旧車と名車が甦るメディア
査定を依頼する(無料)

旧車の愛好家たち

祖父が遺したマツダ ポーターバンは「家族の一員」古谷啓通さんオーナーインタビュー
旧車の愛好家たち 2022.09.12

祖父が遺したマツダ ポーターバンは「家族の一員」古谷啓通さんオーナーインタビュー

1台のクルマに乗り続ける理由。 カーライフは十人十色だが、最愛の1台と長きにわたって過ごしていくカーライフは憧れであり、理想のカーライフというクルマ好きは多い。 今回は、マツダ ポーターバンに乗り続けるオーナー古谷啓通さん(42歳)のカーライフをご紹介しよう。 祖父が社有車として愛用していた個体を、17年前に受け継いだ古谷さん。 古谷さんの祖父は2012年に他界されているが、ポーターバンはその後も手厚いメンテナンスによって「現役」だ。 県外へのイベントも自走で参加。現在の総走行距離は22万キロを超えている。 このクルマにオーナーの古谷さんがどのように接しているか、そしてどんな工夫をしながら愛車を維持しているかを紹介しながら、「家族の一員」ともいえる愛車とのストーリーを紐解いていこう。 ▲「全塗装から10年以上が経過して程よくヤレてきました」と古谷さん。商用車は「使い込まれた道具感」も魅力のひとつ ■「マツダ ポーター」のプロフィール マツダ ポーターは、東洋工業(現マツダ)が生産していた軽商用車だ。それまで生産されていたB360(通称Bバン)のフルモデルチェンジ版として1968年に誕生。 ボディタイプは「バン」と「ボンネットトラック」の2タイプ。 エンジンはDB型4ストローク4気筒OHVを継続採用していたが、1973年のマイナーチェンジにてAA型2ストローク2気筒ロータリーバルブエンジンに換装されて後期型となり、1976年に生産終了した。 この間の1975年には、軽自動車のナンバーが白い小判ナンバー(小板ナンバー)から現在の黄ナンバーとなった。 1976年には軽規格が360㏄から550㏄へと変更されているが、ポーターはマイナーチェンジのみで、規格変更は行わずに継続生産された。 なお、1969年にはキャブオーバー軽トラックとして「ポーターキャブ」が車種追加されているが、こちらは1977年に三菱製のエンジンに換装されるビッグマイナーチェンジを行って550㏄の新規格に対応し、最終的に1989年まで生産された。 ▲ブリヂストンのとある輸出用バイクのエンジンにその源流があるといわれるAA型2ストロークロータリーバルブエンジン。35馬力というパワーは当時の軽商用車部門で最強を誇ったが、排ガス規制の影響で33馬力から32馬力とパワーダウンを余儀なくされた   ▲リアゲートはベンチにも!?  背後の「ござ」は古谷さんの祖父の代からの愛用品。工具などの目隠しとして使われていた[写真提供/古谷啓通さん] ■ルーフキャリアはこの個体のアイデンティティ この個体は、古谷さんの祖父が営んでいた「古谷電気商会」の社有車だった。 仕事の相棒として屋号をペイントすることなくオリジナルのまま愛用していた。ボディカラーは「シーライクブルー」と呼ばれる純正色だ。 古谷さん: この「シーライクブルー」という色ですが、最終型の「デラックス」以外、マツダで採用された車種・グレードが今のところわかりません。 2スト以降の「ポーターバンデラックス」のカラーはずっと「マーチブルー」だったのですが、生産自体1年に満たない最終型のために、わざわざ専用色を作るのかな?と考えてしまいます。ポーターの謎のひとつです(笑)。 ▲古谷さんの祖父は1970年から2年おきにポーターバンを買い替え、計4台乗り継いでいた ──この個体の最も大きな特徴は「ルーフキャリア」を取り付けている点だ。古谷さんの祖父が取り付けたもので、ハシゴなどの仕事道具を載せていた。 古谷さん: ルーフキャリアがついていないと「このポーター」ではないんです。祖父が歴代のポーターに付け替えるたび、そのボディカラーに合わせていました。このルーフキャリアを修復する際に塗装を剥がしたとき、代々のボディカラーが層になっていました。 ■物心ついた頃から一緒に過ごしてきた ──古谷さんの生まれる前からポーターバンは家にあり、暮らしに寄り添ってきた。古谷さんのクルマ観や好みにもこのクルマが深く関わっているのではないだろうか。古谷さんの祖父との思い出、そして幼少時代のポーターとのエピソードを伺った。 古谷さん: 祖父の運転免許は360ccの軽自動車限定免許でした。しかも家の車庫への通路は狭く、360ccの軽自動車のボディサイズでないと入れなかったということもあり、このポーターバン以外に乗り換える新車もなく、結果ポーターに特化したドライバーになっていました。   ▲排気量360ccまでの軽自動車が運転可能な軽自動車限定免許。1968年に普通自動車免許に統合された 古谷さん: 「ポーター以外は違和感があって乗れない」というレベルの祖父でしたが、その代わりポーターに乗れば暗闇でも鍵穴を探す事なくキーを差し込んでいましたし、車両感覚もまさに身体の一部であるかのように幅寄せ、すり抜けを行っていました。 免許を返納する頃でも横に乗っていて運転に不安を感じる場面はなかったですね。高齢による反応の衰えをポーターに特化していたことによる「慣れ」がカバーしていたのかもしれません。 ▲古谷さんの祖父が乗っていた頃の1枚。どんな狭い路地も通り抜けていた[写真提供/古谷啓通さん] ──幼い頃の思い出で、とくに印象に残っている出来事は? 古谷さん: 僕は物心ついた頃から、このクルマの助手席に乗っていました。助手席にハンドル付きのチャイルドシートみたいなものを付けてもらって、運転のまねをしながら育ったんです。 我が家はとりわけクルマ好きの家庭ではありませんでしたが、クルマに興味を持った背景はポーターバンの存在が大きかったかもしれません。どこに行くにもこのクルマと一緒でしたね。 僕は幼い頃によく発熱していたんですが、寝込むたびに祖父の運転でポーターバンの後部座席に寝かせられて病院へ連れていってもらっていました。あれは雨の日だったのだと思うのですが、熱でほてった頭に車体のタイヤハウスの車内側の鉄板を当てていると、それがひんやりして気持ち良く、水しぶきの「シャー」という音と共に心地良かったなという記憶があります。 両親がお見合いをした日も、祖父が父親を乗せてお見合い会場まで送迎したという話ものちに聞きました。   ▲マツダのファンイベントにて[写真提供/古谷啓通さん] ──古谷さんが「クルマ好き」としてポーターを意識したのはいつだったのだろうか? 古谷さん: クルマの知識が増えてきた中学生になりたての頃からですね。いてあたりまえの存在なのに、生活圏で同じクルマを見ることがない…。そこから「このクルマはどういうクルマなんだろう?」と興味を持ち始めました。 しかし、ポーターはいわゆる“名車”ではなく“迷車”の類ですから、クルマ雑誌を読んでもなかなか誌面で見かけることはありませんでした。 この個体がマツダ ポーターバンの最終型だと知るまでに随分かかってしまいました。 ▲歴代ポーターの新車注文書を保管。フォグランプや泥除け、バイザーなどのオプション品は今も現車に付いている ▲古谷さんがコツコツと収集してきた当時のカタログ。情報が少ない車種のため、カタログや自動車誌の記事はコレクションとともに貴重な情報源 ■古谷さんの祖父が見つけてきた「弐号機」の存在 ──ポーターバンを受け継ごうと決めたのは、古谷さんの祖父がもう1台のポーターバンを手に入れ、2台体制になったことがきっかけだったという。 古谷さん: 2005年から2006年にかけての話で、祖父もまだまだ現役だった頃です。ポーターバンも現役の仕事車だったのですが、ある日の仕事帰り、走行不能になってしまいました。フロントの足回りの故障でした。 当時、整備に出していた店からは「部品がないので直せません」と宣告されてしまいまして…。祖父はポーターしか乗れないし、「引退するしかない」とまで言い出してしまったので、部品取り車のポーターバンを探しに探して、なんとか修理はできました。 ところが…修理をしている間に、部品取り車を見つけた車屋さんで、祖父が別のポーターバンを見つけていたのです。気がつけば、そのポーターバンが車庫に収まっていました(笑)。 祖父によると「仕事の相棒に長く寝込まれたら困るから、これからは2台体制を取ることにした。ワシは主に青いの(マーチブルー)に乗るから、ポーターバンが直って戻ったら、後はお前が保守管理するように!」とのことでした(笑) ▲自宅の車庫に収まるマーチブルーのポーターバン デラックス「弐号機」(右)。看板は当時モノでネットオークションにて入手。[写真提供/古谷啓通さん] ■「初号機」にポーターキャブのエンジンを移植 ──維持と管理をまかされたことで、実質マイカーとなったポーターバン。2台になったことで当時は「初号機」「弐号機」と呼び分けていたという。このとき、古谷家は3台の「ポーター」を所有していたことになる。もともと乗っていた「初号機」、2台目の「弐号機」、そして大型荷物の運搬専用だった軽トラックのポーターキャブ(PC3A型)があった。 古谷さん: 当時、走行距離が16万キロに達していたので、「初号機」のフロント足回りの修理に使った部品取り車のエンジンに載せ換えたんです。 しかしあまり調子が良くなく、祖父との協議の結果、主に冷蔵庫と洗濯機を運ぶ時のみに使用していたポーターキャブのエンジンを移植することにしました。 このポーターキャブも幼い頃、ジャングルジムのように、よじ登って遊んでいた思い入れのあるクルマだったのですが、断腸の思いでした。 ▲断腸の思いでポーターキャブのエンジンへ換装(手前が元々は部品取りのポーターに載っていたエンジン、奥がポーターキャブのエンジン)[写真提供/古谷啓通さん] ──エンジンのあとは、ボディのレストアにも着手した古谷さん。熟練した技術をもつ鈑金職人のもとで、ポーターバンは修復されることとなった。 古谷さん: クルマ仲間のネットワークで、ボディの鈑金塗装が得意な職人さんを紹介してもらいました。職人さんからは「確かに錆びて大穴も開いているけど、肝心な所は風が通っていたから腐ってない。大丈夫、直るよ!」と言っていただき、あの時は本当に嬉しかったです。 ボディは特に、左後部座席の足元フロア部分(リーフサスの付け根が取り付けられている部分)がボロボロに腐食していたので、患部を切除し、新たに鉄板を鈑金加工してフロアを新規作成しています。その他ドアの下部などもほぼ作り直されています。 ▲腐食部分を切除し、鉄板を叩いて新たに作成[写真提供/古谷啓通さん] ▲パーツリスト、取扱説明書、整備解説書は修復時に重要な資料となる。流用部品の手がかりにもなるため、旧車を所有するならできるだけ揃えておきたい ■祖父との別れ。そして「弐号機」の巣立ち ──古谷さんとポーターバンにとって、2011年から2012年にかけては大きな転機となった。古谷さんの祖父が2012年に他界したことにより、手元には形見として2台のポーターバンが遺された。 古谷さん: 2011年に祖父が免許返納したことにより、「弐号機」も僕の名義となりました。2012年に祖父は他界しました。 2台とも「形見」となったわけですが、色や細部に違いはあれど同じポーターバンです。つい「初号機」ばかり乗ってしまい、「弐号機」は気がつけばバッテリー上がりを起こしていることもしばしば。維持していくにもどうしたものかと思案していたところ、知人を介して「ポーターバンを譲って欲しい」と、一人の青年が志願してきたのです。 彼はイベントで、クルマ仲間を介して紹介されました。ポーターバンに乗りたい動機を尋ねてみると、「幼い頃、祖父がこれと同じ黄色ナンバーで青色のポーターバンに乗っていて…」と、どこかで見聞きしたような動機でした(笑)。年式、グレードまで同じであることも含めて、ぜひとも譲って欲しいとのことでした。 メンテナンス面も、彼と共通のクルマ仲間の協力があれば安心かなと判断して、「弐号機」を彼に託す事に決めました。引き取りの時は、彼の祖父も立ち会い、共通のクルマ仲間たちのサポートを受けながらも自走で隣県に巣立って行きました。 巣立って行く当日はやはり名残惜しくて、途中までポーターバンに乗って見送りましたね。  ▲「弐号機」の新オーナーとは今も交流が続く。「弐号機」も快調だという[写真提供/古谷啓通さん] ■オリジナルを維持するより「公道現役」でいること ──ポーターバンを維持していく上で「フルオリジナルの維持にはこだわらない」という古谷さん。純正、他車種、社外品を流用してのモディファイも施している。 古谷さん: ポーターは商用車なので「実用こそ現役の証」と考えています。なので、モディファイのテーマは「実際の生産終了後ももしポーターバンが継続生産されていたとしたら?」と、「技術者だった祖父がこの改良を良しとするか」です。オリジナルイメージを崩さないことを心がけ、合法の範囲でモディファイしています。 例えば、ステアリングは仲間から譲っていただいた、マツダの限定車「∞(アンフィニ)」用のmomoステアリングに。 車内側のドアノブ等は内装色に合わせて550cc時代のポーターキャブ用に。シートベルトは装着性を考えてELR式に。ハンズフリーフォンにも対応しています。 ▲サバンナRX-7(FC型)やカペラなどの限定車∞(アンフィニ)に純正装着されていたmomo製のステアリング   ▲ポーターキャブのドアノブと持ち手を流用。レギュレーターハンドルは流用できなかったため、ブラックの純正品を色を合わせて取り付けている 古谷さん: 最近、丸目ヘッドランプにしました。光軸・光量ともに今の規準にあわせづらく、また、部品供給状況の悪化によって車検対応が厳しくなってきたため、純正のシールドビームをH4のバルブが使える汎用性のあるものにしました。 ただし、旧車らしさを求めて凸レンズにこだわっています。もしポーターが継続生産されていたら、コストダウンの結果、専用品だった純正シールドビームから、丸目の汎用ヘッドランプに替わっていたのではないかと(笑)」  ▲ヘッドランプは、同じマツダ車用のものを流用。もちろんオリジナルにも戻せる ▲12インチホイールはクルマ仲間から譲り受けた。「とあるクルマに付けるために注文された特注品」とのこと ▲ボディ修復時に復刻してもらった「マツダ」のデカール(右テールランプ横)や、商売繁盛を願う、地元稲荷神社の鳥居ステッカー(リヤガラス左上)も、商用車アピールには欠かせない ▲当時マツダ車を新車で買ったら付いていたオーナー名入りの厳島神社の御守も健在。こうした小物が残っているのも家族ワンオーナー車ならでは ■オーナーに合った「乗り方」まで伝授。頼もしい主治医の存在 ──「実用こそ現役の証」にこだわる古谷さん。使い勝手も走りも「実用性重視」の方向にチューニングしている。このようなチューニングをはじめ、部品交換や修理を行う「主治医」が、メカニックの西栄一さんだ。 古谷さん: 西さんとは2006年に参加したイベントで知り合い、以降頼もしい主治医的な存在です。普段と異なる音や匂い等の違和感、不具合、あるいは「こういう事できないかなぁ」という願望が出ると、必ず相談しています。 ポーターバンは西さんのチューニングによって、以前よりエンジン回転数を落としての80km/hでの巡航ができるようになり、遠方へ行きやすくなりました。その代わり登坂はちょっと苦労しますが、普段乗るのに問題はありません。 さらに、運転技術も教わっています。チューニングに適したシフトタイミングや、ABSのないクルマのブレーキング、シートポジションの重要さも教わりました。西さんと知り合ってから、ポーターバンが快調になっただけでなく「クルマを守ることは人を守ることに繋がる」ということも学びました。 ▲メカニックの西栄一さんはレーシングドライバーの経歴をもち、整備と走りの経験豊富。自身もマツダ シャンテとホンダ T360を所有し、ストックしておいたシャンテの部品をポーターバンに流用することも ──古谷さんは「西さんから『ご臨終』といわれたときがポーターバンの寿命だと思っている」という。いっぽう西さんは「どんなことがあっても直していきたい」と話す。古谷さんと西さんの間には、深い信頼と絆が構築されている。   ▲取扱説明書にある「推奨速度」を参考にしつつ、「この個体がどうしたら走りやすいか」を走行時の状況をふまえて考え、ポーターバンに適した乗り方を心がけているという ■「このポーターでないと駄目なんです」 ──古谷さんにとってポーターバンは、今はどんな存在なのか、あらためて尋ねてみた。 古谷さん: 祖父の形見であり、乳母車であり…もはや家族の一員なんですよ。「高齢車」なので祖父のように足車とはいきませんが、家にいるのがあたりまえで、乗りたいと思った時に乗って出かけられる、代わりのない存在です。 以前、こんなことがありました。ヘッドライトが車検をクリアできず、そのまま車検切れになってしまい、公道を走れない期間が半年ほどありました。 「そこにあるのに、乗って走れない」 あの状況は、僕にとっては耐え難いことだったと痛感しています。例え他のポーターに乗る機会があったとしても、きっと満足できなかったでしょう。ポーターという車種が好きというより「我が家のこのポーター」でないと駄目なんです。 もし、このクルマに乗れなくなったら次のポーターは探さないでしょうね。祖父はポーターに特化していましたが、僕は「我が家のポーター」に特化しているのですよ、きっと。 ■あたりまえに乗り、クルマを通じた繋がりを大切にしたい ──ポーターバンと今後、どう過ごしていきたいかを尋ねた。 古谷さん: 足回りの予防整備を準備中です。もし部品がない場合は、代用品か加工を考えなくてはなりません。仲間にも情報提供してもらったりネットで調べたりしています。 早めのトラブル対策と日常のメンテナンスで、祖父が乗っていたように、これからも「あたりまえ」に乗っていきたい思いがありますね。 ──維持していくうえで、とくに大切にしていきたいことは? 古谷さん: 人との繋がりです。「旧車の維持はおたがいさま」と思っていて、仲間同士の情報共有は本当に大事です。一人でできることは限られますが、オーナー各々ができることや知識を持ち寄り、なんとかしていけたらなと考えています。どんなクルマでもいつかは旧車になりますから。 ──「クルマも家族の一員」と例えられるが、まさに言葉どおりだ。共に仕事をし、家族の節目に寄り添い、新たな思い出を蓄積しながらポーターバンは唯一無二の存在となった。このさき年齢を重ねても、生活様式が変化しても、古谷さんとポーターバンとの付き合い方は変わらない…そんな気がする。「古谷家のポーター」は、今日も快調に走り続けている。 ▲「海の色」のポーターバンがシーサイドロードを走る ■古谷さんの宝物 ──最後に、古谷さんの宝物を紹介したい。ポーターバンを通じて縁のあった方から贈られた品々を見せていただいた。   ▲マイナーゆえにミニカーが存在しないポーターバン。クルマ仲間に木工やペーパークラフトのミニカーをプレゼントしてもらったそうだ ▲ペーパークラフトは仲間のお子さんの手作り。ちなみにそのお子さんは好青年に成長。現在は、共にクルマを楽しむ仲間となっているという   ▲「弐号機」を託したオーナーから結婚祝いの御礼として贈られた美しい水彩画 [取材協力/吉備旧車倶楽部] [ライター・撮影/野鶴美和]  

