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2023年現在、100年に一度の転換期といわれている。 自動運転に関する技術革新が日々行われ、新型車には電気自動車も多くなってきた。 そんな環境のなか、旧車と呼ばれる年代のクルマを、新たな愛車として選ぶ方も多くいる。 今回は“ちょっとした”一言がきっかけで「R32 スカイライン GT-R」が初の愛車となったオーナーにお話をうかがった。 1.出会いは突然 最初の愛車がGT-Rに!?しかし本音は・・・ 前回、新たに日産N15パルサー VZ-Rを愛車にした、お父様の話を紹介した。 ●教えて旧車オーナーさん!今"N15 パルサー VZ-R"を買ったワケhttps://www.qsha-oh.com/historia/article/nissan-family-pulsar-vzr-n15/ 今回の主役は、R32 スカイラインGT-Rにお乗りになられている息子さんだ。 手に入れた経緯は、なかなかに興味深いものだった。 「このGT-Rは元々、父の知人が所有していたクルマだったんです。3年半程、寝かせていたクルマを手放すということで、紹介されました」 最初の愛車がGT-Rとは、とても羨ましい話ではあるが、実は本音は違ったようで・・・ 「実は、当初欲しかったクルマはS15シルビア オーテックバージョンでした。中学生の頃、近所の中古車屋さんに置いてあった売り物を見に行ったりしていました(笑)」 「当時ガラケーに、シルビア オーテックバージョンの中古車情報の程度や金額をメモするほど憧れて、恋枯れていました」 S15シルビア、そのなかでもメーカーがチューニングを施した、NAエンジン(SR20DE)を搭載するオーテックバージョン。 中学生のころに、S15シルビア オーテックバージョンへ憧れを抱くとは、なかなかに通な選択だ。 これも、日産フリークなお父様の影響を受けた結果なのかもしれない(笑)。 2.GT-Rの縁談に乗り気になれない、クルマ好きならではの“理由” その当時を振り返り、お父様から意外な言葉が出てきた。 「息子に最初この話をしたとき、そんなに乗り気ではなかったのは、すぐにわかりました」 「私がすでに同型のGT-Rに乗っているので、同じクルマに乗るのが嫌なのかな?と思っていました」 予想外の反応をされた息子さん。 ではその当時、実際にはどう思っていたのだろうか? 「たしかに、父親がすでに同じGT-Rに乗っていることも意識としてはありました。ただそれよりも、当時はGT-Rって『最終地点』なイメージを持っていたんです」 この『最終地点』が意味することは、クルマ好きならすぐに理解できることだろう。 世界に目をやれば、超ド級なスーパーカーは多くある。 ただ、日産フリークな家庭で育ったオーナーにとって『GT-R』は、日産のスポーツカーのなかでも特別な存在であることはよく分かる。 「GT-Rに乗っている人は、段階を経て到達するイメージがありました。それこそ、シルビアなどに乗って練習して、父親のようにステップアップしていってGT-Rと考えていました」 お父様がDR30スカイラインで腕を磨き、R32スカイラインGT-Rにステップアップされたのを間近で見て育っただけに、その思いが強くなったのだと想像に容易い。 「いきなりGT-Rに乗っていいのか?という思いがあるのと、“シルビアが好きだから”という理由で断りました」 ずっとモータースポーツを観戦していただけに、GT-Rの凄さを理解していたことと、シルビアへの思いからの考えだったようだ。 3.父親からの思いがけないアドバイスがきっかけに 息子さんの思いを聞いたうえで、お父様から現実的なアドバイスがあったそうだ。 「シルビアからステップアップしてGT-Rにいきたくても、いざGT-Rに乗りたくなったときに買える保証はないんだぞ」 それは、なかなかにストレートなアドバイスだった。 お話をうかがっているとき、筆者は思わず笑ってしまった。 ただ、この言葉がきっかけとなり、現実的に自分の状況を踏まえ、改めて考えたそうだ。 当時でもS15シルビアは人気車であり、生産終了から日が浅く、程度の良いものは新車同等、もしくはそれ以上の価格だった。 対するR32スカイラインは、すでに生産終了から年数が経過した“旧車”となっていた。 年式を考えると流通量の減少、流通しているなかから良い程度を求めた場合、状況は厳しくなる一方と考えたそうだ。 そこからGT-Rを初の愛車として迎え入れることを決意したのをきっかけに、一気にモチベーションが上がることとなった。 教習所に通いながらアルバイトに励み、修理代を捻出していったとのこと。 このお話を聞いて、どこかの誰かと同じような境遇だと、思ってしまった。 「以前、初の愛車を手に入れた経緯をお聞きして、うちの息子と境遇が似ていると思いました(笑)」 と、筆者を見るお父様の表情は、満面の笑みであった(笑)。 4.初の愛車は課題が豊富 実際に手に入れたGT-Rはどうだったのだろうか? 「やはり3年半寝かしていたクルマということもあり、最初、エンジンをかける前に燃料系統を確認しました。案の定、ガソリンが腐っていました。さらにその腐り方が想像以上だったため、燃料ポンプを新品に、燃料タンクを中古の物に交換したんです」 ガソリンも食品と同じく、古くなると腐ってしまうのだ。 長期間動かしていない場合、注意が必要な点でもある。 「エンジンをかけられる段階まできて、いざエンジンをかけたものの、アイドリング不調で、まだまともに走れる状態ではありませんでした。そこで、点火系など順を追ってチェックしました。幸いなことに父親のGT-Rと同じ年式だったので、部品を入れ替えてチェックすることで、ダメな部品のトラブルシューティングができました」 修理と併せ、予防整備もおこなったとのこと。 交換した際、元々の部品は、お互いのクルマに使えるストックとなっているそうだ。 外観からも、チューニングを施しているのが見て分かった。 修理をする際に、併せておこなったのだろうか? 「今ついている社外のチューニングパーツは、前オーナー時代に交換されたものがほとんどです。ワンオーナーだったため、弄っている個所も分かっていました。あとからカスタムする必要が無い状態だったのは、結果的に良かった点ですね」 今回購入されたのは、ワンオーナーかつ、ご本人から直接譲り受けたので、詳細が分かっていたのは大きなアドバンテージだ。 5.素性を見極めて選んでもらいたい! これから旧車を手に入れようと思っている方へのアドバイスをうかがった。 「この年代のクルマを手にするなら、可能な限り素性の分かる車輌を選ぶことをお勧めしますね」 それは、お乗りのGT-Rで得た経験も背景にあるのかもしれない。 「私自身もそうだったのですが、やはり若い時って『エアロが付いていてカッコイイな!』『エンジン周りも弄ってあって良いな!!』と思ってしまうんですよね(笑)」 その気持ちは非常によく分かる。 どうしても“ノーマルとは違う”ことに憧れを抱いてしまうものだ。 「わからない弄り方をされていると、何か不具合が起きた時に原因が掴みづらくなってしまうんですよね」 実は筆者にも経験がある。 自身の愛車を手にしたときも、アイドリング不調が出ていた。 原因は、過去のオーナーが取り付けた社外部品の不調であった。 すでにカスタムされていることは魅力的に映るだろう。 しかし、長い目で見た際には、ノーマルの方が心配は減るものだ。 「特にスポーツカーは、ノーマルを探すのが難しいと思います。なので、ある程度詳しい人と一緒に現車を見に行くのが一番かと思いますね」 欲しいクルマを目の前にすると、誰もが正常な判断はできなくなる。 中立な、落ち着いた判断と目利きができる人に同行してもらうのは、大事なことだろう。 6.総括 いつかより今!時には踏み出す勢いが必要! 今回、お話をうかがい感じたことは、踏み出す勢いが大切だということ。 “いつか、あのクルマに乗りたい” そう思うことは、クルマ好きにとっては、日常的なことと思う。 今回お話をうかがっオーナーのように、キャリアアップして乗ることを目標にするクルマもあると思う。 ただ、タイミングが許すならば、一気に目標へ到達してしまうのも、旧車に乗るには必要な判断要素かもしれない。 今しか乗れない、今だから乗れる。 このことを考えて、旧車に乗るのもアリと感じた。 [ライター・画像 / お杉]
