2度のオイルショックの影響により車体は小型化し、駆動系統はFFへとスタイルを変えていきます。しかし、タウンカーは従来通りのFRを継承し、全長×全幅×全高は5,570×1,985×1,420mmという堂々たるサイズで発売され、往年のファンから好感を得ました。 また、アメリカのジョージ・H・W・ブッシュ大統領の専用リムジンとして使われていたことでも有名なモデルです。 2代目モデルはローライダーカスタムが人気 1989年に販売開始した2代目は、プラットフォームは初代と変わらないものの、新規の購買層を取り込むため内外装ともに曲面を使ったデザインにチェンジ。1985年から1989年にかけて6億5000万ドルもの開発費用をかけたモデルだけあり、デジタルメーターを始めとした先進技術と安全装備も充実しています。 膨大なコストをかけた2代目タウンカーは大成功をおさめ、現在でもカスタムカーのベースとして使われる人気のモデルとなりました。 リムジンなど今でも前線で活躍する3代目モデル エクステリアは2代目以上に曲線を増やし、柔らかい印象へと変わった3代目は1998年に発売を開始。内装は木目調パネルの追加や、ラジオなどの各機器類を一新して高級感を増しています。セダンとしては珍しく、フロントシートはベンチ仕様となったことで乗車定員が6名となっているのも特徴です。 初代から数えて20年近く経った3代目でも、プラットフォームは初代と同じものを使用。このモデルはリムジンのベース車として現在も使われており、古いながらも信頼のおける車体構造であることが分かります。 多種多様なタウンカーのカスタム さまざまなカスタムが存在しているのもタウンカーが持つ魅力の一つ。王道なものとしては、小径ホイールを履かせ、油圧式の車高長で車高を落とし、車体を大きく見せるというローライダー仕様のカスタムです。 さらに、油圧ポンプとシリンダーを車体に装着し、増設した複数のバッテリーで作動することで、車体を連続して跳ね上げさせるという「ハイドロ」というアグレッシブなカスタムも存在します。 VIP仕様から全長8mを超えるリムジン仕様も ローライダーとは逆に、扁平タイヤを装着した大径ホイールをはめ、ネガティブキャンバー状態にしたVIPカー仕様のタウンカーも存在します。全長5.0m超えというボディサイズのタウンカーには、VIPカーらしい大口径のマフラーがよく似合います。 そして、リムジン仕様のタウンカーはフレームとボディを真ん中あたりで分断し、新たなフレーム材とボディパネルを溶接する形で全長がストレッチされ、広大な車室空間を作り上げています。全長8mを越えるビッグサイズと、タウンカーが持つシックな雰囲気が合わさり、ラグジュアリーなサルーンから洋型霊柩車まで、さまざまなシーンで使用されています。 まとめ 大統領専用車にも使用されるタウンカーの真骨頂は、後部座席に要人を乗せ快適な移動空間を提供すること。しかし、ローライダーのハイドロ機構で派手に跳ねてもへこたれない強固で頑丈な構造も魅力のひとつです。 エコで使いやすいことが重宝される現代において、5.0m超えの巨体と大排気量エンジンというパッケージングは時代錯誤かもしれません。とは言え、その強さと豪快さはアメ車ならでは、リンカーンならではの魅力と言えるのではないでしょうか。 [ライター/増田真吾]
昨今、スポーツカーの価格が高騰しているという話をよく耳にします。 実際、中古店舗に並んでいるスポーツカーには高額なプライスタグが付けられています。しかし、いざ売却するとなると、「何から調べたらよいのかわからない」や「売却までの流れがわからずスムーズに進まない」などと感じる方は、意外と多いのではないでしょうか。 ここでは、業者選び及び売却の際のポイントについて解説します。また、スポーツカーの買取事例も紹介しますので、参考にしてください。 スポーツカーの買取市場 セダンやミニバンなどのいわゆる乗用車とスポーツカーの売却の際の大きな違いは、年数が経過しても値が下がりにくい傾向にあることです。中でも1990年代から2000年代初頭にかけて発売されたスポーツカーは、中古車価格が異常なほど高騰することがあります。したがって、スポーツカーは高い買取額が期待できますが、市場の影響を受けやすいという側面もあります。 理由としては、趣味性の高さが挙げられますが、上がり過ぎた買取相場の反動という見方もできます。また、多くの買取業者はスポーツカー買取に不慣れなため、適正に評価されないケースが多々あります。特に一般的な買取店で、その傾向が強く見られます。 業者選びのポイント 車の売却といえば車一括査定を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。 