旧車を遺すべく、現状の問題や課題を中心にお伝えします!:小村英樹
旧車の愛好家たち 2022.08.15

旧車を遺すべく、現状の問題や課題を中心にお伝えします!:小村英樹

■名前:小村英樹(オムラヒデキ) ■職業/肩書き フェアレディZ Z32専門店 代表取締役 Z32一筋で二十数年になります。これからも他車種はやりません。実は、前職はコンピュータープログラマー/システムエンジニアでした。 ■現在の愛車 フェアレディZ32 最終型ZX・2by2・TバールーフZ32を5台乗り継いできた生粋のZ32好きです。 ■ご自身の性格をひと言で表現すると? 自分で言うのもなんですが、真面目で几帳面タイプです。人見知りで、営業マンタイプはありません。 ■好きなクルマは? 基本的にスポーツカーが好きですが、やっぱりフェアレディZ32が一番です。今でも世界に通用する究極のスポーツカーだと思っています。 ■憧れのクルマは? もっと綺麗で程度の良いフェアレディZ32最終型です(笑)。やはり、これに勝るクルマはありません。 ■旧車ヒストリアでどんな記事を書いてみたいですか? 旧車ブームの裏に潜んでいる問題や課題をお伝えできればと思っています。 この10年間で今の旧車達が遺るか危惧しています。今のままではダメです。 旧車オーナー様・オーナー予備軍の方に、ぜひ読んで頂きたいです。 ■その他なんでも・・・ 趣味は仕事で、年中無休で働いていますが、最近は写真撮影にハマっています。Instagramのフォロワー様1万人を目指し、毎日Z32の写真をアップしています。ストーリーには自然や景色など、季節を感じる写真をアップしています。音楽を聴きながらドライブしている時が、至福の時間です。 ■HP/SNS/YouTube等 ・ホームページhttp://www.Z32-Zone.com/ ・Facebookhttps://www.facebook.com/pages/Fairlady-Z32-Proshop-Zone/286263454768481 ・Instagramhttps://www.instagram.com/Z32_Zone.omura/ ・YouTubehttps://www.youtube.com/user/ZoneZ32 [ライター・撮影/小村英樹(Zone代表)]

