オークランド在住のtomatoです。 以前お伝えした通り、公共交通機関が貧弱なニュージーランドではクルマの保有率はほぼ1人1台と高く、スマートフォンと同様にクルマは生活必需品といっても過言ではありません。 ●懐かしい日本車と再会できる国「ニュージーランド」現地レポート https://www.qsha-oh.com/historia/article/tomato-new-zealand-report1/ では、ニュージーランドでクルマを所有する際は、一体どんな車検や税金制度があり、どれくらいの費用が掛かるのでしょうか。 筆者の愛車「マツダ・ロードスター(ND型)」が2023年9月にちょうど更新タイミングを迎えたので、この機会にレポートします。 果たすべき義務は2つ ニュージーランドの公道を走行するためには、下記の2つの認可を取得または更新する必要があります。 ・ヴィークル ライセンス (Vehicle Licence) https://www.nzta.govt.nz/vehicles/licensing-rego/ ・ウォレント オブ フィットネス(Warrant Of Fitness) https://www.nzta.govt.nz/vehicles/warrants-and-certificates/warrant-of-fitness/ Vehicle Licence (Rego) これは公道の走行許可で、一般的には「Rego」(Registrationの短縮形で、「リジョー」と発音 )と呼ばれています。 とはいうものの、結局のところは税金を徴収する仕組みと考えられ、日本の「自動車税」に相当するかと思います。 オンライン(または窓口)で費用を支払うことで、上記のような小型のレーベル(カード)が郵送されてきます。 それをフロントガラスの助手席側に掲示することで、プロセスは完了です。 日付形式は日本式やアメリカ式などとは異なる馴染みの薄いイギリス式で、この実例は2024年5月9日ではなく9月5日まで有効という意味になります。 ちなみに、このレーベルを見るだけで年式や車種などの基本的な車輌情報が得られるので、クルマのミーティングなどで会話のキッカケに非常に重宝しています。 そして気になるその費用はというと、筆者のロードスターはもっとも一般的な「ぺトロール(ガソリン)乗用車」カテゴリーに属していることから、最長となる12か月分の費用は(事務手数料が安価なオンライン申請で)$103.68でした。 なお、2023年10月からは価格改定により$106.15と若干の値上がりとなって、11月執筆現在の為替レート(89円/ニュージーランドドル)で換算するとおよそ9,400円。 ここで「あれ?」と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。 そうです。驚くことに「車輌重量」や「エンジン排気量」などは、金額にまったく影響しないのです。 さらに驚くことに、ニュージーランドには日本の自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)に相当するものも存在しないのです。 といっても、不安になる必要はありません。その代わりとしてACC(Accident Compensation Corporation)という仕組みがあり、なんとニュージーランドへの渡航者も含めて、自動車事故に限らずさまざまな事故での損害を補償してくれます。 したがって、この国では自動車保険といえば、「対人/対物保険」ではなく「対物保険」となります。 ただし、付保すること自体は義務ではないので、ここでは割愛します。 Warrant Of Fitness (WoF) これは日本でいう車検(自動車検査登録制度)にあたり、一般的には「WoF」と省略して表現することが多く、犬の鳴き声のように「ウォフ」と呼ばれています。 認可されている整備会社ごとに料金が異なるので一律ではありませんが、一般的には$50~$75(日本円で4,400~6,700円)ほど。 検査に合格すると、上記のような、小型のレーベル(カード)をフロントガラスに貼りつけてWoFが完了となります。 この実例では、2024年9月まで有効という意味。 ただし、これは月末まで有効という意味ではなく、裏面にある日付が実際の有効期限になるので注意が必要です。 興味深いことにWoFは日本の車検とは少し方針が異なり、車輌の根本的な安全性のチェックが主体となっているようです。 例えば、エンジンオイルの交換はおろか、その状態を確認することもないのが特徴です。 <検査項目>・タイヤの状態(溝の深さ含む)・ブレーキの動作・車体の構造点検(特定の場所のサビは許されない)・ライト・ガラスの安全性・ワイパー、ウォッシャー・ドアの動作・シートベルト(痛んでいないか。正しく、バックルが動作するか)・エアバック・スピードメーター・ステアリング、サスペンション・排気システム(漏れていないか、うるさくないか)・燃料システム(漏れてないか) (ニュージーランドで初めて登録される)新車に関しては、初回のWoFを受ければ、3年間有効となります。 それ以外の車輌に関しては、大量の中古車を輸入するユニークな国だけに、有効となる期間はニュージーランドを含めた世界のいずれかの国で、「車輌が初めて登録された年月日」で決まる仕組み(下表)です。 要は新車でなければ一般的には1年間有効。 ただし、古いクルマは、「リスクが高いのだから、有効期間は6ヵ月だけですよ」となっているのです。 これは走行安全の観点からも理にかなっていると思えます。 なお、WoFで不合格となっても、28日以内に対象箇所を直し、同じ整備工場に持って行けば、ありがたいことに再検査の費用はかかりません。 まるで軽自動車並みのコスパ? 驚くことに、一般的な「ガソリン乗用車」であれば、義務はこれだけ! 仮に筆者の愛車が旧車、1990年式の初代ロードスター(NA型)であったとしましょう。 その場合WoFは年に2回更新する必要がありますが、それでもRegoとWoF合わせた年間総額は、(消耗品を除いて)2.5万円程度で済んでしまう計算です。 調べたところ日本国内でクルマを維持する場合、地方の「生活の足」として優遇されている軽自動車ですら自動車税と車検代(年換算)の合計は4.5万円程度となるようですから、ニュージーランドはクルマ好き/旧車好きにとても優しい国といえるのではないでしょうか。 今でもたくさんの懐かしいクルマ達が現役で走っているのにもうなずけますね。 編集後記 今回の更新を迎えるにあたり、ここオークランドにて輸入中古車を扱われている「マツダ・ホームグロウン」さんに、エンジンオイル交換といった車輌整備からWoFまでのフルソリューションを行なっていただきました。 実は同社を運営するのは日本国内の正規マツダディーラー「広島マツダ」さん。 実際に作業を担当するメカニックはマツダ車を熟知しているだけでなく日本人なのです。 ただし、WoFに関しては同社は認可を保有していないため、オークランドで20年以上にも渡り自動車整備工場を営んでいる同じく日系の「クリア・モータース」さんがWoF検査作業のみ請け負う形態となっていました。 なお、「クリア・モータース」さんには、今回の記事内容の監修をしていただきました。 この場をお借りして、お礼を申し上げます。 ありがとうございました。 取材協力 「マツダ・ホームグロウン」さんhttps://www.maho.co.nz/ 「クリア・モータース」さんhttps://clearmotors.co.nz/ [撮影・ライター / tomato 監修 / クリア・モータースさん]