誰もが入手できるスチール製角材とアルミ板を素材に、手作業で創り出された「手作りの6輪F1タイレルP34」。 このマシンを間近で観られる貴重な機会のひとつが、去る6月末に道の駅おおた(群馬県太田市)で開催された「サンブレフェスタ2023」だ。 当メディアでも、サンブレフェスタに初めてこのマシンが展示された2021年から毎年このイベントを取材している。 今回、今年を含む過去3回の模様を振り返ってみた。その進化の過程で見えたものとは……? サンブレフェスタ2021 1977年仕様のマシンとしてサンブレフェスタに展示したのが、2021年6月のサンブレフェスタ2021。当時、ハヤブサのエンジンはシャーシにマウントされているものの、吸排気系、燃料系、駆動系とはつながっておらず、自走はまだできない状態。さらにリアウイングのステーやメーター周り、コクピットなども未塗装のまま。しかし、ファンにとってはこの日が初見という方が多く、その存在感に圧倒されていたのが印象的だった。 サンブレフェスタ2022 それから1年後、2022年6月のサンブレフェスタ2022で展示されたときの模様がこちら。この時点で自走可能な状態になっており、キャリアカーから展示スペース(私有地内)まで綿引氏自らタイレルP34をドライブして移動。朝早くから会場に足を運んだファンにとっても嬉しいサプライズとなった。また、新造の1976年仕様のカウルが製作段階(未塗装)の状態で被せられ、前年とはまったく異なる装いに。未塗装だからこそ味わえる、ハンドメイドボディの質感が間近で観られるまたとない機会となった。 サンブレフェスタ2023 そして今年。サンブレフェスタ2023に展示されたときの模様がこちら。1976年日本GP「シェクター仕様」を再現して展示。見た目の進化だけでなく、この1年間でサーキットを攻められるほどの領域に到達。コクピットやフロントカウルなど、相応のスピード域で走り、乗り降りの際についたであろう傷も確認できた。もはやこのタイレルは「見せる」ために生を受けたマシンではなく、このまま姿でサーキットを攻めることで「魅せる」術を身につけていることを実感した。 各部のディテールの変化 それでは、各部の進化の過程をふりかえってみよう。可能な限り同じアングルの画像を集めてみた。なお、上から2021年/2022年/2023年の順となる。 フロント リア サイド リアウイング(リアまわり) エンジンまわり コクピットまわり ホイール まとめ:作り手の魂が宿る「手作りの6輪F1タイレルP34」を、ぜひご自身の目で確かめみてほしい この連載でも何度もお伝えしているが、このタイレルP34はコンプリートマシンではない。 模型や当時の資料などを元に綿引氏が図面を引き、スチールの角材とアルミの板を切り貼りして溶接を繰り返し、たたき出して完成させた「手作りのF1マシン」だ。 ゼロベースで実車さながらのタイレルP34を造り上げただけでも離れ業といえるのに、ここからさらに市販のバイクやクルマなどの部品、さらにはワンオフで自作したものを組み合わせて実走、しかもサーキットを連続して周回できるマシンへと仕立て上げてしまったのだ! マシンを造る人、そしてマシンに合う部品を集めて組み上げる人、さらにはある程度のハイスピードの領域で攻められるセッティングと耐久性を生み出してしまう人。 本来であれば、それぞれ別々の人が力を合わせてはじめてようやく完成できる領域だろう。 それを綿引氏はほぼ1人でやってのけてしまった。 取材を通じて何度もこのマシンを観てきたが、その事実を目の当たりにするたびに身震いがする。 しかし、当の綿引氏は「0から1のものを造り上げる」苦労よりも、楽しんでここまで仕上げたような印象が強い。 やはり、好きに勝るものはないのかもしれない。 今回、改めて思ったことがある。 このタイレルはまだまだ進化の過程なのだということを。 もし、まだこの手作りの6輪F1タイレルP34の実車を観たことがない人であれば、ぜひ何かの機会にその目で確かめてほしい。 もはや、このクルマがゼロベースで造られたとはにわかに信じられないほどの完成度だ。 実は手作り……と説明をしないと、コンプリートマシンだと信じてしまう人も多いだろう。 そして「作り手の魂が宿るマシン」の表現が大げさではないことを実感できるはずだ。 そして、これまで実車を観たことある人であれば、ちょっとした変化に気づくかもしれない。 繰り返しになるが、ぜひ1度、ご自身の目で、細部にいたるまでこのクルマの造り込みを観て欲しいと思う。 驚きと感動に満ちた体験となるに違いない。 展示されるイベントの情報が分かり次第、旧車王ヒストリアでもアナウンスする予定だ。 なお、直近の予定では、8月20日にキナラガーデン豊洲で開催される「PURPOOL PARADISE KIRANAH GARDEN TOYOSU」にてタイレルが展示される。イベントは夕方からだが、タイレルは朝10時から展示されるとのことだ。 PURPOOL PARADISE KIRANAH GARDEN TOYOSU ・開催日時:8月20日(日)16:00〜22:00・場所:キナラガーデン豊洲・URL:https://www.kiranahresort-toyosu.com・住所:東京都江東区豊洲6-5-27・アクセス:https://www.kiranahresort-toyosu.com/access/・tel:03-6910-1818 手作りの6輪F1タイレルP34とは? 茨城県水戸市にある「カスタムビルド&レストア WATAHIKI(以下、CBR WATAHIKI)」代表の綿引雄司氏が、仕事の合間を縫って手作りで製作している、6輪が特徴的なF1マシン「タイレルP34」。 その完成度の高さから、ネット上ではタイレルP34のコンプリートマシンを綿引氏が所有していると誤解されることもしばしばだ。 また「タイレルP34のレプリカ」と評されることもあるが、綿引氏独自の解釈で製作された箇所も少なからずある。 そのため、忠実なレプリカというわけではない。 つまり、この「レプリカ」という表現がこのマシンに当てはまるかどうかは人それぞれの解釈に委ねたい。 製作者である綿引氏によると、このF1マシンが存在することは、タイレルのルーツでもあるケン・ティレル氏のご子息、ボブ・ティレル氏も把握しているという。 しかも、ボブ・ティレル氏は好意的に受け止めてくれているとのことだ。 巴自動車商会/カスタムビルド&レストア WATAHIKI 店舗情報 住所:〒310-0912 茨城県水戸市見川3-528-2TEL:TEL/FAX 029-243-0133URL:http://cbr-watahiki.comお問い合わせ:http://www.cbr-watahiki.com/mail.html 綿引氏のYouTubeチャンネル"cbrwatahiki" ※「アルミのイオタ」および「タイレル P34」の製作風景も紹介されています https://www.youtube.com/@cbrwatahiki ※YouTubeで動画を配信している「ぺーさんxyz」さんがイオタの製作過程を詳細にまとめた動画。手作業で造られていったことが分かる構成となっています。 板金職人の技炸裂!アルミ板叩き出しでランボルギーニ・イオタを製作するまで【前編】 https://www.youtube.com/watch?v=hvAf5PfcSJg&t=8s アルミ板叩き出しでランボルギーニ・イオタを製作するまで【後編】 https://www.youtube.com/watch?v=WidFHqbp4QA 「道の駅おおた」について ・所在地:〒370-0421 群馬県太田市粕川町701-1https://goo.gl/maps/E3vus5Vmbpjn8mz68・電話:0276-56-9350・FAX:0276-56-9351・駐車場;普通車:126台、大型車:40台、身体障害専用:4台・URL:http://michinoeki-ota.com 道の駅 おおた <公式> Facebookページ https://www.facebook.com/michinoeki.ota/ 道の駅おおた広報「おっくん」 Facebookページ https://www.facebook.com/ekicho.ota/ 道の駅 おおた <公式> Twitter https://twitter.com/michinoekiota [ライター・カメラ/松村 透]