愛着があるから手放せない!?気づけば4台の多頭飼いカーライフとは
旧車の愛好家たち 2022.07.29

愛着があるから手放せない!?気づけば4台の多頭飼いカーライフとは

■1.なぜ「多頭飼い」になってしまったのか? 多くの方が、「多頭飼い」という言葉をニュースなどで1度は目にしたことがあるはずです。 この言葉から連想するのはどちらかというとネガティブなイメージがあるかもしれませんが、今回は「ポジティブ(?)」な話題なのでご安心ください。 なぜなら、私が多頭飼いに「陥ってしまった」エピソードのご紹介だからです。 そもそも、クルマが勝手に増えることはないモノというはいうまでもありません。 では、なぜ増えたかというと、筆者自身、情が湧いてしまうと手放すことができない性格であるため、自ら招いてしまった結果だからです。 今回、勝手に増えるはずがないクルマが、いつの間にか(?)多頭飼いになっていた経緯をご挨拶も兼ねて紹介いたします。 ■2.これは運命!?巡り合わせの初愛車が嫁いできた! 筆者の初めての愛車は1992年式日産 パルサー GTI-R(RNN14型)。 運転免許取得のため教習所に通っていた17歳のとき、手元にやってきました。 馴れ初めは、高校時代の先輩が手に入れてから3か月足らずで廃車にするということで、菓子折りで譲っていただきました。 廃車にするのにもお金がかかる時代だったので、先輩としては引き取ってくれるだけ助かるわけです。 そして筆者も、格安で憧れのクルマが手に入ったわけですから、お互いにメリットがあったのです。 しかし、前オーナーである先輩が廃車にしようと考えていたくらいですから、それなりの不具合を抱えていたことも事実でした。 そもそも、廃車に至ったきっかけは「アイドリングしないでエンストする」というものでした。 これは、取り付けられていた社外品パーツが壊れていたのが原因だったようです。 引き取りに行った際にすぐ原因が判明。 応急処置を施し、筆者の父に運転してもらい、自宅に持ち帰ったのです。 実は、先輩から譲っていただく時点で他にも不具合を伺っており、「想像以上にお金がかかるから、駄目だと思ったらすぐに手放すように」と忠告されていました。 案の定、免許を取得し、パルサーGTI-R乗るにつれ、さまざまな不具合が表面化していったのです。 ただ、タダ同然で手に入れたこともあり「パルサーGTI-Rを買ったと思えば・・・」と考えて修理をしていたら、それなりの金額を費やす羽目に。 これこそが、「安くて素性の良くないクルマ」を手に入れた際に陥ってしまう錯覚なのです。 いわゆる「ダメ男と付き合う感覚」とは、こういうことなのではないかと考えてしまいます。 さまざまな不具合を抱えたパルサーGTI-R。もっとも深刻だったのはエンジンでした。 いわゆる「オイル上がり」の状態になっていたのです。 「オイル上がり」とは、エンジンの燃焼室にオイルが入って一緒に燃焼してしまう症状のことを指します。 この症状を直すためには、エンジンをオーバーホールするか、載せ替えるしかありません。 当時学生だった筆者に、エンジンの不具合を直すほどのまとまったお金はありません。 どうするべきか悩んでいる最中に、新たな「縁談」が舞い込んできたのです。 ■3.決断を迫られたすえ、増車する道を選んだ2台目 私が中学生だったころ(2000年代初頭)からインターネットが身近なものになりつつあり、ホームページを作っている方とも「掲示板」を通じてやり取りをすることがありました。 免許を取得する前からやり取りをしていただいた方々と、「オフ会」にパルサーに乗っていってお邪魔することもありました(やり取り時は別の車種でしたが)。 そこで知り合った方から、2台目の愛車となる1998年式 日産 HU14ブルーバード SSS-Zを譲っていただけることになったのです。 知り合った方の新しい愛車のお披露目会の帰りに、筆者のパルサーが不調になってしまったのです。 そんな折り、まだ嫁ぎ先が決まっていないブルーバードの話をいただいたのでした。 しかし、筆者は当時二十歳・・・。 実は幼いころからブルーバードは好きなクルマでした。 筆者の祖父は、ブルーバードを910型、U12型を2台、そして私と同じU14型と、幼少期からの記憶でも4台も乗り継いでいたことが影響しているようです。 事実、幼心にブルーバードは背が低くてカッコイイクルマだと思っていましたから。 ・・・というのも、我が家は筆者が物心ついたころから日産バネット(後のセレナ)というミニバンを乗り継いで育ってきた経緯があります。 時々乗せてもらうブルーバードは、バネットとは異なり、目線が低く、まるでスポーツカーのようでした。 現代のミニバンやSUVで育った子どもたちも、筆者のように「目線の低さ」にカルチャーショックを受けることで、セダンやスポーツカーに憧れを持つ日が訪れて欲しい・・・と、実体験を通じて心のなかで密かに願っています。 U14型ブルーバードが新車だったころ、親からもらったカタログをボロボロになるまで読み込むほど好きだった筆者。 結局、知人のブルーバードを迎え入れることにしました。しかし、迎え入れるにあたって問題なのは「パルサーをどうするのか」ということ。 不具合の多いクルマなので「メカにもそれなりに詳しく、大事にしてくれそうな人に乗ってもらいたい」というのが親心というもの。 その結果、このクルマの素性を知っている高校時代の後輩に譲る方向で話を進めていました。 しかしある日の夜、父が「パルサーいろいろ直したのに手放すのはもったいなくないか?」といってきたのです。 筆者のなかでは手放す以外の選択肢を考えていなかったこともあり、事態は急転直下。 父が置き場所を確保したということで、急遽パルサーをそのまま所有することになったのでした。 ただ、勝手に父と私が決めたことであり、家族の他の者には知らせていなかったのです。 「学生の身分でクルマ2台持ち」という大それたことはすぐ母にもバレました。 しかも、筆者がブルーバードを引き取りに行くタイミングで・・・。 激怒した母から逃げるように家を飛び出したことを、今でも鮮明に覚えています。 乗ってきたブルーバードをまったく見ようともせず、1週間ろくに口も聞いてくれませんでした。 その後、謝って許してもらえましたが、クルマを複数台持つということはこんな家庭トラブルもあるので、しっかりと事前に話をするようにしましょう(苦笑)。 メインカーとなったブルーバードはまったく故障知らずで快適。当たり前のことにもの凄く感動をしました。 あまりにも絶好調すぎて、物足りなさすら感じるほど。 「最初の愛車がその後のクルマ人生を決める」といいますが、確実に普通の人の感覚から外れてしまっていることを実感したのでした。 ブルーバードに乗るきっかけとなったオーナーズクラブの方々との交友を続けていくなかで、「カスタム」することも覚えていきました。 元々カスタムパーツが豊富ではないクルマなので、諸先輩方の流用情報、不要となったパーツを譲っていただいたことも。 その結果、自分のクルマを作る楽しさも覚えていったのです。 ブルーバードに乗るようになってからはますます移動距離も延びていき、5万kmで譲っていただいたブルーバードはあっという間に10万、15万kmと距離を伸ばしていくのでした。 その間ブルーバードもそれなりの故障などを経験しましたが、ラッキーなことに復活して今に至っています。 ■4.士気を上げる!?勢いで手に入れた3台目 月日は流れ社会人になりました。 数年が経ち、それなりに仕事を覚えてきたころ・・・。いろいろと不条理なことにぶつかったりするのは多くの方々が経験してきたことと思います(筆者もその一人です)。 仕事でストレスフルだったあるとき、昔からお世話になっている先輩からクルマの買い手を探している話が舞い込んできました。 クルマは2002年式ダイハツ コペン(L880K型)。 クルマに詳しくない方も知っている人気車です。 嫁ぎ先は探せばすぐに見つかると思いました。 売値を聞くと個人売買なので相場よりも安め。 しかも車検を取ったばかり。 これは・・・かなり魅力的に映りました。 コペンがデビューしたとき、まだ中学生だった筆者は気になるクルマだったので自転車でディーラーに観に行くほど気になる存在だったのです。 そのとき、オプションカタログに載っていたトミカを思わず注文してしまったほどです(笑)。 以来、一度は所有したいと思っていたクルマですが、筆者の懐事情はまったく余裕はありません。 しかし、この条件と金額は今後出てくる気がしない。 貯金をかき集めればどうにかなる。 何か生活に弾みをつけたいのも相まって、意を決して購入することにしました。 ブルーバードのときの反省を踏まえ、今回は事前に家族にも相談をしました。 当初は「何を考えているんだ!」といわれましたが、車種がコペンであることを告げると「コペンならいいか」と。コペンの魅力、おそるべし。 売主に「購入者が見つかりましたよ。私です」と伝えると、「待て待て3台持つのか!?」と心配されましたが、筆者の熱意で納得していただきました。 夢のコペン!そしてクルマ好きが一度は夢見るオープンカー生活がスタートしたのでした。 コペンは当初1年程度か、車検のタイミングまで乗り、価値のあるうちに手放そうと思っていました。 しかし、乗ると魅力にどんどんハマってしまい、7年経った現在も所有しています。 ■5.感覚がマヒ!?夢を叶えるための4台目 我が家のラインナップでコペンを除く3台に共通点があります。 それは「すべてSR20型というエンジンを積んでいる」ということが挙げられます。 具体的には・セレナ(父所有):SR20DE・パルサー:SR20DET・ブルーバード:SR20VE といった具合に、SR20シリーズのなかでも種類が異なります。 SR20を大きく分けると4種類に分類されるのですが、気づけばその3/4種類そろっているのです。 そう、残りのSR20シリーズはあと1種類なのです。 残すはSR20VETというエンジンのみ。 このエンジンを積んでいるのは、初代エクストレイルのGTというグレードのみになります。 初代エクストレイルが出たとき、GTだけがエンジンとバンパー&グリルが他のグレードと異なり、そこに惹かれていました。 筆者は前期型のGTのデザインが好きだったため、チャンスがあれば欲しいなと常々思っていました。 実はこれまで、購入を検討する機会が何度かありました。 そのタイミングとは、ブルーバードが不調になったときであり、何度か中古車を見に行ったものの、結局踏み切れずにいました。 そしてあるとき、エクストレイルGTを購入するきっかけ(大義名分?)が訪れます。 それは、父所有のセレナを親がぶつけた際、オールペンしてきれいにしたことでした。 それまでは趣味のスノーボードをする際に借りていましたが、きれいになったことで雪道を走らせたくないというのです。 そこで、スノーボードに行くためのクルマが必要になったのでした。 なぜかそのタイミングで、これまで見たことがないボディーカラーと装備を持つエクストレイルGTの中古車を近所の中古車販売店で発見してしまったのです。 さっそく見に行ったところ、多少汚れていたものの目立つ傷もなく、自身の経験則から、距離や装備、コンディションを総合して妥当な金額に思えました。 しかし、またしても懐事情が厳しいため、コペンを手放そうと決意。何件か査定してもらいました。 しかしここで予想外のことが! 「もし可能なら、手放さずに持ち続けた方が良いですよ」と査定をしていただいたそれぞれの買取り店でいわれることに。 たしかに、ここで手放したらもう買い直せないことは想像できました。 そこで、無茶を承知で4台目を増車することにしたのです。 「どうにもならなくなったら手放せばよい。乗り続けたければ頑張ればよい」というのが、筆者がたどりついた結論です。 ちなみに、家族はもう驚きませんでした(もうクルマが増えることにマヒしていた!?)。 筆者がSR20シリーズエンジン搭載車をコンプリートするという夢を知っていたので「悩んでいるうちに売れて後悔するのは目に見えているから早く買ってきなさい」と後押しまでしてくれました。 そして日産 PNT30型のエクストレイル GTを購入し、所有車が4台となったのでした。 ■6.まとめ:やれる範囲でやろうと思えばどうにかなる!そして自分も周りも感覚がマヒしてくる・・・ 思い出を振り返りながら書いていたら長文となってしまいました。 ここまで読んでいただき「どうしょうもないなぁ」と笑っていただけたら幸いです。 よくクルマを複数台持っている人のことを「浮気癖がある人」という人もいます。 筆者にとって、クルマは「恋人」というより「子ども」の感覚です。 手をかけ「直す」ことが「育てる」感覚になっていました。 筆者としては、可能な限り、このバランスの取れたラインナップを維持していきたいと思っています。 クルマは乗っても乗らなくても所有をしていれば維持費はかかるモノです。 日々の生活からクルマを楽しむために節約をしていますが、それもまた楽しみになっていきました。 よく今後のカーライフについて質問されることがあります。 筆者が手放せない理由に愛着が湧いていることはもちろんですが、知らぬ間に玉数も減っている世代となり、手放すともう二度と手に入れられない気がしているからです。 満足して一気にラインアップが変わることがあるかもしれませんし、現状を維持するために、さらに増車してしまう可能性もゼロではありません(笑)。 さらなる多頭飼いにご期待(?)ください。 [ライター・撮影/お杉]

