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国産車のチョー当たり年。1989年モデルはなぜ人の心をつかんだのか!?
旧車の魅力と知識2023.12.18

国産車のチョー当たり年。1989年モデルはなぜ人の心をつかんだのか!?

奇跡といっていい年。 それが1989年。 国産車が次々と誕生し、まさに「国産車天国」「国産車の桃源郷」といっていい年だろう。 フルモデルチェンジや新規モデルはもちろん、MCや追加車種を含めると実に1年間に45モデルが誕生したとされる年。 数だけでなく、魅力あふれる質の高い国産車がどんどん誕生したのが特筆すべきことだ。 厳選して数台をピックアップしながら「なぜそれらは人気者になったのか?」を追っていき、最後に1989年が当たり年になった背景も交えていきたい。 ■まさに「スターの輝き」。まずはこのモデルを挙げないわけにはいかない、日産R32スカイラインGT-R 1989年国産車といえば……、まず日産R32スカイラインGT-Rを挙げないわけにはいかないだろう。 なにせ「1989年のクルマ=R32」と、0.7秒ほどですぐさま頭の中で結びつく人がほとんどだと思うから。 今見てもまとまりのある、2ドアスポーツモデルのカタチ。 絶妙に張り出したブリスターフェンダー。 格好いい~!と声を出さずにはいられないが、1989年当時の興奮度はこの比ではない。 先代GT-Rの販売終了から16年ぶりの復活誕生。 注目の浴び方はハンパなかった。 当時日産で行なわれていた「901運動」の集大成、新開発の2.6Lツインターボエンジン搭載。 日本車初の最高出力300psモデルを目指したが、馬力規制により280psに留められたモデル…… など、「見出し」になるネタがテンコ盛りというのもこのクルマの特色。 そして、いわゆる25年ルールが解禁され、アメリカがR32を輸入できるようになった昨今。 R32がもはや神格化している北米では、オークション落札価格が日本円で1000万円以上という事例も多いという。 日本で世界で、まさに「スターの輝き」のR32である。 ■R32が誕生した年に4代目フェアレディZ(Z32型)までも登場!もう泣くしかない! 日産のスポーツモデルの流れで、お次は日産4代目フェアレディZ(Z32型)に登場いただこう。 「フェアレディZといえばあのデザインね」と3代目までが頭の中にインプットされていたところ、このZ32型の姿を見て誰しも衝撃を受けたはずだ。 デザインからして「Zの新章スタート!」を感じるのに充分だった。 先代までのロングノーズ・ショートデッキではなく、ワイド&ロー。 先代より全幅がプラス65mmの1790mmとなり、当時としてはかなり平べったい日本車。 それだけに衝撃度も増し増しだった。 デザインのポイントは、これまた当時のクルマ好きにインパクトを与えたリアデザインとテールランプ。 現行RZ34型にこのテールランプデザインが盛り込まれているのは有名な話。 このデザインで、V6・3Lツインターボのアグレッシブな走りを見せるワケだから、街中で目を引かないわけがない。 それにしても、前項のR32スカイラインGT-RとZ32が同じ年に生まれるなんて……、やはり1989年は奇跡の年なのである。 ■ずっと憧れの的だったトヨタセリカも5代目が誕生。それが1989年という年だ 筆者のように「アラウンド還暦」世代にとって、子ども時分から格好いいクルマといえばセリカ。 憧れの存在でもあった。 そのトヨタ5代目セリカが生まれたのも1989年。 WRC用のホモロゲーションモデル、GT-FOUR RCも1991年に発表され、日本では限定1800台が販売されたという。 ということもあり、特別に5代目セリカのWRCカーの雄姿をお届けしているのが上の写真だ。 