「六次の隔たり」(6 Degrees of Separation)をご存知だろうか。 この地球上では、相手が誰であろうが、最大でもたった6人の「知り合い」をたどれば「つながる」ことができるという説がある。 人口が僅か500万人ほどの島国であるニュージーランドは「六次ではなく二次(2 Degrees)の国」であるというのが一般的な理解で、国内にはその名を冠した携帯キャリアが存在するほどだ。 事実「小学校が同じ」、「兄弟と知り合い」などといったことは日常茶飯事だから面白い。 そんな「みんなが知り合い」という特色を利用して、旧車オーナーや業界人を次々とご紹介いただき、「つながる」ことを実感しようというシリーズ。 それがこのインタビュー「2 Degrees」だ。 オークランド在住のtomatoです。 第3弾となる今回は、第1弾*のご夫婦を通じて知り合った方で、日本の大手金融機関からニュージーランドに派遣された、日本人駐在員である「トム(Tom)さん」をご紹介します。 何を聞くにしても話すにしても、クルマのこととなると目を輝かせるトムさん。 旧車ミーティングで、見ず知らずの方々とつぎつぎに仲良くなっていく姿はとても印象的です。 トムさんのクルマに対するこの真っ直ぐな情熱と社交性は、一体どこから来るのだろうかと純粋に興味を抱いていました。 彼のプライベートライフは旧車で満ち溢れています。 この記事を読み終えたあと、筆者がそうであったように、きっと多くの読者の方々が「こんな駐在員は見たことも、聞いたこともない」と思われることでしょう。 ■過去(前期): 孤独なクルマ少年 ●最初に「クルマ」に興味を持ったキッカケを教えてください トムさん(以下トム)「それがよく分からないんですよね。とにかく、見るクルマ、見るクルマの名前を覚える子だったようですよ。きょうだいのなかで唯一の男の子だったから、ミニカーとかプラモデルとかたくさん買ってもらいましたね。今考えても甘やかされて育ったと思います」 3歳のときに作った、マツダ「コスモスポーツ」のゼンマイで動くプラモデルを、今でも鮮明に覚えているそう。 父方のおじいさまが「これからはエンジニアの時代だ」と、そのプラモデル以降もたくさんのミニカーを買ってくれたのだといいます。 ミニカーといっても、1/64サイズの「トミカ」ではなく、1/43サイズの「DINKY (ディンキー)」や「CORGI (コーギー)」といった外国メーカーが中心であったこと、昭和40年代でまだまだ「日本車はこれから」という時代であったことから、輸入車が大半。 小学校に入ると、トム少年は、「タミヤ」、「オオタキ」、「ハセガワ」といった、本格的なプラモデル遊びへとステップアップしていきました。 そして、ときは昭和50年代前半(1970年代後半)、いよいよ池沢さとし氏(現池沢早人師氏)の「サーキットの狼」をきっかけとした、「スーパーカーブーム」がやって来ます。 ですが、当時の子供たちがフェラーリやランボルギーニに狂喜乱舞した時代だというのに、ずっとひとりで遊ぶ少年だったそうで、今の社交的なトムさんからはとても想像ができません。 一方の母方のおじいさまの「甘やかしぶり」も負けてはおらず、アメリカ出張のお土産では、「Cars In Profile(カーズ イン プロファイル)」というハードカバーの洋書を渡されたそう。 まだ小学校高学年だった彼が、辞書片手に読破したというのだから驚きです。 ●その洋書に関して、何か記憶に残っていることはありますか? (トム)「実は、高級2ドアクーペ特集にあったフランスの『ファセル ヴェガ』が、今でもボクのドリームカーですね。このクルマね、5リッターのクライスラーエンジンを搭載してるんですよ。この『無駄使いっぷり』や『場違い』なところが、たまらなく愛おしいんです」 ▲ファセル ヴェガHK500 中高校生になっても、彼のクルマへの興味と情熱は変わることはなかった様子。 1978年9月に発行された日本版「カー・アンド・ドライバー」の創刊号を購入したことを覚えているというのです。 さらに、カー・アンド・ドライバー誌がおもに新車を扱うのに対して、旧車を扱う1979年10月に創刊された「ザ・スクランブル・カー・マガジン」(現「カー・マガジン」)も購入していて、創刊号の付録だったホンダ ステップバンのペーパークラフトを作ったそう。 その後、両親の勧めでキリスト教系の大学に進学したトム青年は、家のクルマであった1977年式のマツダ ルーチェレガートで通学することになりました。 ところが、残念なことにその大学には自動車部がなく、そこでも孤独の日々が続いたといいます。 最終学年では、ミシガン工科大学へ留学。 アメリカのビッグ3(GM、フォード、クライスラー)のお膝元だけあって日本車は少なかったのですが、降雪地であることを理由にスバル車だけはよく見かけたそう。 そして日本に帰国。 大学を卒業した彼は、現在も在籍している大手金融機関に就職するのでした。 ●では、その金融機関に就職してから現在のように社交的になったのですね? (トム)「いいえ。まだ変わりませんね(笑)。就職してからは、社宅で整備書を片手に、独学でクルマのクラッチ交換をする奇妙な青年として映っていたと思いますよ」 ■過去(後期):人生の転機「アメリカ駐在」 1995年、ロサンゼルスへ赴任することになったトムさん。 ボーイング、ロッキードマーチン、AMDなど名だたるアメリカ大手企業を顧客とした業務を行なっていました。 驚いたことに、現地での愛車は、中古の日産 300ZX(Z31型2シーター)とメルセデスベンツ Sクラス280SE(W126)だったそう。 ●駐在員といったら、新車を購入されるのが普通ですよね? (トム)「ですね。周りは当時のベストセラー3強のホンダ アコード、トヨタ カムリ、フォード トーラス、マネージャークラスの人達は、アキュラ レジェンドとかレクサス ESとかの新車でしたからね(笑)」 しばらくして、トムさんは(今でも所有されている)オレンジ色の日産 240Zを買うことに。 そう、あの「悪魔のZ」でもおなじみのS30型です。 これを機に、Zのオーナーズクラブである「グループZ」に入るのですが、ここから彼の人生が急激に変わり始めます。 1998年は、北米各地域にあるさまざまなZカークラブが集結する祭典「Zカー コンベンション」(https://zcca.org/convention-info/)がニューメキシコ州で開催されるということで、所属クラブの企画で、トムさんの240Zを含めて7~8台のZでLAから現地に向かったそう。 