S660を手に入れたからこそ気づいた、古いクルマならではの魅力
旧車の愛好家たち 2022.07.21

S660を手に入れたからこそ気づいた、古いクルマならではの魅力

去る2021年の4月1日、エイプリルフールに契約をしたS660。 今年の2月にようやく納車され、これまで2000キロを走破しました。 割と公私ともに古いクルマに縁がある筆者にとって、久しぶりの新車ではありますが、それでもこのクルマには旧車の魅力が多く詰まっていると感じるのです。 今日はそんな、まったく旧車ではないホンダS660に乗って懐かしい気持ちになった、という話です。 「最後の旧車」がそもそもの購入理由 約10ヶ月待ったすえに納車されたS660。 これまで、雑誌の取材で何度も広報車に乗ったことがあるクルマだったはずですが、マイカーとしてお迎えすると意外な発見や気づきも多いものです。 そして「よくもまあここまで頑張って作り続けてきました」と思います。 軽自動車規格で作って、世の中的にはやれ「高い」だ、「こんな使えないクルマによくもまあ!」といった評価もよく耳にしました。 しかし、エンジニアさん的にいいこと思いついたかもしれませんが、スペース効率を最優先し、今や大人気のNシリーズ向け、要はFF車用の極めて幅(前後方向)に薄いエンジンをミッドシップ。 色々手も込んでるし、あまり効率的ではないなあと感じる箇所も多々見受けられるこのクルマ。 これでは多分作ってもそれほど利益にはつながらないでしょう。 ホンダのような量販自動車メーカーが作り続けてきた姿勢には一定の評価を下してもいいと思いますし、また、それありきで企業運営が制限されるとなれば、それもそれで由々しきこと。 生産終了も当然のことと思うのです。 ただ、それだけに生産終了のニュースを聞いたときは「なんとなく一目置いていてチャンスがあれば欲しかったクルマ、また買いそびれたか」という気持ちが強かったものでした。 「みんな持ってて僕だけ持ってないんだ」と駄々をこねる子どもではないけれど、自動車メディア関係者で比較的近しい人が立て続けに契約書にハンコを押し出したことは、当時(2021年春)に私をディーラーへと誘ったことに少なからず影響しました。 「もう永遠に新車で買うことができないのではないか」という、ある種の「危機感」が話だけでも聞きに行こうと思わせ、予算オーバーというか、具体的な予算目算は「組んですらいなかった」ものの、わずか30分で購入を決めることになろうとは。 「エイプリルフールであってほしい」と自分自身思ったのもまた事実であります。 車重830kg、絶対的にはそこそこありますが、今となってはなかなか軽量な部類です。 内燃機関だけで動き、ツーシーターで屋根を脱着できることを、安全装備などへの忖度に屈することなく実現する。 乗って爽快感があるマニュアル車、ホンダも2度と作らないだろうし、日本車ばかりか、欧州車でさえ、この手の話では最後の楽園であるように感じるロータスでさえ怪しい雲行き。 生産資源の有効活用を考えたら、常識的に、金輪際2度と登場もしない可能性が高い。 すなわち、ラインオフすることはないのではないか、という確信に近い予感がしたのでした。 旧弊かもしれないけれど、私たちが慣れ親しみ、憧れてワクワクした、あのクルマたちの魅力を持った最新のクルマ、最後の旧車がS660なのではないか。 そう思ったのが私がそもそも商談のテーブルに座ってみようと思った理由だったのです。 ■パワーウエイトレシオでは幻のS360に近い 660ccの3気筒エンジンで64馬力、数字で見ればそんなに力はありません。 乗ってもなかなかマイルドです。 でも小ぶりな1300cc以下のコンパクトカーなどと比べたらそれでも元気に回ります。 十分に身軽な感じ。 これは表現されているわけです。 ターボで過給されるのでトルクもあります。 あとは、重量物が車体中央に集中していますので、回頭性も高く、加減速も十分に機敏。 どちらが速いか、でいえば大きな排気量のクルマや、本格的にチューニングしてあるクルマには敵わないかもしれません。 でも、「軽快さ」、パワーで重さを解決していきますという乱暴なものではなくて、車重を少なく抑えています。 曲がったりするときのねじり、モーメントなど重力や遠心力の影響が少ない感じ。 今時のパフォーマンスカーにはない、これもクラシカルな良さではないかと思うのです。 ツインリンクもてぎに行った際、ホンダコレクションホールに立ち寄り、展示してあったS360(実際には販売はされなかった幻のモデルのレプリカ)を見る機会がありました。 排気量360ccで33馬力。 その車重が510kg。 パワーも車重もS660の方が重いもののの、技術レベルも違う当時としては相当頑張っていてんじゃないか。 そしてそれを当時のホンダの、とにかく高回転型のエンジンで、というのは興味深いところです。 いずれにしても、余分なことは排除して、思いっきり走る。 重さもパワーも、ホンダスポーツの「原点の2倍弱」というところ。 パワーウエイトレシオではそこそこ近いのではないか。 この感じこそ、クルマで味わう爽快感の原点?そしてホンダの原点?そんな気がしていたところでした。 この国の自動車の往来を想定していない旧街道で風土に浸る とうに売り切れになって自分には関係ないと思っていたクルマが買えてしまった。 これは達成感とかとは別の、通常はむしろ一物一価で厳密には2台と同じクルマはないはずの中古車選びなどで感じることが多い、一言では言い表せないような「縁」のありがたさなどを感じるのです。 そうなると、出かけた先で神社仏閣など、案外近所にもいいところが少なくないので、お参りをする機会も増えたように感じます。 こういう施設は古くからその地域を守っていたりして、その関係で、位置関係が今の都市計画の区画ではなく、旧道、旧街道の辻などに位置していることが少なくありません。 近くまではいい道が整備されているが、真前はクルマの往来を想定していない時代の道だったりということもしばしばあるものです。 昔の五街道などといっても、今の道幅で言うと路地レベルの道幅だったりする箇所も少なくありません。 そんな場所を走るのに、安全装備ダクダクの今時の自動車は大いに持て余すことでしょう。 こういうところでは、断然旧規格の古いクルマ、せいぜい軽自動車といったレベルがちょうどいいと感じさせてくれるものです。 ちょっと役所に行った帰り、銀行や買い物のついで。 そんな日常の合間で近所のパワースポットを再発見できる。 これ自体妙に嬉しいものです。 「ん?なんだかお導きかな?」こんなふうに思えてきたりして。 実は自分の暮らし、すぐ周りにこんなスポットがあったのか。 小さなくるまはそういうものを教え気づかせてくれたりもするのですね。 昔の車は小さかった。 だからこそ地に足がついた日々の暮らし。 地域に根ざしたカーライフ。 出かけた先々にある「軽自動車専用」という駐車スペースなど、小さなクルマのアドバンテージ、S660は、誇り高く「軽自動車」を堪能させてくれています。 アイドリングストップはなくていい S660にはアイドリングストップ機構がありません。 セルモーターへの負荷も小さくないですので、そこにゆとりを持たせ、対応の巨大なバッテリーを搭載する選択肢はなかったのかもしれません。 窒素酸化物等の有害物質も、始動時の排出がかなりの割合を占めます。 