2023年現在、100年に一度の転換期といわれている。 自動運転が開発され、新型車には電気自動車も多くなってきた。 そんな環境のなか、旧車と呼ばれる年代のクルマを、新たな愛車として選ぶ方も多くいる。 なぜ新たな愛車として迎え入れたのか? 新たにオーナーとなられた方にお話を伺った。 ■根っからの日産フリークなファミリー 今回、お話を伺ったのは、親子で旧車を愛車としているご家族だ。 お父さまは日産スカイラインGT-R(R32型)を所有しつつ、最近日産パルサー VZ-R(N15型)を通勤メインのクルマとして購入したのだとか。 長男である息子さんは、お父さまと同じ型のスカイライン GT-Rを所有されている。 今回お話を伺うことはできなかったが、次男の息子さんは、日産フェアレディZ(Z33型)にお乗りとのことだ。 おわかりの通り、大の日産フリークなご家族なのだ(笑)。 今回、パルサーVZ-Rを購入されたお父さまの内容となる。 今所有されているクルマについて伺った。 「R32スカイラインGT-Rは2008年頃、知人が手放す車両を購入しました。それまで、DR30 スカイラインRSターボに乗っていたのですが、やはりGT-Rには一度は乗っておきたいという思いを持っていたため、意を決して乗り換えました」 やはり、多くのクルマ好きが一度は憧れる、GT-R。 日産フリークであり、憧れを持っていた方にとって、そんな縁談の話は願ったり叶ったりに違いないだろう。 最近購入された、パルサーについて伺った。 「パルサーは半年ほど前、中古車店で購入しました。通勤で使っていたK12マーチからの買い替えになります」 なぜ、今まで乗られていたマーチより古い、パルサーに乗り換えられたのか? 「パルサーVZ-Rも、いつか乗りたいと思っていました。今回の購入時には、VZ-Rしか考えていませんでした」 そこまでの熱い思いを持たれているには理由があるはず。 さらに詳しく伺ってみた。 「昔、耐久レースに日産のワークスとしてVZ-Rが出てました。その時にびっくりするほど速かったんです。」 筆者も、当時VZ-Rがレースに出ていたのは知っていた。 しかし、残念ながらまだ幼かった筆者は、実際にレースシーンを見る機会がなかった。 レースでの活躍を、生で見た感想も聞くことができた。 「そのレースでは、当時の愛車と同じDR30のRSターボも出走していたのですが、VZ-Rが立ち上がりの加速で離れていっちゃうんですよ。テンロク(1.6L)なのに。それが衝撃でしたね」 「まだ幼かった、息子二人も観戦していたのですが『お父さんのクルマを抜いてった!』と驚いていましたよ!」 幼い息子さんにとっても、父親が乗っている身近な存在である同型のスカイラインが抜かれてしまったことは、記憶に残っているそうだ。 「特に次男がカルチャーショックだったようでして、のちに免許を取って最初に買ったクルマがVZ-Rでした(笑)」 現在、Z33にお乗りの息子さん。 幼心に受けた衝撃がきっかけとなったのか、最初の愛車として3ドアのパルサーVZ-Rを選び、腕を磨いていたそうだ。 VZ-R購入時、他に候補のクルマはあったのか? 「なかったですね。VZ-Rだけでした。最近のスポーツモデルの中古車も同価格帯でありましたが、候補には入っていませんでした」 なぜ、指名買いだったのか? 「この年代(90年代)のクルマって、個性があるじゃないですか。そこに惹かれてました。この頃って、各社ライバルメーカーのクルマに勝ってやろう!とかラリーで優勝してやろう!とか、攻めの姿勢だったのが良いですよね。VZ-RにもN1という仕様もありましたし」 ■心がけているのは予防整備 ここからは、購入後のエピソードについて。 すでにR32 スカイラインGT-Rもお持ちなので、経験は豊富だ。 今までの経験を踏まえ、納車後におこなった整備があるとのこと。 「GT-Rでも同じことを心掛けているのですが、出先で不動にならないよう、予防整備をしています。今回、納車後にオルタネータや点火系などの交換をしました。燃料系はまだなのですが、ここもやっておけば心配は減りますね」 予防整備としては、かなり手厚い部類と思う。 中古車である為、今までの扱われ方が分からないことは多い。 “無事に帰宅する”これは事故に限ったことではなく、忘れがちではあるが整備についても、重要なことと思う。 マイナーな不具合に見舞われたこともあるそうだ。 「タコメーターが動かなくなってしまう症状が出てしまいました。メーター交換をしようと思ったものの、VZ-R専用メーターはすでに製造廃止。標準グレードの物はまだ手に入ったので、メーター修理専門のお店に修理を依頼しました。新しいメーターから故障した部品を移植して、専用メーターを直してもらいました」 「他にも調べると在庫が残り1個の物が多く、気になるところは交換しました」 その行動力と決断に恐れ入ってしまう。 90年代車は多くの「グレード専用部品」がある。 その部品自体の新品はなくとも、流用や移植で修理が可能であり、専門店もあることには驚いた。 ■カスタムも長期の目で見た安心感を 次にこだわりの部分について伺った。 「本当は3ドアが欲しかったのですが、タマ数も減っており、値段も息子が購入したときの1.5倍になっていました。そのなかで見つけたのが今の愛車です」 パルサーVZ-Rにはボディ形状は3タイプある。 4ドアセダン、3ドアハッチバック、5ドアハッチバック。 程度と金額から5ドアハッチバックを購入されたとのことだが、最初拝見した時に違和感があった。 「5ドアはRVブームもあって、フロントバンパーがRVっぽいデザインになっています。それが、ちょっと好みと合わなかったため、3ドアVZ-Rのバンパーに交換しました」 話を伺って、違和感の理由がわかったのだった。 VZ-Rが新車で販売されていたころ、世間はRVブームであった。 そのため、パルサーの5ドアにはRVテイストを与えていた。 そのデザインのまま、VZ-R専用エンジンを載せて販売していたのだ。 他にも、リアのスポイラーをオーテックバージョンの物に変更されている。 交換する際、標準装備のスポイラーと取付穴の位置が合わなかった。 バックゲートを別途中古で購入、穴を開け直してから交換されたそうだ。 従来の穴を埋めることによる、トラブルを避ける為のこだわりが表れていた。 また、マフラーも購入時は社外の物が装着されていたが、純正採用の実績があるフジツボ製に交換されたとのこと。 ■ぜひ、そのクルマのことを理解して乗って欲しい! これから、90年代のクルマに乗ろうと思っている方へ、何かアドバイスがあるか伺ってみた。 「せっかく乗るなら、そのクルマのことを理解して、少しでもいいので勉強して乗ってもらいたいですね。もし、ネームバリューだけで乗りたいと思っているのでしたら、良い結果とならないことが多いので、やめた方がよいと思います」 90年代のクルマは、まだまだ現役で走っている個体も多く、街中でも目にするだろう。 映画やアニメなどでフューチャーされることや、過去の映像作品も動画サイトで目にするだろう。 そこでクルマの名前を知り、同じクルマに乗りたい!と思う人は多くいる。 いつまでも現役で、人気で居続けることは嬉しいことだ。 ただ、そのクルマのことを理解せずに乗った時、旧いが故に現代の感覚と違うことはもちろん、トラブルも発生する。 理想と違うことが起きた時、大きく落胆するだろう。 しかし、ほんの少しでも、そのクルマについて知る努力をしたことで、感じ方は変わってくる。 「せっかく憧れのクルマを愛車としたのに、残念な思い出となってもらいたくない」 そんな思いのこもった言葉だった。 ■ 総括 メーカー同士、意地の張り合いに熱くなっていた時代 今回お話を伺ってわかった、現代にあえて旧車を選ぶ理由。 そこには、デビュー当時の活躍を目の当たりにしてきた方ならではの理由があった。 各メーカーのスポーツモデルには、明確な意識をしているライバルがいた。 そのクルマたちは、ワークスとして戦うレースに留まらず、そのクルマを選んだオーナー同士もお互いを意識し合い、サーキットなどで性能をぶつけ合っていたのだ。 ユーザーも含め、ライバルに秀でるよう切磋琢磨していた時代を見てきたオーナーならではの、熱さを感じるための選択であったと知ることができた取材となった。 [撮影&ライター・お杉]
