2025年の夏も想像以上に暑い日が続いています。しかも、信じられないほどの暑さが。 東京では8月27日までに10日連続の猛暑日を記録したそうです。 路上では熱中症で救急搬送をする救急車のサイレンが鳴り響き、大汗をかきながら路上を歩く方々を目にする日々です。こんなときにはどうすえばいいか?考えました。 暑いときには逆療法、暑いからこそ辛いカレーや熱いうどんを食べて汗をかく。クルマでもそれは可能です。ただオーバーヒートやパーコレーションの話では、暑さの前に不安が立ってしまいます。ですので、別のお話をしたく思います。 この世の中には知らなくてもいいこと、知っても意味のないことがあります。ええ、世の中の大多数の人たちから「どうでもいいよ」といわれるようなことです。しかし、たまにふとこれはどうなのだろう?と思ったことはありませんか。そう、これはそうした素朴な疑問、あなたが知らなくても一向にかまわない世界のお話です。 スポーツカーは多くの場合、2座しかなかったりするものがあります。いわゆる「2シーター」モデルです。その理由はエンジンが後部にあったり、重量配分の都合上、後部座席を持たないためです。 ですが、世の中にはそれではいけない、そうしたクルマでも4人は乗れなくては!と、後部座席を一生懸命(無理やり?)設計して組み込むという努力をメーカーがしてきました。 あくまでも一説によれば・・・ですが、ポルシェ944(924)とマツダ サバンナRX-7(SA22、FC3S)はまったく逆の理由から後部座席を設置することを考え、非常に似たスタイルに至ったという面白い話を学生時分に」伺ったことがあります。2座でもいいのだけれど4座で作りたい944、2座で作りたいのだけれど法規制や販売を考え、やむおえず後部座席を作ったサバンナRX-7。それでも両車は似てしまう。なんだか不思議なお話です。 そんな数多の2ドアスポーツカーが後部座席を持ち、それは果たして本当に使い物になるのだろうか?決して長身ではありませんが、脂肪分たっぷりの私(きもだ)が実際に乗り試してまいりました。 ■アルピーヌA610 フランスを代表するスポーツカーA310から続くRRモデルの最終型。ポルシェ911と同じレイアウトながら、座ってみると思いのほかヘッドクリアランスが取れています。そのため、長身の方でなければそれなりにドライブも可能そうです。ただし、エンジンの熱はそれなりに籠るので夏場はお勧めいたしません。 また、乗り込んだだけではそれほど狭さは感じられません。むしろサイドサポートはしっかりとホールド感すらありします。車高の低さゆえか、さすがにヘッドクリアランスはお世辞にも期待できませんが、それでも十分にドライブに耐えるようにも感じられます。 それでは前席の背もたれを起こして実際の運転状況に合わせてみましょう。思ったよりは圧迫感はありませんが、やはり足元が狭い。座面が低いためやや体育座りのような姿勢からさらに足を開き、シートを間に入り込ませないとなりません。もし後席に女性を乗せるのであれば、美しい姿勢のためにはヨガのインストラクターのようになるかもしれません。 ■ポルシェ911(996モデル) やはりRRレイアウトのためお世辞にも余裕があるとはいえません。シートの硬さもクッションがあまりなく、非常に硬めです。何より前述のアルピーヌ A610に比べてもヘッドクリアランスがないため、大人は短距離で限界でしょう。しかし、人によってはこれで親子4人でテントとタープまで装備してキャンプにも行く方も。乗り手の気合い次第ではいろいろなことができるかもしれません。 早速乗り込んでみますが、既に先ほどのアルピーヌ A610と同じように足元は厳しさが隠せません。シートを起こすのが不安になってきました。 シートを起こすともう後席部分は一杯いっぱい。にじむ汗でデフロスターを作動させても曇りそうな狭さです。前席のヘッドレストは目の前に迫り、後部やヘッドクリアランスはほぼ皆無といえるでしょう。 ■スバル ヴィヴィオT-Top(タルガトップ) 最後のご紹介はスバルのヴィヴィオ タルガトップです。前述の2台に比べはるかに車高は高く、安心感がありそうです。しかし油断してはいけません。これはあくまでも後部座席に人を乗せて快適にドライブが可能かどうかを検証するために行っているのです。 それが証拠にこの後部座席の画像をご覧ください。もうすでに不安しかない狭さです。 では実際にご着席いただきましょう。今回は筆者ではなく、現地にいた似たような体格のお2人に入っていただきました。既にこの時点でも「ミッチミチ」です。リアウィンドウセクションを起こしたら接合部から色々染みだしてきそうな感じさえあります。 このクルマではここまでは序の口。ここまで小さいクルマですから、やはりフル乗車したらどうなるかを見てみたいと思うのが人情です。で、乗っていただきました。 なんというせまっ苦しい、もとい暑っ苦しい絵面でしょうか。さすがにリアウィンドウと屋根を着けてくれとお願いはできませんでした。恐ろしい画像です。 ここまで読まれた読者の皆様、エアコンなんて切って窓を開けてください。たぶん清々しい空気と涼しい風が感じられるはずです。 ■まとめ:狭くても、暑くても、リアシートはあった方がいい この夏、日本各地で40度を越える気温を観測しました。この狭く暑そうな図を見て、その後の開放感溢れる世界を見ればとても涼しく感じられるのではないでしょうか。 今回この無茶な企画で手伝ってくれた方々、とても楽しそうにご協力をいただけました。 狭くても暑くてもみんながそこにいて、クルマをドライブすることができればそれだけで楽しくなると思うのです。 夏場でも楽しくドライブをいたしましょう。ただし、後席に人を乗せるときは車種によっては5~6㎞以内にとどめておく方が無難かもしれません。 [画像・ライター / きもだこよし]
6月7日、8日の2日間に渡って、愛知は愛・地球博記念公園(通称:モリコロパーク)にて欧州車の祭典「ミラフィオーリ」が開催された。 「ミラフィオーリ」は欧州車オールジャンルのイベントであり、年式は問わない。 新車から戦前車(来たのを見たことはないが)まで参加が可能なイベントだ。毎回さまざまな車輌が参加しモリコロパークを彩っている。今回は初の2日間連続開催となる。 ■ミラフィオーリはなぜ2日間になったのか? 多くのイベントは基本1dayがほとんどだ。それは個人、企業主催に関係なく仮に2日間と思えていても、実際には会場入りが前泊ということで2日に感じたり、その“おまけ”や前夜祭的に行われていたりと、どこか付随感があった。その点、ミラフィオーリではしっかり丸2日間だという。それはいったいどういうことだろうか? 会場であるモリコロパークは、もともと愛・地球博という万博の会場であった。それが今年20周年を迎えるにあたり、愛・地球博20祭と称して毎週末イベントを行うという。開催期間と同じく3~9月の間、毎週末イベントを行うと県の関係者が決めた。ただ、毎週行うには関係者だけの企画では行き詰ってしまう。そこで過去にイベントを行ってきた方々の協力は必須であり、ミラフィオーリ事務局(チンクエチェント博物館)にもそのひとつとして打診があった。 毎年行っている側としては快く引き受けたものの、条件には「2日間の開催」が加わっていた。では2日間で何を行うのか?そう考えたときにせっかく向こうから打診があったのだから、この機に普段できないようなことを提案してみようということになった。それが愛知県庁からモリコロパークの会場までをラリー形式で走る「ドライブラリー」だ。 当初は改修が終わった愛知県庁本庁舎の正面玄関ロータリーから出発の予定であった。しかし、残念ながら改修工事が予定どおり終わらず、急遽同県庁の西庁舎からスタートとなった。予定外の事態はあったが、公の場でのドライブラリーが行われた事実は、まぎれもなく新たなミラフィオーリの歴史となったことだろう。 ■変わらぬ会場の雰囲気 会場には、2日間であわせて400台を越える車輌が集まった。参加車輌には最大勢力であるフィアット500(アバルト含む)を中心に各欧州車が整然と並ぶ。ポルシェ、BMWを中心としたドイツ勢や珍しいところではVWのUPGTiが参加していた。 また近年の参加車輌で興味深かったのは、現行ジャガーの参加だ。親会社の関係上、はたして英国メーカーといっていいのかは異を唱える向きもあるかもしれないが、新しいモデルが参加してきたことが素直に喜ばしかった。 今回ドライブラリーに出走している関係で、初日の解説役をすることができない自動車ライター嶋田智之氏に代わってマイクを握ったのは、Youtubeチャンネルで中部地方を中心に活躍をされているGo carの新車情報のキャスターGocar氏。おなじみの嶋田氏とチンクエチェント博物館館長である深津氏の掛け合い解説に替わって大役を務めていた。 ■謎のカバーの車輌の正体とは? 本部テントの前には、トリコロールカラーのベールに包まれた謎の車輌が展示されていた。様子から察するに、ドンガラのホワイトボディそのままの車輌は、今回の会場の大きなテーマである愛・地球博20祭を象徴する展示車でもあった。 イベント開催の挨拶とともにアンベールされたフィアット500は乳白色に塗装され、表面には細かい粒がちりばめられている。実はこのクルマこそ、20年前に愛・地球博でイタリア館においてホワイトチョコレートでコーティングされ、展示されたクルマそのものである。さすがに当時と同じようにチョココーティングで展示すれば、この天候であっという間に溶けだしてしまう。そのため、当時の色味に近い白色で塗装をしているそうだ。 ちなみに細かい粒はいったい何だったのか?正体はヘーゼルナッツなどのナッツ類。当時の再現とはいえなんとも芸の細かいことである。 ■最大勢力を深堀してみる 普段のイベントでは珍しい参加車輌やバブルカーなどのクルマについ目が行きがちだが、20祭の主役とも言えるチョコレートフィアット500を踏まえて今回は最大勢力であるフィアット500を中心に少しじっくりと見て回らせていただいた。今回はいつも以上に見ごたえのある車輌が参加していた。 なかでも会場の正面に置かれたBMWのM1やクラウザードマーニなどはその最たるものだろう。アルファ ロメオのRZが2台もいる光景などクラブイベントでもなければまず見ることなどない。だからこそ最多参加台数のフィアット500の中にも訳ありなクルマはいるはずだと、他になさそうな雰囲気をもった500を選んで話を聞いてみた。 ■戦闘機?F15をモチーフにした嘉手納帰りのアバルト500 薄いグレーに米軍機の徽章のアバルト、モチーフは戦闘機のF15。エアロパーツメーカーであるリバティワークスで企画があり、自車を持ち込んでのカスタムを施した車体。完成後は実際に沖縄の嘉手納米軍基地に持ち込んで、F15戦闘機とのツーショットを撮影している。 ■気がつけばステッカーの嵐、アジップロゴが紡ぐアバルト500 FIAT500、アバルトを通じて最多のデカール数を誇る1台。このクルマには元となる車輌が存在しており、購入当初は大きなアバルトのデカールのみだったとのこと。知り合った元となるクルマのオーナーから、少しづつ同様に仕上がるようにデカールを供与してもらったという。もちろん細部は違うそうなのだが、2台並ぶとどちらが自分のクルマかわからなくなるほどだったという。現在、元の1台は色替えをしたため、それを引き継いでずっとこのデカール(アジップ柄)で行きたいと話してくれた。 ■そして次へ 2日間にわたって開催された愛・地球博20祭コラボイベントのミラフィオーリ。初の試みがいくつも散りばめられ、初めて尽くしの開催だった。主催者はじめ多くのスタッフが初心に戻って動き回ったイベントだったのではないだろうか?来年の体制やエントリーをいま語るのはやや無粋かもしれない。それでも筆者は次回を、そして次の20祭としてのミラフィオーリを期待している。 [ライター・カメラ / きもだこよし]
2025年5月25日、埼玉県の某所で開催されたイベントがある。1990年代の車輌を中心に集められたカーイベント「第6回東京キューマルミーティング」だ。 今回で7回目を迎える「キューマルミーティング(主催者によると、過去に臨時で開催したことがあり、それは"2.5回"と銘打ったそうだ)」は、1990年代に生産されたクルマを集めたイベントだ。 エントリー条件は年式のみで、国産、輸入車を問わず参加が可能。ただし、(条件ではないのだが)会場がシークレットとなっている。 ■秘密の会合へようこそ こう書くと、まるで秘密裏にこっそり行う集まりのように聞こえてしまうが、前述のとおり、参加者以外には会場を明かしていないという意味合いだ。実際は至ってポピュラーなカーイベントである(実際に筆者も取材の旨を打診するまで会場を知らなかった)。 イベントの参加者はエントリーフォームから参加の表明を行い、必要事項を記入して送信すると、主催者側から返信の連絡とともに会場の場所が伝えられる。何やら背徳感溢れる秘め事のお誘いのように書いてしまったが、実際にはトラブル防止や安全対策の一貫で行われた予防措置的な参加申込がその理由だ。 主催者にそのあたりを伺うと、近年カーイベントで開催場所をオープンにしてしまうと参加枠以外の車輌が見学者として会場に来られる。それ自体は何ら問題はないのだけれど、なかにはこちらの基準を満たさない車輌(極論車検が通らないようなクルマ)も現れてしまう。そうしたクルマを未然に防ぎ、なおかつ飛び入り参加の車輌が来ることもない。さらに、参加者全体の把握もできるので、このような手法をとっているそうだ。そうしたことからも、参加者が安心して親睦を深めることができるという。 ■なぜ90年代に惹かれたのか? 参加している方たちの年齢は、ざっと見るだけでも相当に若く見える。実際筆者が話をうかがった方々にそれとなく聞いた年齢も、30~40代が主流であり、おそらくは20代の方もいたのではないかと思われる。そんな彼らがどうして免許も取得できない年齢の時分に生産されたクルマに惹かれたのだろうか?幾人かに伺うと、大きく分けて2つの答えが挙げられる。 ひとつは年配である筆者たちにもあることだが、自身の現体験に基づいていることが多い。子どもの頃自宅にあった。親が乗っていた。自動車ショーで見て憧れた。そういった類いのものだ。なかには親から引き継いでのツーオーナー(ワンファミリーカー)として大事に乗られている方もいる。 もうひとつは、技術的な意味での安心感からスタイル等に惚れ込んで乗る人だ。技術的、つまり整備性やメカニズムの見地から、部品が80年代以前のモデルよりも比較的用意に手に入ったり、現行の車輌よりも技術的に複雑すぎたりしないので、余計な心配がない。余計な心配とは何だろう?と思い、詳しく聞くと、現代の車輌はとかく表示が出るとエンジンが始動しなくなり、だましだまし動いたり様子をみるという余地がないからだという。 確かに最近はエンジンフォルトの表示が出たら動かすなさわる何もするなとディーラーからいわれてしまう。昔はもう少しゆとりがあったようにも思われる。もちろん本来は動かさず工場で調べるのが一番なのだが、診断方法がテスターのみでユーザーからの話でメカニックが当たりをつけるといった部分は最近ではほとんど見聞きしなくなってしまった。そう考えると彼らは工業製品というより、血の通った人どうしの温もりのようなものをこの年代のクルマに感じているのかもしれない。 ■「キューマルミーティング」参加車輌をピックアップしてみた そんな人肌的な暖かさを感じさせるこだわりで手に入れたクルマ達をいくつかご紹介したい。 ●トヨタ カローラ セレス(E100) 購入して1年くらいはそのまま寝ていたという。まだ車内のビニールも残っている車体だが、屋外でずっと置かれていたクルマだったそうだ。そのため外装の痛みは激しかったそうだが、元々の色味が気に入っていたこともあり、同じ色で再塗装を行っているという。 ●ホンダ ステップワゴン(RF1) オークションで購入したワンオーナーカー。この初期型指定で代行にお願いしたという。頼んだお店がビートなどをメインに扱うお店だったらしく、お店の人からもなぜこのクルマをわざわざ指定で?と驚かれたらしい。オーナーはこのスタイルに惚れ込んで買ったので、今は機関関係を直しつつ、この実用車としての機能美を楽しんでいるとのことだ。 ●トヨタ カローラ レビン(AE111) 新車から乗られているという。親が乗っていたものを譲ってもらい、自身が引き継いで乗っているという。実はもともと乗られていたのはお母様。なんと歴代すべてがMT車というなかなかのツワモノだ。そんなお母様から引き継いだレビンだが、この新車時からただの1度も車検は途切れていないというから驚きだ。今もって現役で走り続けるワン(ファミリー)オーナーカーだ。 ●日産 キャラバン(E24) 主催者が乗りつけた2台目のクルマ。本日ダブルエントリーで乗りつけたうちの1台で、ご自身は同じく日産のW30ラルゴで乗り付けていた。こちらは友人に運んでもらったという。過去にも同じE24のキャラバンを乗られていたが、その後さまざまな車輌を乗り継ぎ、ふと足車に再びこのキャラバンが欲しくなり、手に入れたという。商用ナンバーであるにもかかわらず、とても綺麗な状態で残っていた1台で、バンパーも塗装ではなくプラの地そのもの。会場に訪れた人にももう少しこの良さに気づいてほしいと話していた。 ■キューマルミーティング主催者に聞く「90年代車の魅力」とは? 主催者である潤也さんは、いったいなぜこの90年代に惹かれたのだろうか?日産のワゴン2台体制で参加している潤也さんは、過去にはGX-81型のトヨタ マークIIにも乗られていたそうだ。 今ではラルゴとキャラバンの2台体制でどこにでも出掛けるという。元々キューマルミーティングの発祥も、九州で開催されていた福岡キューマルミーティングに感銘を受けたことから関東でもやってみたいとはじめたそうだ。 90年代のクルマというカテゴリーに魅力を感じるのは、自身で手を入れられる余地のあるところだと潤也さん考えている。また、ここまでがクルマに必要なものがすべて揃った最高の時代だったのではないかと考えてもいるという。 潤也さんは「この年代のクルマって本当に贅沢にしっかりと作られているじゃないですか。ここから先ってどんどんコストカットや簡略化が進んで、同時に走らせることに必要以上な装備が増えてしまった気がするんですよ」と、90年代車の魅力を語ってくれた。 確かに90年代にはパワーアシストやABS、4WDをはじめ、快適装備いわゆるエアコンやオーディオもすべてある。その後にナビは出てきたが、バックモニターや警告センサーなどはアップデートに過ぎない。ましてや、駐車アシストや自動運転などはもはやアシストの域を越えたものといえるかもしれない。それらのシステムが安心安全を提供する代償に、ドライビングという人が担う根幹を人の手から離して行きつつあるのも21世紀の自動車事情とも言えるだろう。 まだまだ発展を願うキューマルミーティングだが、この日もすでに90台近い参加車輌が集まっていた。前回のイベントで雑誌紹介をされたことも宣伝効果になっているのでは?と潤也さんは話す。 すでに堂々の規模のイベントだが、主催者としては常連メンバーが増えて欲しいとのことだ。新期や1回とか2回の間を開けての参加者はいるのだが、常に来てくれている参加者がもうひとつ少ないとのこと。 勝手のわかる常連さんがいれば、より初参加の方も目安や参考に出来るのかもしれない。多くの参加者が口にした、人との親和性がもっとも感じられる車輌が登場した90年代。そう考えると90年代もとい20世紀というのは、人とクルマがもっともいい関係を結べた、あるいはクルマが幸せだった時代なのではないだろうか? [ライター・カメラ / きもだこよし]