その道中、なんと彼の240Zがオーバーヒートで立ち往生してしまう事態に。 しかし、ここでクラブのメンバー達に助けられ、なんとか全車揃ってイベント会場へ辿り着くというドラマチックな出来事があったのでした。 ▲Zカー コンベンション ●これは新しい発見だったんじゃないですか? (トム)「これまでは独学で、ひとりでの『クルマいじり』がすべてだったんで、この『共通の趣味を持つ仲間との絆や交流』というものにひどく感動しましたね」 ●その後、トムさんの人生に具体的な変化はありましたか? (トム)「2000年にはミスターKさん、つまり、故・片山豊さんと日米の『Z CARクラブ』の交流をキッカケにして、日産自動車の援助で日本の『Z CARクラブ』の有志が20数台のフェアレディZを日本から運び、LAからラスベガス(同年の『Zカー コンベンション』会場)まで乗っていく企画をやりました。また、2001年には日産自動車が全面的にバックアップするカタチで、日本でも同様の祭典『Zカー フェスタ』を始めるまでに成長しました」 ここでついに「社交家トムさん」の誕生となったのです。 ▲Zカー フェスタ ■東京都と千葉県の「2拠点生活」 アメリカから帰任したトムさんは、会社の制度により、2001年にフランスへ留学することに。 パリからクルマで1時間ほどのフォンテーヌブローという街にある、世界有数のビジネススクールINSEADにてMBA(経営学修士号)を1年で取得しました。 これでアメリカに加えて、欧州での実体験を得たことになったトムさん。 フランスから帰国した彼は、吉祥寺の実家に置いていた「人生を変えたオレンジ色の240Z」を移す必要に迫られ、2002年に千葉県に家を購入。 純粋にクルマのためでした。 そして、平日は賃貸住居を拠点とし、週末や長期休暇は別荘で暮らすという「2拠点生活」がスタートしたのです。 別荘には整備場を設け、さらには既成の4台用カーポートをDIYで、2~3年かけて9台用にまで拡張していきました。 スペースができて、いざクルマを買っていくと、分かったことがあるといいます。 自分は「ずれたクルマ」、「売れないクルマ」、「不人気なクルマ」が好きなのだと。 ●でも、「フェアレディZ」は王道のスポーツカーデザインではありませんか? (トム)「Zは目(ヘッドライト)が窪んでて変でしょ?」 なるほど。 そんな彼はある日、オークションに出てきた「スバル レオーネRX-A」が、アメリカ留学時代にミシガン州で見たスバル車の思い出と重なり、衝動買いをしてしまいます。 これが「スバル愛」が始まったキッカケとなり、別荘にあるスバル車は計8台にまでにふくれあがることに。 その結果、今ではスバル車のコレクションを介した「つながり」で、スバルの現役/OBエンジニアを中心とした方々が定期的に集まる「憩いの場」になっているそうです。 ■現在:驚きの旧車コレクション 2021年2月、トムさんはニュージーランドへ赴任しました。 おもに自動車ローンなどを事業の柱としている、ニュージーランド国内のとあるファイナンス会社を100%子会社したことに伴い、そのマネジメントチームの一員に加わったことが理由です。 記事冒頭のトヨタセリカGTVは、前述の別荘の旧車コレクションの1台で、プライベートの顔の「名刺代わりに」と赴任する際に日本から持ち込んだものですが…。 驚くことに、2023年10月執筆時点で所有する旧車が、ここニュージーランドでもすでに10台にまでにふくれあがっておりました。 まずは日系4台からご覧ください。 ▲日本車#1 トヨタ セリカGTV(1975年) ▲日本車#2 スバル レオーネGFT(1978年) ▲日本車#3 スバル ブランビー(1981年) ▲日本車#4 スバル ブランビー(1985年) そして、欧州系6台がこちらです。 ▲欧州車#1 ヒルマン インプ(1969年) ▲欧州車#2 シュコダ サブレMB1000(1969年) ▲欧州車#3 オースチン 3リッター・バンデンプラ仕様(1972年) ▲欧州車#4 ジャガー XJ6シリーズ1(1973年) ▲欧州車#5 ボクスホール シェベット(1978年) ▲欧州車#6 オースチン モンテゴ(1988年) 驚くのはこれだけではありません。 駐在を始めて1年も経たずに、なんと、あるニュージーランド人と意気投合し、旧車のレストア事業を「サイドビジネス」で立ち上げていて、今では商品化した旧車を日本へ輸出販売しているのです。 ■未来:旧車仲間との継続的「つながり」 ●今後の夢をお話いただけますか? (トム)「たくさんの旧車を介して世界中のみんなと遊ぶのが、現在進行形で楽しくてしょうがないんです。これをどうしたらサステナブル(継続的)に長く続けれらるか。それが今の夢ですね」 嬉しそうにそう語る姿から、人生を大いに豊かにしてくれた日本や世界のクルマ仲間との「つながり」をさらに発展させていくことに、トムさんが心底喜びを感じていることがひしひしと伝わってきました。 だからこそ、前述のレストアビジネスを軌道に乗せ、日本とニュージーランド両国の旧車業界を繋げる役割を果たしていきたいそうで、ニュージーランドの旧車社会を視察するツアーの企画、日本の整備学校との提携を通した旧車レストア技術の維持、旧車イベントやミーティングの開催など、やりたいことが山ほどあるのだとか。 旧車社会にとって、とても貴重な人材であるともいえるトムさんを、これからも応援していきたいです。 ■取材後記 トムさんは任期を終えれば日本へ帰国する駐在員です。 にもかかわらず次々に旧車を増車していき、さらには旧車のレストアビジネスまで立ち上げてしまうのですから、その規模やスピード感にとても驚きました。 しかしながら、インタビューを通じてわかったのは、彼にとってはそのいずれもが驚くようなことではなく、仲間との「つながり」を発展していくために必要な手段、ロジカルな行為ということでした。 事実、ニュージーランドで収集した旧車はサイドビジネスで作り上げた商流を使えば日本の別荘に難なく運搬できるのですから、理にかなっていることがわかります。 最後に、筆者が「前代未聞」だと感じたのは、目の前で起きている結果よりも、内面から彼自身を突き動かす「その一途な情熱」だったのかもしれません。 [ライター・tomato / 画像・トムさん, Dreamstime]