6月上旬の週末に諸用があり、クルマでノルマンディー地方へ行くことになりました。 観光地として有名なノルマンディー地方はとても広いので、2時間ほどで着く内陸部もありますが、今回は4時間以上運転をして海岸沿いを目指します。 ■ノルマンディーの小さな街で3台のjeepと遭遇 古くてかわいらしい街並みを運転していると、チラホラとミリタリー系のクルマを見かけるようになりました。 内心古いクルマが見られるかもとワクワクしていると予感的中です。 トランという小さな街の市役所を通り過ぎた瞬間、3台のjeep御一行が駐車しているのを発見しました。 気付いたときには追い抜いていましたが、車輌だけではなくドライバーの雰囲気もすてきでしたので、折り返して私たちも駐車することにしました。 それがこちらの1944年製のjeepです。カッコイイですね。 ■1944年といえば、ノルマンディー上陸作戦がはじまった年 1944年と聞いてピンとくる方もいるかもしれません。 フランス人の旦那は、すぐに「anniversaire debarquement 6 juin!!(6月6日の記念日だ!!)」とひらめいておりました。 そうです、6月6日はノルマンディー上陸作戦が始まった日で、それに関するセレモニーがその前の週末から当日にかけて行われるということでした。 ノルマンディー上陸作戦は、第二次世界大戦中ドイツに支配されていたフランスにてアメリカ・カナダ・イギリスなどを中心とした連合国軍が、ドーバー海峡を渡ってノルマンディーに上陸した史上最大規模の上陸作戦です。 のちにパリまで解放され、終戦のきっかけのひとつにもなっているできごとです。 きれいに全塗装されている車体には、英語で「USA」とフランス語で「grabuge(騒ぎ出すぞ)」と、二か国語が混ざって書かれているのも、普段なかなか見かけない組み合わせなので歴史的な物語を感じます。 私はこのできごとの名前くらいしか聞いたことがないのですが、フランス人にとってはナチスに占領されていた自国を取り戻すことができた大切な日で、今年も当日にはフランスのマクロン大統領がノルマンディー地方を訪問され話題となっていました。 ■オーナーのひとりが1944年製のjeepに座らせてくれた この日は22℃を超える晴天でしたが、乗車されているみなさまそろって当時を意識した装いをされていました。 クルマだけではなく、タイムスリップをしたような空間に興奮をしていると、ドライバーのムッシュが助手席へ座ることを提案してくれました。 車輌は綺麗に塗装し直されていましたが、触れると熱くなっている扉やシートベルトの感触は、当時を感じさせるものでした。 彼らもその先の海岸沿いまで行き仲間と合流をするそうで、いくつかのイベントの情報を教えてくれたので、私たちも時間をみつけて立ち寄ってみることにしました。 プログラムを見てみると、日にちごとにパレードや展示などがあり、私たちはles bourses militariaというミリタリー専門のフリーマーケットへ。 当時のクルマや戦闘機のナンバープレートやシートベルトなど、コレクターの方々にはお宝であろう商品がたくさんありました。 まわりの会話を聞いていると、海外から買い付けをしに来ている人もいたようです。 たくさんの映画やドラマのテーマになっているできごとですから、ファンが多いのもわかります。 先ほど話を聞かせていただいた御一行を探したのですが、海岸沿いの会場がいくつにも分かれていたため、再会できなかったのが残念です。 しかし、偶然にもこのイベントを知って堪能できて楽しかったです。 来年はこの歴史的大作戦をおこなった年から丸80年を迎えます。 10年前の70周年記念式典では、各国より首脳が来仏し盛大なパレードがおこなわれましたから、80周年記念式典では、また一層たくさんののイベントが各地でおこなわれることでしょう。 私も次回はより早くチェックをして参加したいと思います。 [ライター・撮影 / スミ]
■名前:西尾菜々実 ■ご自身の性格をひと言で表現すると? 行動力がある 以前からずっとドイツの技術力や街並みに対する憧れがあり、ドイツ語を使う設計職として就職したかったため、日本でドイツ車向けの自動車部品設計者として仕事をしていました。 ■好きなクルマは? Daimler 特定の車種にこだわりなく好きです。以前、日本の会社で配属されたのがDaimler向けの製品設計だったので、思い入れがある自動車メーカーです。 ■憧れのクルマは? BMWイセッタ 幼少期からご近所の方がBMWの軽自動車で外出されるのを見てずっと憧れていました。 定員が軽自動車より少ないミニカーをドイツで発見し、のっぺりとしたフォルムが魅力的で現在BMWイセッタに憧れています。 車体の形とマッチしたクリーム色やクリームソーダのような青色、てんとう虫に見える赤色など外出するたびに日常を可愛く変化させてくれそうな小型車です。余裕ができれば愛車の座席シートを変えたりして生活に華を添えてほしいななんて夢みています。 ■旧車王ヒストリアではどんな記事を書いてみたいですか? 前職では自動車内装部品についての機械設計、医療機器や産業機械などの開発設計職にて働いていました。この経験を活かした技術的なかつ読者に楽しい時間を過ごしてもらえるような記事をお届けできればと思っています。 ■その他なんでも・・・ MUSIC PLANETより、松下典由さんにプロデュースしていただいた爽やかなアイドルソングがiTunes, Spotfy,レコチョク,music.jp,カラオケなどで配信されているので、よろしければドライブのときに聴いていただけると嬉しいです! ■HP/SNS/YouTube他 HP:https://big-up.style/iiozLrTO9R [ライター/西尾菜々実・撮影/YUKA DOGO]
製作の初期段階から進化の過程を追い続けて早4年。スチール製角材とアルミ板を文字どおり切り貼りして造り上げた手作りのF1マシン、タイレルP34。 今回、久しぶりに茨城県水戸市にある「カスタムビルド&レストア WATAHIKI」にお邪魔して、このマシンの製作者であり、ドライバーでもある綿引雄司氏にインタビューを敢行。 率直な想いを語っていただいた。 ■手作りの6輪F1タイレルP34とは? 茨城県水戸市にある「カスタムビルド&レストア WATAHIKI(以下、CBR WATAHIKI)」代表の綿引雄司氏が、仕事の合間を縫って手作りで製作している、6輪が特徴的なF1マシン「タイレルP34」。 その完成度の高さから、ネット上ではタイレルP34のコンプリートマシンを綿引氏が所有していると誤解されることも少なくない。 むしろ、イベントやCBR WATAHIKI(事前にアポイントを取れば実物を見せてくれる)に赴けばホンモノさながらのタイレルP34が間近で観られるのだ。 この事実に素直に感激し、喜ぶべきなのかもしれない。 製作者である綿引氏によると、このF1マシンが存在することは、タイレルのルーツでもあるケン・ティレル氏のご子息、ボブ・ティレル氏も把握しているという。 しかも、ボブ・ティレル氏は好意的に受け止めてくれているとのことだ。 また「タイレルP34のレプリカ」と評されることもあるが、綿引氏独自の解釈で製作された箇所も少なからずある。 そのため、忠実なレプリカというわけではない。 つまり、この「レプリカ」という表現がこのマシンに当てはまるかどうかは人それぞれの解釈に委ねたい。 ■YouTubeでも公開されているエビス西サーキットを走った率直な感想を聞かせてください 初めての本格的なサーキットコースだったので、果たして自作タイレルはまともに走るのか、最初は不安がありました。 しかし、思った以上にフロント4輪は素直なハンドリングでコーナーを曲がりますし、直線でブレることもなく、フレームが捩れてるような不安感もなく、普通のクルマとまったく変わりなく走りました。 やはり重量が軽く、サスペンションもマッチしているせいか、ロールせず姿勢の変化があまりなく走ることができましたね。製作した部品と使った部品のバランスが上手くマッチしていて、車体周りは100点満点の仕上がりと思いました。 唯一、デフからのオイル吹き出しが少しあったことと、水温の管理、燃調のセッティングなどが次回の課題ですかね。 ●タイレルでエビスサーキット西コース激走!ドローン!オンボード!ハンドメイドF1 [4K画質]https://www.youtube.com/watch?v=eGVxCCliLYA ■昨年10月に初試走したときから変更点を聞かせてください ・リアウイングの補強・リアジャッキがきちんと装着できるようにステーを製作・テールランプの取り付け・リヤタイヤ内側のクリアランスが狭く、タイヤが擦れてしまっていたため、トラス構造のハブサポートを加工し直しクリアランスを広くした・リアスタビライザーの追加(スズキ アルトラパン用) アルトラパン用のスタビライザーにしたのは、タイレルP34の車重を考えたとき、軽自動車用が合うなと閃いたんです。それぞれのモデルのスタビライザーを調べていくうちに、アルトラパン用がよさそうだなと、画像を見て判断したんです。自作することもできたんですが、材料費よりもネットオークションで買った方が安いし、仮に合わなかったとしてもノウハウの蓄積になるかなと思って手に入れました。現物が届いていたら、ちょっと加工するだけで装着できたのでバッチリでしたね。 ■現時点での課題や、今後のアップグデートするご予定はありますか? 5月3日〜4日にかけて長野県で開催された「ながのノスタルジックカーフェスティバル2023」にタイレルP34を展示したんですが、このとき、以前ドラッグレース用のマシンを製作していたことがあるアートレーシングさんとお会いしたんです。