2025年5月11日に、茨城県常陸大宮市で「第7回旧車(Old Car)祭り IN 美和」というイベントが開催された。 このイベントはこの媒体(旧車王ヒストリア)でも取材しており、読者の方々にも周知のことかもしれない。 ●クセ者ぞろいの参加車輌が魅了する「第7回旧車(Old Car)祭り IN 美和」イベントレポートhttps://www.qsha-oh.com/historia/article/oldcar-festival-7th/ イベントでは主催者が若かったり、大きな志を持って行われている方などもいることだろう。もちろん筆者もそうした方々の話を聞き、時にその思いに感銘を受けたり考えさせられたりもしたものだ。しかしながらこれを親子で始められたということがとても筆者の興味をそそらせた。これから話すのはそんな親子が紡いだイベント開催の物語だ。 ■「旧車(Old Car)祭り IN 美和」をはじめたきっかけ 今回で7回を数えるという「旧車(Old Car)祭り IN 美和」。しかし、主催者は実際に開催できたのは6回なのだと話す。過去に台風で中止になりかけ、前日まで頑張って準備をしていたこともあり、これもカウントしておきたいという想いから7回目としたという。 主催者の野澤氏は事業の関係から自身がイベントに参加することはなかなか難しい。「それなら来てもらったらどうだろう?」と考えて周囲に相談しつつ、「旧車(Old Car)祭り IN 美和」を立ち上げて今に至ったという。 ■思わぬ協力者が現る! 野澤氏がイベントを自ら興そうと動きはじめた矢先、ちょうど時を同じくしてご子息が氏より受け継いだ(ご本人はまだ自分の物だと否定・笑)3代目になるホンダ プレリュードに乗ってドライブやイベントに参加をする日々を送られていた。 そのこともあり、ご子息が「それならば」と、会場で起こるトラブルの元やアクシデントの事例を他のイベントに参加することで調べ、自身で感じたことを実際に対処する手段や実例のデータとして持ち帰る。 その後、野澤氏が開催に向けて手探り状態で行っていたトラブルシューティングに対して、ご子息が自らの体験をフィードバックすることでイベントをより良いものにしようと取り組んできたそうだ。 ご子息にも話しをお聞きした際に「もうある意味、情報収集のためにイベントに参加していた感じでしたね。それをまた持ち帰ってウチのイベントに当てはめるわけです」。そうしたご子息や多くのスタッフの支えにより、現在に至ったそうだ。 「旧車(Old Car)祭り IN 美和」の特色として、地域密着を大事にしており、ケータリングも地元の食を楽しんでもらうことを前提に声をかけていると話す。そうした思いが多くの参加者だけではなく、見学者にも現れているのではないだろうか。 ■心が折れずに済んだのは、ある参加者の一言がきっかけだった 野澤氏も7回の開催のあいだにはさまざまなことがあったと語る。数年前にはコロナもあり、苦渋の決断で中止にしたこともあったそうだ。もちろん開催においては天候にも左右されたこともあった。 今でこそ春先に開催されるイベントとして行われているが、かつては秋口に開催して台風でやむなく断念をしたこともあったそうだ。それだけに天候にはいつも悩まされるという。そんなときは、以前いわれた言葉が頭をよぎるそうだ。 開催するべきか悩んでいたとき、参加者の1人から掛かってきたある電話に背中を押されたのだという。「中止なら中止でも構わないよ。それでも俺は行くからさ。1台だけでもいくからさ」。 野澤氏は開催か延期か決断ときにはいつもこのひと言が頭にあるという。もし中止でも足を運んでくれる人もいる。今回は来てもらえなくても次回は必ず楽しんでもらいたい。その思いが今に至っているのではないだろうか。 ちなみに、昨年は1,000人を越える一般来場者があったそうだ。そのこともあり、今後駐車スペースの確保はますます大事だと考えているという。今年の来場者数はどうだったのか?それはこの前日までの予報を覆す好天を見れば聞くまでもないだろう。 ■やれることはわずかでも、地元に貢献したい 今後の展開はどうなるのか?どうしていきたいのか?の質問に意外にも野澤氏は大きくはならなくてもいいと語る。 いまくらいの台数や規模で続けて行けたらと思っているそうだ。欲がないと思えるかもしれないが、やはり管理の目を行き届かせるには現時点くらいが自身の限界と考えているという。 また、スペースの関係も起因している。少なくとも現時点で会場の移転は考えていないし、この美和地域でやりたいという揺るがない思いがあるからだ。それでもエントリーをしてくれる参加者を増やすことはなくても、見学者にはできる限り対応をしていきたいという。 それは、地元の方だけでなく、近隣はもちろん遠方からもこのイベントと常陸大宮市を知ってもらうきっかけにしたいと考えているからだ。奇しくもご子息にも同じ質問をした際にも同じ答えがかえってきた。 「正直、人口はどんどん減っていると思います。でも町おこしではないですが、昔あったお祭りのように、年に一回常陸大宮市のイベントといえば【旧車(Old Car)祭り IN 美和】だといってもらえるようにしたいですね」。そう笑う親子の笑顔はどちらも同じ笑顔で筆者に答えていた。 地道な努力は実を結び、今や市長や県会議員が開会あいさつに駆けつけるイベントに育つ。 この日の司会にマイクを握ったのはタレントのおふたり、電撃ネットワークの今日元気(きょうもげんき)氏とヨッシャ比留間氏だ。 地元の味を楽しんでもらえるようにと考えて声をかけているというケータリング。参加者に聞いた話では昨年は見学者も買うことが多く、うっかり出遅れた参加者が食べ損ねたといううわさもあるほど盛況だったそうだ。 [ライター・カメラ / きもだこよし]
2025年5月11日、ゴールデンウィーク明けの最初の日曜日に、茨城県常陸大宮市美和センターにて旧車が集まるイベント「第7回旧車(Old Car)祭り IN 美和」が開催された。今回で7回目を数えるイベントだ。 参加条件は1990年までに生産が開始された車輌(2輪車含む)であること。特段トリッキーな条件があるわけではない。ただ少しばかり特徴があるイベントだった。なにがだろう? イベントそのものは遠目には変わっては見えることは特にない。特段特殊なカテゴリーや珍しい車輌の参加があるわけでもない。しかしながら会場を1台ずつ見ていくとなにかが違っていたのだ。 第7回を数える「旧車(Old Car)祭り IN 美和」、その活動は市長もあいさつに登壇するほどに育っている 「旧車(オールドカー)祭り IN 美和」は、国産旧車がメインのカーイベントだ。参加条件の"シバリ"は年式のみなので、欧州車やアメ車であっても参加が可能だ。 地域性もあってだと思うのだが、やはり国産勢が強い。特徴があるとすれば、旧車でもとりわけ小型枠のクルマが多く目立つ。小型といっても5ナンバー枠ということではなく、旧軽自動車枠のいわゆる小さなナンバープレートを付けたクルマだ。 車種でいえば、スバル360やスズキ フロンテクーペのようなクルマである。もちろんスカイラインやフェアレディZといった車輌も参加はしている。欧州車でいえば本部脇の駐車スペースにはフェラーリのF40も参加しており、安全のためにパイロンが置かれていた。 普通なようで普通でない とはいうもののどこか妙だ。会場内に整列するイベントの参加車輌に奇妙な違和感を憶えつつゆっくりと見渡す。小型車輌が多く参加しているイベントだなと思いはじめた頃からだった。それは次第に確信に変わっていった。そういつもとは違った意味で珍しい車輌たちとの出会いになっていく。 クセ者ぞろいの参加車輌たち 会場に入ってすぐのところに黄色いフロンテSS。フロンテとしては2代目にあたる。私見だが、あまりイベント会場でお見かけしない車種ではある。決していないわけではないだろう。ただ同じスズキの車輌なら圧倒的にフロンテ「クーペ」の方が見かけるという話である。 そこで冷静になって見渡すと、主催者が乗り付けたのは三菱ギャランΛ(ラムダ)、欧州車枠で参加のMG-BはオープンモデルではなくGT。インタビューで国内唯一の登録車輌ですと話していた左ハンドルのスカイラインは、4気筒モデルのGLである。 これだけ列挙していけば何となく想像がついてきたかもしれない。そう、珍しい車輌ではないがどれもがどこかクセのある、クセ強車輌が集うイベントなのだ。 正直王道を外したクルマが来るイベントを観たことは読者にもあるだろう。しかし、ここまでクセの強いクルマが、それもその多くが地元ナンバーで構成されたカーイベントはあまりないかもしれない。 今回そのクセのある今までどこに眠って(生息して)いたのだろう?と思ってしまう。そんな車輌たちをいくつかご紹介したい。 先ほどの4気筒のスカイライン。記録によるとこのクルマ以外は登録がされてないとのこと。故に国内登録がただ1台ということだ。 こちらは日産セフィーロ。確かに最近ほとんど見かけないと思うかもしれないが、一見フルノーマルなこのクルマ。確かにフルノーマルなのだがオーテック製のフルノーマル。ワンオーナーでもう20年以上所有しているとのこと。唯一ノーマルでないのがシート。本来は本皮シートが入るのだが、走る際に体が滑ることを嫌ったオーナーが同型モデルのモケットに交換したのだそう。 こちらは、マツダ323ことファミリアGT-R。