「六次の隔たり」(6 Degrees of Separation)をご存知だろうか。 この地球上では、相手が誰であろうが、最大でもたった5人の「知り合い」をたどれば「つながる」ことができるという説があるほどだ。 人口が僅か500万人ほどの島国であるニュージーランドは「六次ではなく二次(2 Degrees)の国」であるというのが一般的な理解で、国内にはその名を冠した携帯キャリアが存在するほどだ。 事実「小学校が同じ」、「兄弟と知り合い」などといったことは日常茶飯事だから面白い。 そんな「みんなが知り合い」という特色を利用して、旧車オーナーや業界人を次々とご紹介いただき、「つながる」ことを実感しようというシリーズ。 それがこのインタビュー「2 Degrees」だ。 90マイルビーチ(ノースランド地方)より オークランド在住のtomatoです。 第2弾となる今回は、筆者がお世話になっている美容師さんからご紹介いただいた整備士の「ナオキ」さん。 実は「ナオキ」さん、美容師さんのご主人でもあるのです。ちなみにおふたりは新婚ほやほや。 オークランドCBD(中心部)からハーバーブリッジを渡った地域「ノースショア」に、愛車ロードスターを走らせ、彼の職場へ取材に向かった。 現在 / TODAY 彼の名字は珍しい、「大豆生田」さん。 読み方はさらに珍しく、「オオマニュウダ」と読むらしい。 栃木県に多い名字だそうだが、彼は東京都出身である。 整備士歴は、日本人メジャーリーガー的にいえば、日本・ニュージーランド通算でおおよそ10年になるそうだ。 ニュージーランドはワーキングホリデービザ制度で渡航し、(輸入中古車が、道路事情に適合するかを確認する)輸入車輌検査場で働き始めた。 だが、つまらなそうにしている彼に気づいたのか、整備知識や経験に対して、仕事内容が不十分だと察した同僚の勧めで、わずか2週間後には、現在の自動車整備工場に転職している。 ちなみに、その工場施設を折半で使用している板金会社が人手不足ということもあり、新しい挑戦として「板金工」の仕事も同時に行っている。 彼の職場で待っていたのは、赤いアルファ ロメオ 146だった。 1998年式の5MTだという。 もちろん、1.6リッターの自然吸気4気筒エンジンは、1気筒あたり2本のスパークプラグが配置されている「ツインスパーク」だ。 ●愛車のお気に入りポイントはどこですか? 「やっぱり、ツインスパークのエンジンですね。高回転では1.6Lとは思えないトルクがあって、エンジン音も良くて、NAエンジンらしく、回して楽しいですよ。それと、マニュアル車らしい“使い切る楽しみ”ですね。あと、どの他のメーカーとも似ていない、独特な顔も気に入っています。なんか『バルタン星人』みたいでしょ?これが『ダサかっこいい』んですよ」 ●もともと、アルファ ロメオが好きだったんですか? 「日本では、スバルブルーのGRB型インプレッサ WRX STIに乗っていて“速くないクルマはクルマじゃない”って思ってましたね(笑)。アルファ ロメオを持っているカズさん(現職の社長さん)と、このクルマの前オーナーがよく話しているのをそばで聞いているうちに、これが本当に不思議なもので、カッコ良く見えてくるですよ(笑)」 ナオキさんは「昔のクルマの方が、カッコイイ!」と語る。 第三者視点で見たときに、珍しい旧車を所有している人のゆったりとした「ライフスタイル」がクールと感じるそうだ。 確かに、ここオークランドでもアルファ ロメオの旧車は目立つだろうが、こんなにもクルマの趣味は変わるモノなのだろうか。 とても興味深い変化だ。 取材時も、愛車をリフトアップし、楽しそうにリアブレーキ周りで作業されていたのが印象的だった。 ■過去 / Yesterday では、そんなナオキさんの過去を聞いていこう。 「ナオキさんの愛車は、少し古めのイタリア車」と奥さまから聞いた時点で、筆者の頭のなかでは「旦那さまはタダモノではない」という予感があった。実際に取材を進めると、やはり「タダモノ」ではなかった。 ●現在の職業「クルマの整備士」につながる一番最初の記憶や出来事は何ですか? 「実は、バイクなんですよね(笑)」 なんでもナオキさんは、日本の「学校」というシステムに収まらない少年だったそうだ。 日本では「不登校」「やんちゃ」という言葉で表現されるのだろうが、いわゆる西洋の文化でいえば、才能の一種ともいえるかもしれない。 そんな訳で、一般的な人たちよりは、少しばかり早熟(?)だったナオキさん。このときに「機械をいじる」、すなわち「整備」が楽しいと感じたのがきっかけだそうだ。 ●もしかしたら、社会人1年目から整備士に? 「料理も好きだったので、高校へは行かず社会人としてシェフの仕事に就きました。でも、大検『大学入学資格検定(現在の高等学校卒業程度認定試験)』も取得したので、資格だけでもあったほうが良いと思い、シェフをしながら整備士の専門学校に通ったんです」 ところが、専門学校は彼の苦手な枠組み、「学校」なのだ。 シェフの仕事が忙しいこともあって学校を休みがちになり、「もう学校を辞めよう」と思ったそうだ。そんなとき、学生生活のなかで唯一といえる恩師「市東(シトウ)先生」が声をかけてくれたのだという。 そんな恩師をナオキさんは、親しみを込めて「シトウちゃん」と呼ぶ。 ●どんな言葉をかけてくれたか覚えていますか? 「もちろん、覚えていますよ。『お前、センスいいんだから、ちゃんとやれ』とか、『ちゃんと学校に来い。卒業だけはしなさい』とか。あと、『自動車ディーラーとかで、メカニックになるべきだ』といってくれました。学校をやめる気満々だったボクを、強引に引き留めてくれました。運だけは、特に人運だけは良いんです(笑)」 実は、就職でも感動的なストーリーがある。 この恩師の頑張りで、なんと「学校推薦」で、T社系ディーラーの採用試験を受けることができたのだ。 ところが、結果はなんと不合格。 学校長は「学校推薦で落とされるなんて、前代未聞だ」と恩師と彼を叱責したそうだ。 そして後日、そのディーラーの就職担当者、校長、恩師、そしてナオキさんの4人で会合が行われたのだが、就職担当者から驚愕の発言があった。 「後日おこなう、一般入社試験であれば、合格にします」といったのだ。 そう、問題は彼の学歴だったのだ。 大検の彼では、社内的に学校推薦枠としての合格にそぐわないというのが理由だ。 当然、それを知った彼は「ふざけるな。そんな会社こっちからごめんだ」と激昂し、その場でオファーを蹴った。 しかしこのときは、さすがに自暴自棄になったそうだ。 それでも、恩師である「シトウちゃん」から「あと、1社だけ受けてくれ」という頼みを断ることができず、I社系ディーラーへの就職が決まるのだった。 ●実際に整備の仕事を始めてみて、楽しかったですか? 「整備が好きなんで、楽しかったですよ。朝9時から働き始めて、夜10時に終われば早いって感じでしたから、過酷でしたけどね」 ●そんなに忙しかったのですか? 「ボクらは、主に物流会社のトラックを扱っていたんで、『明日の朝には走れるようにして欲しい』とか、そうい依頼が多かったんですよ。だから、他の地域にパーツを取りに行って、それをその日に組み付けるとか」 ちなみに、ゴミ収集車やバキューム車の整備は、じゃんけん制で担当者を決めるというルールだったそうで、この点からもいわゆる「ブラック企業」ではなかったのかもしれない。 ●ニュージーランドに来ることを決めたのはなぜですか?そして、いつですか? 「18歳くらいから『日本から出たい』って思うようになりましたね。