筆者の好きなハリウッド俳優、エディ・マーフィをCM起用し、「スゴスバ セリカ!」がキャッチフレーズ。 4代目より近未来感あるデザインになり、今見ると、現行クラウンクロスオーバーを思わせる顔をしていません……か?(こちらはリトラクタブル・ヘッドライトだが) 直4・2Lターボの最高出力は235psをたたき出し、当時の若者を興奮させるには充分。 歴代セリカでも強いインパクトを残した一台だ。 ■2人乗りコンパクト2ドアクーペというスペシャリティ感を味わえる、トヨタ2代目MR2 スポーティカーの流れでお次はトヨタMR2だ。 日本車史上、初の市販ミッドシップモデルとして誕生した初代のあとを受け、1989年に2代目MR2が誕生。 当時の日本車では珍しかった2人乗りコンパクト2ドアクーペ(今の日本車でも稀有な存在だが……)。 中身はセリカ/コロナベースがベースだが、初代の「角が取れた」感じの絶妙な曲線デザインが目を引いた。 のちに前項のセリカと同じ2L・直4にターボが追加され、シャープな走りを体感させてくれた。 乗るほどに2人乗りコンパクト2ドアクーペというスペシャリティ感が味わえるクルマ。 トヨタさん、よくぞこんなクルマを出してくれました~!と今でも感慨に浸るほどだ。 ■1989年誕生のスポーツモデル……。忘れちゃ困るぜ「人馬一体」のマツダロードスター R32GT-Rを皮切りに、1989年誕生のスポーツモデルの魅力を4台続けざまに取りあげてきた。 「スポーツモデルはもうないでしょ?」と言いたいところだが、あるんです。 そう、マツダ初代ロードスター(ユーノスロードスター)だ。 現行4代目まで脈々と続く「人馬一体のマツダロードスター」というクルマの礎を成した金字塔的クルマまでも、この年に生まれていたなんて……。 やはり、1989年という年は只者じゃない。 クルマ好きにとってまさに「盆と正月が一緒に来た」ような年である。  「MGのようなライトウェイトカーを作ってみよう」が開発のきっかけとされ、「人馬一体」というテーマがブレることなく現行モデルまで真髄を貫いているところは、脱帽するしかない。 爆発的な走りでもなく、アグレッシブな走りでもない。 車重を極限まで軽くした特有の「ひらひら感」あるFRの走りこそがロードスターの真骨頂、と筆者は熱く語りたい! その源流が初代モデルだ。 この誕生に感謝するしかないですね! ■海外メーカーにインパクトを与えた初代セルシオ。「高級車・新ステージ」への突入 今、「歴代の国産モデルのなかで海外メーカーにインパクトを与えたのはどれ?」と自動車ジャーナリストへ尋ねると、多くの方がこの名を挙げる。 それがトヨタ初代セルシオ。 1980年代前半、それまでの北米の高級車市場といえば、キャデラックやリンカーン、メルセデス・ベンツなどが占め、日本車メーカーが割って入れない状況が続いていた。 そこへトヨタが本腰を入れ、堅い門をこじ開けたのが高級車「レクサス」ブランドの戦略。 1989年、最初に投入されたのが初代LSで、それの日本仕様がトヨタ初代セルシオだ。 クルマ所有の大目標として「いつかはクラウン」が体の中に沁みついていた日本人にとっても、初代セルシオの登場は衝撃的だった。 (センチュリーは別格として)クラウンの上をいくセダンが誕生したわけだから。 が、当時はバブル景気、真っ盛り。 「超高級車、アリかも!」と市場が活気づき、初代セルシオは人気を博した。 時代背景も後押しし、「高級車の新ステージ」を築きあげたモデルといっていいだろう。 セダン然としたスタイル、全長4995mmという堂々たる風格。 新設計のV8・4Lエンジン搭載……。 クルマに新たな価値観が生まれたのも、1989年という年である。 ■ランクル80系と初代レガシィツーリングワゴン。のちのRVブームの礎となった2モデルも登場 現在、世界でも日本でもSUVの潮流は続くが、その源となるのがクロカン(クロスカントリー)だ。 