車一括査定の特徴は、1回の情報入力で複数の見積りを手に入ることです。しかし、想像以上に電話がかかってくるため、多くの時間を割かれることになります。また、レアなケースを除き査定額が大きく変わらなかったり、買取を断った後も何度もダイレクトメールが届いたりといったデメリットが存在します。 一方で、専門業者はスポーツカー買取のノウハウや専門知識を豊富に持った査定スタッフが在籍しているため、1台1台状態が違うスポーツカーを正しく評価することができます。また、確実な再販ルートや独自の相場情報をを持っており、市場の動向に大きく左右されることなく、常に高額買取を行うことができます。さらにカスタムパーツに対する知識が豊富で、プラスアルファの査定が可能です。 つまり、 スポーツカーの場合は、専門業者に査定を依頼した方が様々なメリットを得ることができるのです。 スポーツカーを売る時のポイント スポーツカーは、高く買い取ってくれる業者を探すだけでは希望額に届かせることはできません。理由は、スポーツカーの所有者側で確認すべき点があるからです。その代表といえるのが、「定期点検整備記録簿」です。 「定期点検整備記録簿」とは、車検や12ヶ月点検をはじめとする法定点検を行った際に、その点検内容を記録する書類のことをいいます。「定期点検整備記録簿」には、メンテナンスに関するアドバイスやブレーキパッドの残量などが細かく記録されていますので、愛車がどのようなメンテナンスを受けてきたのかが一目見ただけではっきりとわかります。 もし「定期点検整備記録簿」がなかったとしたら、どんなにきちんとメンテナンスしてきたとしても、それを証明することができません。 また、改造車やチューニングカーであれば、保安基準を満たしているのかという点も重要なポイントになります。さらに、改造した箇所を具体的に説明する必要がありますが、購入時の請求明細書があれば漏れなく説明することができるはずです。 つまり、全ての記録を残しておくことで、例え改造車であったとしても正確な査定を受けることができるのです。 買取事例 所有するスポーツカーを高く売却したいなら、まずは大体いくらくらいで売れるのかを知ることが大切です。そのひとつの方法が査定を依頼する業者の買取事例です。 旧車王の買取事例は以下のとおりです。 NSX タイプT 4AT 査定時期:2021年5月 年式:2004年 走行距離:1,100km 買取金額:1,700万円 R33 スカイライン GT-R LMリミテッド 査定時期:2021年6月 年式:1996年 走行距離:不明 買取金額:645万円 インプレッサWRX STI GDB S203 査定時期:2021年5月 年式:2005年 走行距離:84,000km 買取金額:295万円 これはほんの一例に過ぎませんが、最初のNSXでは当時の新車価格の約1.7倍で買取しています。また、最後のインプレッサWRX STI S203では、走行距離が8万km以上走っているにもかかわらず、約65%の残価率を維持しています。 まとめ ここまで、スポーツカー買取の特徴や専門業者に依頼するメリットについて解説してきましたが、「具体的にどこに査定を依頼すればよいのか?」と迷う人も多いのではないでしょうか。 そこでおすすめしたいのが、スポーツカーの買取に特化した旧車王です。旧車王では、「ネットを見て安心できる会社だと思いました。」や「希望どおりの査定をしていただいたので大変満足できました。」などの高評価な口コミを多数見ることができます。また、メーカーや年式を問わず様々なスポーツカーを買取しているので、例えば輸入車を乗っているユーザーでも安心して査定を任せることができます。 ぜひ希望額での買取が実現した際には、また違った魅力を持ったスポーツカーを検討してみてください。 [ライター/旧車王編集部]
メーカー初の市販レーシングカーとして、1954年に登場したポルシェ 550スパイダー。その軽さを活かした走行性能は当時のレースでも好成績を残し、かつての名優「ジェームズ・ディーン」が愛した車としても有名です。 その人気は今でも衰えず、550スパイダーを忠実に再現したレプリカモデルが造られているほど。今回はそんな550スパイダーの歴史と、レプリカモデルの「ベック550スパイダー」ついてご紹介します。 その価値6億円!ポルシェ初の市販レーシングカー 1954年に発売した550スパイダーは市販車でありながら、レーシングカーに準じた仕様でプロレーサーからも評判の高かった車です。 販売期間の1954年から1956年に生産された台数は約100台で、そのうち今でも現存しているのはわずか30台のみといわれています。いざ550スパイダーのオークションが開かれれば、約6億円で落札されるほどです。 