何の計画もなく、周りにも『オレは海外で、ゆったり暮らす』っていってましたから(笑)」 その思いの根本は、生まれつきの「冒険魂」なのかもしれない。それとも、学校をはじめとした右向け右の「枠組み」が違うと感じたからなのだろうか。 「20歳以降は、海外のヒリヒリ感がたまらなくて、毎年のように10日間ぐらいバックパッカー旅行をしていました。フィリピン、台湾、タイ、バングラディッシュ、インドって感じで。英語は、YESとNOくらいしか分かりませんでしたから、最初に訪れたフィリピンで現地の洗礼を受けました(笑)」 「海外移住を決心したのは、インドのガンジス川に入ったときです。『ああ、会社辞めて、海外に行こう』って。インド行ったことあります?うまく表現できないんですけど、インドの人々の活気や生命感がとても印象的なんです」 ナオキさんは、インドから帰国後、たった2週間で会社を辞め、単身フィジー留学を半年間経て、ニュージーランドに26歳で渡ったそうだ。 ■将来 / Tomorrow ●今後の目標や夢を聞かせてください。 「近いところでは、アルファ ロメオを塗装したいですね。でも、見積もりがNZ$4,000(≒35万円)で、腰が引けてます(笑)。あと、エアコンを直したくても、そもそもパーツが必要なんですけど、データベース上は品番が2種類存在していて、インパネ外さないと、そのどっちかも分からなくて(苦笑)」 苦労を楽しそうに語る、旧車好きに多い「ヘンタイ」(最上級の褒め言葉)な彼は、とにかくクルマという箱が、そしてエンジンが大好きなのだという。 いずれ旧車のレストアにも挑戦してみたいそうだ。 「人生という意味では、現状維持で毎日楽しく、好きな整備をしつつ、暮らせれば良いと思っています。今は、人生の分岐点じゃないと感じていて、例えば、『うちに来ない?』って、転職などの分岐点が訪れたときに、楽しいか、楽しくないかで決めれば良いと。運だけは、良いんです(笑)」 上下関係や年功序列などが希薄で、家族やプライベートの時間が優先されるニュージーランドの労働環境が、ナオキさんにはとても合っているようだ。 そんな充実した彼の顔を見ていると、改めて、人生は「行動力」で差が出ると思わざるを得ない。 彼の「行動力」は、飛び抜けているといって良いだろう。 それは右向け右には従わない、高校には進学せずシェフの道を選んだ「行動力」、自分には海外が合うはずと思い、バックパッカーを続け、思い立ったらすぐに日本を飛び出す「行動力」であったりだ。 彼は、終始「運だけはあるんです」と謙遜するが、そう思うことでポジティブな思考、ポジティブな仲間を得て、幸せな人生を歩めているのではなかろうか。 30歳になったばかりで、まだまだ若いナオキさんのこれからがとても楽しみだ。 いずれ、彼の愛車「アルファ ロメオ 146」のその後を報告できれば幸いだ。 美容師として活躍する奥さまと末永くお幸せに! [ライター・撮影 / tomato、一部画像ナオキさん提供]
オークランド在住のtomatoです。 さて、今回の記事では、単純ではありますが、きっと誰もが興味のあるトピックを取り扱おうと思います。 「ニュージーランドでは、今どんなブランド、どんなクルマが売れているのか」です。 さっそく、2023年上半期の車輌登録データから、最新の人気動向を見てみましょう。 ■総市場 / Total Vehicle Industry 日本の自動車市場は、自販連および全軽自協の「初登録/検査データ」を見ると、近年は10台に4台は軽自動車で、残りの多くはコンパクトカー/ミニバン/SUVが占め、なかなか独特だが、ニュージーランド市場も、以前の記事(https://www.qsha-oh.com/historia/article/tomato-new-zealand-report1/)でその特徴をお伝えしたとおり、これまた非常に独特です。 ●懐かしい日本車と再会できる国「ニュージーランド」現地レポートhttps://www.qsha-oh.com/historia/article/tomato-new-zealand-report1/ 下表にあるように、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドなどでの販売を目的として、その安全基準や環境規制に適合し開発・製造したクルマ達の「正規輸入/新車市場」がある一方で、他市場では存在感のない「並行輸入/中古車」が4割も占めるのが特徴です。 加えて、その多くが5~7年落ちのの中古車で、9割以上が日本の規制に適合させた日本仕様の中古車なのです。 少し専門的な話をすれば、各自動車メーカーは、開発効率の観点から、国・市場を数種類のグループに分けて新車を開発するのが通例になっています。 ニュージーランドへは、欧州右ハンドル(イギリス)仕様のクルマ、もしくはオセアニア(オーストラリア)仕様のクルマを送り込むのが一般的です。 前者であれば、ウインカーレバーはステアリングホイールの左側であるし、後者であれば、日本で売られている日本車と同じく右側です。 結果的に、この国では同じブランド内でも、ウインカーレバーの位置が異なる場合もあるほどです。 ■正規輸入/新車市場 ●トップ20(ブランド別) この数年で、世界の潮流と同様、大きく様変わりしています。 見てのとおり、韓国や中国ブランド、テスラの存在感が高まっているのです。 「ルノー・日産・三菱」の3社アライアンスで、アセアンやオセアニア地域を戦略的に担当する三菱の強さにも驚かれるかもしれません。 ●トップ20(モデル別) ニュージーランドの新車市場の特徴としては、SUVが増加の一途をたどっている一方で、減少傾向ではあるが、タイやオーストラリアなどと同様に、農耕を支えるUte(「ユートゥ」と発音)と呼ばれるピックアップトラック(商用車カテゴリーに属する)の人気が高い傾向にあります。 ご覧のように、ベストセラーの地位をレンジャーとハイラックスが争っているのです。 ▲フォード レンジャー(新車輸入車「人気ナンバー1」、圧倒的なブランド力を誇る) ▲MG ZS (低価格のBEV/PHEVを中心に躍進する中国ブランド) ちなみに、自販連の「車輌登録データ」によれば、日本の上半期の(軽自動車を除く)乗用車市場はモデル別だと、ヤリス、カローラ、シエンタ、ノート、ノア、プリウス、ヴォクシー、アクア、ルーミー、ハリアーがトップ10となっていて、当然のことながらブランド別ではトヨタが50%以上の占有率で他社を圧倒しています。 ■並行輸入/中古車市場 ●トップ20(ブランド別) 前述のとおり、日本の規制に適合させた日本仕様の中古車が9割以上を占めています。 これは日本市場は、地理的に近く、安価かつ丁寧に使用・メンテナンスされた高品質の右ハンドル中古車が大量にあるためです。 日本市場と比べて、マツダやスバルが強いのがオセアニア地域の特徴です。 ●トップ20(モデル別) 公共交通機関が貧弱なニュージーランドでの、輸入中古車の役割は「国民の足」です。 したがって、基本的には低燃費のコンパクトカーに人気が集中しています。 