そのクロカンやステーションワゴン、ミニバンといったカテゴリーで一時代を築いたのが、1990年代末から21世紀初頭にかけてのRV(レクレーショナル・ヴィークル)ブーム。 いまや「RV」という言葉自体が懐かしすぎますが……。 そのクロカンというカテゴリーを、歴代モデルたちが軸となり構築してきたのがトヨタ ランドクルーザーといっていい。 そして、ランクル80系が誕生したのが1989年だ。 2023年現在、復活販売として話題になっている70系の次の世代。 「無骨さの塊」という印象の70系以前より、洗練された雰囲気がある外観。 が、ランクルの真骨頂、ラダーフレームを基盤にオフロードでもタフな走りを見せる無骨さは健在。 オンロードでの快適性が向上したのも80系の特徴だ。 1989年にはもう一台、人気者のクロカンが登場している。 トヨタ2代目ハイラックスサーフで、ランクル80系を1.5まわりほど(!?)小さくしたモデルだ。 全長4470mmというサイズ感もあり、若い世代にも人気が高かったクロカン。 そして、のちのRVブームを支える大黒柱となるスバル レガシィツーリングワゴン、その初代モデルが誕生したのも1989年(写真下)。 いい意味で「レガシィよ、お前もか!」と有名な諺をアレンジして使いたくもなりますよ! スバル レオーネの後継モデルとして誕生。 それまでの各社のワゴンデザインが急にやぼったく見えるほど、洗練されたスポーティなデザインに目が留まった。 スタイルには確実に新鮮味があった。 5人がムリなく乗れ、荷物をたくさん積めるラゲッジという実用性の高いパッケージングは驚くばかり。 2Lターボが搭載され、スバル特有の4WD走破性。 「優等生」を地で行くクルマで、「ステーションワゴン」というカテゴリーに市民権を与えた立役者だ。 ■そして日産パオも誕生。1989年は「国産各メーカーの技術進化の絶頂期」でもあった! 1989年生まれの魅力あふれる国産車。 スポーツモデルやクロカンなどを取りあげてきたが、最後は毛色を変えて日産パオ。 今も記憶に残る、Be-1やフィガロとともに1990年前後に登場した日産パイクカーシリーズの一台だ。 どこかレトロ風味がありつつも、アウトドアテイストをも感じるスタイル。 いい意味で、初代マーチをベースにしたとは思えない出来。 3カ月間の予約受注で約5万1000台も売れ、時代のニーズに合致した「仕立て」だったことがよくわかる。 今スタイルを見ても、ユニークなボディサイドのキャラクターライン、上下二分割のリアガラス、開閉式の三角窓、外ヒンジのドア……など、かなり凝っている。 当時の企業としての日産の、余裕とセンスの高さが滲み出ているモデルといっていい。 ……ということで、「国産車の桃源郷」の年といえる1989年に登場した魅力あふれるクルマたちを取りあげてきたが、いやはや、よくぞこんなにも凄いクルマたちが同じ年に出揃ったな、とつくづく感じる。 国産各メーカーの技術進化と技術競争におけるひとつの絶頂期と、バブル景気の時期が重なり市場が一気に膨らんだ……ということが背景にあるといえるだろう。 後世に語り継がれる「奇跡の一年」。 1989年はなんとも濃い!です。 [ライター / 柴太郎 ・ 画像 / Dreamstime]      

「コンパクト」カテゴリーの開拓者、初代フィットは新たな国民車となった![開拓者シリーズ:第3回]
旧車の魅力と知識2023.10.02

「コンパクト」カテゴリーの開拓者、初代フィットは新たな国民車となった![開拓者シリーズ:第3回]