こちらは他府県よりのエントリーだが、Gr.Aのカテゴリーで出走するべく作られたWRCマシンのベースモデルだ。セリカやランチアデルタは割りと見掛けるが、こちらは意外と目にしないクルマではある。ハンドリングマシンといわれた323は総合優勝こそなかったものの、Gr.Aでも好成績を上げてマツダの知名度を上げることに貢献した。 前述のフロンテSSもそうなのだが、同じフロンテでもGT/Wが仕上がった状態で見ることができるのはここだけなのかもしれない。フロンテクーペと同時期に発売されたモデル。ちなみにこのモデルから水冷エンジンになっている。 欧州車勢からはこちらのMG-B。あまり見ないクーペタイプのGT。基本スペックはオープンモデルと差はないが、GTは140㎏ほど重くなっている。 まだ出会っていない1台がここにある 多くのカーイベントでは高額の車輌や素晴らしいデザインのクルマ、そして貴重なモデル等に目を奪われる。それは筆者とて同じである。 しかしながら、この常陸大宮市の一角で行われたイベントは少しばかり異なっていた。かつては当たり前にいた車輌たち、半世紀ほど昔には街中を走り回っていた車輌たちは、その多くが世代交代とともに世の中から消えていった。そんなクルマ達を茨城の人たちはときに大事に、時に思い出して直しては今に存続をさせてきた。美和地域はそうしたクルマ達の集まったいわばひのき舞台なのである。 スポーツカーや特殊な競技モデルのベースなどは後世に残りやすい。名車などと呼ばれるのはそれゆえである。だがベースグレードのクルマや主流からは少し外れたクルマなどは、そうした対象からは外れやすいものだ。 そんなクルマを大切に維持するオーナーが集まるイベント、それが「旧車祭り IN 美和」なのかもしれない。 あなたがもし名の知れた名車がずらりと並ぶイベントを見飽きたと思いはじめたのであれば、ぜひ森に囲まれた地域センターのイベントに訪れてみてほしい。きっと「まだ生きていたんだ」と思える1台に出逢えることだろう。 [ライター・カメラ / きもだこよし]
去る2025年4月20日(日)、横浜赤レンガ倉庫にてカーイベントが開催された。「YOKOHAMA CAR SESSION2―若者たちのカーライフ―」と名付けられたイベントは、車両の国産、輸入車、旧車のカテゴリーを持たないオールジャンルイベントとして幅広い枠のなかで行われる。縛りごとはただひとつ「年齢」である。 今回で2回目を向かえた同イベント、参加資格が35歳までの若者に限るというもの。取材をする筆者の年齢を考えるとなんとも耳の痛い資格制限ではある。もっとも、規定以上であっても出店者や協賛者としてであれば参加ができる。 それにしても思い切ったレギュレーションだ。とはいえ、考えてみれば多くのイベントで主催者としてお会いする多くの方々は、いい年齢であったりすることがほとんどだ。それであってもそうした主催者もかつては若手であったはずなのだ。そう、世にいうオヤジたちは追いやって自分たちが立ち上げてやる。そんな若者3人が中心になってはじめたのが「YOKOHAMA CAR SESSION」なのだ。 彼らは過去にも若手中心で行うカーイベントを行い、旧い欧州車などを自分の足として走らせてきた。その経験が実を結んだイベントともいえるだろう。実際出展しているカーショップや自動車関連企業の方々も彼らを子どものころから知っているので、半ば親目線のように見守り出展されている方もいる。 ■過去を振り返り、現代を見て取る 会場にはイベントタイトルの描かれた幕を横目に主催者の車両3台が並び、そこから左右と後方に参加車両が広がっているその数実に140台以上!これが若さか・・・。 開催は9時からとなっていたのだが、筆者が入場の画を撮りたいと早めに現地入りしたにも関わらず、すでにかなりの台数が整列していた。そのバリエーションも、いわゆる旧車をはじめとして、ネオ・クラシックと呼ばれる80年代後半から90年代の車両を中心に新車の高級車に至るまでと多種多様だ。 筆者の時代には20年以上前のクルマなどかなり意を決して購入しないととても所有できなかったものだが、最近はなかなかに思い切った買い物ができるようだ。これには過去と現在の環境の違いもあるのかもしれない。 今の彼らの年齢のころ、筆者たちの周囲にある旧車と呼ばれるクルマはキャブ車であったり、エアコンなどは皆無なクルマも多かった。ましてや今の旧車レベルの年代といえばもはや戦前車ということにもなりかねない。なるほど、そう考えれば90年代の車両が中心の彼らはかつてほどはさまざまな我慢をしながら乗り続けるということは少ないのかもしれない。とはいえ、苦労がないのか?といえばそんなことはなく、もちろんかつての我々同様、あるいはそれ以上に苦労をしながら維持に努めていることは想像に難しくない。 ■型にはまらないカーライフ 会場を見渡して感じるのは、筆者のよく知るイベントと「YOKOHAMA CAR SESSION」とでは少しイメージが異なっている点だ。同じオールジャンルでもメーカーや国、車種ごとに並んだりスポーツ色が出る傾向があるといったことが特には感じられない点だ。 というよりは、ミニやシトロエン2CV等の定番車両は数えるほどしかなく、代わりに点在するのが「よくあったな〜」とうなってしまうような珍車やマイナーモデルである。ボルボやサーブが列をなしてやってくるなど、メーカータイアップイベントでもないとなかなかお目に掛かれないかもしれない。 今回はそんなあまりクローズアップされてこなかったであろうクルマの話をオーナーから伺ってみた。 広島から参加のマツダポーター。かれこれ12年は所有しているというオーナーは、このクルマでは初参加になるという。まさかこれで広島から?との問いにフェリーでこちらまで来て自走ですとのことだ。帰路はさすがに今日中に戻るので新幹線で帰宅して翌週に取りに来るという。この意気込みがすばらしい! メタリックのワインレッドが目を引くパルサーEXA。それもキャノピーモデルはどれほど残っているのか?希少な1台であろう。手に入れて5年ほどというオーナーは昔、父親が乗っていたことからその影響だと語ってくれた。もっとも、ご本人が物心ついた頃には、周辺パーツのみが残されていただけだったという。しかしながら、その残った部品はしっかりと有効活用されているようだ。 出展者としてのエントリーだが、とはいえ変わり種に違いないのがこちらのU11型ブルーバードだ。SSSモデルなら“いかにも”なのだがこの個体は「SLX」というスタンダードモデル。購入時は外装も機関もお世辞にもいいとはいい難いコンディションだったそうだ。その状態からコツコツと直して、今では自社のTシャツのプリントにすらなるお気に入りになったという。 余談だが、こちらで出展されていたのは「H2C」というショップのドライバーズウェア。耳慣れない商品だが、話を伺うとウェアの肘や膝の部分にアクションプリーツとでもいうのだろうか、襠(マチ)が付けられており、厚く固い上着であってもステアリング操作がしやすいように加工がしてある。バイク乗りにライダースウェアがあるようにそうしたウェアが一着クローゼットにあってもいいのかもしれない。 筆者も同じクルマに乗っていることもあり、つい声を掛けてしまったのがこちらのプジョー106GTiのオーナーだ。他にもクルマは持っているが、106に乗っているとクルマでつながる交友関係が増えることが多いので楽しいと語ってくれた。 京都から参加されたというルノー19。購入してまだ1年ほどだそうだが、シトロエンVISA(ヴィサ)を所有しながら並行して購入したという。関西に転勤してきた友人から話を持ちかけられて今に至っているとのことだ。トラブルもあるが、とにかく走りが安定感があり、そこが気に入っているという。 会場内にはアストンマーティン ラピードやレクサスLSなども参加していたが、ラテン車のフラッグシップはこの1台だけだったのがアルファ ロメオ 166だ。オーナーはすでに5年も乗り続けているが、いまだにこの細くシュッとしたフロントフェイスが気に入っているとのこと。近年メッキギラギラの押し出しの強いグリルでないところがイタリアンの粋を感じさせる。 ただ塗装が特別色だったこともあり、その回転半径の大きさから狭い道はできるだけ避けるようにしたり、パーキングでは可能な限り他のクルマが来ないよう、遠くにひっそりと停めているとのことだ。 ■かつてそこにあったもの、これから湧き上がってくるもの 多くのイベントで国籍縛り、メーカー縛りや中には同一色の括りで集まるクラブやイベントを見てきたが、「年齢制限付き」のイベントにはは筆者も初めてお邪魔したかも知れない。面白いのはそうした試みから見えてきたこともあると感じている。感じているというのは、筆者はとっくに参加資格を失効した人間である上、それが本当にその通りであるかはわからないからだ。 世にいう「ジェネレーションギャップ」とか「世代間の隔たり」といったものではなく、使うものさしが違うのではないか?そう思わせるのだ。 今回筆者が話を伺ったオーナーのクルマはどこか王道ではなかったり、珍車の域にあるような部分を持つモデルを中心に話を伺った。それは確かだ。しかしながら、多くが定番と呼べるクルマよりも個性が優先されるモデルが多く感じられたからだ。 かつて自分たちはカテゴリーとして求めたのはスピードであったり、ステータスであったり「どこか今、流行ってるね」といった具合に、皆が同じ方向を向きやすい部分があったのではないだろうか。そう思えてならない。 このイベントで参加した彼らはそうした部分にとらわれず「各々が気に入ったから、思い思いに手にしていたら集まった時にこうなりました」の表れに思える。 それが良いか悪いかではない。 筆者の世代は同じ方向を向くことで大きな熱量を発していた。現代の35歳以下の熱量が個々の個性化に熱を帯びているということであるのだろう。 どちらもクルマに掛ける情熱は変わらない。いずれ新世代の彼らが、筆者たち年配側も巻き込んでより大きな熱にしていってくれることを期待してやまない。 [ライター・カメラ / きもだこよし]