Uber (ウーバー)ドライバーのほとんどが、走行距離10万キロを優に超えたアクアやプリウスを愛用している印象があります。 なお、軽自動車には税制上のメリットがまったくないので、日本車であれど存在感はほぼありません。 また、クルマは一人一台という国なので、多人数乗車ができるミニバンへの需要も低いことが特徴です。 ▲トヨタ アクア(中古輸入車「人気ナンバー1」、「国民の足」) ■追い風と向かい風 ニュージーランドは、2021年7月から「クリーン カー ディスカウント(Clean Car Discount)」という名のフィーベイト(*)制度を導入しています。 これは購入価格8万NZドル(約700万円)以下に限り、低CO2 車の購入を補助し、その財源を逆に高CO2車の購入者から得るという仕組みになっているのです。 なお、これは初車輌登録時のみで、以降の売買には適応されません。(*)Feebate: Fee=罰金、Rebate=補助金の両方を意味する造語 8月執筆現在のルール(https://rightcar.govt.nz/)では、例えば、テスラの「モデルY(RWD)」であれば、7,015NZドルの補助金を得られます。 反対にトヨタの「ハイラックス(SR5 Cruiser Diesel Double Cab)」であれば、5,002.50NZドルの罰金を支払うことになるのです。 この制度の影響をお伝えすべく、輸入新車市場(SUV/乗用車)のパワートレイン動向をグラフにしてみました。 我々人間とは単純な生き物で、当該制度が非常に効果的なのが顕著に見て取れる。 (出典: MIA) ▲テスラ モデルY(テスラのベストセラーSUV) ▲赤い車輌はBYD アット3。テスラを猛追する中国BEVブランド。日本では見ない、後方のミニバン「ヒョンデ スターリア」にも注目) なお、輸入新車市場とは異なり、輸入中古車市場では補助金や罰金額が半減されるだけでなく、中古車輌の主たる供給元となっている日本市場では中国車や韓国車が少なく、日産 リーフ以外に安価な中古EVがまだ存在しないため、まだまだ電動化の波は新車市場ほど顕在化していません。 実は、このフィーベイト制度とは別に、トヨタなどの各輸入業者に対しても、輸入車輌の平均CO2が規定値を超えると罰金を課せられる制度(Clean Car Standard )があります。 しかし、消費者の購入価格に直接的には影響しないので、ここでは割愛します。 ■最後に 同じ時代、同じ時間を切り取っても、使用用途などの国民性やライフスタイルであったり、税制/仕組みなどが変わるだけで「ここまで違うのか」と驚かれたのではないかと思います。 ちなみに、製造後20年を超えるようないわゆる「旧車」に関しては、ニュージーランド最大のオークション/広告サイト「Trade Me」(https://www.trademe.co.nz/)の自動車セクション“Motors”を覗いてみてください。 少し検索するだけでも、きっと面白いですよ。 いずれ、ニュージーランドでクルマを買い、日本に送るということも記事化しようと思っています。 ご期待ください。 [撮影・ライター / tomato]
「バックヤードビルド」文化が脈々と受け継がれ、レストアが日常にあるニュージーランドの旧車文化とは一体どんなものなのか。 その一端を伝えるべく、去る2023年4月23日、オークランドにて開催された旧車イベントをレポートしたい。 4月下旬は、夏時間(Daylight Saving Time)を終え、日照時間が短くなり、落ち葉が地面を美しく彩り始める季節。 いわば日本の10月頃だと思えばよいだろう。 会場のところどころに出店した、コーヒーや軽食のフードトラックの前には行列ができ、のどかな時間が過ぎる秋のフェスティバルの様相だ。 曇り空ではあったが、雨がぱらついたのも一瞬で、奥さんが持たせてくれた昼食のお弁当を食べたころには晴れ間がのぞくなど、十分に合格点を与えられる天気だった。 なお、今回の記事においては、定義が曖昧な「クラシックカー」、「ネオヒストリックカー」などといった呼称をあえて使わず、全編を通じて「旧車」と表現させていただく。 ■半世紀以上の歴史を誇るイベント 1972年から続く「Ellerslie Car Show(エラズリー カーショー)」は、ニュージーランドの旧車好きにとって、目玉イベントだ。 毎年2月の第2日曜日に開催されることが通例になっているが、第51回目となる今回は、サイクロン「ガブリエル」を受け、4月23日に延期されての開催となった。 洪水の様子は、日本のメディアでも報道されたので、ご記憶の方も多いだろう。 さらに、昨年はコロナ禍で中止となったので、実に2年ぶりの開催であり、ファンや関係者にとっては「感慨もひとしお」だ。 近年はオークランド・エラズリーのサラブレッドのレースが行われる競馬場「Ellerslie Racecourse」を会場として利用している。 今現在は、レーストラックの改修工事を行っているため、競馬はおこなわれていない。 ■旧車コンクール/競技会の概要 ショーの中心となるのは、「The Intermarque Concours d'Elegance(インターマーク コンクール デレガンス)」という旧車の出来栄えの優劣を争うコンクールで、審査/採点は、ボディパネルやエンジンなど多岐におよび、国際基準に準拠し、極めて総合的である。 競技部門は以下の4つ。 ⦁ チームイベント(Team Event)⦁ マスタークラス(Master Class)⦁ サバイバークラス(Survivor Class)⦁ 50-50-50 「50-50-50」を除くコンクール出展車輌は、パレードリング/ステーブル(日本では「パドック」と呼ぶ)に並べられ、審査がおこなわれる。 会場に来る前は、「なんで競馬場?」と疑問に思っていたが、パドックはコース入場前に競走馬が「きゅう務員」にひかれてゆっくりと歩いてまわり、競走馬を落ち着かせるだけでなく、馬体の状態などをじっくりと確認する施設。 クルマはいわば「現代の馬」と思えば、妙に納得がいく。 チームイベントは「チーム戦」、マスタークラスは「個人戦」であり、出展するカークラブが、出来の優れた車輌2台で勝負するのか、他を圧倒できる強力な1台で勝負するのかという違いだけで、採点システムは同じである。 ご想像のとおり、どちらに出展するかという判断には、クラブ同士の駆け引きがある。 なにしろ、同一車輌の2度目の出展は許されないのだ。 それだけに、これに賭けるレストアラー(修復士)の想いは凄まじい。 結果、出展車輌はとてつもなく綺麗だ。 サバイバークラスの勝者は、「ベストサバイバー」と呼ばれる。 その名が体を表すとおり、レストアされていないことが参加条件で、古ければ古いほど、原型を維持していれば維持しているほど、加点が多く入る採点システムになっている。 なお、製造から35年以上経過したクルマだけが参加できる。 「50-50-50」は、出展者は50歳以下、車輌も50歳以下、さらに総費用も50千NZドル以下という制限が設けられ、将来のレストア後継者を育成することが目的といえるカテゴリー。 