寿司の世界には、握り、巻物、押し、炙り…といった種類(カテゴリー)があり、「まずは中トロの握りで!」と食べる順番すら楽しみであったりする。 冒頭から日本の食文化を語るつもりはないが(汗)、クルマ購入の際、まずはカテゴリーを念頭に置いておくことが第一歩といえ、そのカテゴリーを築いていったパイオニア(開拓者)にスポットを当てるシリーズ企画。 最終回となる3回目は、「コンパクト」カテゴリーを世間へ広く認知させていった、立役者にして開拓者の、ホンダ初代フィットの真の魅力に迫ってみたい。 今振り返っても、まさに「小さなスーパースター」である! ■今や月販1万台を超える超人気車もある「コンパクト」カテゴリー。現行4代目フィットの先祖が広く認知させていく トヨタならヤリスやルーミー、日産はノート、スズキはスイフト。そしてホンダはフィット(上写真。左はフィットクロスター)……など。 2023年現在、手軽に使える&乗れるクルマとして日本のユーザーに浸透したカテゴリーが「コンパクト」。  月販台数が1万台を超える超人気車もあり、ヤリスクロスやヴェゼルなど、コンパクトモデルのプラットフォームをベースに人気のSUVに仕上げたクルマもある。  この「巨大マーケット・カテゴリー」を築いた先駆者が、2001年に登場したホンダ初代フィットと言っていいだろう。 しかし、それ以前、小さなクルマが国産車になかったかといえばそうではない。 トヨタ スターレットや日産 チェリー、日産 マーチ、ホンダ シビック、ホンダ シティ、三菱 ミラージュなど、軽自動車とは一線を画す、登録車としての小さなクルマは人気が高かった。 思えばシビックはホンダのコンパクトカーの代名詞だった。 世代を重ねるたびに少しずつ巨大化し、現行モデルは全長4595mmもあるセダンクーペというカテゴリーに属している。 ……立派な姿になりましたね。 ■「MM思想」を体感できる室内。キャパでやってきたことは間違いではなかった…という証だ   前項で述べたように、少しずつ変化し、巨大化していくシビックに成り代わる、魅力的なコンパクトカーの開発が、ホンダには求められていた。 それを受け、1996年にはロゴ(上の写真)が誕生し、そのプラットフォームを流用したキャパが1998年に誕生。 ……が、いずれも人気を得ることはできず、残念ながら数年期間の販売という短命に終わった。 キャパは「キャパシティ」(許容範囲)という英語から取った名前のとおり、コンパクトサイズなのに室内が広いという部分が自慢だったが、コンパクトカーのわりには値付けがやや高めというマイナス面が行き渡り、販売面は厳しかった……。 が、それら2台の「イマイチな空気感」を断ち切ったのが、2001年登場の初代フィットだ。 ロゴ後継車とされるが、21世紀に入ったばかりのなか、ブランニューモデルの輝きが実に新鮮だった。 なんといっても最大の特色は「室内の広さ」。 ホンダの4輪モデルの根底に流れる「MM思想」(MMとはマンマキシマム・メカニズムミニマムを意味する)がここにあり!というパッケージング。 それは、スペース効率に優れたグローバル・スモールプラットフォームを採用した功績が大きく、コンパクトカーとは思えない広さに専門家も、ユーザーも驚いたものだ。 初代フィットを横から見ると、エンジンルームをできるだけ狭くした分、室内を広くとっていることがわかる。 MM思想の典型といえよう。 当時、筆者も乗り込み、「レジェンドより広いんじゃないの!?」と思ったほど(いや、マジです)。 世間に室内の広さでインパクトを与えたこの事実は、キャパでやってきたことは間違いではなかったということだろう。 ■日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞し、2002年は年間販売台数で登録車1位という快挙! もちろん、見た目のインパクトも絶大で、それまでのハッチバック・コンパクトカーとはベクトルが違う丸みがあり、どこか親しみが湧くデザイン。 女性ウケもよかった。 燃焼効率を高めた新開発の1.3Lエンジンで燃費もよく、シートアレンジも多彩。 