2025年2月22日、23日の2日間にわたり、パシフィコ横浜で「ノスタルジック2デイズ」が開催された。 同イベントは神奈川県と横浜市観光協会をはじめ、自動車部品・部品アフターマーケット振興会などが後押しする日本最大級のクラシックカーの祭典であり、今回で16回目の開催となる。 主催はノスタルジックヒーローやハチマルヒーローなどの雑誌で知られる芸文社。会場には日本中から旧車ショップやレストアメーカー、各種パーツを取り扱う企業などが集結。華やいだ空気と熱気があふれていた。 会場内には国産旧車はじめ、アメ車や欧州車などが数多く並び、外周部には貴重なコレクターズアイテムのような車輌やヒストリーを持った車体、あるいはかつてTVや映画で見た劇中車のレプリカなどが整然と置かれていた。 入口からほどなくして柵に囲まれた赤絨毯の上に1台のクルマが置かれていた。型式はPGC10。いわゆるハコスカである。 このクルマは実際にレースで使われていた車輌を市販車としてレストア、それゆえ、いたるところに軽量化のための穴がそのまま残されていたり、各所の部品が正規のモノとは違っていたりしたという。 塗装も当時純正色であったグローレッドに塗られている(会場パンフレットより)。ちなみに車台番号もかなり早く、50番ということだ。 こちらのクルマは会場の人波をかき分けゆっくりと進む日産バイオレット。走行入場をする「選ばれし10台」の中の1台だ。 緑色が映えるレーシングレプリカ 皆さんは1960年代に実際に日本グランプリに出走した「ケロヨン号」というクルマをご存じだろうか? ご年配の方なら思い出すかもしれないが、「あのケロヨン」というキャラクターが由来のクルマであり、1968年の日本グランプリで伊能祥光選手がステアリングを握って日産やトヨタのワークスを相手に戦った車体である。 デルRSBというパイプフレームシャーシに日野コンテッサの5速ミッション、エンジンはセンチュリーのV8 3リッター(3.5Lに拡大とも)を搭載してFRP製の軽量ボディを架装し、仕上げられた車体である。 また同車輌は映画ケロヨンの大自動車レースという作品でも登場している。こちらの映像は今でもDVDとして入手可能とのことだ。ただし、作品中の個体はさすがに本物ではなく、撮影用の車輌と思われる。 ここではそのケロヨン号を可能な限り忠実に再現しようと製作したのだという。もちろんオリジナルの車体はすでに存在しない。また同車輌制作にあたっては原作者の藤城清治氏に許諾を得ている。 市販車輌としてナンバー取得ができるようにあえてパイプフレームを止め、トライアンフのシャーシを使用。エンジンはセルシオの1UZ-FE型、それにスバルの5速ミッションを組み合わせる。 ノーチラスの古川氏は組み合わせの関係でミッションの後ろが出てしまったから、うまくまとめないといけないと話されていたが、いまから完成が待ち遠しいクルマである。 小さめの謎のシート 会場内には車輌に関係した物以外にもウェアやグッズ、もちろん書籍なども展示販売されている。そのなかで少しばかり奇妙な物を見つけた。それがデンモータース(といっても車屋ではない)の「DEN GT SOFA」である。 ハコスカのシートを忠実に再現したリビング家具であり、その製品は日産の監修の下に許諾を受けた確かなものである。 しかし、実物のシートと比べていささか小さいのでは?と思い質問をぶつけてみると、そこは本物と同じ仕上げにできないこともないが、あくまでもソファとしての実用性から使いやすい大きさや形状変化をさせているという。 なるほど。 昨今の自動車のシートをそのままデスクチェアにするのとは真逆の考えで、形状や縫製を忠実にしながらあくまでもイスとしての実用性を優先するということだ。ガレージハウスの一角でこのソファーにもたれて愛車を愛でるのもアリかもしれない。 本物を味わえるビジネス 会場に展示された2台のラリーカー。日産 ブルーバード(510型)と、マツダ サバンナ RX-7(SA22型)。見るからに本物感がにじみ出る車輌に目を疑う説明が。本物のラリーカーの「レンタカー」だという。 いいのだろうか?そもそも、誰とも知れない人間に貸しても大丈夫なのか? ブルーバード510といえばサファリラリー完全制覇の車輌であり、RX-7もクラス優勝とはいえモンテカルロで優勝したクルマである。もし何かあったらどうするのだろう。 そんな不安を抱きつつレンタルできる理由訪ねると、ブルーバード510は精巧なレプリカ、RX-7は競技車輌のスペアカーだったそうだ。 それでも貴重な当時の生き証人のようなクルマである。いったいどんな方が借りていくのか訪ねると、主に雑誌関係者やプロのドライバーやレーサーの方が借りに来られるのだとか。現在実質プレオープン状態で本格稼働にはもう少し時間がかかるということだが、興味は尽きない。 ちなみにこのときに答えてくれたのは、まだあどけなさが残る男の子。なんとRX-7の関係者のお孫さんだという。自分の物にできるまでこのクルマには頑張ってほしいと明るく話していた。 複製はついにここまで 神奈川トヨタのブースで「はじまりに出逢う」と銘打って展示されていた初代クラウン。その後ろではその再生に協力をしたと思われる企業の製品が展示されていた。 多くのパーツが3Dプリンターなどで復刻できる時代。一番やりにくい物はなんであろうか?ガラスである。そして多くの車輌で割れたら後がない部品である。そんなガラスを複製してくれる会社が板橋区にあるTOKYO HOKUTOだ。 会場にはトヨタスポーツ800のリアガラスがサンプルとして展示されていた。製品としてもキチンとしており、日本のJISはじめ欧州のE6規格(ベルギー)、北米のAS1などの規格もクリアしているとのこと。 原型となるオリジナルさえあれば車種問わず制作可能ということだ。ただし金額的にはこちらのサンプルで200万くらいは掛かってしまうので、幾人か同志やクラブメンバーなどで希望者を募ってお願いするのが正解だろう(制作枚数が多ければ多いほど1枚単価は下げることができる。上記の値段も20枚ほどのオーダーで行われたものだという)。 ただ少なくとも希少なモデルのフロントスクリーンやパーツなどを万が一失ってもサンプルさえあれば再生できるというのは大きいと思う。 もうひとつ3Dスキャンして複製を作るのとは別に同社の得意とする分野がある。それがメーター修理だ。実はこちらの会社、元々制御基板の会社でありそういった機器には精通している。今回のことでも新規開拓を進めていくうちに神奈川トヨタと出逢ったそうだ。 80年代以前からメーターは電子部品が使われ、故障するとそのままにせざる得ない部品のひとつでもあった。多くは中古部品からのコンバートで直されるが、部品が出なかったり、海外で取り寄せが難しかったりした場合専門店に修理を頼むしかない。 しかし、車種に偏りがあったり年式で出来ないと言われたりもすることがある。こちらでは車種は問わないという大変心強い言葉をいただいた。 サンプルに使われているアリストのメーターはじめ展示している場所も神奈川トヨタというだけあり、商談窓口は基本的に神奈川トヨタからお願いしますということだ。 ここで思いきって聞いてみたのが「欧州車とかも大丈夫ですか?」という質問。 依頼そのものは全く問題ないと答えをいただいた。メーターや部品の再生でお困りの方、ぜひ一度相談してはいかがだろうか? 筆者の思うところ ノスタルジック2デイズを振り返って変わらず国産車の展示が圧倒的に多い。その中でもスカイラインは群を抜いて多かったと思われる。 またメーカー別でも日産車は多かったのではなかろうか。ここしばらくの日産の話を耳にするに付け、なんとも皮肉なほどに日産車が人気である。もちろん他メーカーや外車勢も増えている。 これには複製技術や小ロット生産の方法がかなり確立してきたおかげだろうと考える。この先新車に対して新たな車検制度やセンサーシステムの追加によって、ますますランニングコストが増えていくのではないだろうかと思う。 そうなったときにこの先果たして旧車と新車、いったいどちらが維持がしやすくなるのか?もしかしたら旧いクルマの方がよほど安心して維持ができるようなってくるのではないかと思えてしまう。いや、もちろんそんなことはないハズなのだが。 原初のBMWM5と最新のM5。1987年のデビュー時の値段が1,198万円。展示中の最新モデルがフルオプションで2,231万円。価格もおそらくは性能も倍以上の設定である。 旧車を知り、楽しむために 旧いクルマと新しいクルマ。その大きな違いはなんであろう?おそらくはトランスミッションではないだろうか。 もちろん今ならエンジンかモーターかということもあるであろうし、旧車でもATのクルマが好きな方もいるだろう。それでも会場を訪れる方々はMTを好む方が多いと思われる。 近年よくMTなどの時代じゃないなどと言われたり、MT免許がオプション的な扱いになる法改正が行われようとしている。 確かにシステムとしてのトランスミッションで言えばATの方がすぐれているし、もはやよーいドンで速いのも間違いなくATだろう。それでもボク等はMTを好む。速さではなくシフトチェンジすることで走らせるのが楽しいからだ。 ノスタルジック2デイズはそうした走らせること、クルマを直すことの楽しさを表現するための知識や交流の場としてこれからも必要になるだろう。 再生の灯を絶やすな!マニュアルトランスミッションを決してロストテクノロジーになどしたりしない。この会場からはそうした決意にも似た熱気にあふれているように思えてならない。 [ライター・カメラ / きもだこよし]