ハイパワーエンジンを載せたドラッグレース用のマシンである以上、ボディにものすごく負荷が掛かりますよね。そんなマシンを作る方から見てもこのタイレルP34は強度があり、むしろオーバースペックだとおっしゃっていただきました。 自分自身でも、現在の隼のエンジンではパワー不足かなと思うところがあったんです。それと、現状のテンショナーのベアリングに対する懸念もありますね。かなり負荷が掛かるみたいで、頻繁にビアリングを交換する必要がありますし。そんなこともあり、ゆくゆくは200〜250馬力くらいのエンジンに換装したいなと考えていたので、これはチャレンジしてみたいですね。 あとはトランスミッションですね。いま考えているのは、ポルシェ914用のミッションをベースに加工して載せられないかなと考えています。何しろ、ウチにはポルシェ用のトランスミッションが何個もありますから、それを利用しない手はないんです(笑)。 ■いま、世界に何台のタイレルP34が存在しているのですか? 私が知る限りでは元F1ドライバーのピエルルイジ・マルティニ氏が2台所有していて、ジョディー・シェクター氏が1台。それと、タイレルP34を「全バラ」してイチから造り上げたマシンがたしか2台あったはずです。あとは、タミヤさんのところにあるタイレルP34と、レプリカですがウチにあるマシンですね。 ■お一人でここまでできる方は少ないと思うのですが・・・ たまたまウチがクルマの車検整備やレストアもやっていて、こういった商売をやっていたからできた、という点は大きいと思います。やってみたらできた!そしてノウハウを蓄積していく……その繰り返しで今日にいたったようなものですね。若い方で自分も同じようなことにチャレンジしてみたいとお考えでしたら、「自分は○○○○しかできない」と決めつけず、どんどんチャレンジしていってほしいです。 ■YouTubeの視聴者の方、そして海外の方の反応はいかがですか? 視聴者の方の多くが日本人の方なんです。あとはアメリカ、イタリア、スウェーデン、韓国の方たちですね。動画を公開すると、毎回コメントを書きこんでくださる方もいらっしゃって、とても感謝しています。YouTubeがなかったらここまでできなかったと思います。 ■MT車が運転できれば一般のドライバーでも走らせることはできますか? クラッチも軽いですし、アクセルやブレーキも市販車の感覚とそれほど違いはありません。MT車の運転免許を取得していてサーキットの経験があればどなたでも乗れると思いますよ!シートサイズが私の体型に合わせてあるので、そこは調整が必要かも知れません。 ■綿引さんがイメージする、タイレルにもっとも近い市販車を教えてください もっとも近い乗りもので例えるなら、エンジンがシャーシにリジットマウントされているレーシングカートでしょうか。レーシングカートの方が小型な分、挙動が敏感ですけれど、タイレルP34の方がリアの滑り出しもゆっくりしている印象があります。以前、公開した動画で、エビス西サーキットでスピンしている映像がありましたが、タイヤが温まってグリップする前に少し強引にコーナリングしたらスピンしてしまったんです。 ■これまででもっとも大変だったこと、苦労したことを聞かせてください 何しろ自作ですから、トライアンドエラーの繰り返しです。レストアが完了したクルマをテスト走行するときの怖さと不安にちょっと似ていますね。オートランドテクノで初めて走らせたときも、低速コーナーでさえもステアリングやタイヤが外れたり、ヘンな方向に向いてしまったらどうしようという恐怖は正直いってありました。 今回、15分・15分・10分と合計で40分走ってみて、デフのオイル漏れがあったり、あとはチェーン駆動を支えているテンショナーのベアリングがガタガタなんです。現在の仕様では40分くらい走ったらベアリングを交換する必要がありそうです。あとは、テンショナーの仕組みを変えるか、エンジンとミッションを別のものに載せ換えるか……です。 ■これまででもっとも嬉しかったこと、思い出のできごとを聞かせてください やはり「自分が作ったものがサーキットをきちんと走れるようになってきた」ことが一番の喜びですよね。 もともと、クルマでもバイクでも、サーキットを走ることがとても好きなんです。それも、今回は市販車ではなく、自らゼロベースで造り上げたマシンです。それがサーキットをそれなりのスピード域で攻めて、しかも連続して走れるようになった。自身の技術に対する自信にもつながりますよね。 ■綿引さんにとって、このタイレルプロジェクトの目指す夢やゴールは? 富士スピードウェイでF1が開催されたのは1976年と77年の2年だけ。そのいずれの年もタイレルP34がエントリーしているんです。このマシンで、いつか富士スピードウェイを走ってみたいと考えています。今回、エビス西サーキットを走ったことも、その過程のひとつだと思っているんです。 ■もしタイレル以外で新たなプロジェクトが決まっていたら聞かせてください 先日、K4-GPのパドック内にタイレルP34を展示させていただいたのですが、このときに思ったのは、新たに軽自動車ベースでK4-GP用のマシンを作ってみたいなと思いましたね。 ■タイレルが見られるイベントが決まっていたら教えてください 6月25日(日)に、群馬県太田市にある道の駅おおたで開催される「サンブレフェスタ 2023」に展示予定です。昨年の同イベントでは、追加で製作したアルミ地むき出しの1976年仕様でしたが、今年は1976年富士スピードウェイに参戦した「シェクター仕様」となります。また、フロントホイールはオリジナルを忠実に再現したアルミ製のものを履いて展示します。 ■ぜひYouTubeの視聴者の方、読者の方にメッセージを! FIAのレギュレーション改定で6輪F1マシンで参戦することができなくなってしまったけれど、個人的にはもっと6輪F1マシンの魅力や面白さをYouTubeで発信していきたいです。 他のYouTuberさんのように頻繁には更新できていませんが、その分、スペシャルな映像をちょこちょこ出して行きますので、これからも応援してくださいね!それと、各地のイベントに展示させていただいたり、実際に走らせたりしているので、ぜひ実車をご覧になってください。 ■巴自動車商会/カスタムビルド&レストア WATAHIKI 店舗情報 住所:〒310-0912 茨城県水戸市見川3-528-2TEL:TEL/FAX 029-243-0133URL:http://cbr-watahiki.comお問い合わせ:http://www.cbr-watahiki.com/mail.html ●綿引氏のYouTubeチャンネル"cbrwatahiki" ※「アルミのイオタ」および「タイレル P34」の製作風景も紹介されています https://www.youtube.com/@cbrwatahiki ※YouTubeで動画を配信している「ぺーさんxyz」さんがイオタの製作過程を詳細にまとめた動画。手作業で造られていったことが分かる構成となっています。 ●板金職人の技炸裂!アルミ板叩き出しでランボルギーニ・イオタを製作するまで【前編】 https://www.youtube.com/watch?v=hvAf5PfcSJg&t=8s ●アルミ板叩き出しでランボルギーニ・イオタを製作するまで【後編】 https://www.youtube.com/watch?v=WidFHqbp4QA ■「サンブレフェスタ 2023」イベント概要 ・日時:2023年6月25日(日)9:00〜15:00・場所 道の駅おおた駐車場 ●「道の駅おおた」について ・所在地:〒370-0421 群馬県太田市粕川町701-1https://goo.gl/maps/E3vus5Vmbpjn8mz68・電話:0276-56-9350・FAX:0276-56-9351・駐車場;普通車:126台、大型車:40台、身体障害専用:4台・URL:http://michinoeki-ota.com ●道の駅 おおた <公式> Facebookページhttps://www.facebook.com/michinoeki.ota/ ●道の駅おおた広報「おっくん」 Facebookページhttps://www.facebook.com/ekicho.ota/ ●道の駅 おおた <公式> Twitterhttps://twitter.com/michinoekiota [ライター・カメラ/松村 透]