普段の買い物はもちろん遠乗りでもストレスはなし。 「このクルマ、いいね!」 そう感じさせる出来映え。 さらに、筆者的には3連メーターが気に入っている。 デジタルメーター旺盛な今、改めて見ると、どこかスポーティな雰囲気にワクワクしますね! 初代フィット登場前にもトヨタ ヴィッツやマツダ デミオなどのコンパクトカーは多数あったが、フィット人気は絶大。 その2001年、日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞という快挙も成し遂げた。 2002年以降、トヨタ ist (イスト)や日産 マーチの新型が発売されるなど、各メーカーはコンパクトカー・カテゴリーにも重きを置く戦略を敷く。 それでもフィットは売れまくり、2002年の年間国内販売台数は、なんと25万790台。 33年間トップを維持していたトヨタ カローラを抜き、登録車1位になった。 「新しい時代の国民車」といっていい存在となった瞬間である。 ■初代の魅力をしっかり受け継いだ2代目と3代目。「コンパクトカーの顔」となっていくフィット 室内パッケージングに革命をもたらし、年間販売台数1位を記録。 さらに日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞と、数多くの勲章を得た初代フィット。 コンパクトカー・カテゴリーのベンチマーク的存在となり、その後、誕生する日本のコンパクトカーたちに多大なる影響を与えたクルマであったことは間違いない。 まさに「コンパクトカー・カテゴリーの開拓者」である。 そして、ホンダ フィットの2代目(2007年誕生・上写真)は初代のDNAを受け継ぎ、2世代続けて日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ハイブリッドモデルも追加される。 3代目(2013年誕生・下写真)はグローバル市場でも最量販車となることを目標にしたモデルで、顔つきがシャープに変わったことが話題を呼んだ。 現行4代目(2020年誕生)は、クロスターという時代のニーズに合わせたクロスオーバーモデルも設定するなど、バリエーションの妙が実にユニーク。 目(ヘッドライト)が初代のように丸っこいものに戻ったのもエクステリアの特徴だ。 正直、売れゆきはいまひとつの現行4代目モデルだが、筆者は好きである。 「この室内の広さにはやっぱり驚く!」 初代が生み出した「賜物」は、4代目でもしっかりと体感できる。 [ライター・柴太郎 / 画像・photoAC、Dreamstime、Honda]

土より街を選んだ「SUV」カテゴリーの開拓者、初代ハリアーを深掘り![開拓者シリーズ:第1回]
旧車の魅力と知識2023.08.21

土より街を選んだ「SUV」カテゴリーの開拓者、初代ハリアーを深掘り![開拓者シリーズ:第1回]

醤油、味噌、トンコツ。さらには家系……。 種類(カテゴリー)が多いゆえに味わう楽しさがラーメンにあるように、クルマにもいくつかのカテゴリーがあり、クルマ選びのスタート地点になっていると思う。 例えば「セダンから愛車を選ぼうと思ったけど、ラゲッジの使い勝手を考えるとハッチバックもアリだね……」と。 そんなクルマのカテゴリーには、それぞれ「始まりの存在」があるはず。 カテゴリーの開拓者(パイオニア)たちにスポットをあて、その開拓者の魅力を探りながら、私、柴太郎の独自視点でカテゴリーを形成していった功績や理由(ワケ)にも焦点をあてていきたい。 「短期集中3回シリーズ」でお届けしていきたいが、第1回目のカテゴリーは「SUV」。 そして、その開拓者はトヨタ初代ハリアーだ。 ■「SUV」という言葉が浸透する前夜には、確固たる「クロカン」ブームがあった 国産車、輸入車問わず、今をときめくカテゴリーといえば「SUV」だろう。 