ストップアンドゴーを繰り返す都市部の路上で、いちいちアイドリングストップをすることが果たして環境にやさいいことなのかは実に議論の別れるところでしょう。 最新のクルマのなかにはあえてアイドリングストップ機能を省いているモデルもまた出てきています。 そもそも低燃費なクルマは、走行時にその好燃費を叩き出し、停車中はもったいないから止めてるだけ。 10秒以内に再びエンジン始動は正直燃費貢献の観点でも「瑣末なこと」なのでしょう。 大体S660も燃費を意識せず、しっかり回して走って、街中メインでリッターあたり17キロほど。 今時「燃費がいい」と声を大きくするレベルではないのかもしれませんが、まあ不満はないレベル。 あの小気味よい感じは、繰り返しますが、昔からあるライトウェイトなクルマの爽快感と、エンジンの奏でるビート感を楽しみつつ燃費も諦めない。 停止したら、鳥の囀りや風とともに歌う。 むしろ、そんな「内燃機関のが寄り添いつつ主張する」という感じも自動車往年の自動車の面影のように感じるのです。 そもそもクルマは「雨風凌げる+アルファ」だったはず 今の世の中にもっとも欠けているいること。 それは「許容すること」ではないか、と思うことがあります。 ボーダーレスとか、非常に幅広い視座が求められる世の中でありながら、すべての課題が解決すべき高いハードルとして積み上げられていくばかりで。 困難を「乗り越えることが成長」という旗印のもと、他者にも、自分にさえ追い込みをかける。 自動車もそういう面は少なくないでしょう。 安全、低環境負荷、人に優しいモビリティ。 確かに新しいクルマは優れているし快適。 けれど、それでなければならないか?と冷静になってみればそうでもない機能がとても多いということはないでしょうか? もちろん、それほどまでに快適なクルマが当然に買えて、昔の贅沢装備が最低レベルなものとして、標準装備で用意されたりしている。 それはとてもありがたいこと。 そういうものを利用できることには、どれだけ感謝しても、し尽くしたということはないでしょう。 しかし、そういう機能は未来永劫担保されるのでしょうか。 あらゆる便利な機能がコンパクトになっている。 当然「電気仕掛け」。 独立配線がハーネス化されて、いるわけではありませんね。 さまざまな可動部分がプリント基盤で繋げられる。 もちろん耐久試験はしているでしょうが、果たして何年持つのか。 そして壊れた時にはいくらかかるのか。 部分補修はできるのか。 考えると個人的には結構深刻になってしまいます。 それでいうと「小さく完結していた昔のクルマ」から、自動車はどのくらい進歩したのか?時々わからなくなるのです。 この下りは前にも書いたかもしれませんが、「もっと安全にしないと」とボディを大きくすると、重たくなる。 動力性能も、燃費も悪化する。 構成部品も大きく重たくなる。 当然ブレーキ・タイヤなどもすべて大きくなる。 今度は性能が向上したので、さらに、安全なものにしなくては、と、ボディが大型化するし、さまざまな機能や運転支援装置などが付加される。 この悪循環の直中に自動車の「進化だと我々が思ってきたこと」はあるのではないか。 この考えを覆すに十分な発見や感動は今のところない、というのが個人的には率直なところなのです。 クルマに多くを求めすぎているのではないか。 そう、反省を含めて感じることがあります。 昔は雨風凌げる「馬なし馬車」だったはずなのではないか、自動車とは。 もちろん、この手のものは富裕層が導入して広まり出しますので、ある種社会的地位や、富の象徴的記号という役割も、黎明期からあったでしょう。 贅沢装備を盛り込むという要素自体、それ自体を否定するつもりはありません。 それでも、大量生産大量消費的なプロダクトというのは、自動車のあり方として考えるべきもの。 博物館へ行って思うのは、カローラ、クラウンの初代モデルの作りのていねいさ。 世に出すならこのくらいは、というメーカーとしての節度というか、メーカーからオーナーへの「メッセージ」のようなものを、例えば窓の周りのモールや、ボディの作り込みに感じるのです。 これは「世の中に出す以上はちゃんとしないと」という、何か「よそ行きの緊張感」に近いものかもしれません。 機能や装備はシンプルであっても風格はある。 それが見映えとなり、やがて路上で人の目に止まる。 クルマへ羨望を集めなくてもよいが、作り手の魂が眼差しを集めるのではないか。 その点、S660はぱっと見は今時のクルマにはなってしまっています。 二人乗りの軽自動車で800キログラムオーバーの車重、絶対的には決して軽量ではありません。 それでも、今時のクルマとしては器としても、機能としても最低限。 そこに清々しさを感じたものでした。 そして、オーバーな言い方をすれば、こういうクルマが新車で販売されることは未来永劫ないだろうと。 ホンダのような量産量販メーカーで、何かが間違って、魔が差せばはんこを押せるレベルの価格で販売されることは私が生きている間では2度とない、と断言に近い予感がしたので購入したというのが正直なところでした。 実はこのクルマ、涼しい夕方に幌を外してというのもいいですが、雨の日のドライブも楽しいものなのです。 赤い幌のルーフトップで駐車場に待っているのを見るのも楽しいですし、乗り込むと、パラパラとその屋根を叩く音がするのです。 幌をしているとそんなに広くはないものの、妙に居心地の良い狭さ。 広い駐車場のコンビニに停めてしばらくその雨音を楽しんだりして。 「クルマは傘だ、雨風しのげて、ホントありがたいよね」トランクもない。 こんな「色々不便なクルマ」です。でもそのクルマが私に「ありがとう」と感謝の念を抱かせてくれるなど、どうして2021年4月1日、私がその販売会社で押さえていた最後一台のモデューロXバージョンZを縁あって注文した時点で思ったでしょうか。 エアコンとナビ、シートヒーターなんかついているのです。 これ以上期待してはバチが当たる。 クルマの装備、これでも十分すぎと思うほどなのです。 このクルマにはクルマ本来の「ありがたさ」が生きていて、どんなクルマも買ってみると見えてくることがあるものです。 ほんとこの二点、クルマ選び、クルマ購入の本質だと思います。 だから、タッチアンドゴーで九州往復、2,500キロのグランドツーリングから帰ってきても「30分だけで、ちょっと一回りしますか」という気持ちになれるのです。 出かけるのではなく「ただいま!をいう代わりのちょっとした挨拶ドライブ」乗るとホッとして、少し元気がもらえる。 なかなか良いものです。 だから、オドメーターは納車5ヶ月すぎて2000キロ強。 中込の所有車としてはものすごく遅々たる歩みのようですが、距離の積み増しの「密度」が今までの他のクルマとは違う。 やはりクルマのプリミティブな魅力、何事にも替え難い相棒感のようなものを感じています。 納車から約半年、全く旧車ではありませんが、S660を通してクルマ本来の魅力楽しさ、そして価値を噛み締めているのです。 しかし、雨の日も楽しくなるのはこのコーティングのおかげもあるでしょう。 江戸川区のアクティブガレージ阿部さんに薦めていただいたXPELのフュージョンプラス。 塗装面を強化に保護することに加えて、水弾きもよく、何より汚れが沈着しにくい。 このおかげで、S660を傘としてもとっても気に入って使えています。