■名前:Kana ■職業/肩書き フリーランスジャーナリスト、コラムニスト、PR ■ご自身の性格をひと言で表現すると? おもしろい ■好きなクルマは? ドイツが認定するクラシックカー"ヒストリックカー"全般 ■憧れのクルマは? メルセデス・ベンツ クラシック ■旧車王ヒストリアではどんな記事を書いてみたいですか? ドイツの主要メーカー(メルセデス・ベンツ、フォルクスワーゲン、BMW、アウディ)をはじめ、ヨーロッパのクラシックカーに特化し、デザイン性やどんな著名人に愛されているのかなどにフォーカスし、女性が読んでも楽しめる記事を書きたいです。 ■その他なんでも・・・ 長年のライター歴と専門分野であるファッションやデザイン目線からクラシックカーの魅力を伝えたいです ■HP/SNS/YouTube他 ・Instagram:https://www.instagram.com/kanamiyazawa/ [ライター・撮影/Kana Miyazawa]
年式が古くなるにつれ、90年代車にもスポットが当たるようになってきたと感じる昨今だが、もう何年も前からそのカッコよさの虜になり続けている人たちも少なくない。 そのなかでも特に"極まっている"……と思う人物に今まで何度か出会うことがあった。 今回紹介するTetsuGTさんはアラサー世代のなかでも、特に90年代のトヨタ車への造詣が深い人物だと感じる。 そのエピソードは枚挙にいとまがないのだが、個人的に感心させられるのは、氏が20代の頃から続けている東南アジア各地へと旅をし、日本から輸出された中古車のカリーナやコロナ、カローラにカムリ他、現地仕様車などの姿をも追い求めて歩き続けていることだ。 そのひたむきな愛情と興味は自身で所有する車両にも色濃く現れている。 なんと、現在所有する台数はなんと14台(ナンバープレートがついていない車両や部品取り車含め)、歴代車歴を併せると20台以上! その事実だけを伺うと、一瞬、映画スターのようなガレージを想像してしまったが、その多くはトヨタの、しかも平成に作られたモデルで多くが占められている。 並々ならぬその原動力、そしてそのなかでも特にお気に入りのクルマについて今回はスポットをあてていくことにした。 クルマはライフワーク。当たり前のようにクルマが側にいる毎日 TetsuGTさんは御年34歳。 生まれてから現在に至るまで、徹底した自動車への愛と興味を注ぎ続けているそうだが、そのルーツには2台のトヨタ車の存在があるという。 「1台は母方の祖父が所有していたカローラワゴン(90系)です。祖父は自動車部品の配達をしており、幼少期の自分はよくその仕事についていっていてその姿を目の当たりにしておりました。もう1台は父親が新車で購入したカリーナ(17系)のスーパーロードで実家で所有していたクルマです。こちらも強い原初の体験になっているものです」 2台との出会いはごく自然にTetsuGTさんの生活に浸透していったことだろうが、それらが30年以上の時を経ても一貫して「好き」であり続けられることは純粋にすごいことだ。 しかし、さらにすごいのはその行動力にあるといえる。 「現在所有している17系カリーナはストック含め、全部で6台あります。自分にとってクルマといえばコレ!といえるほどの存在で、本当に好きなクルマですね。恐らく、すでに一生のなかでカリーナを維持するために必要なだけの部品、およびストックを手に入れているのではないかと思っています」 今回紹介するカリーナは自身のなかで3台目のカリーナ。 26歳のころに購入し、現在8年の月日が経過した「Gリミテッド」。 現存する個体がそもそも少ないカリーナのなかでも珍しい部類といわれるグレードだ。 エンジンはトヨタの1.6リッターエンジンの名機4A-G、出会いは業者オークションで発見し、その後中古車サイトを経由して購入したという。 「元々4A-G搭載のカリーナGT(21系)を所有していたこともあり、そのエンジン特性やフィーリングそのもののファンでした。そのエンジンが大好きな17系に搭載されているというのですから迷わず買ってしまいますよね」 世界を放浪して海外に輸出されていった数々の中古車を眺めてきたTetsuGTさん。 そんななか、8年前の中古車市場でもGリミテッドの出物は皆無だったそう。 購入後、九州から船便で送られてきたカリーナの状態を見て非常に驚いたとか。 「色んな個体を見たなかでも非常に奇麗なクルマだったんですよね。パッと見てわかるくらい手入れが行き届いているクルマで、元オーナーさんがこの個体に対して並々ならぬ愛情を注いでいるたのがよくわかったんです」 購入時ですでに23年経過、しかしワンオーナーで距離は48000km。 レコードブックなどの情報を頼りに歴代オーナーを辿って連絡をとると、そのカリーナの生きてきた痕跡を辿ることができてきたという。 「元オーナーさまはご高齢だったのですが、非常に丁寧な方でした。実はこのカリーナを手離すときは当初、廃車にする予定で解体屋に持って行ったそうなんです。ところが、その解体屋からは引き取るなら逆にお金を貰うという提示をされ、中古車買取店にもって行ったとのことでした」 クルマの運命は不思議なものだ。乗り手によってコンディションの維持が左右されるのは当然であるが、その個体の行き先が決まるのは偶然やさまざまな出会いからなるからだ。 このカリーナは幸運にも解体の運命を逃れ、九州から関東へ。 それも熱狂的なまでの青年の元に収まるのだから、その軌跡を聞くだけで見えない縁のようなものを感じざるを得ない。 TetsuGTさんのもとに嫁いでから走行距離は現在92000km。 すでに初代オーナーと歩んだ距離を上回っている。 「これまで2回ほど、関東から自走で九州の初代オーナーさんの家に"里帰り"しています。オーナーさんはこのカリーナがすでに廃車になっているものだと思っており、その再会には涙を流して喜んでくれたのが嬉しかったです。現在では年賀状のやり取りをするほどの仲になりました」 クルマと通じた出会いが、遠く見ず知らずの誰かとの繋がりを生む。 それも人生単位で関わる様な深い繋がり。 これもまたライフワークといえるのではないだろうか。 「クルマを維持していく」ということ 複数台を所有しているTetsuGTさんだが、日々、車両のコンディションを維持していくにはどんな心がけをしてるのか伺ってみた。 「週一回エンジンをかける、ボディカバーをかける、汚したらすぐ掃除……と、基本的なことをやっていると思っています。もちろん古いクルマなので修理する箇所は出たりするのですが、このGリミテッドに関しては本当に修理をしたことが一度もないんです。時々、仕事に行く際にも使用していますが、頑丈なクルマであることを実感しますね」 "トヨタは壊れない"と都市伝説的にいわれるが、これも眉唾でもないことを思わせる。 現在までこのGリミテッドはオイル交換など、日常の整備程度でここまでやってきたそうだが、生活をともにするなかで最も気を使っていることは「安全運転」であるという。 「自分がどんなに気を使っていてももらい事故などはありますが、そもそも自分がスピードを出し過ぎない、など基本的なことを守るようにしています。この個体に関してはガーニッシュやリアスポイラーなど、樹脂で出来た部品は二度と同じコンディションのものは手に入らないと思っています。とはいえ、そんな気遣いをしながらも楽しくドライブができるカリーナのことがやはり大好きですね」 最後にこのカリーナとTetsuGTさんの今後についての目標を伺ってみることにした。 「自分が運転できなくなるまで添い遂げたいですね。しかも手離すときはどこかに寄贈できるような、そんなカタチを迎えられれば本望だと思っています。そんな目標を目指すためにも、そろそろガレージハウスみたいなものを建てられればいいな、なんて想像している最中ですよ」 原風景のなかにあったクルマ達を心ゆくまで堪能する。人生のなかでそんな経験はなんて素晴らしい時間だろうか。 そんな経験のなかでまた新たな繋がりが生まれ、拡がっていくエピソードたち。 クルマたちが運んできたかのようなワクワクするようなできごとが、TetsuGTさんの行く先にまだまだあることだろう。 カリーナとともに進んでいく未来を、この先も楽しみにしていきたい。 [ライター・撮影/TUNA]