時代を遡り、1980年代から1990年代にかけて、最低地上高が高く、オフロードに強いヘビーデューティー使用の4WDモデルは一定人気があり、「クロカン」(クロスカントリー)というカテゴリーを形成していた。 スズキジムニーからトヨタランドクルーザーまで、サイズはさまざま。 都会乗りでも人気を集めた「三菱パジェロブーム」(1992年頃)が巻き起こり、また、従来のクロカン・カテゴリーの匂いがあまりしないトヨタRAV4(1994年)やホンダCR-V(1995年)など、シティ派ライトクロカンといえるモデルも次々と誕生。 それらは大ヒットしたが、「新しい何か」や「SUV」という言葉を市場に浸透させるには至らなかった。 ■「クロカンのようだが、どこか違う」。1997年、トヨタ初代ハリアーが新たな風を吹かせた そして1997年。突如としてトヨタが放ったモデルに世間の耳目が集まる。 それが初代「ハリアー」。 それまでのクロカンと、大枠という意味でのカタチは似ているが、丸みを帯びたスタイリッシュなデザイン。 斬新な大径タイヤを履き、オフロードをイメージさせる雰囲気はほぼ皆無。 その外観だけで「クロカンのようだが、どこか違う……」という新たな世界観を感じさせた。 今改めて見ても、リアピラーのデザイン処理は秀逸すぎる、と思う。 また、FFベースでモデルをつくりあげたという発想も、それまでのクロカンモデルとは一線を画している。 頑丈さと耐久性に優れたラダーフレーム構造。 多くのクロカンは、ピックアップやトラックなどに採用されるこのラダーフレームを採用していたが、初代ハリアーはフレームと上屋を一体構造にしたモノコックボディ構造を採用。 オンロード重視のコンセプトは「なんちゃってクロカン」と当時揶揄されたが、今思えば時代をかなり先取っていた戦略であり、この構造の違いが「別物」を生み出したと言っていい。 床から天井までのボディ全体でクルマを構築しているモノコックボディからは乗用車感覚が伝わり、広いキャビンは「まるで高級サルーン!」と例えていいほど。 初代ハリアー。 まさに「新しい何か」が感じられるモデルであり、当時のクルマ好きを振り向かせる存在であった。 ■初代のCMキャッチフレーズは「WILD but FORMAL」。猛々しくもスタイリッシュ。それが似合っていた 前項で「まるで高級サルーン!」と述べたが、当時、クルマ好きの仲間たちと初代ハリアーで高速道路を試乗したことがある。 そのモデルのパワーユニットはV6、3Lだったが、走行しながら、「この滑らかな走り味は背の高いクラウンのようだ~!」と興奮しながら、みんなで絶叫したことを思い出す。 そういう意味では、現在人気絶頂のクラウンクロスオーバーのコンセプトを、25年前に先駆けていたのが初代ハリアーなのかもしれない(……これはちょっと乱暴な表現ですかね。笑)。 このように「新しい何か」をもたらせた初代ハリアー。 シティ派クロカン、あるいはスタイリッシュ・クロカンともいえる存在となり、直後にメルセデスベンツMクラスやBMW X3など欧州ブランドからも「その手があったか!とフォロワーが誕生。 まさに開拓者(パイオニア)といえる。 SUV(スポーツ・ユーティリティ・ヴィークル)という、北米で形成されつつあったカテゴリーの言葉が、初代ハリアーの認知、市場への浸透とともに膨らんでいったのが、ちょうど20世紀が終わりを告げるあたりである。 ■2代目、3代目と正常進化したハリアー。パワフルな走りを味わえるハイブリッドモデルには驚いた! ▲レクサスRXの兄弟車的存在の2代目(上)と、価格を抑えたグレードもあった3代目(下)。3代目のグリルデザインは注目の的! その後、ハリアーの2代目は、レクサスRXの兄弟車的存在として2003年に誕生。 2005年にはトヨタの懐刀、ハイブリッド搭載車も追加された。 