2024年11月17日、雨上がりの空の下、芦ノ湖スカイラインレストハウスフジビューに多数の車輌が集結した。 その多くはポルシェ、フェラーリから日産GT-Rといったスーパースポーツをはじめ、走りに特化したクルマが多い。 これらは「GOGOミーテイング(以下GOGO mtg)」と銘打たれ、主催者である「やまけん」氏によるオファーで集められたクルマとそのオーナーたちだ。 多種多様なスタイルや生産国の車輌が参加するこちらのイベントは、今回で3回目を向かえる。 今回は前週に台風が4つも発生するという状況のなかということもあり、天候が危ぶまれていた。 しかし、イベントは当日は幸いにして明け方にこそ雨があったものの、ときどき雲に覆われることこそあったものの絶好の晴天に恵まれた。 「GOGO mtg」とは? 「GOGO mtg」とは、主催者である「やまけん」氏が3年前に発起したイベントだ。 とにかく走ることが好き。 それもひとりではなく、皆と一緒に走ったり遠出をしたりするのが楽しいと考えるやまけん氏。 周囲にもそんなクルマ好きがたくさん集まってくる。 そんなクルマ好き同士で走りに行った、出掛けてきたといった話を耳にしているうちに、それならば自分が主催者として「GOGO mtg」を立ち上げたという。 この日も多くの車輌が集まっていたが、3年前の第1回目の時点ですでに70台前後のクルマがエントリーしたという。 同じように個人がいきなりイベントを立ち上げてもこれだけの台数は集まりにくい。 やまけん氏の求心力の高さはもちろんだが、人望の厚さがなければこの種のイベントは継続して開催できない。 それだけ日ごろから人付き合いを大切にしているという、何よりの証だといえる。 そんなやまけん氏が今、一番のお気に入りだというのが、今年の3月に手に入れたランボルギーニ ディアブロSVだ。 ずっとあこがれていたうちの1台だという。 とりわけカラーリングはこの青が一番好きだったといい、実は以前から前オーナーの方に手放すときには一声かけてほしいとコンタクトをとっていたという。 この日はやはり最近手に入れたポルシェ911 カレラとメルセデスAMGを含め3台を出展。 ちなみに帰りの渋滞を考慮してディアブロのために積載車を用意。 それだけでもこのクルマに対する入れ込み方がわかるというものだ。 会場である芦ノ湖スカイレストハウスフジビューは貸し切りのため、一般車輌が入ってくることがないため走りに出ることも可能だ。 しかしながらイベントの時間が4時間ということからか、以外にもそうしたクルマは少ない。 ・・・というより筆者が見る限りいなかったように思えた。 もっとも筆者がイベント開催30分前には会場入りしたにも関わらず、すでに半数以上の車輌が到着していたことを考えると、早朝から走ってそのあと会場入りをしていたのかもしれない。 クルマとは一期一会、会場で気になったクルマたち ここからはその参加車輌の方に目を向けていこう。 国産、外車問わずのイベントだが、クラシックの域に入るクルマはあまり見られないが、希少なモデルやスーパースポーツが数多く見られる。 NSX type-Sなどは世界350台、国内30台というモデル(もっとも現行NSX自体も多くはないと思うが)が参加していた。 値段などと考えることはそれこそ野暮というものだろう。 そんななか、筆者はいくつかピックアップしてお話を伺ってみたクルマを見てみたい。 ポルシェ911(996)タルガ 911としては珍しいタイプ996のタルガモデル、そして6速MTというレアな組み合わせ。 乗りはじめてまだ1ヶ月そこそこというこちらのクルマのオーナーは、元々GT3に乗られていたという。 あるとき素のカレラというものをほしいと考えていた矢先、このタルガのMTが出てきたという。 これこそまさに「一期一会」というものに違いないと即決購入に至ったそうだ。 ちなみに、オーナーの話によると、996モデルのMT比率はティプトロニックに対して8:2だそうだ。 しかもタルガモデルは最後の2年間ほどしか生産されておらず、MTのタルガがいかに希少かわかるというものだ。 オーナーは手に入れてからほぼ毎回屋根を開けて走り、このクルマを存分に満喫しているという。 BMW M3(F80型) 「F80型」といわれるモデルから「M3」のモデル名は4ドアセダンモデルの名称になり、2ドアモデルは「M4」となった。 このM3を購入してからちょうど1年ぐらいになったというオーナーは女性。他にも所有している車輌はあるというが、気に入っている点はその使い勝手の良さからだという。 他にも所有しているクルマもあるし、決して2ドアクーペのスタイルが嫌いなわけではないが、後席に友人を乗せたりするのに何か違うな?と考えていたという。 そんなときにスタイルも走りも満足のいくM3に出会い、今ではどこに行くにも日常から走りまでこのクルマで出かけるということが多いという。 フェラーリ812スーパーファースト フェラーリのフラグシップマシンの一角であり12気筒FRのモデル。 オーナーはYouTube界隈では知られた存在である「あま猫」さん。 納車の様子を動画配信されているのでその喜びはご存じの方もおられるかと思う。 6.5L V12から800馬力を叩き出し、そのすべてを後輪で路面に叩きつけるクルマを華奢な彼女がドライブする。 100ps強の小さな車で動く筆者には想像のつかない世界である。 当面はこのクルマで日本一周を動画配信の予定を考えているという。 ちなみに、当日の動画はこちら。 ▼【やばい…】フェラーリでスーパーカーが集まるツーリングにぼっちで突撃してみたhttps://www.youtube.com/watch?v=zdPbc6YaU5w ジャガー F type 会場では唯一のエントリーだったジャガー。 英国のブランドとして知られるメーカーではあるが、ミニやロータスと違い、こうしたイベントではあまり見ることが少なくなってしまった。 それでも高級スポーツカーとしてのジャガーは何ら損なわれることはない。 数ヶ月前に購入したばかりという若いオーナーは、ちょっと見てみたいなと入ったお店のショールーム内にあったFタイプを、営業マンからエンジンを掛けてみますか?といわれたそう。 そのときの豪快なエキゾーストにすっかりやられて購入を決めたという。 まだまだ乗り出して間もないが、日々ドライブを満喫しているそうだ。 本部前の赤いクルマは消防車だった! 会場本部にはフリードリンクが置かれ、テーブル席では参加者が自由に座ってクルマ談義に華を咲かせている。 そんな本部テント前には1台のどう見ても場にそぐわない消防車が鎮座していた。 実はこれも参加車輌であり、れっきとした個人所有のクルマだ。 オーナーは官公庁のオークションで競り落として手に入れたとのこと。 その見た目からもてあましそうな気がするが、驚くことに回転半径4.1mとへたな軽自動車よりもよく、むしろ日常の使い勝手がよいくらいだという。 当然ながら元々は消防車であるため、拡声器も搭載されている。 そのことからこのイベントの移動本部となっていたのはいうまでもない。 オーナーは登録時にさまざまな加工と工夫、登録方法を調べて4ナンバー化。 誰でも扱えるようにしたという。 話が長くなるのでそのあたりは別の機会にしたいのでこの辺で。 ちなみに荷台はお立ち台になっているのでカメラ撮影時に使わせていただいた。 構想は広がるさらに先へ イベントの終わりにはコンクールの表彰があり、参加車輌でどのクルマがカッコいいか?ということを投票した(もちろん他薦だ)。 結果として、1位にフェラーリSF90ストラダーレ、2位はフェラーリの430スクーデリアが選ばれた。 また、その他の参加者にも主催者からさまざまな参加賞(各自が選ぶ形で)が出されていた。 クルマが好き、クルマが好きな人たちとの交流でより多くのつながりができていくのが楽しいと語るやまけん氏。 今後はこのイベントをいかに続けて行けるか考えているという。 そのためには、より台数が来ても対応できるように、会場もさらに大きな場所も念頭に入れて考えているそうだ。 いつかは並べ方も国ごと、メーカーごとやクラシックカーのような枠でも並べられるようなイベントにしていきたいと意気込みを語ってくれた。 GOGOミーテイングはまだまだ広がりをみせていきそうだ。 イベント終了後も、名残惜しいのか、参加者の多くがまだまだ語り足りないとばかりにその場を離れる人がほとんどいなかったのが印象的であった。 [ライター・カメラ / きもだこよし]