これからもS15と過ごすため、今、一番、腐心している悲しい現実
旧車の愛好家たち 2022.07.14

これからもS15と過ごすため、今、一番、腐心している悲しい現実

こんにちは、ライターの糸井賢一です。『旧車王ヒストリア』では初の記事になりますが、よろしくお願いします。 ■20年前のクルマは現行車か?旧車か? はじめての原稿執筆にあたり、まだ旧車王ヒストリアに関して右も左も分からない身。 編集長の松村さんに「どのような記事を書いたらいいか?」と相談したところ、 「所有されるシルビアについて書かれてはどうか。例えばコンディション維持にかかるコストの変化とか」とのアドバイスをいただきました。いやいや、シルビアといってもS15ですよ。 シルビアの最終モデルで、旧車にはほど遠い現役の車種じゃないですか! そう自分では思っていたのですが、購入から22年を経ているということは、今の若い人から見れば自身が生まれた頃に発売されたクルマ。 僕が成人を迎えた頃、1970年のクルマをどう見ていたか。 思い返すと、なるほど今でいう旧車に近い感覚だった気がします。 そうか、S15(おまえ)はもう旧車だったのか。 誇らしくもあり、ちょっとショックでもある、複雑な気分。 ■旧車に強く、良心的な修理屋さんのおかげで維持できてます さて、S15の維持にかかるお話といっても、まだそれほど大きな影響を受けていないというのが正直なところ。 ボディにサビが出てきた。プラスチックパーツが劣化し、雨漏りが出てきた。 樹脂パーツの塗装剥がれが深刻。 エアコンが調子悪く、コンプレッサーの交換が必要。オルタネーターもそろそろ寿命。などなど……。 それなりの手入れは必要ですが、これは予定の通りというか、消耗品交換みたいなもの。 毎年、かけられるお金の範囲で直し直し乗ってます。あ、でも面倒をみてくれている修理屋さんが、ものすごく良心的だから維持できているってのはあります。 販売店に持ち込んでいた頃は、同じ箇所の修理、パーツの交換でも、倍近くの費用が必要でしたから(販売店批判じゃないッスよ。仕組みとして、どうしたってそれくらいかかるものでしょう。 修理にかかる時間は、即対応の環境を整えている販売店の方がずっと短かったですし)。 近年、パーツの欠品や値上げの話をちらほらと耳にするので、今後の維持には苦労させられるかもしれません。 自動車保険の金額は、シルビアの等級のアップにともなって購入より5年目くらい上昇。10年目くらいまでゆっくりと下降。 そこから年々、数百円ずつ上昇しながら今に至っている感じでしょうか。 安くはありませんが、支払える金額です。 ■盗難が不安で乗り換えを検討するも、いつも親バカ状態に 気になっているのは中古車価格の上昇と、それに比例するように多くなった盗難被害の話。 数年前、先述の修理屋さんに「念のため、S15にGPS信号発信装置を取り付けましょう」との助言を受けました。 聞けば愛車を盗まれるお客さんが年々、増えているそう。 盗難は身近な問題なのだと自覚した次第です。 シルビアがまだ販売店で購入できた頃。 GT-Rのようなスペシャルモデルでもない一量産車にここまで需要が増し、盗難が多発するようになるなんて、誰が考えられたでしょう。 ライターという仕事柄、取材で出先のコインパーキングに2~3日、駐車することはよくあります。 これまではなんてことない、心配なのはせいぜいイタズラくらいの行為だったのですが、最近は盗難に怯える有様。 お仕事が終わったのち「S15がなかったら、どうしよう」と、おっかなびっくりコインパーキングに戻り、無事に安堵する状態です。コインパーキングに駐車しても心配のいらない、盗難とは無縁の足車を用意すべきか。 けれど都内でもう一台分、駐車場を借りるのは経済的な負担が大きい。 そもそも「盗難が恐いから、もう一台、クルマを買う」なんて、はたして家族の理解を得られるかどうか……。うん、たぶん無理。 実際、こんな不安を抱えて日々を送るのは精神的によろしくないと、現行車への乗り換えを検討したこともあります。 でもね、販売店で気になるクルマを試乗したのち、帰り道でS15を運転するや「S15って、こんなによくできたクルマだったんだ。 20年後のクルマと比べても、見劣りしないじゃん」と、逆に再確認させられるんですよ。 運転席からの視界は良く、後部座席に気軽に荷物を放り投げることができ、1300キロに満たない車重はヤれたエンジンであっても軽快に走ってくれる。 アップであろうとダウンであろうとシフトチェンジは快感で、適度に低い車高と重心がもたらす安定感とロールの少なさは家族にだって好評。 時に小さなお子さんから「すぽーちゅかー!」と指さされ、手を振りかえしてあげるなんて……。 おぉ、乗り換えたくねぇ! このまま壊れるまでS15に乗っていてぇ! 分かっていたことではありますが、乗り換えの理由が「盗難が恐いから」は、あまりにも馬鹿馬鹿しく、そして悲しい……。 ■心がけ程度でも、やるのとやらないのでは違うと思うから いやもう、お上はもっと本腰を入れて、クルマの盗難を防いでくれないかなと。 SNSでも「盗難されました、拡散希望!」って投稿を見ない日はありませんし、こんなに盗難が多いのは「需要が高まっているから」では片付けられない、異常な事態だって伝わって欲しいですねぇ。 将来のために声を上げるのも大事ですが、今の環境の中で愛車を守るのはもっと大事。 日々、窃盗団に目を付けられないにはどうすればいいか、コインパーキングに駐めるにしても盗みづらいスペースはどこかを考えて行動してます。 念のためにドライブレコーダーも駐車中の記録ができ、GPS機能の付いた機種を選びました。ネガティブだけど、これも旧車を維持するための現実。 そんな心配のいらない時代が、早く来るといいッスねぇ……。 [ライター・カメラ/糸井賢一]

チャイシーから盗難まで。困っている人々の力になりたい:加藤久美子
旧車の愛好家たち 2022.06.28

チャイシーから盗難まで。困っている人々の力になりたい:加藤久美子

名前:加藤久美子 職業/肩書き: ・自動車生活ジャーナリスト(試乗記事以外の車生活に関わるあらゆる記事をテーマとしています)・認定チャイルドシート指導員(日本で一番チャイルドシートに詳しいジャーナリストです) 現在の愛車: ・アルファスパイダー(1998年初度登録)26万8000キロ走行・トヨタカレン(1999年初度登録)※息子の中学卒業祝いに買いました。知人から8万円で卒業式の日、甲府まで電車に乗って取りに行きましたよ~ ご自身の性格をひと言で表現すると? お人よし 好きなクルマは? 広くて中で寝られて仕事もできるクルマが欲しい!要するにキャンピングカー的なものかな 憧れのクルマは? フォードFシリーズピックアップトラック  旧車王ヒストリアではどんな記事を書いてみたいですか? 私が書く記事は、ほぼすべて独自企画、独自取材です。なので、他のライターが書かないような記事を中心に書いています。旧車記事によく出てくる「25年ルール」も正しく認識しているライターやメディアは非常に少ないので、正確で新しい情報を盛り込んだ旧車記事を書いていきたいです。また、旧車とチャイルドシートなど、私のライフワークのひとつでもあるチャイルドシートに関しても旧車と絡めた記事を書きたいです。海外のJDM事情、旧車の盗難関連、旧車のセキュリティ、旧車の自動車保険、旧車の長距離移動などについても。 その他なんでも・・・ 学生時代は神奈川トヨタのディーラーで納車引き取りのバイトに明け暮れ、大学卒業後は日刊自動車新聞社に入社。編集局出版部で、編集や執筆作業に関わっていました。1995年7月に日刊自動車新聞社退社してフリーランスへ2000年11月に第一子出産。クルマ好きの息子に育てるべく、おなかの中から「車英才教育」を施してきました。2012年10月に朝日新聞出版から「固有名詞子育て」を上梓。息子は高校生の頃から、海外取材に同行して取材交渉、通訳、撮影などを担当し親子で仕事をしています。息子(加藤ヒロト)も旧車王ヒストリアで記事を書く予定です。現在、くるまのニュース、AUTOCAR JAPAN、ベストカーweb、FRIDAY、FRIDAYデジタル、m3.comなどで定期的に記事を書いています。旧車系ですと、JDM、25年ルール、旧車盗難、海外旧車イベントなどが専門です HP/SNS/YouTube等 ・Twitterhttps://twitter.com/alfaspider1998 [ライター・撮影/加藤久美子]

8万円で買った90年代クーペを溺愛する中国車研究家:加藤ヒロト
旧車の愛好家たち 2022.06.23

8万円で買った90年代クーペを溺愛する中国車研究家:加藤ヒロト

名前:加藤ヒロト 職業/肩書き ・中国車研究家 現在の愛車 ・1996年型 トヨタ カレン XS ・1981年型 ホンダ モトコンポ ご自身の性格をひと言で表現すると? ・探究心の塊 好きなクルマは? ・基本的になんでも、特に2ドアクーペ全般 憧れのクルマは? ・デロリアン DMC-12・アルピーヌルノー A310 旧車王ヒストリアではどんな記事を書いてみたいですか? ・日本ではほとんど誰も知らない中国の旧車事情・アメリカでの日本の旧車事情・世界最大級のアフターマーケット/カスタムカー見本市「SEMAショー」で見つけたエキゾチックな旧車カスタムカー その他なんでも・・・ ・アメリカのカスタムカー事情、そして中国の自動車事情に精通した自分にしか書けない面白い記事を楽しんでもらえばと思います。 HP/SNS/YouTube他・Twitter @TheNEMAShow [ライター・撮影/加藤ヒロト]