V6、3.3Lエンジン+モーターの組み合わせは、当時のハイブリッド=エコという認識を覆すかのように、燃費性能よりむしろ速さ重視というセッティング。 背の高いSUVでも速い! という新境地を提供したモデルといっていい。 2013年誕生の3代目はレクサスRXと袂を分かち、専用モデルとして新たなにスタートを切った。 2Lガソリンモデルという、価格が抑えられたグレードがラインナップされたこともあり、20代の若者にも人気が広がり、「SUV」はいろんな層に受け入れられていく。 ハリアーらしいエレガントさは保ちつつも、スポーティ志向もある。 何よりフロントグリルにガラスのような素材を採用したのが斬新。 当時、ある自動車評論家氏はこのグリルを見ながら「SUV界のEXILEだね」と言っていた。 ふむ、まさに言い得て妙だ。 クーペフォルムとなったスタイルは、シティ派SUVの本流のど真ん中を走っているといっていい。 また、国産ミドルサイズSUVの主役を担っていることも明言したい。 それだけ、トヨタが力を入れて開発しているモデルであり、ユーザーが求めるクルマでもある、ということだ。 初代の誕生から26年。 SUVの開拓者となった「ハリアー」というクルマは、脈々と世代を紡ぎ、SUVのなかで今でも主役を張る。 これは……「凄い」としか言いようがない。 [ライター・柴太郎 / 画像・Dreamstime, Photo AC]

大発見!野球の9つのポジションに当てはまる国産旧車たち
旧車の魅力と知識2023.07.05

大発見!野球の9つのポジションに当てはまる国産旧車たち

日本人は男女問わず「野球好きだ!」。 そう実感したのが2023年3月に開催されたWBC。 大谷翔平選手をはじめ、サムライ戦士たちの躍動と興奮を受け継ぐように、現在プロ野球も大盛り上がり中。 そんななか、ふと思った。 「野球のポジションを連想させるクルマがあるじゃないか」と。 これは……大発見だ! 国産旧車でポジション別に挙げていきたい。 ■チームのカギを握るピッチャー。Z33がそれにぴたりとハマる! まずは野球という試合に挑むにあたり、カギになるのがピッチャーだ。 勝つか負けるかピッチャー次第、といっても過言ではなく、クルマに当てはめればメーカーの顔であり、売れてもらわなくては困る、という存在。 ならば、2002年登場の日産フェアレディZ(Z33)こそ、ピッチャーにふさわしいだろう。 やや荒っぽいが心地いいサウンドの3.5L NAエンジンを搭載し、速球派ピッチャーばりの加速を味わえるモデル。 Z32の発売終了から、長らく続いたフェアレディZ消滅期間からの「奇跡の復活劇」は、あの巨人・桑田投手の復活登板を彷彿させる!(古いか…) 次はキャッチャー。 扇の要とされるポジションで、どっしり構えてぶれずにチームをまとめる役割がある。 そのキャッチャーはズバリ、トヨタ14代目クラウン(2012年)だ。 先代からガラリと顔を変え、特にアスリートのギザギザデザインのグリルは「奇抜すぎて違和感あるなぁ」と、皆感じていたもの。 しかし、数年経つと自然となじんでいく…。 「これがクラウンの顔だ」と、どっしり構えて発売したトヨタの戦略も含めて、まさにキャッチャーの姿だ。 ■背が高くテクニックも必要なファースト。ならばデリカ・スペーシアギアだ ファーストはやや地味な存在ながら、内野手からの送球を確実に受け取るテクニックが要り、高い送球をキャッチする必要もあるので「背の高い選手」が理想的。 背の高いミニバン界でもトップクラスの、三菱デリカ・スペーシアギア(1994年)に登場していただこう。 なにせ全高2070mmですから。 加えて、パジェロゆずりの4WD性能もあり、走りのテクでも見せる! 右に左にと軽快に動き回り、打球を処理するのがセカンドだ。 求められるのは軽さと俊敏性。 それはもう、ホンダビート(1991年)で決まりだ。 