去る2023年11月19日、茨城県稲敷市江戸崎商店街の通りを使い、『昭和のくるま大集合』のイベントが4年ぶりに開催された。 同イベントは、毎年サテライト水戸という場外車券売り場で開催されていたイベントだ。 200台にもなる昭和に製造(設計)された車輌が集まる、北関東でも屈指のイベントである。 今回『特別編』と銘打って開催された同イベントに主催者から来ませんか?と打診を受けたのは、つい2ヶ月前の10月半ばのことだ。 今年は空冷ビートルのイベントである「Show your VW’S meet」と合同で開催するという。 それはどういったことなのか? 主催者であるクラシックカー愛好家クラブ「バックヤードつくば」の代表である石川氏によれば、例年行なわれてきたサテライト水戸の会場はこのコロナ禍で警備の縮小がされてしまい、会場側がとてもではないが例年通りのイベント規模では安全が確保できないとされてしまったのだそう。 そこに、Show your VW’s meet主催者(えどさきワーゲンミーティング)から、商店街全体(今回のため歩行者天国を150m延長)を使ってのイベントにしたいので、合同開催をできないかと話があったという。 石川氏は急遽有望な参加者を集い、50台限定で開催をすることを決めた。 それだけに参加車輌は粒が大きい。 スーパーカーから名車、珍車、原付バイク…はてはあまり聞かないエピソードを持った車輌など、大いに会場を沸かせてくれた。 展示会場としての商店街 会場となった江戸崎商店街は、協賛である「稲敷市えどさき街づくり協同組合」が、稲敷市地域おこしの一貫としてバックアップを行なっている。 商店街の中程にある「えどさき笑游館」を中心に、メインストリートでは毎回様々なイベントが開催される。 『昭和のくるま大集合』のイベントは、ケータリングやフリーマーケットが出店され、一般の見物客も多く訪れる。 子供たちが集まった旧車を興味深々で見入る姿もあった。 4台のゲスト車輌 多くの車輌のなかでも目玉といえるのが、やはりカウンタックだろう。 つい先日仕上がったばかりのこの個体は、オーナーがこだわった碧に塗装されて、11月の日差しに輝いていた。 元々は別の色に塗り直されていたという同車輌は、内装を含めオリジナルに戻されて今に至るという。 オリジナルを追求するオーナーは、なんとスペアタイヤ周辺にまでこだわっていた。 タイヤにはホイル内に工具バッグが収納されているのだが、まず残っていることはない。 それを手に入れるために大変な労力を費やしたとのことだ。 スカイラインGT-Rも、一見すると当時から乗られているという印象のみに思えるが、オーナーはスカイラインの世界では重鎮であり、おぎやはぎの愛車遍歴で準レギュラーのように度々出てくる方だという。 S30クラブジャパンの代表が乗られてきたのが、総生産台数が30台とも50台ともいわれるZ432R。 100kgにも及ぶ軽量化が施された競技ベースのクルマ。 また、現在のZをデザインする際にも一役買っているということだ。 自ら手掛け、エアコンまでエンジンルームに納めた2000GT。 本来つけても後方からの吹き出ししかなかった当時のエアコン(クーラー)。 それをダッシュボード内に納め、吹き出し口も前方にしたことで、大変よく冷えるとのこと。 バイクだって昭和のクルマ 音楽に乗って紹介で現れたのは、えらく年季の入ったバイク。 ステップではなくペダルがあるこちらのバイクはトヨモーター T6型。 60㏄等排気量で黄色の原付ナンバーを着けている。 つまり今も現役で路上を走っているバイクだ。 このトヨモーターは、まだ戦後の黎明期ともいう頃に愛知に現れたバイクメーカー。 なんと販売店はトヨタ自動車だったという経緯を持つ。 正しくは、扱っていた商社が日新通商という豊田通商の前身だった。 この力を借りて、トヨモーターは全国のトヨタディーラーから販売されたのだ(もちろんその他のチャンネルもあった)。 面白いのはこのバイク、製造方法が国内によくある自社生産スタイルではなく、アッセンブリー式の生産方法をとっていたことだろう。 ヨーロッパではありがちな生産方法だが、国内ではあまりない方法だった。 筆者が選んだ選考車輌 イベントでは、招待された出版社やジャーナリストが選んだ選考車輌の表彰が行なわれ、筆者もその選考者のひとりとしてランサーGLを選ばせていただいた。 決して特別なグレードではなく、ごくスタンダードなグレードのモデルだ。 塗装を含めオリジナルの状態をしっかりと維持した、というかよくぞここまで生き残ってくれた!ということを理由に選考した。 受賞者には昭和のくるま大集合のオリジナルトートバックを、筆者のサイン付きで送らせていただいた。 スバリスト集う 商店街の終わり付近に停まっていたスバルの一団。 レオーネやドミンゴといった、筆者でも懐かしく感じるモデルが並ぶ一角。 うっかり話を聞いたら、それはもうスバリストの集まりであった。 スバルに関してとかく熱く語ってくれた。 面白い経緯を持ったのはドミンゴ。 これまたクルマ自体をもあまり見なくなってしまったが、こちらのクルマはある劇場アニメの参考資料として使われた経緯があるという。 この夏公開された「アリスとテレスのまぼろし工場」という映画をご存じだろうか? その劇中車輌を描くために資料を集めていた監督が、どうしても資料が足りなくて、Webで見かけたオーナーにTwitter(現X)でメッセージを送り打診されたという。 オーナーも当初は危ない人からの連絡かと思ったらしい。 が、よくよく話を聞き、それならと快く応じたとのことだ。 ちなみに、しっかりとエンディングクレジットにオーナーのお名前があったそうだ。 DVDやアマゾンプライムなどで見ることがあったら、ぜひともドミンゴの活躍を見てほしい。 まとめ 50台という限られた台数、限られた時間内で、すべてを決め開催された『昭和のくるま大集合特別編』。 完璧なレス卜レーションが行なわれたLP400から黎明期のモペットバイクに至るまで、まさに大集合となった。 当日の天候のように、晴れやかで素晴らしいイベントだったと筆者は考える。 開催までの時間や制約を考えれば、主催者始めスタッフの努力はさぞや大変であったであろう。 それでもこのイベントの成功は次回へと繋がる道だと思える。 また来年もこの一直線の商店街に、多くの名車が整列することを願ってやまない。 [ライター・カメラ / きもだこよし]
去る2023年9月3日、箱根ターンパイクにて、OZホイールのファンが集うファン感謝祭『OZファンミーティング』が開催された。 今回で5回目になる同イベントは、OZホイールを取り扱うオーゼットジャパン(株)が主催する。 参加資格はもちろん、同社の取り扱うホーイルであるOZ、MSW、Sparcoホイールを車両に装着しているオーナーとなる。 それ以外はもちろん国産、外車、新車、旧車は問わない。 午前9時を回り始めたころから徐々に、1台また1台と足元をOZホーイルで固めた車輌が会場入りする。 スイフトスポーツからMINI、R35GT-R、フェラーリ テスタロッサに至るまで。 こうして見てみると、改めてOZは多くの車輌に本当によく似合っている。 もちろんそれらは各オーナーのチョイスやセンスもあるのだろうが、そこを除いたとしても各車体にマッチしていると思う。 レースで培った技術メーカー そんなOZというメーカーは、1971年にイタリアで産声を上げた。 シルヴァーノ・オゼッラドーレとピエトロ・ゼンの2人によって立ち上げられ、2人の頭文字をとりOZと名付けられ、ベネチア近郊の街で創業。 まだWRCなどという言葉がない時代に、ミニクーパーに合金リムのホイールを装着してレースに出場。 当時のラリーレースにて優勝を飾る。 同時にバイク用のホイールも開発。 それからはさまざまなレースにおいて、多くのメーカーの車種に装着して積極的にレース活動を展開。 今では必ずと言っていいほど、多くの競技にこのロゴが踊っている。 こだわりのオーナー車輌 新車旧車問わず、車輌本体もさることながら、やはり履かせるホイールにもこだわりが感じられる。 こちらのZ32もその1台だ。 時代感覚もあるのだろうが、この年代のクルマだとどうしても他社のホイールを入れているイメージがある。 ヤリスやインプレッサのようなラリー等のベース車輌などにも履かせるオーナーが多いが、なかにはホイールが気に入っていて、そのままキャリーオーバーで履いている方もいる。 あるオーナーは、「クルマをワゴンモデルに入れ替えましたが、その際前のクルマに使っていたOZホイールが気に入っていたので、今のワゴンにも履かせています」と話してくれた。 当然なのかもしれないが、OZ以外のホイールが驚くほどにいなかった。 今回筆者が見逃していたのでなければ、唯一Sparcoを履いて参加していたシトロエン C4。 もちろん参加OKであるが、ラリーベース車輌等がこれだけ参加しているのだから、もう少しいても不思議はなかったのだが、他に姿は見られなかった。 スカイラウンジ1分間の攻防 舞台挨拶では1分間アピールタイムとして、協力企業のコメントタイムがあたえられていた。 2人の女性ドライバーがOZの製品をアピール。 国産でもこだわりを持って履いているクルマは少なくないOZホイール。 特に競技用となれば尚更だ。 ガスり気味のターンパイクで一際目を引いたのは、キャラクターラッピングを施されたクスコジュニアレーシングの車輌。 若手ドライバーである、赤城ありささんの駆る個体だ。 ご本人はホイールについて、「デビュー間も無くまだまだ性能もその良さも活かしきれていないので、これから頑張ってその良さをアピールしていきます」と語ってくれた。 こちらを読まれた方々も、ぜひ暖かく見守って応援してもらいたい。 スズキ スイフトで参加されたのは、特徴のある衣装で登場された、ラリードライバーの兼松由奈さん。 全日本ラリーのエントリーにOZホイールを履いて参戦している。 舞台挨拶でも10月の最終戦にも同車輌でエントリーするということで、「応援お願いします」とコメントされていた。 協力会社の持ち込んだ車輌もまたこだわりが強い。 3台のセリカが居並ぶが、こちらはカラーリングショップ=プロトタイプが持ち込んだもの。 WRCでのセリカの活躍を見た世代にはたまらない並びだが、これらすべてのセリカの足元は、やはりOZで固められていた。 コメントでは、165系のセリカに15インチのホイールをはいて来たが、できれば再販をお願いしたいと。 ただし、需要は見込めると思えませんが…と会場の笑いを誘っていた。 朝霧の立ちこめる箱根ターンパイクで始まったOZファンミーティング。 多くのOZホイールを愛するオーナーや、それを支えるショップなどに囲まれ終了した。 気がつけば、あれだけ視界を奪っていた濃霧もすっかり晴れて、芦ノ湖周辺を見渡せるほどの好天になっていた。 また次回も多くのファンとの集いになることを予見するようだ。 OZは誰もが知るホイールメーカーだ。 だが意外なことにスポンンサードしているレースはあまりないという。 多くが供給はしているが、販売なのだ。 それゆえにオフィシャルサプライヤーとして名乗ることがあまりないともいえる。 縁の下の力持ち、サスペンション下の仕事人。 OZとは、そうした姿勢を貫いている企業といえるだろう。 [ライター・画像 / きもだこよし]