ジェームス・ディーンも惚れ込んだ550スパイダー 往年のスター「ジェームス・ディーン」も550スパイダーの魅力に憑りつかれた1人であり「リトル・バスタード」の愛称で呼んでしまう程のめり込んでいました。 しかし1955年9月、ジェームスは自慢のリトル・バスタードでレースに参加するために会場に向かっていたところ、目の前を横切ろうとしていた対向車と衝突。550スパイダーの納車から1か月もしないうちに、彼は24歳の若さでこの世を去ってしまいます。 映画俳優としてまさにこれからといった彼の死は、米国中にショックを与え、550スパイダーを語る上でも外せない出来事にもなりました。 そのままレースに参加できるほどの本気仕様 550スパイダーでまず特筆すべき点は、その車体の軽さです。梯子型鋼管フレームに、軽量なアルミボディを装着。乾燥重量(オイルや冷却水などを入れていない重量)は550kgとかなりライトウェイトで、車名の「550」もこの車体の軽さを表したものであります。 そこに排気量1,498cc、最高出力110ps/6,200rpmの空冷水平対向4気筒エンジン、通称「フールマン・エンジン」をリアミッドシップレイアウトで搭載。最高速度は220km/h、100km/hまでの加速は10秒以内と、軽量ボディも相まって運動性は非常に高く、当時の若者の憧れの車でもありました。 ポルシェの上級グレード“カレラ”の由縁 市販車ながらレーシングカー仕様でもあった550スパイダーは、レースでも活躍していました。1954年、ミッレ・ミリアで初登場の550スパイダーは6位入賞し、ル・マンでは総合4位かつ、1.5L以下のクラスでは優勝するなど、当時まだ歴史の浅かったポルシェはその存在感を見せつけていきます。 そして、全長3,113kmのルートを5日かけ完走するというメキシコで行われていた過酷な公道レース「カレラ・パナメリカーナ」にも参戦。550スパイダーはキャデラックやメルセデス・ベンツ、フェラーリなどの強力なライバルが参加するなか、総合3位という好成績を残します。 そんな550スパイダーの活躍ぶりから、その後のポルシェ「356」や「911」の高性能モデルには栄光の意を込めて「カレラ」の名が使われるようになりました。 新車で買えるクラシックカー ベック550スパイダーとは? 他の車にはない魅力で1950年代を賑わせた550スパイダーですが、なんと今でも新車として購入できる可能性があります。それが、姿かたちそのまんまのベック 550スパイダーです。 ベック 550スパイダーは、アメリカインディアナ州のBECK社が製作する550スパイダーのレプリカモデル。1986年から製作されているこのレプリカモデルは、約6億円の本家550スパイダーに比べ、700万円からという手に入れやすい価格になっています。 しかし、年間で生産できる台数は約5台と少なく、レプリカでありながら購入希望者が後を絶たないため、資金があっても購入は難しいかもしれません。 見た目そのままにエンジンをパワーアップ 見た目は550スパイダーの形でありながら、内部は現代の自動車のパーツを使用。フォルクスワーゲン製エンジンをミッドシップに搭載し、排気量は1600cc、1900cc、2160ccの3種類から選択可能です。 1900ccでは最高出力が125ps、2200ccでは155psという本家を超えたパワーを発揮します。ほかにも、スバル レガシィなどにも使われたEJ25エンジンを載せた仕様もあるなど、メーカーの枠を超えた試みがされているのも面白いポイントです。 快適に550スパイダーを乗りたい人にはうってつけ ベースモデルの車両重量は800kgほどですが、よりライトウェイトの仕様だと600kgまで絞り込んでおり、本家さながらの俊足ぶりを体感することができます。 また、現代の保安基準に適合するよう、ボディはアルミから厚みのあるFRPを採用し、パイプフレームも強度の高いものに変更。そして、安全性を高めるためのロールバーや快適装備のエアコンもオーダー次第で装着することができるので、特にネガティブな要素がなく550スパイダーを楽しめます。 まとめ レースでは数々の優勝を果たし、伝説のスターをも虜にした550スパイダーは、現在のポルシェを築き上げた一因ともいえる車です。 550スパイダーは、現在でもわずかに世界のどこかで存在しているようですが、車両状態の良し悪しと金額の面から見ても手に入れることはほぼ不可能でしょう。 対して、ベック550スパイダーなら年間5台生産の狭き門とは言え、中古車市場ではわずかながら流通しています。レプリカモデルではありますが、往年の超ライトウェイトスポーツカーの雰囲気を味わうにはこれほどの車はないかもしれません。 [ライター/増田真吾]