採点の特徴として、車輌底面とオリジナリティ(原型への忠実性)は対象外となっている。 イベントの継続やレストアの将来を見据えた非常に有益なカテゴリーだと感じた。 なお、コンクール結果の詳細は、運営サイトに掲載されているので、そちらをご覧いただきたい。(https://www.concours.org.nz/concours-delegance.html) ■「クラブ展示」という名の世界旅行 コンクールを周りから支えるのが、クラブ展示(Club Displays)だ。 80を超える参加クラブが、今回のテーマ「The World of Wheels」にちなんで、国別展示をおこなった。 会場を歩くことで、各国を周遊する世界旅行となる訳だ。 これも競技であることから、民族衣装や食も含めた各国のプレゼンテーションも加わり、栃木県にある東武「ワールドスクウェア」のクルマ版とも考えられ、とても楽しかった。 以下、その全てを網羅はできないが、ぜひ、世界旅行の感覚を味わっていただければ、嬉しい限りだ。 ●イギリス(United Kingdom) イギリス植民地だったという歴史も影響し、もっともエリア面積が大きく、扱いブランド数も他を圧倒していた。 世界一美しいクルマとも評されるジャガー「Eタイプ」、BMW傘下で復活するという噂のトライアンフ、「ボンドカー」の常連アストン・マーティン、シティーハンター(冴羽 獠)やミスター・ビーンの愛車でもあるローバー「ミニ」など、とにかく展示台数が多い。 個人的には、フォード欧州が製造販売し、80年代後半にツーリングカーレースで世界的に活躍した、シエラのスポーツモデル「シエラRSコスワース」がハイライトだった。 ●フランス(France) エリアに入るや否や、クルマのデザインや色合い、またその佇まいから、気品やオシャレな印象を受けるのだから、文化とは不思議なものだ。 車高の落ちたハイドロ系のクルマも異彩を放っていたが、2CVの可愛さが際立っていた。 ●イタリア(Italy) エリアに入ると最初に感じたのは、単純だが「赤い」ということだ。 フェラーリやランボルギーニには、屋根付きの特設展示エリアが設けられていた。 当然のことながら、やはり敷居の高さは特別だ。 ●スウェーデン(Sweden) ボルボといえば、「戦車のように硬くて安全」を売りとする、その無骨なイメージがあったのだが、1960年代にこんな流麗なクーペを製造していたとは知らなかった。 ●ドイツ(Germany) メルセデス、BMW、ポルシェ、VW、アウディなど、日本でも見慣れたブランドばかりで、ここでもイギリスの次にエリア面積が大きい印象だ。 ドイツ車は、筆者自身も所有経験があり、300kmを超えるようなドライブ旅行(グランドツーリング)を前に選択肢があるのであれば、間違いなくドイツのステーションワゴンを選ぶだろう。 個人的には、トランスアクスルを使い、重量配分の最適化を図ったFRポルシェと、スキーのジャンプ台を駆け上がる衝撃的なTVコマーシャルや、WRCに4WDの時代を持ってきたアウディ「クワトロ」が大好きだ。 ●アメリカ (United States) 超大国のアメリカといえば、やはり、ハリウッド映画やテレビドラマで活躍する姿を見るたびに欲しくなる、フォード「マスタング」やシボレー「コルベット」などが中心だ。 ● ニュージーランド(New Zealand) 「ニアセブン」といえば、イギリスのケータハムや南アフリカのバーキンなどは知っていたが、お恥ずかしい話、ニュージーランドのフレイザー(Fraser)は初耳だった。 こういう、シンプルで純粋な後輪駆動のライトウェイトスポーツカーには、尊敬の念を抱くとともに強く惹かれる。 ●日本(Japan) 母国は、やはり特別だ。 なかでも気合いを見せていたのは、MX-5クラブの展示。 変な着物姿だったりと、いくつかのディテールには「?」マークであったが、ここまでの愛情を見せてくれているのだから、単純に「ありがとう」だ。 Zクラブの展示では、前期型から一転、全体を丸めた上で、近未来的な横長テールランプを採用した、筆者の大好きなZ31後期型が2台も拝めたのには心が弾んだ。 ■裏話(Inside Story) 実は、この1978年式のスバル「レオーネ」の出展を予定していたオーナーに海外出張が舞い込み、筆者は車輌の搬入出を依頼された「棚から牡丹餅」の参加だったのだ。 当日の早朝、オーナー宅に着くと、奥様がガレージ(本当はガラージと発音する)を開けてくれ、「レオーネ」とご対面となった。 事前のアドバイス通り、チョークを半分程度引き、セルモーターを回したところ、水平対向エンジンが問題なく始動した。 数分経過しても、アイドル時のエンジン回転は、やや不安定だったが、走り出すとトルクも低回転から十分にあり、クラッチ操作にも特段の配慮は要らなかった。 車速が上がるとステアリングも軽くなり、非常に軽やかに走行した。 車輌重量が800kg程度と、現代のクルマからすれば、超軽量ボディなのだから当たり前か。 会場にて展示が始まると、年配であればあるほど、気兼ねなく話しかけてきた。 面白かったのは、何度もフロントフェンダーの「Front Wheel Drive」という誇らしげなバッジに「ツッコミ」を入れられたことだ。 それだけ「スバル=AWD」というブランドイメージを確立しているのだから、大したものだ。 帰りは、気温が落ちたからか、エンジンがご機嫌斜めで、信号待ちする度にストールする危機に。 チョークを引いたり、アクセルを煽ったりと、スリル満点の帰路となった。 キャブレター調整が楽しいという崇高な旧車オーナーも多いのだろうが、少なくとも、筆者はこれが楽しいと感じる「変態」ではないようだ。 電子制御による燃料噴射テクノロジーのありがたさを再認識させてもらった。 ■最後に ニュージーランドへ渡航されるのであれば、この「Ellerslie Car Show」が本来開催される2月上旬を心からオススメしたい。 そもそも10月~3月は日照時間が長く、活動時間が長くとれる夏時間であるだけでなく、たった20NZドルの入場料で、「世界旅行」もついてくるのだから。 [ライター・撮影/tomato]