軽自動車でありながらミドシップ、四輪ディスクブレーキという本格スポーツ。 捕球が難しいゴロに対しても「着実に止まり」ファーストへ投げる。 四輪ディスクブレーキが効いている、ということだ。 ■花形ポジションのサードにつくのは、やはりR32 GT-Rしかいない サードは、あの長嶋茂雄選手よろしく花形ポジション。 守備で魅せて打撃でも魅せる。 なぜか3~4番打順のホームラン打者が多く、まさしく日産R32スカイラインGT-R(1989年)そのものではないか。 2.6L、直6DOHCツインターボという心臓を持ち、6速スロットルチェンバーなど、先進のメカニズムを搭載。 その走りのパフォーマンスと張り出したフェンダーやウィングで武装したスタイルは、まさにスポーツモデルの花形。 今でも圧倒的人気を誇るR32は、やはり長嶋茂雄さんに似ているし、現役選手ならヤクルトの「村神様」級の存在だ。 セカンド同様、俊敏性が求められるポジションがショート。 足さばきが重要となるが、ならば、開発時に欧州の道路を徹底して走り込んだという、スズキ2代目スイフトスポーツ(2005年)にショートについていただこう。 超人気の現行モデルの基盤を築いた世代といっていいモデルで、1.4L、直4DOHCながら1060kgという軽さもあり、狙ったラインを思いのまま走行できる爽快感がある。 やはり、狙った打球を確実につかむ、ショートのポジションがお似合いだ。 そうそう。コスパのよさはこの2代目も同じだが、プロ野球のショートでコスパのいい選手は……いないかもしれません(汗)。 ■人馬一体の走りでどんな打球にも追いつく「球際の魔術師・ロードスター」 続いては外野のポジション。まずはレフト。 ライン際に痛烈な打球が飛んでくる場合も多く、足の速い選手が理想的なポジションだ。 ここは、スバル3代目インプレッサWRX STI(2007年)の出番だろう!  インプレッサWRXシリーズのなかでも人気を誇る3代目で、発売当初のハッチバックに加え、4ドアセダンも設定。 どちらも筋肉系のスタイルで格好いい。 まさにレフトにつく選手とかぶる。 2L、水平対向4気筒ターボは最高出力308psと実にパワフル。この出力をもって打球を追う。3代目インプレッサWRX STIなら任せて安心。エラーなどするはずもなし! 外野の守備、その要となるのがセンター。 なにせ、前後左右に打球がどんどん飛んでくる。 それを軽やかに走り、キャッチしなければならない。 このポジションに似合うのは、マツダ初代ロードスターしかいない。 軽量で強靭なフレームを採用し、1.6L、直4DOHCを縦置きに搭載。 意のままに走れる「人馬一体」感で痛烈な打球も、風を切りながらキャッチ! うん、サマになること間違いなし。 ■驚きの好燃費でイチローのように長く「走り続ける」プリウス そして、ライトを守ってもらうのはトヨタ3代目プリウス(2009年)。 予約受注がものすごい数で、発売されてからも長らく月販台数1位に輝いていた超人気モデル。 その人気のさまは、ライトといえばこの人、イチロー選手を彷彿させるほど。 新開発のハイブリッドシステムTHS-Ⅱを搭載し、当時の10・15モード燃費で38.0km/L。 この驚くべき数値で、イチロー選手同様にず~っと、なが~く走り続けたのである。 ……以上。 「野球のポジションを連想させる9台の国産旧車」を、個人的主観で取りあげてみたが、野球選手のアグレッシブな動きをイメージさせるモデルばかりじゃないですか! と判明。 秋まで熱く続くプロ野球を観戦しながら、選手たちにクルマをカブらせてみることも一興かもしれない。 [画像・トヨタ,日産,ホンダ,マツダ,三菱 / ライター・柴太郎 ]

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