それは聖地に集いし太陽のスポーツ 読者諸氏は、CR-Xデルソルというクルマをご存じだろうか? 7月15日、雨混じりの初夏に、ツインリンクもてぎのホンダコレクションホール前の駐車場にて「デルソルもてぎミーティング」が開催された。 今年で24回目となる同イベントは、同車輌の有志たちにより運営される単一車種のイベントだ。 CR-Xデルソルは名前の通り、ホンダバラードスポーツCR-Xの末裔のモデルだ。 とはいいながらも、ハイデッキのハッチバッククーペであった歴代モデルとは一線を画し、それまでとは全く違ったスタイリングのオープンカーとして1992年3月にデビューをする。 登場したクルマは、トランストップというタルガトップのような屋根がピラーを飛び越えてトランクに収納される、前代未聞の電動オープンモデルであった。 あまりにもエキセントリックであったがゆえに賛否両論の物議を醸したが、北米を中心にファンが今でも少なくない。 そんなデルソルの、他にはない唯一無二の魅力に惹かれたオーナーたちが集まり、交流を深めていくイベントだ。 また、毎回デルソルに携わった設計者やデザイナー等を招待。 今だから語れる誕生時の知られざる話や、さまざまなこぼれ話を披露する。 この日も、繁氏と川田氏がクルマのデザインそのものに関する、ある意味ぶっちゃけたお話をコレクションホールのHONDA職員の顔色を伺いつつ語られていた。 ▲登壇する川田氏(左)とデザインについて語る繁氏(右)。きわどすぎる話に参加者も思わず笑いがこみ上げる 二桁ナンバーのデルソル 会場には20台を超える車輌が参加していたが、モデファイドしたクルマやチューンドした車両がいるなか、特出したクルマがいた。 2桁ナンバー(現行のような3桁の数字やアルファベットでなく、品川56とかで始まるナンバーのこと)を持つこれらのクルマは、そのデビュー当時より1人のオーナーが30年近くも付き合い続けた愛車である。 デルソルはそうしたオーナーも少なくないが、長い月日の間にはさまざまなドラマがある。 シルバーの個体のオーナーは、デビューした年に即購入のハンコを付いて手に入れたという。 その当時は、まだEF8ことサイバーCR-Xも新車で買えたということだが、あえて新型であるデルソルにしたという。 それから30年25万kmを超える距離を走り、2度にわたる大規模整備を経験し、途中でナンバーを切ることさえあったが、今も乗り続けることができているという。 素晴らしいのはここに至るまで一度もエンジンを開けることがなかった(ノンオーバーホール)車輌という。 もう1台は、当時のイメージカラーでもあるグリーンメタリックを纏ったボディのSiR。 これこそまったくのどノーマルではあるが、理由を尋ねるとそれも納得。 このクルマ元々はHONDAの広報車輌としてのモデルだった。 オーナーもそれを知っているがゆえに購入。 全くの無改造で維持をおこなっている。 ただし、フロントのリップだけは後から架装したのだそう。 「これがないとどうしてもフロントが上がって見えるので」と。 なるほど、元とはいえ広報車はやはり見映えは大事だということか。 屋根を開け放ってこそのデルソル コレクションホール内ではゲストのトークを中心に、最後はコンクールの表彰で幕を閉じた。 優勝者はこれで最後というゲストのサイン入りデルソルのガレージキット(ホンダから許諾を受けての販売品)を贈呈され、讃えられた。 デルソルは、そのスタイリングからタルガモデルのようにも思われがちだが、強靭なリアピラーを要したれっきとしたオープンカーである。 なぜならリアガラスは電動で降りるからだ。 その証拠にドアにもパワーウィンドウスイッチが3つあるのだ。 コレクションホールより会場へ戻ると、雨模様の空はいつのまにか晴れ始め、真夏の陽気を取り戻し始めていた。 オーナーたちは1台また1台と屋根を開け始め、この陽気などまるで問題ではないかのように真夏の空気を車内に取り入れる。 太陽からの使者は30年の月日を経ても未だ健在である。 ▲デルソルのシンボルを着けた謎の小箱。これは当時の発表会でプレス向けに配られたケースだという。こんなものをひとつとってもクラブではキチンと保管し、活用している [撮影・ライター / きもだこよし]
去る2023年5月28日、雨模様ばかり続いた週末に、ひさしぶりに晴れ間が見えた大磯ロングビーチ大駐車場で、クルマのスキール音が鳴り響いた。 湘南ヒストリックカークラブジムカーナ。駐車場に設置されたパイロンの間をすり抜けて疾走するのは、どの車輌もクラシックカーばかりである。 ■1980年代から続くカークラブ 湘南ヒストリックカークラブ(以下SHCC)のイベントの歴史は旧く、もう40年近くも開催されている。 年2回、この大磯ロングビーチの駐車場を借りておこなわれてきたが、このコロナ禍で何度も規模や開催時期等の縮小ないし変更を余儀なくされ、イベント継続が危ぶまれたこともあった。 それでも今に至ることができたのは、主催者や参加者の熱意が支えてきたといっていい。 この日も国産、外車問わず、またレース競技とは無縁そうな市販車から本物のフォーミュラーカーまで、数多くの車輌が参加していた。 SHCCジムカーナへの参加資格は、1969年までに製造された車輌であること、もしくはそのレプリカモデル。 それ意外に主催者が特別に認めた車輌となっている。 これは年式に関わらず希少であったり特別なモデルである場合など、ゲスト車輌的に参加が認められている。 出走には排気量別に7つのクラスに分けられ、グループごとに順位を競う。 ただし、ミニだけは台数が多いため、別個に2クラスが設けられている。 クラスごとの勝者のほか、総合のタイムでも争われる。 さらに今年は40年という歴史に、新たな栄誉が付け加えられた。 FIVA(国際クラシックカー連盟)の公式イベントに名を連ねることになったという。 これからもますますイベントとして楽しみが増えることだろう。 ■次世代にもつながっているカーイベント ジムカーナ参加車輌以外にも並んでいる車輌がいる。 これは、ACJ(オートモービルクラブジャパン)とのコラボ企画展示の車輌である。 フェラーリやアルピーヌに混ざり、本物の競技車輌である日産の240RSが展示されていた。 1980年代初頭に開催されていたWRCラリー選手権で、グループBの車輌として作られたクルマである。 見学に訪れた人や参加者もクルマに気がつくと、本物のグループBカーに見入っていた。 昼の休憩時間にはテスラの試乗会も催され、大磯周辺の試乗や、0-100㎞までわずか3.5秒という驚異的な加速力の体験試乗(こちらは同乗による)もおこなわれ、みなクラシックカーとは真逆に位置する体験を楽しんでいた。 また、参加車輌ではないが、エキシビジョンで出走準備をしているクルマがある。 ハンドメイドのカートのような姿をしたクルマ。 これは学生フォーミュラと呼ばれる大学の学生チームが、テストをかねて出走させたもの。 この日は東海大学と芝浦工大の学生たちが集まっていた。 SHCCには親子で出走している方もいれば、小学生のころから見学に来ているファンもいる。 この日、会場に真新しいバイクが停まっていたのだが、オーナーいわく免許が取れるようになり、自分のバイクに乗って見学にきたという。 学生フォーミュラだけではなく、幼いころから見続けてきた次世代が、ここでは確実に育っている。 ■イベントの横道を行く どこのイベントであっても、よほどクローズドなイベントでない限り、見学者も入ることができる。 そこにはきっと見たこともない名車や、希少なクルマがひっそりと訪れているに違いない。 そう考えて、毎回イベント会場周辺の駐車場を巡る、いわばイベントの横道を行くことに。 SHCCの会場にももちろん多数生息をしておりました。 アストンマーチン DBXやトライアンフ、いすゞ 117クーペなど、さまざまなクルマがいる中に、ひっそりと小さく停まっていたのは三菱 ミニカF4。 お仲間と来たのか、隣にはスバル R2も佇んでいた。 三菱 ミニカは1962年に登場し、ミニカF4は3代目となる。 1972年にデビュー、360㏄出力32馬力を4速MTで引っ張るそれは、黄金虫シェルと呼ばれる丸みを帯びたスタイルで登場した。 画像左の個体は、グリル形状からするとハイスタンダードかデラックスだろうか? クリーム色の車体が当時を感じさせる車体だった。 ■長く見続けてきてわかること 薄曇りからの晴天と涼しい海風の吹く、大磯ロングビーチ駐車場。 SHCCジムカーナは、今回も素晴らしいコンディションのクルマやレジェンドドライバーと出会わせてくれた。 筆者も飛び飛びではあるものの、SHCCを見続けて10年以上になる。 その都度、新しい出会いや珍しい車輌に楽しさを見出してきたものである。 参加者や見学者も次世代に少しずつ変化している。 かつての自転車少年も、今年はバイクで見学に来ていた。 やがてクルマの免許を取り、また大磯の駐車場に現れることだろう。 そのときはきっと、ジムカーナのスタートグリットにいるに違いない。 [ライター・撮影 / きもだこよし]