先日、旧型車の集まるイベントに出展されていた「愛車の終活・相続」のサービスが目に留まった。 生きとし生けるものすべてに訪れる最期。 愛車家にとってもそれは平等にあり、想いが大きなほど残していく物事へ馳せる気持ちは小さくないだろう。 ふと振り返り、自分のクルマを眺める。 あと何年ハンドルを握ることができるだろうか。 最後にはどんなクルマを所有しているだろうか。 もし、そのときクルマを誰かに託せたら心残りはできるだけ少なく旅立てるだろうか。 そんな想いが堂々巡りになっていくなか、知人と、その愛車のことを思い出しインタビューを申し込むことにした。 春の陽気のなか、県道の向こうから白いセダンがやってくる。 そのクルマのノーズは昨今の公道ではかなり低くコンパクト。 それは妙に懐かしく、でも脳裏にひっかかるあの感覚は、かつて筆者の実家で所有していたクルマと同型だからだろうか。 日産・ブルーバードの歴代8代目となるU12型は1987年にデビュー。 セダンとハードトップ、コンフォートなアーバンサルーンシリーズとスポーティなSSSシリーズ、エンジン展開もワイドに用意され、かつての街なかではさほど珍しいとは感じない車種だった。 国内での生産終了から30年以上の月日が経ち、こうして眺めてみるとハッとするほどに新鮮だ。 白いボディ、リアドアには誇らしげな"TWIN CAM"の文字。 スポーティーな装いのセダンを新車で購入したのは現オーナーの祖父にあたる人物だ。 祖父から孫へと受け継いだ日産・ブルーバード。 一体どんなエピソードが宿るのか、すこしだけ覗いてみることにしよう。 ■祖父から受け継ぎし白いセダン オーナーのひらくえさんは29歳。 以前、初代RAV4の記事でインタビューさせていただいたオーナー様だ。 RAV4は家族で所有するクルマだったが、今回のブルーバードは正真正銘ひらくえさんご自身のクルマだ。 今でもこうして元気に走っている個体だが、実は元々おじい様が手放そうといい出した際には捨てられそうになっていたという。 10年前にはすでに希少車であっただろうこの個体。 何故運よくひらくえさんの元に受け継がれたのだろう。 「高齢になった祖父母にはブルーバードはすでに大きな車体でした。当時、新車のマーチなどへ買い替えも検討していたそうなのですが、クルマを買わずに免許の返納を選択したそうです。当然、祖父母にとって古くなって乗らないクルマは必要ないとのこととなったのですが、丁度自分の免許取得の時期が重なりブルーバードを引き継ぐことができました」 1993年生まれのひらくえさんはブルーバードの購入時19歳。 自身より年上となる91年生まれのブルーバードはあまりにも思い入れのあるクルマだったそう。 譲渡される際、祖母からは「こんなの乗るの?」といわれてしまったそうだが、幼少期からクルマ好きだったひらくえさんにとってブルーバード、もといセダンという存在は特に大きな存在だったのだ。 ■自我が芽生えるより先にクルマが好き。DNAレベルで愛してる 両親ともにクルマには興味のない家に育ったというひらくえさん。 しかし、幼少期のひらくえさんを見た両親は「この子、ヤバいくらいクルマ好きなんじゃないかしら」と気づき始めることとなる。 「1歳になるかどうかの頃に、父方の祖母がトミカのセドリックの赤いミニカーを買ってくれたんです。数ある玩具のなかでもそれが特にお気に入りで、肌身離さず持ち歩き続けていたらしいです。また、ベビーカーに乗っていた頃から街行くクルマに関心を持ち続けていたらしいんです。今とほとんど変わりませんね(笑)」 強くクルマに惹かれていく我が子を見過ごせないひらくえさんのご両親。 その興味の眼差しに徐々に理解を示してくれたという。 「両親はクルマには興味のない人でしたが、小さな頃の僕のクルマ趣味に理解を示してくれたことに感謝しています。例えば、2歳のときに東京モーターショーに連れて行ってくれたり、そのなかでも古いクルマが好きらしいということを汲み取り、関東からわざわざ日本海クラシックカーレビューに連れて行ってくれたりしたこともありました」 ご両親の協力もあり、DNAレベルでクルマが刻み込まれていったひらくえさん。 とはいえ30歳を目前に一切ブレずにクルマ趣味を続けてこれたのは自分でも不思議なことだそう。 小、中、高等学校と己の道を進み続けたひらくえさん。 18歳の頃に免許を取得し、専門学校に進学した後はこのクルマで通学もしていたそうだ。 「整備士などを養成する自動車系の専門学校に通っていたのですが、当時すでに古い型のブルーバードで通学することは珍しい存在でした。大がかりな作業はプロに依頼していますが、スピーカーを取り付けたり最低限のメンテナンスは自分で行うようにしています」 車体から異音がしたりすると、故障個所の予測を立て予防整備をすることも少なくないとか。 ひらくえ家で28年もの間所有しているRAV4とともに物持ちが良いのは、日頃の付き合い方やエピソードからも垣間見ることができる。 ■「ブルーバードが好きだ」シンプルなクルマの素性に惚れる 「気に入っているところはクルマ自体がシンプルなところですね。華美なところはなく、走る・曲がる・止まるに難なく応えてくれることがすごく気に入っているんです。CMのキャッチコピーのとおりで、"ブルーバードが好きだ"なんですよね」 そう話すとおり、ブルーバードは当時のバブル真っただなかのミドルクラスセダンを思い返しても豪華すぎる装備は奢られていない。 しかしながらカーステレオにエアコン、パワーウインドウなど、令和の世にあっても最低限欲しいものが装備されていることも不満が生まれないことのファクターであろう。 それにデザインにおいてもシンプルでありつつ、ナチュラルな凛々しさを感じる。 エンジンはSR18DE、1.8リッターの名機だ。 ミッションは5MTで日常生活に何ら不満はないという。 この10年間のなかでブルーバードとはどんな思い出が詰まっているのだろうか。 「このクルマと過ごした思い出はいろいろありますね。自分はSNSをやっていないのでインターネットを通じた出会いは数少ないのですが、リアルのイベントでブルーバードを見て声を掛けてくれた人と交友が拡がり、今では会えば何時間でも話せる深い仲になっています」 20代のクルマを取り巻く環境といえばSNSがありきになりつつある昨今、リアルでの出会いから始まる仲はかけがえのないものとなるだろう。 「クルマってコミュニケーションのツールだなあとつくづく感じています。例えばクルマで4人で移動するとき、走行しながら生まれる会話や眺めた景色から生まれるアイデアがあると思っています。このブルーバードにはかなり沢山の人が乗ってくれて、その分生まれたエピソードが10年分の記憶が詰まっているといっても過言ではないですね」 きっとこれからも長い間の付き合いが続いていくんでしょうね、と筆者が投げかけると「頼むから部品の供給だけはつづいてください!」と切実な言葉を貰った。 「最近ではエンジンマウントにダメージがあり、メーカーからは4つあるうちの2つしか出ませんでした。その2つの交換で症状は良くなったので現状は快調そのものですが、これからは創意工夫で走ることもあるだろうな、と思いつつなるべく延命していきたいなと思いますね」 旧車属性に足を踏み入れつつある個体のオーナーとしてはその声がメーカーへと届いてくれると嬉しいものだ。 最近ではメーカーも部品の再生産に力を入れ始めているが、すべての車種でそれらが行われるのは生産上難しいことであろう。 「それでも、なんだかんだで乗っていくんだと思っています」 ひらくえさんからさらりと出た言葉はあまりに力強い。 祖父から受け継ぎしブルーバードは生産されてから32年目。 もうとっくの前から公道ですれ違う機会はほとんどない。 別れ際、懐かしい日産車のセルとエンジン音が響く。 去っていく後ろ姿にはまだまだいけるぞ、という気配が漂っているように思えた。 ひらくえさんとこの先もカタチあるかぎり、新たなエピソードを生み続けながらこの先も羽ばたくことを予感させながら。 [ライター・撮影/TUNA]
私が所有するアウディ・初代TTは、2002(平成14)年製。オーナーであるライター・林も2002年生まれ。 すなわち、私と初代TTの関係性は“同い年”であるといえます。 今回のテーマは、「同い年の愛車のすゝめ」。ちょっとだけ愛車語りをしながら、私と初代TTの関係性についてご紹介したいと思います。 セルフ・オーナーインタビューみたいな感じで少し照れ臭さもありますが、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。 ■私と初代TTの年式的な結びつき 私が所有する初代TTは、FF(前輪駆動方式)に5MTを組み合わせた「1.8T」というグレードです。 発売当初の初代TTは、四輪駆動の「1.8Tクワトロ(6MT・225馬力)」のみのグレード展開。 「1.8T(5MT・180馬力)」は2001年1月に追加された、所謂廉価版のモデルでした。 MTを組み合わせた「1.8T」の日本における発売期間は比較的短く、2002年11月には、6速トルコンATモデルの登場に伴いカタログから姿を消しました。 私の初代TT 1.8Tも、先述の2年弱の発売期間の間に生産されました。 記録によれば、初年度登録は2002年7月。シートベルトの生産は2002年4月だったので、4月か5月あたりに生産されたと推測されます。 