魅力的なポンコツカーライフに、貴方様をご招待!!:クマダトシロー
旧車の愛好家たち 2022.06.03

魅力的なポンコツカーライフに、貴方様をご招待!!:クマダトシロー

はじめまして。YouTube「BEARMAN’s チャンネル(ベアマンチャンネル)」のクマダトシローです。 ■名前:クマダトシロー ■職業/肩書き ・ポンコツ修理系ユーチューバー・フリーランスの軽貨物ドライバー・その他いろいろ ■現在の愛車 平成14年式 スズキ アルト ラパン(HE21S) 1999年式 VW Sedan(通称:メキシコ製ビートル) ■ご自身の性格をひと言で表現すると? ・気分屋で横着かつ、めんどくさがり屋 ■好きなクルマは? ・国産・輸入車問わず、生まれてきた役割がはっきりしているクルマ・コンパクトカーや商用車など、熟考の後に余計な機能が省かれたクルマ・整備性の良いクルマ(具体的な車種はあえて述べません。) ■憧れのクルマは? ・ポルシェ911(930) ■旧車王ヒストリアではどんな記事を書いてみたいですか? まずは記事を書くにあたって、令和の現代において「旧車とは何ぞや?」と考えてみました。私クマダはちょうど40歳。成人してからすでに20年が経過しました。 振り返れば、クマダをはじめとするアラフォー世代においては「旧車=最低でも昭和のクルマ」的なイメージがありますが、平成初期のクルマは既に30年落ちです。20代前半の方々にとっては、生まれる以前のクルマです。 よ~くよく考えれば、私クマダがユーチューブで公開しているポンコツ軽自動車たちも、まもなくそんな年式に突入してしまうクルマたちです。そう、身近なポンコツ車達も立派な旧車ではないですか! ところで、クマダはそんなクルマたちをポンコツ呼ばわりしていますが、自分自身にとっては青春の20代をともに過ごした存在です。決して悪くいっている訳ではありません。 若い世代の方からみれば現行の新型車にない、新鮮に感じる部分が多々あるかと思います。低予算で購入しても、しっかり手を入れればまだまだしっかり乗れるクルマたちです。 そんなポンコツ車たちを維持するための内容がメインとなり、少し手を汚しがちな内容になると思いますが、まずは肩ひじを張らない身近な「ちょっと古いクルマとの付き合い方」をゆる~く紹介できればと思います。 ■その他なんでも・・・ 乱筆乱文お許しください ■HP/SNS/YouTube他 ・YouTube:BEARMAN’s チャンネル(ベアマンチャンネル)https://www.youtube.com/channel/UCTSqWZgEnLSfT8Lvl923p1g/ ・Twitter:https://twitter.com/BEARMANs_Ch [ライター・撮影/クマダトシロー]    

はじめまして。自動車趣味道をひた走る旧車愛好家です:島田和也
旧車の愛好家たち 2022.05.17

はじめまして。自動車趣味道をひた走る旧車愛好家です:島田和也

■名前:島田和也 職業/肩書き ・フリーカメラマン兼ライター(名刺には、フリーランス・プロ趣味人と書いてある)・著書「実用標準レンズ100本ガイド(学研)」、「ライカ入門編(ぶんか社)」の他、主筆 多数。・クラブマンモータースポーツを中心とする撮影活動にも注力していた。・現在は、主に写真&カメラ趣味の世界に限定した執筆&撮影活動に絞り、半分隠居生活をしている。 ひょんなことからWEBマガジンのライター陣に加入。それぞれのクルマが誕生した「時代の空気」を感じていただけるよう、チャレンジしたいと考えています。 現在の愛車 1969年式 フェアレディ2000(SRL311) 対米輸出車だが、89年に里帰り。日本国内最初のオーナーが私。レース活動資金捻出のため3年後に手放すが、2012年に縁あって買い戻すことに成功しました。 1970年式 フェアレディ240Z(HLS30) 購入予定は無かったけど、たまたま初期型が出てきたもので、2台所有していたレース用フェアレディのうち1台を手放し、購入を決意しました。カラーは、以前乗っていたレモンイエローも考えましたが、初期型の輸出モデルにあったらしいオプションカラーの「Sora Blue」にしました。 1980年式 サニークーペ1400GX(HB310) 2018年にワンオーナー、実走4.5万キロという個体が出てきました。さほど興味はありませんでしたが、2020年、ポルシェボクスターS(type 964)を売って、駐車スペースができてしまった瞬間ムラムラっときて購入。標準は4速MTでしたが、ローバックの5速ミッションに変えています。 1967年式 フェアレディ2000(レース専用車) 1983年式 ブルーバードバン(VJ910) 毎日の気軽なアシ兼長距離走行用パートナーとして愛用。元色はシルバーメタリックでしたが、現行ジムニー用ミディアムグレーに塗装し、車高も約10センチ下げています。購入後、キャブレターが要OHとなり、ついでにWEBERツインに変更。エンジンはノーマルのままなので、吸気音だけが元気なツアラーです。 ご自身の性格をひと言で表現すると? よくいえば寛容、ストレートにいえばズボラ…かな? 好きなクルマは? 50年代から73年までのモデルは、デザイナーや技術者達の創意工夫を強く感じ取れるので、スポーツカーから実用車まで全般的に好き。その代表を上げるなら、SP/SR系フェアレディ、VW Type1、アルファロメオ・ジュリアシリーズ&アルファスッド、ミニ、P411系ブルーバード、ポルシェ、初代カローラ、UP系パブリカですね。73年以降では、ポンティアック・ファイアーバードやシボレー・カマロ、ルノー5、アルファロメオ75TS、メルセデス190E2.3-16V、フィアット・パンダ900、MR2(AW&SW)、初代ターセル/コルサの2ドアセダン、初代プレリュード、CR-X Si、などかな。660規格軽自動車唯一の3ボックスセダンであるダイハツ・オプティにも魅力を感じます。 憧れのクルマは? 1970年式 プリマスAAR Cudaとポルシェ356A 旧車王ヒストリアではどんな記事を書いてみたいですか? クルマとオーナーの間に漂う空気、あるいはキズナのようなもの、また、そのクルマが誕生した時代の社会背景などを伝えられたらと思っています。 その他なんでも・・・ 旧車王を通じ、読者の皆様の自動車趣味生活が、より充実したものとなりましたら幸いです。 [ライター・撮影/島田和也]  

イベントサイドストーリー 会場の横道を行く:きもだこよし
旧車の愛好家たち 2022.05.17

イベントサイドストーリー 会場の横道を行く:きもだこよし

■名前:きもだこよし  ■職業/肩書き ・外車王SOKENライター・webマンガ マンガで綴るクルマエッセイ RED Equipe’s冒険隊連載等・各種イラストレーションやwebマンガ、ライティング・カーデザインはじめ各種デザイン等 ■現在の愛車 プジョー106GTi ■ご自身の性格をひと言で表現すると? 物事を穿った見方と歪んだ感性で見るくせにあまり人を疑わない矛盾人間 ■好きなクルマは? ・BMW1800・シムカ1000・ルノー5ターボ等 ■憧れのクルマは? ・BMW M1 ■旧車王ヒストリアではどんな記事を書いてみたいですか? イベントサイドストーリー カーイベントには参加車両が多々現れますが、それですべてではありません。そこには参加車両以外の見学に来た車両もさらにいます。そうした人知れず現れてそっと会場を後にするクルマたちにスポットを当ててみたいと思います。普段から愛車の似顔絵屋などというイベント活動をしていたせいか、あまり普通は目を向けられないクルマやモノにスポットを当てたい。そうしたクルマのオーナーも楽しんでもらえたらということを心がけたいと思います。 ■その他なんでも・・・ 持ち味としての立ち位置はあくまでもイラストレーター。絵描きですので文章としては他のライターさんに比べればつたない部分もあるかと思います。それでも表現者として読者に楽しんでもらうことを第一に考えて作っていきたいです。描くことが本分であるので機会あれば車両の紹介や小ネタをマンガやイラストで表現ができればとも思います。それで読み手が楽しんでくれれば最高ですね。 ■HP/SNS/YouTube他 ・Facebookhttps://www.facebook.com/koyoshi.kimoda・カーくるhttps://carcle.jp/UserBlog?UserID=5740・外車王SOKENhttps://www.gaisha-oh.com/soken/writer/kimodakoyoshi/[ライター・撮影/きもだこよし]  

旧車王マガジンは
旧車王
が運営しています

旧車王は、「買取は10年以上の旧車だけ」というコンセプトのもと、旧車・クラシックカーに特化して25年、 累積15,000台以上を買取させていただいております。改造車から希少車まで、適正価格を見極めて買取させていただきます。弊社所属の鑑定士が最短当日で全国無料出張査定いたします。ご契約後の買取額の減額や不当なキャンセル料を請求する二重査定は一切ありません。特別なそして価値ある希少車の買取こそ、確かなノウハウと実績を持つ旧車王にお任せください!

すぐ査定依頼が可能!

Web査定申込はこちら

まずは車について気軽に相談したい

LINEで売却相談する

カテゴリ一覧

# 旧車の魅力と知識 # 旧車の売買と鑑定市場 # 旧車の再生と維持 # 旧車のイベント # 旧車の愛好家たち