筆者(ライターのtomato)は、現在、ニュージーランドのオークランドに在住している。 気づけば、かれこれ7年目。 日本からの長期滞在者/永住者のなかでも中堅グループに入りつつある。 さて「ニュージーランド」という国名から、皆さんが連想するモノは一体何だろうか? ぜひ、数十秒ほど考えていただけないだろうか。 一般的には、「羊がいっぱい」、「ハチミツのマヌカハニー」、「チーズなどの乳製品」、「ワイン」、「キーウィフルーツ」、「ラグビーのオールブラックス」、「先住民のマオリ族」、「壮大な映画のロケ地」といったところだろうか。 正直なところ、ワーキングホリデーや留学などで渡航した経験がない限り、そもそもの地理的位置を含め、あまり認知されていないのが現実ではないだろうか。 ▲オークランド(出典: Pexels) ▲マウントクック(出典: Adobe Stock) ■島国「ニュージーランド」とはどのような国? ニュージーランドという島国について、簡単に概要をまとめてみた。 日本から南南東、およそ9,300㎞離れた南半球にニュージーランドは位置している。 おもに北島と南島の2つから縦長に構成され、日本との時差は+3時間(夏時間は+4時間)となっている。国土面積はおよそ27万平方キロメートルで、日本の7割ほどだ。 人口は、2022年時点で510万人強で、移民により右肩上がりで成長しているが、それでも日本人口と比較してわずか4%ほどと少ない。 最大都市は北島のオークランドで、実に人口の1/3が暮らしている。 自然豊かな国土をテコとした酪農、木材、果実などが主要産業だ。 自動車関連の真面目な話としては、季節が真逆であることを利用し、世界に名だたる自動車およびタイヤメーカーが、北半球の冬を待たずに冬季テストを行う民間試験場が南島クイーンズタウン近郊の山頂にある。 各社の要望に合わせ、「圧雪路」や「氷盤路」などを用意してくれるのだ。 開発期間を短縮できるのだから、とても重要な施設なのはいうまでもない。 なお、冗談みたいな本当の話で、稀に「オーストラリアのすぐ脇にある島国」という誤解があるが、それはオーストラリアのタスマニア島だ。 同国の東海岸とニュージーランドとの時差は2時間であり、それはタイと日本の時差と同じといえば、その距離感をご理解いただけるだろう。 少し乱暴ではあるが、「日本の本州サイズの国土に、福岡県民だけが在住し、その1/3にあたる福岡市民だけが東京都で暮らし、どの主要国からも遠い島国」というアナロジーが成立するように思う。 ■ニュージーランドのクルマ事情について そんななかで、どんな「自動車事情」を想起されるのだろうか。自動車メーカーが存在する日本やアメリカやドイツなどとは異なり、情報が極端に少ないというのが実情だ。特徴を幾つかお伝えしたい。 日本からの直行便が就航するオークランド国際空港に到着し、道路をものの5分も走ればすぐに、多くの日本人は、「何か懐かしい」とても不思議な感覚を抱くだろう。 1. 右ハンドル/左側通行 大きな要因は、第一にそもそもコモンウェルス(イギリス連邦)加盟国であるため、日本と同じく、世界では少数派といえる右ハンドル/左側通行であるためだろう。 実際、日本の運転免許証の書き換えは優遇されている。 ▲高速道路(State Highway 1) 唯一、多くの日本人が戸惑うのは、日本国内にはほとんどない円形の環状交差点「ランダバウト」が当たり前のようにあることぐらいだろう。 さまざまな意見があるだろうが、これは欧州に住んでいた頃に初めて経験したが、個人的には非常にシンプルで頭の良いシステムだと思っている。 一番のメリットは高い安全性だろう。通行車輌はどれも同じ進行方向へ走ろうとするため、理論的に(相対速度が大きくなる危険な)正面衝突が発生しえない。 信号機がないから停電にも強い。 ただ、クルマを旋回させるスペースを必要とするのと、一定の交通量を超えると、信号機の交差点に効率面で負けるのがデメリットのようだ。 ▲ランダバウト/Roundabout 2. 旧車天国(別名「日本車の墓場」とも) もうひとつ要因は、懐かしめの日本車が普通に元気に走っているためだろう。 日本とは異なり、地場メーカーや現地生産拠点が存在しないため、すべてが海を渡ってくる高価な輸入車となる。 ところが日本のような立派な鉄道網はないため、主に日本国内で5~10年ほど使用され、十分に安価になった中古車(JDM = Japanese Domestic Marketと呼称される)を大量に輸入することで、貧弱な公共交通を埋め合わせ、「国民の足」とするという構図になっている。 ▲スーパーマーケット駐車場-1(スズキ「イグニス」、フォード「レンジャー」、日産「デュアリス」、マツダ「MX-5/ロードスター」、トヨタ「プリウス」ほか) ▲スーパーマーケット駐車場-2 (マツダ「626/カペラ」、トヨタ「ラクティス」ほか) その裏付けとして、下表にある通り、日本の中古車の輸出先として、ニュージーランドはお得意様になっている。 ロシア/UAEは第三国への経由地も兼ねているのに対して、島国であるニュージーランドは終着駅だ。 したがって、10年落ち/走行距離10万キロ越えのクルマは至って普通で、誰も驚きはしない。 ある意味、日本では買い替えの目安にもなっているのだから、まさに「所変われば品変わる」だ。 なお、2022年にニュージーランドに陸揚げされた輸入新車と輸入中古車の台数比率は、車輌登録実績で、およそ60:40となっている。 その結果、ピックアップトラックや電気自動車を含めた最新の自動車と並び、多くの旧車が元気に走る独特な風景が広がっている。 さらには、イギリスの「バックヤードビルダー」文化も継承されていて、週末になるとレストアされたクラシックカーがどこからともなく湧いて出てくるのも興味深い。 ▲スーパーマーケット駐車場-3 (ホンダ「クロスロード」、トヨタ「セリカコンバーチブル」、ホンダ「シビックタイプR」ほか) ▲ぺトロールステーション (フォード「モデルAクーペ(1930年式)」) 3. ニュージーランドにおいて、クルマは「1人1台」 近年、日本では、「(特に若者の)クルマ離れ」がいわれているが、ここニュージーランドでは、起きていないように思う。それを証明する世界ランキングを2つご紹介しよう。 1つ目はクルマの保有率だ。ニュージーランドは、2022年における1,000人あたりのクルマ保有率で堂々の世界第5位に入る。 スマホ同様、ほぼ1人1台の国と解釈できる。 ちなみに、自動車検査登録情報協会「自動車保有台数(2021年)」によれば、日本は500台に満たない。 だが、裏を返せば、公共交通が貧弱なニュージーランドは、「クルマがないと不便」ということになる。 2つ目は、Confused.comというサイトが最近行った調査で、「世界でもっともクルマに頼る国」ランキングで、少し不名誉ではあるが、世界一に輝いている。 とはいえ、結果的には、ありがたいことに維持費(税金/車検)も安く抑えられている。 また、車庫証明も必要なく、複数台持つのもまったく苦にならないので、個人的には素晴らしい国だと感じている。 ■ニュージーランドで懐かしい日本車と感動の再会 以上のことから、ニュージーランドは「クルマ好きが大好きになる国」だと筆者は自負している。 これを機に「ドライブ旅行してみたいな」と思っていただけたのなら、嬉しい限りだ。 日本ではあまり見かけない旧車に会えるのはもちろん、日本から大量の中古車を輸入しているのだから、皆さん自身や両親や友人が所有していたクルマたちは、かなりの高い確率でニュージーランドに来ているはずだ。 「愛車に再会できるかもしれない」。 そんな楽しみを持って、ニュージーランドに渡航されるのはいかがだろうか。 [画像/Pexels、Adobe Stock・ライター・撮影/tomato]