初夏にかけて、日本に上陸したのでしょう。 シートベルトの付け根にはベルトの生産年月が書いてあります。 クルマが生産された年月を簡単に推測できる手段のひとつです。 初代TTのシートベルトには「MADE IN HUNGARY」との記載も。 そうそう、アウディTTってドイツではなくハンガリーで作られているんですよね。 ハンガリー北西部にあるジュール(Győr)という工場で生産されています。 初代TTを手に入れてからしばらくは、てっきりドイツのインゴルシュタットで生産されたと思い込んでいました。 ハンガリー製と知って衝撃を受けた記憶があります。 …話を戻しましょう。 私の初代TTは2002年の春に生産されたわけですが、オーナーである私は2002年3月に生まれました。 所謂「2001年生まれの代の早生まれ」なので、初代TTとの関係性は、正確には「学年違いの同い年」ということになるでしょう。 私が愛車を手に入れた際の決め手は、年式とボディカラー(ステッペングラス・パールエフェクトというきれいな緑色)の2点でした。 私にとって「愛車が同い年であること」は、愛車との関係性を築くうえで最も大切な要素のひとつであるといっても過言ではありません。 ■ネオ・ネオクラシックとの豊かな暮らし 私の愛車、2002年式初代TTは、昨年度に晴れて(?)20年落ちになりました。 現在は「旧車」のオーナーとして旧車王ヒストリアの記事を執筆しているわけですが、当のオーナーはあまり初代TTのことを「古いクルマ」と認識していない気がします。 旧車王では「新車から10年以上経過したクルマ」を旧車と定義しているようなので、私(と私の周囲の友人たち)の感覚が異常なだけなのかもしれませんが…。 傍から見たら十分古いのでしょう。 初代TTは21世紀のクルマ。 まだまだ元気に走るし、消耗品の交換などの事前整備さえ怠らなければ、道端で三角表示板を広げてレッカーを待つ機会はそう多くないはずです。 ちなみに私の場合、自身が金欠大学生であるが故に、冷却系の消耗品が限界を迎えてしまい、ロードサービスのお世話になったことがあります(2年弱の所有期間の中でたった2回です)。 少し話が脱線してしまいました。 私は、初代TTは“ネオ・ネオクラシック”なクルマであると認識しています。 1990年代後半から2000年代前半にかけて、曲線を効果的に用いた、従来とはまったく異なるデザインを纏ったクルマが急増しました。 国産車ではトヨタ・WiLL Viやホンダ・初代インサイト、輸入車では初代TTやルノー・アヴァンタイムなどをはじめとした、エキセントリックなデザインのクルマたち。 大きくラウンドした面構成は、従来の角ばった(所謂“ネオクラシック”なクルマの)自動車デザインとは大きく異なるものだったといえるでしょう。 21世紀の到来を目前にして数多く誕生した未来感に溢れたクルマは、20年余りが経った現在においても、未だにアヴァンギャルドだと感じます。 この1980年代~1990年代のクルマ(現在のネオクラシックカー)の「定石」からの脱出を図った2000年前後のクルマ、これらを“ネオ・ネオクラシックカー”と私は捉えています。 前置きが長くなりましたが、私と“ネオ・ネオクラシック”との暮らしはとても豊かで、刺激に満ちたものです。 私にとって初代TTの“ネオ・ネオクラシック”なデザインやテクノロジーは決して「懐かしい」と感じるようなものではなく、すべてが新しい発見の連続なのです。 それもそのはず、私にとって初代TTとは、まさに産声を上げた瞬間に発売されていたクルマです。 当然、私の幼少期の記憶の中に、当時のアウディ・ディーラーに並ぶ初代TTの姿はありません。 物心がついた幼少期には、今でいう“ネオ・ネオクラシック”なクルマは数年落ちで、新規性に乏しいクルマだと捉えられていたことでしょう。 20歳になって、自身が生まれた時のことをさまざまな資料を通じて辿ってみると、幼少期に当然のように接していた自動車デザイン・自動車テクノロジーが、実は非常に新規性と先進性に富んだ、挑戦的なものであったことに気が付きました。 インターネットで当時のブログ記事を漁ってみたり、古書店で当時のカーグラフィックやTipoを探してしてみたり、オークションアプリで当時の新車カタログを落札して情報収集をしてみたりするうちに、自身の「クルマ好きの原点ともいえる幼少期の記憶」の解像度がどんどん上がってくるのです。 このような知的好奇心が満たされるような「オタ活(=オタク的活動)」に出会ったことは、私の今後のモビリティライフに大きな影響を与えたといえるでしょう。 自身と歳が近いクルマに惹かれ、いざ初代TTを所有してみて2年弱が経過した今でさえも、さまざまな「気付き」の連続です。 1/1のプラモデルを前にして、自身の最古の記憶と、自身が知り得ない古の情報を辿りながら、愛車の隅々に投影された設計思想を紐解くオーナー体験、なんとも贅沢で刺激的なものだなァと思っています。 さまざまな地にドライブに赴き、幾度も洗車を重ね、基礎的な日常整備を繰り返す日々の営みのなかで、愛車のことをより深く知り、愛車と自身が生まれた時代背景をも理解するモビリティライフ。 成人してから再会した幼馴染と接するような、懐かしくてストーリー性のある暮らしは、同い年のクルマと接する醍醐味でしょう。私の“ネオ・ネオクラシック”、最高の相棒です。 ■自身の成長と愛車のエイジングを共に楽しむ生活の在り方 私は21歳の大学生。世間的に見たら(特に自動車メディアの世界においては)、まだまだ「若い」と捉えられて当たり前ともいえる年齢です。 けれども私と同様に、製造されてから21年“しか”経過していない私の初代TTは、すでに「旧車」として扱われ、「古いクルマ乗ってるね!」といわれることも少なくありません。 なんだか不思議ですが、20歳の猫が「長寿」といわれるのと同じような感覚だと思っています。 ちなみに、20歳の猫は人間年齢で96歳らしいです。 クルマが使われる期間の平均年数はたったの13年(!)とのことなので、私の初代TTはご長寿さんということなのでしょう。 いつも酷使してゴメンネ、高齢なのに。 私のはじめての愛車であり、最高の相棒でもある、同い年の初代TT。 これからずっと、私が墓に入るまで所有していたいと願ってやまないのですが、クルマと人間では平均寿命があまりにも違います。 イレギュラーが発生しない限り、私よりも先に初代TTがお釈迦になるということは、誰から見ても明らかでしょう。 けれども、クルマはあくまでも人間が造り出した工業製品です。 すなわち、生殺与奪の権は人間にあるのです。 クルマの寿命は人間がコントロールすることができる、ということですね。 現に、幾度にも及ぶ移植手術を受け、今もなお公道を走り続けるヒストリックカーはこの世に何台も存在しています。 しかしながら、オーナーの財布の中身が尽きた場合や、移植するドナーが見つからない場合、愛車を健康な状態で保つのは非常に困難になるでしょう。 放置車両となって「寝たきり」になってしまうことは、私としては何としても避けたい。 そのためには、現在付いている部品を温存するのが最大の近道だと考えています。 オイル管理をしっかりとして、早め早めに整備工場に足を運び、愛車の弱点を知り、今後の治療(整備)計画をしっかりと立てることが、今の私にできる最大の延命術だと考えています。 そして、財布の中身を温存しておくこともとっても大事。 些細なリフレッシュに気を取られて、突然の大規模故障に対応できなくなってしまったら元も子もありません。 そのためには、意外にも「細かいことは気にしないスキル」が重要だと私は信じています。 私の初代TTも、細かいところを見たら随所に“オンボロ”が垣間見えます。 ドット欠けが著しいデンターディスプレイに、動きが怪しい燃料メーター。 外気温計もおかしな温度を指しています。もちろん、これらはすべて正常に作動するに越したことはありません。 けれども、今の私にとっては、初代TTに末永く乗るために、程々に貯蓄をしながら必要な箇所をリフレッシュしていくことが求められているのです。 私も、20歳を超えてから脂っこい食べ物が苦手になってきました。 今までよりも肺活量も落ちていて、息を切らして電車に駆け込むことが増えました。 人間もクルマも、歳をとったら少しずつ劣化していくものなのですね。 愛車にも完璧を求めることなく、程々に適当に、都合の悪いところは見て見ぬふりをしながら、一緒に老いていきたいなァなんて思っています。 同い年の愛車とともに過ごす毎日、なかなか良いモノですよ。オススメです。 [画像/Adobe Stock、TOYOTA、HONDA、RENAULT・撮影/ライター 林 哲也]